<第20回>村上和成社長に期待(05.9.7)

 昨日(9月6日)ビッグマウス・ラウドの社長に就任した村上和成とサムライTVの『NEWS侍!』に出演した。それまで私は個人的に村上を取材したことはない。あのリング上のキレっぷりとは対照的に普段は、礼儀正しい青年という印象しかなかった。

 だが、番組収録前後に話をしてみて、いろいろなことを考えている人だという好印象に変わった。彼は名前だけの社長ではなく、プロレス団体の経営者としてどうあるべきか、どう経営していけば成功できるのかなど、経営者としての自覚とアイデアを持っている。

「僕はプロレスラーに憧れてこの世界に入ったわけじゃないんで、プロレス畑の人と物の見方がちょっと違うんですよ。そこのあたりで、だったら社長をやってみたらと上井代表に言われたんです」
 と、村上。またプロレスに関する考え方も、ガチガチの格闘技志向かと思いきや、かなり柔軟な考え方を持っている。強さを基本に何をトッピングしてファンを掴んでいくか…抽象的な言い方をすれば“心のプロレス”“気持ちのプロレス”というものを彼は考えているのだ。

 これからの村上の言動、行動、そしてリング上のファイトに期待してほしい。上井代表、前田日明プロデューサーというアクの強い人たちの中で村上が何を打ち出していくか、私は注目している。

▲ページのトップへ戻る

<第19回>PRIDEグランプリを見て(05.8.31)

 昨日の深夜、フジテレビで放映された『PRIDEグランプリ』を見たが、考えさせられることが多かった。
 PRIDEはもはや完成の域に達している。ヒョードルとミルコは、まさに人類最強決定戦と言っていいほどの究極の格闘家同士の闘い。あの緊張感、研ぎ澄まされた両雄の闘争本能…この感覚はプロレスでは出せないものだ。

 ミドル級トーナメントでは、あのシウバがアローナに負けた。そのアローナを下して優勝したショーグンの強さと勢い、若さ溢れるファイトには清々しさすら感じた。23歳の若きヒーローの誕生である。このリングでは経験や老獪さが、ある段階から通じなくなってしまうのだ。プロレスでは経験や老獪さが体力を補ったり、味になったりするが…PRIDEのリングではキャリアの長さはダメージの蓄積であり、年齢を重ねることは衰えに過ぎない。本当に冷酷なリングである。

 なぜ、アントニオ猪木が総合格闘技を過剰に意識するのか、今回のPRIDEを見て改めてわかった。あのピリピリとした緊張感を私が体験したのは中学&高校生の頃。猪木VSストロング小林、猪木VS大木金太郎の超大物日本人対決であり、猪木VSウイリエム・ルスカ、猪木VSモハメッド・アリ、猪木VSモンスターマンの格闘技世界一決定戦であった。子供の頃の感性と言ってしまえばそれまでだが、今、あんな緊張感を味わえる試合はプロレスの世界には存在しない。

 だが、一方では、プロレスには総合格闘技の勝負論だけでは片付けられない醍醐味もある。それをどう伝えていくか。プロレスの定義は難しい。


▲ページのトップへ戻る

<第18回>お台場毎日プロレス(05.8.25)

 この夏休み、お台場冒険王でドラゴンゲートが昨年と同様に“お台場毎日プロレス”を開催している。7月16日〜8月31日の47日間、デイリーマッチとして午後12時半から1時半、午後3時半〜4時半の1日2回。しかも、その間に通常の興行と同じ形態のプレミアムマッチを8月2、9、16、23、29日の5大会を開催だから…まさに毎日プロレスだ!

 この企業努力は凄い。デイリーマッチは冒険王のパスポートを持っていれば観戦できるから、今までプロレスを見たことがない人を取り込むことができる。ドラゴンゲート・アリーナと名付けられた特設会場(テント)は冷房が効いていて音響設備もしっかりしているし、ビジョンもある。ビジョンを使ってドラゴンゲートの勢力図、各選手の得意技もレクチャーするから、初めて見る人にもわかりやすいのだ。

 そしてプレミアムマッチは入場料(前売り=5000円で冒険王パスポート含む、当日=6000円だが冒険王パスポートを持っている人は1000円引き)がかかるが、8・16大会にはケンスキー佐々木、8・23大会には天龍源一郎が出場と、実に力が入った大会となっていた。

