<第100回>オリジナル・アロハ

 前回、ロングスリーブのアロハがなくて困ると書いたが、それだったら自分で作ってしまえばいい。生地を買って仕立ててもらえばいいのだ。ということで、今回はオリジナルのロングスリーブ・アロハをご紹介しよう。

 初のオリジナル・アロハは2年前、妻チエコからのクリスマス・プレゼント。その年の10月のハワイ旅行の際、生地屋さんの『ファブリックマート』(クヒオ・アベニューから2番、あるいは13番バスに乗ってアラワイ運河、カピオラニ・ブールヴァールを越したらすぐ)で生地を購入。それを東京に持ち帰ってYシャツの仕立て屋さんにアロハにしてもらったというわけ。

 この『ファブリックマート』は、かつては地元の人ばっかりだったけど、今ではフラブームでムームーを作る人も多くて日本人客が急増している。以下はチエコから聞いたコツだが、まずは生地を4ヤード買う。柄合わせが難しいので、このくらいあった方がいいそうだ。余った生地は襟とかカフスが取り替えられるし、余った生地でバッグなども作れるから無駄にはならないでしょ。そしてボタンはやっぱりココナッツ・ボタン。これはレジの引き出しに入っている。私はボタンダウンのデザインが好きなので襟用に0.3インチ×2個、そして前立て用&カフス用で0.5インチ×11個が必要。あとは帰国して仕立ててくれる店を探せばOK。

 注意点としては襟の形、カフスの形を指定する。好みのアロハを持っていって説明すれば完璧かも。サイズ的には、Yシャツとは違うので、少しゆったりめにしてもらう。スラックスの上に出す場合には脇スリットを入れてもらうのがいいかも。

 さて、私が持っているオリジナル・アロハは写真にある4枚。一番上は2年前にクリスマス・プレゼントとして貰ったもので、比較的、無難な色とデザイン。2番目の物も2年前に貰ったもので、これはプルオーバー型だ。3番&4番は去年、貰ったもの。3番目の大柄のデザインもなかなかグッド。4番目のオレンジは派手だけど一番のお気に入り。NOAHのプレスパスにも、このオレンジのアロハを着た写真を使っている。

 ちなみに生地は1ヤード=3〜5ドル。仕立て代が7000円ぐらいだから、買うより作っちゃう方がリーズナブルかも。だって世界に1枚しかないアロハだもんね。ぜひ、お試しあれ!

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<第99回>ロングスリーブ・アロハ

 アロハシャツ愛好家の私にとってツライのは冬。長袖…ロングスリーブのアロハシャツというのが、なかなかないからだ。もちろんハワイでも売っているが、種類も数も少ない。私のお気に入りメーカーはレインズだが、ようやく見つけてもサイズがデカくて、私サイズ(Mサイズ)にお目にかかることはめったにない。

 こうなればインターネットでオンライン・ストアを利用するしかないということで、今年の冬は輸入を試みました。写真上の赤いのはオリジナル・ラハイナ。レインズは1956年創業だが、このラハイナ・セーラーズというデザインは1968年からのもので、レインズのトレードマークになっている。真ん中の写真にあるように、実はこれはレインス50周年を記念したリミテット・エディション。ミーハーになってしまうが、私も限定品には弱いのだ。

 そして下の写真のブルーのアロハはハワイ島のアーティスト、エディYがデザインしたアインランド・パームズ。意外に渋めで冬に着ていても違和感がないのが嬉しい。

 ちなみに値段はそれぞれ90ドルで計180ドル。これに輸送代28ドル50セントがプラスされて結局は208ドル50セント。高いか安いかは、それぞれの判断でしょう。

レインズのオンライン・ストアのアドレスはwww.reyns.comです。

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<第98回>ハワイのキャップ

 去年6月のハワイから髪の毛を3ミリにし、髭をはやしてイメチェンした私にとって、キャップは必須アイテム。そこでハワイで購入したキャップを紹介しよう。

 まず写真上のブルーのやつは、ワイケレ・プレミアム・アウトレットで22ドルで買ったローカル・モーションのキャップ。ちょっとベタなデザインだけどハワイ諸島をデザインしているのが気に入った!

