<第180回>30年目に突入!(09.4.29)

 もうすぐ5月。この春に就職した人や進学した人は希望に満ちた日々を送っているのだろうか。ひょっとして5月病になっている人も!?

 1980年の春、私は中央大学法学部法律学科に進学した。当時の私は新日本プロレスのファンクラブを主宰し、新日本の事務所にも出入りして大学の先輩にあたる新間寿取締役営業本部長にも可愛がられていたが、将来の夢は弁護士になることだった。ところが何の運命のいたずらか、大学入学前の春休みにゴングのアルバイトに採用された。

 そして5月の時点では弁護士になることはすっかり忘れて、そのままプロレス業界に入ることが夢になり、気付けばもう47歳。今年の9月で48歳になる。週刊ゴングの編集長→日本スポーツ出版社の執行役員→フリー…海援隊の昔の歌ではないが『思えば遠くへ来たもんだ』である。

 ずっと続けてこられたのは、やっぱりプロレスが好きだから。勝敗だけではない、見せるというショーだけでもない、そこに戦う者たちの心の葛藤や覚悟など、様々な人間臭いドラマが内包されているから飽きることがないのだ。リング外でも離合集散の激動を取材し、複雑な人間関係を経験させてもらい、人生に必要なことも随分と学ばせてもらったと思う。

 今の私はファンからの視点、作り手側からの視点…あっちからこっちから、いろいろな角度からこねくり回してプロレスを見ている。記事を書いて、それを生業にしている以上は、一番大切なのはお金を払って見に来てくれるファン、本を買ってくれるファンの視点だ。だから常に「自分だったら、この記事にお金を払うか?」を考えながら原稿を書くようにしている。レスラーの心をファンに伝え、ファンの心をレスラーに伝えられるのが、変わらない私の理想とするところであり、どんなに長く業界にいてもプロレスとプロレスラーへのリスペクトは変わらない。

 この世界に入って遂に30年目に突入。スポーツ紙の記者は人事異動があるから、いつの間にか古株になってしまった。中には「重鎮」と呼んでくれる人もいるが、自分の気持ちとしては神棚に祭り上げられるのはまっぴら御免。まだまだ若い記者の人たちと現場にいて、レスラーやファンと同じ空気を吸い、様々なことを感じていたい。

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<第179回>新たな戦いが始まった!(09.4.15)

 4・11後楽園ホールにおける『グローバル・タッグリーグ戦09』開幕戦は話題満載。試合前には後藤洋央紀の「ノアとの対抗戦は終わっていない」の発言を受けて杉浦貴が新日本への出陣を表明、ジュニア戦線では乱入を繰り返す黒覆面の正体を巡ってKENTAと石森に亀裂が入った。

 だが、私の注目はメインイベントの秋山準&谷口周平vs三沢光晴&潮ア豪。タッグリーグ公式戦であると同時に4・19札幌の秋山vs潮アにおけるGHC戦の前哨戦である。

 秋山vs潮アは見応え十分。序盤で潮アがラリアット、ジャーマン、跳躍力を活かした高い位置からのムーンサルト・プレスで追い込む。続いて狙ったゴーフラッシャーは谷口に阻止されたものの、今の潮アには時の勢いがあることを改めて実感させられた攻めだった。

 対する秋山は潮アのチョップ、ラリアットを封じるために徹底した右腕殺しで反撃へ。それはノア旗揚げ時に小橋を苦しめ抜いたクールな秋山が蘇った感じのシビアな攻め。秋山もまた、今回のGHC戦には王者として、現状のノアを背負う人間としての覚悟と決意を体現していた。

そして、もうひとり注目すべきは谷口。秋山vs潮アばかりがクローズアップされる中で「ふざけんなよ!」という気持ちを全開に潮アにぶつかっていったのだ。ナチュラルなパワーを活かしたシュミット流バックブリーカー2連発からそのままブロックバスターで潮アをぶん投げたあたりは本領発揮。潮アのケサ斬りチョップ、ラリアットもカウント2でクリアーして必死に食らいついていった。ヘビー級の逸材としてデビュー時から期待されながら、なかなかプロレスに馴染めないでいたが、ここにきて吹っ切れた感じだ。最後こそ塩崎の新技(変形ゴーフラッシャーと発表されたが、形としては裏ノーザンライト・ボムのような技)に敗れてしまったが、近い将来、潮アのライバルとして浮上してくるのは間違いない。