 毎日、同じ会場で試合をするというのは選手にとってきつい。気持ちを切り替えるのが難しくなるから、ある意味では巡業より辛いはず。実際にドラゴン・キッド、新井健一郎は怪我をしてしまった。

 だが、今の時代はこうした努力が一番大事。地上波でいい時間のテレビ放映がない現状では、こうして普通の人がプロレスに接する機会を増やしていくしかないのだ。きっと、お台場冒険王でドラゴンゲートを見た人の何人かは通常の会場にも足を運んでくれるようになると思う。

▲ページのトップへ戻る

<第17回>2005G1総括(05.8.17)

新日本のG1は蝶野正洋の3年ぶり5度目の優勝で幕を閉じた。優勝戦が行なわれた8月14日はリキプロ後楽園大会の取材があったため、両国に行くことはできなかったが、当日深夜のテレビを見た限りでは会場のムードが出来上がっていたと思う。橋本真也を重ね合わせた蝶野が無敵とも思える野獣・藤田和之を下しての優勝は、ハッピーエンドそのもの。あそこで蝶野が優勝しなければ、大観衆のフラストレーションが爆発したことだろう。

 今年のG1、私は開幕の福岡とそれに続く大阪2連戦を取材した。はっきり言って問題点も多く目についた。まず、観客動員の不調。この目玉大会が成功しなければ新日本の今後はおぼつかなくなるし、プロレス界全体から見ても大きなマイナス・イメージ。なぜ、動員がよくなかったか? それは"G1の精神"が薄れていることも大きいと思う。"G1の精神"とは立場や状況に関係なく、参加選手が一線に並んで純粋に競い合うこと。先のことを考えずに"夏の一瞬のきらめき"に懸ける姿がピュアで美しく見えるのだ。

 確かに参加選手は純粋にG1に打ち込んでいた。優勝した蝶野は体調が決してよくない中で対戦相手というよりも自分自身と闘っていたし、圧倒的強さを見せていた藤田も足に抱えた爆弾を隠しての闘いだった。中邑、棚橋には"時代を変えてやる"という気概に満ちていたし、永田や鈴木は毎日ピリピリしていた。

 だが、今の時代は流れが速すぎて、ファンの心は先へ先へと向かってしまう。G1は"その場の輝き"を求めるものなのに、どうしても10・8東京ドームへのプロローグ的な見方になってしまっていたと思う。結果、選手の心はピュアでも、見る方の心がピュアでなくなってしまうのだ。そうなると"G1の精神"が薄れてしまう。

 またA、Bブロックに分かれてのリーグ戦だと参加選手が多くなり過ぎてしまう。もっと参加資格の基準を厳しくするべきだと思うし、参加選手が多かったために開幕戦の福岡では全試合が公式戦…つまり全試合がシングルマッチになってしまい、大会として単調になってしまった。そこにジュニアのタッグやヤングライオンの試合が入ってこそ、大会としてはアクセントがついて面白いと思うのだが…。

 最後に、やはりG1のイメージは両国国技館。かつては両国7連戦、両国5連戦なども行なわれたが、今年は最後の2日間だけだった。営業的に考えれば両国1本で客を入れるのは大変だろうが、最低3連戦はやってもらわないとピンとこない。サイモン猪木社長が「来年は両国3連戦にするかも…」と発言していたが、これは正解。両国が入らなくなった時は…G1を見直す時期である。


▲ページのトップへ戻る

<第16回>曙の全日本参戦はプラス!(05.8.10)

 8月9日、曙が全日本プロレス『サマー・インパクト2005』(8月21日=東京・後楽園ホール〜9月1日=札幌メディアパーク・スピカ)に参戦することが決定した。

 プロレス転向、あるいは全日本入団というニュアンスではないが「一からプロレスを学びたい。団体というよりは武藤部屋の武藤親方のもとで頑張りたい!」という曙の言葉には期待が持てる。

 武藤ならば、プロレスの難しさよりもプロレスの楽しさ、奥深さを上手く教えられるのではないか。過去、輪島、北尾と横綱出身者はいずれも志半ばでプロレス界から去っているが、そこには「相撲では横綱だったかもしれないが…」というプロレス側からの目と、「相撲だったら…」という本人の意地がぶつかっていたことは否めない。だが、武藤親方なら、そのデリケートな部分をクリアーしてくれると思う。何より、曙の元々の希望はプロレスラーへの転身だったのだ。