 中央のブラックのやつはアラモアナ・ショッピングセンターのホノルル・シティ・ストアで買ったメッシュ加工のもの。この店はホノルル・ポリス、消防、ライフガードのTシャツやキャップを扱っているけど、いつもザ・バスにお世話になっている私は、敢えてこれを買ったというわけ。ザ・バスにヤシの木、そしてダイヤモンドヘッド、太陽(色からしたら月?)…結構、イケてるよね!? これの値段は忘れちゃったけど、多分、15〜20ドルの間かな。

 そして一番下のやつがお気に入り。ノースショアのサーフショップ、サーフ&シーのオリジナル・キャップ。フロントのロゴもいいし、ウエッジの部分にはワイメア・ベイ、ハレイワ、サンセット、パイプラインとサーフ・スポットの名前が書かれている。そしてバックにはハワイ諸島。なかなか凝った作りなのだ。これは15ドルのところを、無料のクーポン・マガジン『カウカウ』の20パーセントOFFのクーポンを使って買ったから12ドル。お店のオネーちゃんに「コレハ、ヤスイデスヨ!」と流暢な日本語で言われてしまった。

 で、今、興味を持っているのがウォード・センターの1階にあるという『リッズ』というお店。ここは人気スポーツ・ブランドのキャップはもちろん、カスタムメイドもOKで、1000種類のデザインから名前や好きな言葉を入れることも可能だとか。今度、ハワイに行ったらMaikaiのオリジナル・キャップを作りたいなあ。

 そうそう、サムライの『S−ARENA』にキャップを被って出演していることで「帽子を被ってテレビに出るなんて失礼な!」と、たまに書き込みされるけど、これは私のファッションなので、あしからず。

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<第97回>アントニオ猪木太平洋上略奪事件の舞台

 このところ続けてハワイの歴史的スポットを紹介してきたが、今回は私の本業であるプロレス的歴史スポットを紹介しよう。それは1962年開業のパゴダ・ホテルだ。

 正式名称はパゴダ・ホテル&テラス。ホテル棟の高層ビルと、道を挟んで低層のコンドミニアム棟に分かれている。場所はアラモアナ・ショッピングセンターの裏手で、今話題のケアモク・ストリートにすぐ出られる好立地。ドン・キホーテは歩いて2〜3分だし、ウォルマートだって近い。ケアモク・ストリートには安くておいしいレストランが多いから、長期滞在にいいと思う。

 このホテルの特徴は和のテイスト。石灯籠などがある和風庭園があって、小さな滝や錦鯉が泳ぐ池がある。そして、ここのウリは庭園内にあるパゴダ・レストラン。ランチ・ブュッフェ、サンデー・ブランチ・ブュッフェが有名で地元の人も多く利用するという。去年の6月、予約を入れずにサンデー・ブランチを食べに行ったら、すでに予約客で満席になっていて入れなかった(涙)。

 さて、何でここがプロレス的歴史スポットかというと、1966年3月に、日本プロレスに凱旋帰国するはずだったアントニオ猪木がフリー宣言して東京プロレスへの参加を表明するきっかけになったホテルだからだ。

 1964年3月、米国武者修行に出た猪木は、66年4月の『第8回ワールド・リーグ戦』に凱旋帰国が決定し、その直前の3月11日にロサンゼルスからハワイ入りし、日本からやってきたジャイアント馬場、吉村道明と合同トレーニングを行なった。だが、ハワイに着いた猪木に、なぜかホテルは用意されていなかった。この時に猪木は「俺は日本プロレスに必要とされていないんじゃないか…」と疑念を持ったという。さらに2年間のアメリカ修行で「俺は馬場さんに負けない」という自信を持っていたから、久々に会った馬場ともギクシャク・ムード。

そんな状況の中、日本プロレスを除名されていた猪木の兄貴分・豊登が19日に密かにハワイ入り。パゴダ・ホテルにチェックインすると、猪木を呼び寄せて「新団体を作る。お前の力がどうしても必要だ」と口説いた。

 猪木の肚は決まった。翌20日に馬場らと帰国する予定になっていたが、猪木はこれをキャンセルし、豊登と新団体を創ることを表明。猪木は弱冠23歳で東京プロレスという新団体の社長兼エースになったのである。

 パゴダ・ホテルで豊登が猪木を口説き落としたこの事件は"アントニオ猪木太平洋上略奪事件"と呼ばれている。


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<第96回>ハワイ王家の別荘

 ハワイ諸島の中で私が好きなのは、ワイキキがあるオアフ島はもちろんだが、何と言ってもビッグ・アイランド=ハワイ島。火の女神ペレによって今もなおキラウエア火山が活動しており、まさに生きている島…エネルギーに満ちていて、ここに行くと力が湧くような気がする。