「あそこから、もう一歩行ければ一皮剥ける。ここを打開したら何とかなるんですよ。フラフラなんだけど、そこを抜けたら絶対に得るものがあるのがわかるんですよ、僕もそうだったんで。だからピンチになっても、なかなか(助けに)入っていけなかった」というのが秋山の谷口評。今、谷口はワンステップ上がる苦しみを味わっているのだ。

 そしてGHC戦については「まだまだ、あれくらいの単調な攻めだったら大丈夫かな。潮アは確かにノアの未来だけど、そう簡単に未来は掴めるものじゃない。僕のため、潮アのために札幌では勝ちますよ」と秋山。

 潮アをノアの未来だと確信しているからこそ、初心に戻って敢えて冷徹に叩き潰そうという秋山、その秋山を乗り越えて王者になることを使命だと信じている潮ア、その潮アを追いかけるためにスタート地点に立った谷口…今、ノアで新しい戦いがスタートした!


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<第178回>ノア中継最終回に感じたこと(09.4.1)

 3月29日の26時25分〜26時55分を持って日本テレビのプロレスリング・ノア中継が終了した。いや、ノア中継というよりも55年間続いた日本テレビのプロレス番組が終了したと言っていいだろう。テレビ朝日の『ワールド・プロレスリング』は続いているものの、テレビと共に歩むプロレスという時代が終焉に向かっていることを改めて実感させられる現実である。

 さて、その最終回の内容だが、力道山時代からの映像を持っている日テレだけに日本プロレス→全日本プロレス→プロレスリング・ノアという日本プロレス界の歴史を振り返るような番組作りをすることもできたはず だが、潮ア豪のインタビューをメインに据え、4・19札幌でのGHC戦の前哨戦となった3・15丸藤興行の秋山&KENTAvs潮ア&橋、4・11後楽園で開幕するグローバル・タッグリーグ戦に向かっての杉浦の高山と組んでの出場宣言、健介&森嶋の合体、さらにはKENTAが謎の黒覆面に襲われるシーン…と、現在から未来への流れで構成されていた。

 私は逆にこの番組作りに好感を持った。中継スタッフはノアへの思い入れが強い。だからこそ、過去を振り返るのではなく、未来につながる番組をもって最終回にしたのだと思う。そこには「これからさらに頑張ってほしい!」というスタッフの熱い気持ちが込められていたと私は感じた。

 力道山から始まった日テレのプロレス中継最終回の主役になったのは潮ア。そこには若い力に未来を託したいという祈りにも似たスタッフの気持ちがあったのではないか。正直、今現在の潮アでは秋山を攻略するのは難しいと私は思っているが、何回潰されてもやり遂げてほしい。

そして1年後、再び地上波でノアの試合が観られることを期待している。それは今まで携わってきた中継スタッフの願いでもあるはずだ。

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<第177回>卒業式シーズンに思い出すのは…(09.3.18)

 そろそろ卒業式のシーズンだと思う(私には子供がいないのでわからないので…)。私が小学校を卒業したのは昭和49年(1974年)3月。もう35年も前のことになる。それでも、今でも小学校時代の友達とは年に3〜4回会う。小学校4年の2学期から卒業まで同じクラスで過ごした仲間たち…子供時代の2年半という時間は長いし、同じ中学に進学した友達も多いから結びつきは強いのだろう。