 曙の参戦はプロレス界にもプラス作用をもたらすはず。まず世間一般にもアピールするニュースだし、国技・相撲の横綱なら日本全国どこへ行っても知らないはずがない。集客への貢献は明らかだ。ビジネス的に考えれば、曙で一般の人の足を会場に運ばせ、そこで質の高いプロレスを見せてプロレス・ファンにしてしまえばいいのだ。

 曙がそのまま"客寄せパンダ"に終わるか、それともプロレスラーとして認知されるようになるか…あとは本人の努力次第である。

▲ページのトップへ戻る

<第15回>川田のG1参戦について(05.8.3)

 川田利明が今年のG1に参戦することになった。思えば川田は以前からG1参戦を希望していたから、フリーになった今、ようやく願いが叶ったことになる。

 この川田参戦で、俄然、G1が面白くなってきた。川田の公式戦は天山(4日=福岡)、藤波(6日=大阪)、カシン(7日=大阪)、永田(8日=横浜)、蝶野(10日=静岡)、鈴木みのる(11日=名古屋)、西村(13日=両国)。これで決勝トーナメントに進出すれば藤田、中邑、棚橋との対戦も考えられるのだから、夢のカードが目白押しだ。私はゴングからのオファーで、とりあえず福岡&大阪2連戦に行くことが決まっている。当初は福岡の日とぶつかるということで、両国の『W―1 GP』に行けないのが残念だったが、川田参戦で救われた!

 川田がフリーになったことについては未だ賛否両論がある。全日本の看板がなくなり、背負うものがなくなった分だけ、勝負への執着心が薄れているという声も少なくない。

 だが、私は思う。三冠王者=全日本の看板の時代、川田はどんなことがあっても負けられなかった。本人もその意識が強く、今ひとつ冒険に足が踏み出せないでいた。今は「負けてもいいや」という感覚はないだろうが、自己責任で何でもできる。逆に言えば、フリーの人間はリスクを恐れていては、活動の範囲が狭まるだけ。それは結果として自滅につながっていく。看板がなくなったから楽になったかというと、決してそうではないのだ。

 かつて天龍がWARを旗揚げし、新日本や大仁田などと戦っていた時に 「目先の勝敗を怖がっていたら、何もできなくなる。レスラーがファンのためというのを大義名分にするなら、リスクを恐れずに何でもやってみることだよ。そりゃあ、負けることもあるさ。でも負けてもインパクトを残せれば、それは負けにはならないんだよ」 と言っていたこともある。

 また、当時、全日本の四天王で頑張っていた川田について聞くと、 「頑張っていると思うけど、井の中の蛙になっちゃ駄目だよ。水面からちょっと顔を出して見渡したら、海が広いことに気付くから。広い海に出たら、面白いことがいろいろあるよ!」。

 全日本からハッスル、ドラゲー、K―DOJO、ノア、新日本…今、川田は様々な海を自由に泳ぎだしたのだ。


▲ページのトップへ戻る

<第4回>全日本・代々木決戦!(05.7.27)

 7月26日の全日本・代々木大会は台風7号が首都圏直撃かという状況での開催。全日本の代々木は毎回、天候が悪くて、何か運のなさを感じてしまうが、台風など何のその…大盛況の大会となった。

 メインの小島VS武藤の三冠戦は切り札カードだから、これでお客さんが入らなければ洒落にならないが、本当によく入っていたし、ノリも最高。これは目玉カード一本に頼っているのではなく、大会をひとつのパッケージとしてバランスよくまとめていたからこそだと思う。

 パッケージとしての面白さを提供するというのは、以前から武藤が唱えていたこと。昔は力道山のワンマンエース、次は馬場&猪木の時代、その次は鶴田、藤波、長州、天龍の時代、そのまた次は全日本=四天王、新日本=闘魂三銃士と、複数エースになってきていることを踏まえ、誰かひとりの看板、あるいはひとつのカードで勝負するのではなく、すべてをひっくるめたパッケージとして完成させるというのが武藤の考え方。これはアメリカン・プロレスが根底に流れているからこその志向と言ってもいい。

 私もこれには大賛成。そして結果として7・26代々木はファンの集中力を途切れさせない構成になっていた。カズと石森のジュニア世代対決、川田と宮本の師弟対決、VM対健介ファミリー、ROD対VM(蝶野のトッピングあり)、そしてメインの三冠戦…すべてコンセプトも試合の色も違うから飽きないのだ。そして重要なのはわかりやすいこと。善悪、敵味方がハッキリしていれば、観る方は感情移入も、応援もしやすい。