 ハワイ島で私が滞在するのはカイルア・コナの町にあるキング・カメハメハ・ビーチホテルだということは以前も書いているが、このカイルア・コナには歴史的建造物が沢山あって、昔のハワイを偲ぶことができるのも魅力のひとつ。

 ホテルからアリイ・ドライブ沿いに数分歩くと、カイルア湾に面して立っているのがフリヘエ・パレス。ニューイングランド風の瀟洒な2階建ての建造物がある。ハワイ島の2代目総督ジョン・アダムス・クアキニの住居として1938年に立てられ、1844年のクアキニ死後、娘の嫁ルース・ルカ・ケエリコラニ王妃のものとなって、ハワイ王家が別荘として好んで使っていたという。

 私はこのルース王妃にも興味を持っている。カメハメハ王朝の子孫(カメハメハ5世の異母姉)で、昔ながらの女大酋長。活火山マウナロアが噴火して溶岩がヒロの町に迫った時に、マナで食い止めたという伝説もある。また、プリンセス・カイウラニのゴッド・マザーだった。ハワイ一の大女だったというが、写真を見ると、まさに怪女…「只者じゃないな!」という感じなのだ。

 現在、このフリヘエ・パレスは博物館&ギフト・ショップになっていて『ドーターズ・オブ・ハワイ』なる組織が運営。この『ドーターズ・オブ・ハワイ』は1903年にプロテスタントの宣教師の7人の娘によって、ハワイ文化を永続させる目的で設立された。フラッと行っても、気軽にガイドしてくれる。

 残念ながら内部は撮影禁止なので写真では紹介できないが、計6室にはコアウッドの家具や調度品が展示されているし、ラナイから海を眺めれば、涼しい風が吹いてきて、思わずタイムスリップしてしまう感じ。庭ではコンサートが開催されたりもする。

 もしハワイ島に訪れるチャンスがあったら、行ってみて下さい。きっと心がホッとしますよ。


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<第95回>魔法の石

 観光客で賑わうワイキキビーチに"魔法の石"と呼ばれる4つの巨石が設置されていることをご存知ですか? 場所はワイキキ交番の隣。ちゃんと囲いが作られていて、そこに設置されているのだ。

 ハワイの先住民は3世紀頃にマルケサス諸島からやってきて、10世紀からはタヒチからやってきて14世紀頃に途絶え、それから白人がやってくるまでの数百年間は、ハワイは存在すら知られることがなかったと言われるが、この"魔法の石"はタヒチからやってきたカパエマフ、カハロア、カプニ、キノヒという4人のカフナがハワイを去る時に、後の人々の病や心を癒すためのマナ(超自然の力=霊力)を込めたものだという。

 カフナとは、神官と訳されることが多いが、ようするに宗教、医学、科学、心理学、そして魔術に熟達した万能の霊能者のようなイメージかな。

 で、4人のカフナは4つの巨石をヘイアウ(神殿)に奉る際に、そのヘイアウを神聖化するために美しく気高い女酋長を神への生贄として差し出したという伝説もあるとか。

 この"魔法の石"は1920年代に4つとも忽然と消えたが、40年後にカラカウア・アベニューのワイキキ・ボーリング場を取り壊した際、建設作業員が建物を支えていた4つの巨石を発見し、現在の場所に大切に置かれるようになったというエピソードもある。何だか、とっても不思議な石なのだ。

 もちろん私はマナをもらうべく、この"魔法の石"に手を合わせました。観光地のイメージが強いワイキキだけど、意外なところにこういう歴史的スポットが点在しているのも魅力だよね!


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<第94回>実録!ハワイ11泊13日の旅<最終日>

 2006年6月12日からスタートしたハワイ旅も今日6月23日が最終日。何と11日間もハワイを楽しむことができた。帰りはフリーペーパーのクーポンでI DO CABを予約して空港まで向かうのがいつものパターン。ハワイアン・タイムではなくて、ちゃんと時間通りにホテルまで迎えにきてくれるし、料金も定額(今はいくらかな?)だから安心だ。

 例年、帰国日は雨だが、今回は快晴。クヒオ・アベニューからアラワイ・ブールブァール、マッカリー・ストリートからH−1に入ってホノルル空港へ…この道程が「今度はいつ来れるのかなあ…」と切ない気持ちにしてくれる。