 さて、小学校の卒業式で思い出されるのはアントニオ猪木vsストロング小林の昭和・巌流島と呼ばれた一戦だ。テレビ放映がちょうど卒業式の日だった。

 私は父親の影響で幼稚園の頃からプロレスを観、月刊ゴングは小学校3年の1970年から読んでいた。そして最も夢中になったのは、73〜74年。ちょうど猪木&新日本が躍進し始めた頃からだ。73年4月から坂口征二が合流し、NETテレビ(テレビ朝日)で『ワールドプロレスリング』がスタートした。5月4日の川崎市体育館における『ゴールデン・ファイト・シリーズ』開幕戦でタイガー・ジェット・シンが乱入するのもナマで観た。この年の6月あたりから外国人選手もグーンと良くなり、10月13日には蔵前国技館で猪木&坂口vsカール・ゴッチ&ルー・テーズの世界最強タッグ戦が行われ、年末12月10日には東京体育館で猪木がジョニー・パワーズからNWF世界ヘビー級王座を奪取した。

 そして年が明けて猪木vs小林戦。中学に入学してからは10月10日に蔵前国技館で猪木vs大木金太郎も実現。私はさらに夢中になってプロレスを観るようになった。

 私が子供の頃に猪木に夢中になったように、今のトップと呼ばれる選手たちは、プロレスファンの子供たちにとってヒーローなのだろうか?

 プロレス業界に入って、そろそろ29年。それでも35年前のアントニオ猪木は私の記憶の中で輝いている。以前、武藤が言っていた「過去の記憶には勝てねぇよ!」は本当の話だ。

 今現在の子供のプロレスファンにも、大人になっても記憶の中で輝き続けるプロレスラーがいてほしいと思う。


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<第176回>対抗戦で見える顔(09.3.4)

 今回はノアの3・1日本武道館で行われたノアvs新日本の対抗戦について書こう。入場してくる中邑真輔、ミラノ・コレクションA.T.に浴びせられるブーイング…やはり新日本にとってノアはアウェーだということを感じさせる光景だった。ただし試合が始まればシンスケ・コール、ミラノ・コールも。当然、新日本のファンも応援に来ている。対抗戦はこのピリッとした雰囲気がいいのだ。

 革命戦士時代の長州力は「相手の背中にそいつの人生が見える」と言ったが、対抗戦ではそれぞれの選手が普段とは違った顔、いつもは気付かなかった顔を見せる。

 まず乗り込んできた真輔とミラノだが、真輔は本当にいい面構えをしていた。正直、私は以前、中邑真輔というレスラーはあまり好きではなかった。純プロレスのようでいて総合格闘技色もある。でも、そのバランスが悪くて「一体、彼は何を目指しているんだろう?」と方向性が見えなかったからだ。だが不思議なもので、今はそれが彼の個性、味になっている。特に昨年4月に武藤にIWGPを奪われてから、他の選手とは違う真輔のカラーが際立ってきたような気がする。年代は全然違うのに、かつての新日本の匂いを持っているのだ。そしてそれが対抗戦に凄くマッチする。

「ノアをぶっ潰してやる!」という真輔のギスギスした気迫は新日本のファンにとって頼もしかっただろうし、ノアのファンをエキサイトさせたと思う。真輔に巧さは不要。いわゆるプロレスが巧くなったら、その魅力がなくなってしまう。現IWGP王者の棚橋は巧さが光る選手だが、だったら真輔は研ぎ澄まされたナイフのようなギラギラ感で対抗戦に打って出るのが似合っている。

 ミラノは引き出しを全開にした。ルチャ・リブレをベースに、アメリカに渡ってオールド・スクールのプロレスを学び、そして新日本でストロング・スタイルに触れたミラノはオールラウンド・プレイヤーである。この対抗戦でも独特の間合いの動きと、メキシコ&アメリカ&新日本のスタイルをミックスしたファイトでノア勢を翻弄。ミラノの変幻自在なファイトは真輔の喧嘩モードとうまく融合していた。今回、新日本がミラノを起用したのは大正解だ。

 対するノア勢は、1・4東京ドームで真輔に敗れている杉浦が雪辱に向けて闘志全開。全面に出る気迫、骨太のファイト、アマレスを下地にしたテクニックは対抗戦向き。1・4に続いて、またまた株を上げたと思う。

 潮アはいきなりミラノにペースを乱されて苦しい展開に。これが昔の潮アだったら、そのままズルズルと相手の術中にはまっていただろうが、アメリカ修行によってそれを跳ねのけて試合を自分に引き寄せる強引さ、パワー、弾けっぷりを身に付けている。