 先日のノアの小橋と健介ではないが、シンプルなのが一番だ。

▲ページのトップへ戻る

<第13回>ノアの東京ドームが教えてくれたこと(05.7.20)

 7月18日、ノアの東京ドーム大会。DESTINY=運命と名付けられた大会だったが、本当に様々な運命…人間ドラマを見せてくれたと思う。
 ダイアリーに書いたように三沢VS川田、小橋VS健介は週刊ゴングの速報の仕事のため、現場にいながら観られなかった。昨日、ようやく録画しておいたテレビを観たので、それも交えて話を進めていきたい。

 周りの評判を聞くと、あまり評価が高くなかった三沢VS川田だが、私には満足できた。ハッキリ言って、私は試合の技術的なことより、選手の感情面を重視してしまう。だから三沢が衰えたと言われるが、それが私には“味”になるのだ。高校生時代からの先輩後輩が40代になって雌雄を決しようというのだから、これは凄いドラマだ。特に私は全日本担当記者として21年前から2人の関係を間近に見てきているから、感慨深いものがある。

 まだ新弟子同様だった川田、リング外でも虎のマスクを被ることを義務づけられて「ラーメンが食いたくても、ラーメン屋に行けない」とぼやいていた三沢、仲良く飲んでいた超世代軍時代…いろいろなことが頭の中に浮かんできた。

 勝負を左右したのは、川田のイレ込み過ぎ。試合前から「三沢さんと5年ぶりに戦うんだ!」と精神的に相当なエネルギーを使っていた。そして試合の途中からプッツリと緊張の糸が切れてしまっていたのが、テレビで観ていてもよくわかった。実は神経が細かい川田らしかったと思う。対する三沢は持続力がある。やはり最後に出たのは先輩=三沢、後輩=川田の素の関係だったと言っていいのではないか。

 小橋VS健介は…もはや何も語る必要がない。これまた2人とも入門当時から知っているだけに、思い入れがあったが、こちらは試合内容が感慨を上回った。自分のダメージを最小限にして勝つことを最優先する総合格闘技とは一線を画すプロレスならではの最高の試合だ。

 人生を見せてくれた三沢VS川田、お互いの力を真正面からぶつけ合う体と精神の凄味を見せてくれた小橋VS健介。

 プロレスラーの背中には、その人の人生と生きざまが見え、本当の意味で“折れない心”を持っているのはプロレスラーであるということを教えてくれたノアの東京ドームだった。


▲ページのトップへ戻る

<第12回>橋本真也の功績(05.7.13)

 橋本真也が死んでしまった。新聞、テレビで報じられているので、ここでいつまでも嘆き悲しんでいても仕方がない。改めて橋本の功績を考えることで哀悼の意を表したいと思う。

 橋本はかつて“新日本の強さの象徴”であり“新日本の切り札”だった。これはアントニオ猪木、90年代の新日本黄金時代を築いたブッカーの長州力共通の考えだったはずだ。

 猪木は88年春に藤波が反旗を翻す飛龍革命を起こすとアメリカに飛んで“闘魂三銃士”を結成させたが、真っ先に会ったのは武藤でも蝶野でもなく橋本だった。また、猪木は橋本に前田打倒を託したこともある。

 橋本はブッカーの長州とは何度も衝突したが、それでも長州は橋本を一番買っていた。そして橋本はそれに応えて94年5月1日〜95年5月3日までの1年間、第16代IWGP王者として9度防衛の記録を作ってエースに君臨した。Uインターとの戦争で武藤が川田にIWGP王座を奪われた時も、奪い返したのは“強さの象徴”橋本だった。柔道世界王者の小川直也がプロに転向してきた時に、猪木が橋本に当てたのも、橋本の強さが小川の潜在能力を引き出して、新しい時代のプロレスが生まれると確信していたからだろう。

 この小川との闘いで橋本の人生は変わった。例の99年1月4日の東京ドームで事実上、KOに追い込まれて「プロレスとは何か」を我々に突きつける結果になったが…以後、プロレスラーとしてのプライド、己の全人生を賭けて小川と闘えたのは、一本気でまっすぐな橋本だったからだと思う。そして一時的にプロレスのイメージダウンを招いたかもしれないが、その一方では橋本VS小川は世間一般の注目を集め、橋本は最もメジャーなプロレスラーになった。