 正直、潮アにはピリピリした空気はあまり感じられなかったが、私が思うにそれはデビュー1年未満で外部の大物と戦ってきた経験によるものだと思う。潮アは04年7月のデビューだが、05年初頭からノアには外敵が多く上がり、その中で天龍、健介、鈴木みのるらに揉まれている。あまり潮アを知らなかった頃は「この若手はおっとりした性格なのかな?」と思っていたが、実際には豪胆なのだ。新人時代に大物たちにボコボコにされているから「何が来たって、どうってことないよ」ぐらいの気持ちを持っているのである。だから新日本との初めての対抗戦でも緊張がなかったのだと思う。これが"ふてぶてしさ"という味になれば、またファンが見る目も変わってくるのではないか。

 とにかく対抗戦では様々な発見がある。戦う当事者も未知の相手に遭遇することによって今まで知らなかった自分を発見することもあるだろう。乱発はよくないが、ファンのために、選手自身のために、この対抗戦は若い世代主体で続けていってもらいたい。

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<第175回>今こそヘビー級ならではの醍醐味を!(09.2.18)

 正直に書くと、今年に入ってから今現在まで思ったように会場に行けていない。個人的な用事や取材が重なることが多く、2・15両国にしても会場に到着したのは7時頃で休憩明けのミスティコvsメフィストからしか観ることができなかった。

 まずはそんな状況で書くのをお許しいただきたい。で、今年に入って新日本1・4東京ドーム、前述の新日本2・15両国の2大ビッグマッチを除いて印象に残っているのはノア1・25後楽園、全日本2・6後楽園、健介オフィス2・11後楽園の3大会。ノアはKENTAvs鈴木鼓太郎のGHCジュニア戦、全日本は丸藤正道vsカズ・ハヤシの世界ジュニア戦、健介オフィスはKENTAvs中嶋勝彦のGHCジュニア戦と、いずれもジュニア・ヘビー級がメインを取り、しかもどの大会も超満員で観客が熱狂した試合だ。

 そしてジュニア・ヘビー級とはいっても、すべてカラーの違う試合だった。KENTAvs鼓太郎は、鼓太郎がセコンドの平柳、凶器を使い、場外戦を仕掛け、それをKENTAが真っ向から制裁するという大荒れでも最後は爽快な遺恨マッチ、丸藤とカズはノアvs全日本の対抗戦ではあったが、それよりも2人の天才児がプロレス頭と技量を競い合った試合。KENTAvs勝彦は旬な2人が感情と技術を真っ向からぶつけ合った「これぞ若き対抗戦!」という試合だった。

 これら3試合に共通点があるとしたら、ジュニアの一級選手の激突だけにスピーディーな展開とキレのある技、スリリングな展開の連続で観る者の目を惹きつけ、飽きさせなかったということ。今のファンはこういう試合が好みなんだろうなと痛感させられた。

 ハッキリ言って、こういう試合をやられたら、スピード面では明らかに劣るヘビー級の選手は太刀打ちできない。では、ヘビー級はどうやってファンを惹きつけたらいいのか?

 これはもう、体格の違いによる迫力、大きい人間ならではのスケールの大きさ、ダイナミックさで「大きな人間がぶつかり合う迫力」というプロレスの原点に立ち返るしかない。ただ、現在のヘビー級のレスラーは、昔のレスラーに比べてかなり小さいというのが現実。私が森嶋猛を買っているのは、ガイジン相手でも圧倒できるあの体なのだ。

 2・15両国の棚橋vs真輔はシリーズ全戦で前哨戦を繰り広げてきただけに、その集大成となる好試合だったと思う。ただ「ヘビー級ならでは!」という試合ではなかった。4・5両国では棚橋にカート・アングルが挑戦するので、ここでの棚橋の課題は勝つのはもちろんのこと、メジャーリーガーのアングル相手にどれだけスケールの大きなファイトができるかになると思う。

 その前にはノア3・1日本武道館で佐々木健介vs秋山準のGHC戦もあるし、全日本3・14両国ではグレート・ムタvs高山善廣の三冠戦が有力。ジュニア・ヘビー級が階級を超越して充実している今、ヘビー級選手たちが軽量級にはない醍醐味を提示してくれることに期待したい。


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<第174回>09年のプロレス界に感じるエネルギー(09.2.4)

 昨年暮れから世の中は暗いニュースばかり。株価の下落、派遣切り…フリーで仕事をしている私も何の保証もない身だから他人事じゃない。今現在はレギュラーの仕事を持っているにしても「予算の都合で次回をもって…」と切られるかわからない身なのだ。プロレス界が不況になれば、私の生活も脅かされるのだ。

 だが、楽観的なのかもしれないが、私は逆境にあると言われている今の日本プロレス界にエネルギーを感じている。まずは新日本だ。ノア、全日本、ZERO1、TNAを交えて総力戦で挑んだ1・4東京ドームから自信をつけて攻めの姿勢に転じているのが頼もしい。

 たとえば今のシリーズにしても2・15両国に向かって一直線。IWGPヘビー級を争う棚橋と真輔、IWGPジュニアを争うタイガーマスクとライガー、IWGPジュニア・タッグ挑戦権を争う裕次郎&内藤、邪道&外道、田口&デヴィット、ミラノ&石狩が連日のように激突している。これは昔ながらの手法ながら大正解だと思う。昔はシリーズを通してタイトルマッチでぶつかる者同士が毎日のように戦ってレベルを高め、最終戦のタイトルマッチで最高の試合を提供していた。それを新日本は復活させたわけだが、これは両国のカードへの自信がなければ出来ないこと。ある意味で2・15両国は1・4以上に今年の新日本を占う重要な大会になる。

 低迷していた時の新日本はとにかくブレブレだった。誰を柱にしたいのか、何を売り物にしたいのか、さっぱりわからなかった。売り手がお薦め商品(選手、試合)を決められなければ、買い手(観客)だって迷ってしまう。元々、確かな商品を揃えていた新日本なのだから、自信を持って提供すれば買い手もついてくる。今の「ウチはこれです!」と打ち出している新日本には頼もしさを感じるのは私だけだろうか。

 そしてノアだ。ノアは3月で日本テレビの放映が打ち切られるという報道が出て、昨年暮れからいきなり逆風にさらされた。だが、この逆風が選手たちのエネルギーを引き出したという印象が強い。それも尻に火がついたというニュアンスではなく、「よーし、やってやろう!」という前向きなエネルギーを感じるのだ。

 そのエネルギーが充満していたのは1月ツアー最終戦の1・25後楽園大会。メインのKENTAvs鼓太郎のGHCジュニア戦は、鼓太郎が血のりを使ったトリック戦法を始めとして反則三昧。かつてのノアだったらちょっと考えられない展開である。だが、この試合はプロレスの「何でもあり」の要素をすべて含んだ試合だったと思う。様々な策略をクリアーしてKENTAが勝利した瞬間の会場の沸き方は半端じゃなかった。

「プロレスリング・ノアはどんな状況であろうと、前に進もうと思います!」というKENTAのマイクにはエースとしてのオーラが感じられた。

 また、ノアに新たなうねりを起こすために新ユニット結成を宣言した力皇とヨネが森嶋を襲ったのもノアでは画期的なこと。

「こんだけやって違うカードを組んだらおかしい。そんな会社、こっちから出てってやりますよ」というヨネの会社批判とも取れる発言もリアリティがあり、覚悟が感じられた。

 その他にも「テレビ打ち切りの報道を見て、俺がやらなきゃと思った」と自らの意思で凱旋帰国した潮アの勢い、3・1日本武道館で肉体改造をしてカムバックすると宣言した小橋、その3・1日本武道館で健介のGHCに挑戦する秋山、無冠になったことで逆に弾けている森嶋、そして充実のジュニア勢…みんなが何だか意欲的に映るのである。今のノアは98年5・1東京ドーム後、三沢革命によって選手たちが自己主張を始めた当時の全日本と同じムードがある。