 橋本の、こうと思ったら周りが見えない性格、金勘定ではなく理想に突っ走る一本気な性格とエネルギーは新たな夢をプロレス・ファンに提供してくれた。「破壊なくして創造なし!」のZERO―ONE旗揚げである。これによってノアを開国させ、自分のリングでタッグマッチながら三沢VS小川まで実現させてしまったのだ。橋本には不可能なことを可能にしてしまう情熱があった。

 そして今、蝶野と武藤、そして小川が垣根を越えて追悼マッチを開催する意思を見せている。橋本は死してなお、我々に夢を与えてくれようとしているのである。

 最後に、私の心に一番焼きついているのは、冬木さんの遺骨を抱えて電流爆破に飛び込んだシーンである。

▲ページのトップへ戻る

<第11回>改めて感じたWWEの底力(05.7.6)

 7月1日〜2日の2日間連続でさいたまスーパーアリーナにおいてRAWとスマックダウンのオールスターによる『スーパーショー』を開催したWWE。これまでの日本公演と比較すると客入りは寂しく、その人気に陰りが見えたとも言えるが、その一方で、私はWWEの底力を改めて認識させられた。

 今回の不入りの原因についてはダイアリーで書いたが、ここでは大会の内容と戦略から見た、今のWWEについて書いてみたいと思う。  正直な話、今回の日本公演のタイミングは決していいとは言えなかった。4月3日の『レッスルマニア21』で世界ヘビー級王者になったバティスタ、WWEヘビー級王者になったジョン・シーナは共に日本での知名度はまだそれほどでもなく、レスラーの力量としても日本のファンからしたら疑問符がつく。さらには本国ではドラフトの最中で、ストーリーラインがはっきりしていない状態。中途半端な形での日本公演になってしまったのだ。

 だが大会の内容はというと…これは「さすがWWE!」と唸らされるものだった。初日は実に4時間にも及ぶ興行で「長過ぎる!」という批判もあったが、2月の日本公演は時間に制約のあるTVショーだったのに対して、今回はハウスショー。時間を気にせずに、WWEの真の力量を見せつけるための大会だったように思う。

 この初日大会で私が感心したのはジェリコvsベンジャミン、アンダーテイカーvsアングルの2試合。ジェリコvsベンジャミンは、日本では地味な印象が強かったベンジャミンの巧さと潜在能力をジェリコが見事に引き出していたし、アンダーテイカーvsアングルはビッグショーのメインに据えてもおかしくない大勝負。アングルの足に攻撃を集中させてアンクル・ロックに持ち込む試合運びは理にかなったものだったし、あらゆるバリエーションからアンクル・ロックに入る攻防の妙はハイレベル。アングル・スラムに入る仕掛けも絶妙だった。一方のアンダーテイカーは、チョークスラムやツームストーンへの布石として首攻撃、さらにサブミッションも繰り出して引き出しの多さを見せつけてくれた。単なる怪奇派だったら、とっくに飽きられているだろうし、この引き出しがなければ、15年もWWEのトップには君臨していないだろう。

 こうした重厚な試合があるからこそ、まだまだ勢いとスター性だけのバティスタ、シーナが主役を務められるのである。この若き王者をリードし、引き立てていたのが前王者のトリプルHとJBLだ。

 2日目にはシーナvsJBL、バティスタvsトリプルHの2大タイトルマッチの間にショーン・マイケルズvsクリス・ジェリコの試合を挟んだのがミソ。マイケルズとジェリコの33分30秒の重厚な試合でWWEのレベルを知らしめて、ファンを満足させるという保険を掛けておけば、シーナとバティスタが荒削りでも大会が締まるのである。

 制約のないノーTVのハウスショーでがっちりとした試合をやるからこそ、TVショーやPPVにファンが集まるし、選手たちも好試合ができる。また選手層が厚いからこそ、脇をがっちり固めてバティスタ、シーナを新時代のエースとして育成できる。何より、一丸となってこの2人を本物のスーパースターにしようという姿勢が素晴らしい。

 今、過渡期を迎えて苦しいWWEだが、あと半年もすれば、ちゃんとした形が出来上がるだろう。日本の団体がWWEから学ぶべき点は多い。


▲ページのトップへ戻る