 どんな状況であっても前向きに、意欲的に…この気持ちがある限り、09年の日本プロレス界は捨てたもんじゃないだろう。

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<第173回>私の成人式はハンセンと共に…(09.1.21)

 今はハッピー・マンデー政策(土日月を3連休にする=これによって週刊ゴング時代は締め切りが早まって苦しめられた)によって成人式の日にちが年によって変わってしまうが、昔は1月15日と決まっていた。私の成人式は1982年1月15日。もう27年も前のことである。そんな昔の記念すべき日の思い出を綴ってみたい。

 その日の朝6時過ぎ、私は羽田空港にいた。前年暮れに新日本から全日本への電撃移籍を表明したスタン・ハンセンの来日を取材するためだ。前日、追い込み作業を終えた後に羽田空港に近いウォーリー山口さんの家(大田区洗足池にあった)に泊めてもらい、早朝5時には起きてタクシーで羽田空港へ。

 ハンセンは中華航空機で午前7時に羽田に到着した。すぐさまハンセンの姿を見つけた私がハンセンに手を振ると、気軽に手を振り返してくれたのが嬉しかった。そこから品川のホテルまで日本テレビが用意した車に一緒に乗せてもらって密着取材。前年8月にアメリカに3週間の取材旅行をしていて、少しは英語に自信を持っていたから、少ないボキャブラリーでもインタビューを試みた。

「この額の傷を見ろ! 去年の12月に馬場がつけた傷だ。俺は黙ってはいない。試合場には救急車と担架を必ず用意しておけ。それも馬場を乗せるビッグサイズのものをな!」(ハンセン)

 ウーン、今考えるとベタなコメントだが、当時のプロレスではこういう発言が一般的だった。

 品川のホテルでハンセンに別れを告げると、一旦、ゴング編集部に戻り、すぐさま来日第1戦を取材するために千葉の木更津倉形スポーツ会館へ。

 そして自宅に戻ったのが午後11時過ぎ。こうして私の成人式は"ハンセンの追っかけ"で終わったのだった。

 あれから27年経った今も、私はプロレスに関わる仕事をしていて、東スポで連載中の『プロレス・スーパースター実伝』では現在、ハンセン編を書いている。

 ハタチの時、27年後の自分をどんな風に想像していたか…きっと将来の自分なんて漠然とし過ぎていて、想像すらできなかったと思う。

 今年、成人式を迎えた皆さん、将来はいずれやってくるものだから、今、この瞬間を全力で生きてください!


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<第172回>新日本vsノアは点から線へ!(09.1.14)

プロレス・オールスター戦と言っていいラインナップとなった1・4東京ドーム。それまでのお祭り的なムードとはガラリと趣を異にしたのは中西学vs秋山準、中邑真輔&後藤洋央紀vs三沢光晴&杉浦貴の新日本vsノアの"対抗戦"だった。

 そう、これは交流戦でなはなく、対抗戦。これまでノアが参戦すると「出て頂いて、ありがとうございます」感が強かったが、今回は新日本側が当然のごとく対抗戦モードなら、一方のノア側も対抗戦モードで来たのが大きい。やっぱりプロレスはこうでなくちゃいけない。様々な楽しみ方ができるのがプロレスとはいえ、その根本にあるのは闘い。闘いがなくなったら、それはプロレスとは言えないのだ。

 秋山が青木篤志にNOAHのフラッグを持たせて入場すれば、中西は新日本のロゴが入ったTシャツで入場。この試合は本当に勝負本位という感じだった。中西が野人パワーを爆発させて押しまくり、秋山はほとんど防戦一方。最後は急角度のエクスプロイダーから、これまた急角度のリストクラッチ式エクスプロイダーで秋山が逆転勝ちしたが、印象的には"中西強し!"の試合。それでも秋山は「パワーでは敵わないから、いかに攻めさせて疲れさせるかだったんで。勝たなきゃしょうがないから」とサラリ。「この試合は内容じゃなく、勝ちゃあいいんだよ!」ということだろう。

 秋山がいかにシビアな対抗戦だと捉えていたかは、次の言葉でもわかった。この2人は専修大学レスリング部の先輩後輩ということでビジョンのVTRもそんな2人の関係がクローズアップされていたのだが「青春ドラマみたいな煽りだったけど、これは新日本とノアの闘いですから。特に新日本のファンは青春ドラマを見せられたって、どうってことないでしょ?

 確かに一番世話になった先輩ですけど、交流戦のつもりでは来てないんで。交流戦だったら僕の存在価値はない」。

 また、アナウンサーの「中西選手が新日本のTシャツを着てきたということは、秋山選手を認めたということでは…」の言葉には「いや、プロレス界では僕が認める方なんで、それはちょっと違いますね」とピシャリ。

「今後については点で終わらせる気はないんで。このドームを見て、あそこに入りたいと思わないなら、辞めた方がいいですよ。入りたいと思うのがレスラーだと思うし、だからこの仕事をやっていると思うし。あとはノアの度量ですけどね。それと勝ち逃げさせるのか、させないかは新日本さんが決めることでしょう」

 秋山は新日本との対抗戦を本格開戦させる意図を持って中西戦に臨んでいた。だからこその「とりあえず勝つ」だったのである。

 そして中邑&後藤vs三沢&杉浦。この試合が純粋に一番沸いていたと思う。中邑&後藤は完全に喧嘩モード。これを三沢&杉浦が斜に構えることなく真正面から受けて立ったから沸いて当然だ。

 中邑&後藤のいかにも新日本の新世代という気迫と攻め、それに対して杉浦は"三沢のポリスマン"としてギラリと光るファイトを見せ、三沢もまた気持ちのこもったエルボーを新日本の若い2人にぶち込んだ。

 中邑&後藤のファイトは新日本のファンにとっては頼もしかっただろうし、ノア・ファンにとっては杉浦が頼もしく映ったはず。そして私は、勝敗が最優先の対抗戦にノアの象徴の三沢自ら出陣したことに感服した。もし、ここで不覚を取ったら、ノアの命取りになりかねないのである。そういえば「常にリスクはあるけどさ、それを恐れて出なかったっていう自分の気持ちが嫌じゃん」というのが三沢の口グセだった。

 杉浦が中邑にドラゴン・スープレックスを決めれば、すぐさま後藤が入って昇天、その後藤に三沢がエメラルド・フロウジョン、起き上がった中邑が三沢にランド・スライド! 出し惜しみのない攻防の末に中邑の飛びつき腕ひしぎ十字固めが杉浦を捉えると東京ドームは大歓声。こういう闘いをみんな待っていたはずだ。

「少しでも文句があるなら中邑、後藤の名前を出せばいい」(中邑) 「完璧な勝利。これで終わっていいんじゃないですか? どう言い訳するか楽しみですけど」(後藤)

 中邑と後藤は完全勝利、ノアとの完全決着をアピールしたが、それは「もっともっと熱い闘いをやっていきたい!」という気持ちの裏返し。その証拠に以下のようなコメントが飛び出した。

「(三沢のエルボーは)痛いだけじゃない、凄いだけじゃない"ああ、これか!"って感じでしたね。自分みたいな若造が"いいものを持っている"って言ったら失礼ですけど、凄い武器ですよ。(シングルは)武藤敬司と同様、やっておかなきゃいけない選手です。今日のじゃ物足りない。(杉浦は)思っていたノアのイメージとは違いましたね。三沢光晴が横に置くだけのことはある。まあ、褒めてばかりいられないんですけど。今後については、今日の勝敗に感じるノアの人間がいれば、来ればいいよ。今日、石を投げた。それによって起こった波紋に気付かないなら、それだけ。黙って見過ごすなら、それでいいよ」(中邑)

「すべてにおいて上だから俺らが勝った。そこに何か言ってくるなら、いつでもやりますよ。まあ、杉浦選手は予想外のタフさでしたね。自分たちより小さかったけど、さすがにノアが送り込んできた選手ですよ」(後藤)
 と、2人とも完全にソノ気。秋山同様に点で終わらせる気はないのだ。

 この気持ちは敗れた三沢、杉浦も同じ。特に敗れた杉浦は「まだまだやり足りないし、会社がOKなら独りで乗り込んでもいいですよ」と臨戦態勢。
三沢は「若い選手とやれてよかった。今後、またどこかでクロスすることがあればね。ぶっちゃけ、いい選手だったし、僕じゃなくウチの選手とドンドンやらせたいよね。まあ、最後はタイミングが合って入っちゃって感じで、完全に負けたかはクエスチョン。結果は時の運だから反省点はないですね。チャンスがあればドンドンという気にさせられたよね」と独特の言い回しで対抗戦続行を示唆している。

「中西選手が負けたままでは終われないのが正直なところ。タッグも杉浦選手のいい技を受けていたので、もう一度やり返してほしいですね。ノアさんの意向はわからないですけど、対抗戦続行といきたいです」と新日本の菅林社長。

 あとはタイミング次第。必ずやこのメジャー対抗戦は戦につながっていくはずだ。

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<第171回>あれもプロレス、これもプロレス…(08.8.20)

 このところずっと私の取材の歴史を書き連ねてきたが、長州番記者を終えたところで一区切り。この直後から天龍番記者として天龍革命を追いかける日々が続くが、それについてはこのプロレスコラムの第3〜6回で書いているので、今回からは趣向を変えて、特にテーマを設けずに、その時々に感じたこと、思ったこと、書きたいことを書いていこうと思う。

 日本スポーツ出版社を退社してフリーになってからもうすぐ4年、昨年3月に週刊ゴングが休刊になってからは、締め切りに追われるようなタイトな仕事はそれほどないので自分のペースで生活が出来るようになった。そして以前に比べて時間的に余裕があるから会場に足を運ぶペースも増えている。この仕事は机の上で理論をこねまわすよりも、実際に試合を観て、感じて、観客の空気に接し、そして選手と接することが大事。自分で書くのも何だが、サムライTVの『S−ARENA』が私を重宝がってくれるのは、どこの団体の話題でもOKだからだ。それに東京スポーツのプロレス大賞で選考委員としてお呼びがかかるのも、数多くの団体に足を運んでいる実績を認められてのもの。ちなみに今年は現時点(8月21日)で103大会を取材している。



 そうした取材で感じるのは、やはりプロレスの多様性。勝敗優先、勝敗よりも内容、エンターテインメント、格闘技的要素の強いスタイル、パロディやお笑い…などなど、本当に多くのカラーがある。そしてそれぞれにファンが付いて成り立っているのは驚きだし、その振り幅の広いすべての要素を楽しむファンもいる。そう、プロレスはスポーツ、格闘技、見世物、バラエティーショー、お笑い…と、あらゆる要素を内包しているのだ。



 だから、私はプロレスと名が付く以上はどんなものであれ「観たい!」と思うし、個人的な好き嫌いはあるにしても基本的にはすべてのプロレスを肯定する。私がハッスルを楽しんで観ていたら、ある若い記者が「馬場さんの王道プロレス、天龍革命の支持者の小佐野さんがハッスルを楽しんじゃ駄目じゃないですか」と冗談交じりに話しかけてきたが、面白いものは仕方ない。馬場さんの言葉じゃないが「そういうのを全部含んだのがプロレスなんだ」というのが私の考えだ。そこにヘンな理屈や講釈はいらない。



「えっ?」と思うような団体や選手でも、支持するファンがいるなら批難する必要はない。少なくともお金を払った人が満足しているのなら、それでプロレスは成り立っているのである。

 本当なのか、嘘なのか、本当の中に嘘があるのか、嘘の中に少しの本当があるのか…プロレスは実に曖昧な部分がある。白とも言えない、黒とも言えない灰色の部分があるからこそ、プロレスは魅力的なのだというのが私の考えだ。



 社会や人生、人間関係。何事も灰色の部分があるからこそ成り立っているし、それが味付けになっているはず。何でも白か黒かに決めないと気が済まないプロレスファンは損をしていると思う。灰色の部分を楽しめたら、もっとプロレスは面白くなりますよ!



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