 今回の旅は何が一番楽しかったのだろうか? ビショップ・ミュージアムの屋外コンサートでは本当に心が癒されたし、夫婦でちょっと美味しいお店を見つけたりすると凄く嬉しい気分になった。ホテルの部屋で何もせずにボーッとしながらラジオから聞こえてくるハワイアンを聴いている時に幸せを感じたし、ビーチで楽しそうな観光客をウォッチングしているだけでも楽しい気分になった。

 そして何より仕事を忘れられるというのが私にとっては重要なこと。どうしても仕事柄、常に何かに追われているようで心休まらない。常に先々の段取りを考えている。携帯電話が気になる。そうしたことからすべて開放される場所が、私にとってはハワイなのだ。

 結局、何がというよりも、ハワイという空間、空気が好きなのだと思う。それが何なのかは説明がつかないというのが正直なところ。それがアロハ・マジック、アロハ・スピリットなのだろう。

 マナの影響なのか、ハワイに行くとエネルギーが湧く。「よし、明日から頑張ろう!」という気持ちになる。優しい気持ちにもなれる。

 去年6月のハワイは、その後の下半期の原動力になってくれた。そろそろマナを感じたいから、春過ぎにはまた行こう。一見、俗っぽいようでいて体と心にじんわりと染み入る魅力があるのがハワイだ。

 さて、旅日記最後の写真は空港で撮ったトイレの標識。男性用にはアロハ、女性用にはムームー、そして共にレイをかけている。こんなちょっとしたところも、何だか楽しい気分にさせてくれるのです。


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<第93回>実録!ハワイ11泊13日の旅<11日目=PART4>

 仕切り直しに向かったのはマイタイ・バー…といっても初日に行ったアラモアナ・ショッピングセンターにある店ではない。ザ・ロイヤル・ハワイアンにあるマイタイ・バーだ。

 ザ・ロイヤル・ハワイアンはモアナホテル(1901年創業)に次ぐワイキキの由緒あるホテル。アメリカから豪華客船でやってくる客のために1927年2月1日にオープンした"ピンクパレス"と呼ばれるホテルだ。

 その中にあるマイタイ・バーは、ラムをベースにしたトロピカル・カクテル・マイタイの発祥の地として知られるオープンエアーのバー。ワイキキビーチ、ダイヤモンドヘッド、ホテル郡が見渡せる絶好のロケーションで、夜になるとホテル郡の夜景がきれいなのだ。(写真参照)

 ここで名物のマイタイを飲み、ハワイアン・ミュージックの演奏を聴き、同時に波の音を聞いて夜景を見ていると心が落ち着く。何だか得るエルヴィス・プレスリーの『ブルーハワイ』がピッタリとくるムード。

 真っ暗なワイキキビーチに目をやれば、結構、人が歩いているし、野宿の構えの人もいたりして楽しい。飲み終わったら、直接ビーチに出て散歩しながら帰れるのも風情があってよろしい。

 ようやくレストランでの嫌な気分をチャラにして、ハワイの甘い風を受けながら、プラプラと歩いてホテルへ。やっぱり最終日の締めは、このマイタイ・バーにしよう!


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<第92回>実録!ハワイ11泊13日の旅<11日目=PART3>

 ハワイの旅最後の夜は2年前に行って美味しかったレストランを予約。ホテル内にあるのではなく、一軒家のこじんまりとしたレストランでワイキキから車で5〜7分のところにある。人気店なので数日前に予約しておいたが、予約の電話の際には「2年前にお越しくださった小佐野様ですね。またお会いできるのを楽しみにしています」と丁寧な応対。きっと顧客リストがあるのだろう。

 期待を膨らませてお店へ。で、何でここまでお店の名前を書かなかったというと、非常にガッカリさせられたからだ。たまたま自分たちの行った時のタイミングが悪かったのかもしれないし、名前を出して攻撃しても大人気ないと思うが、本当に「さらば、○○!」と行った感じだ。

 予約は8時半。混んでいるとは予約の時に聞いていたが、通されたテーブルが、ちょうどウェイターが行き来する場所で落ち着かない。まあ、席は仕方がないとしても、付いたウェイトレスが問題だった。ここは料理とワインがセットになったコースがあって、サーブするたびに料理やワインの説明をしてくれる。前回来た時のウェイターは感じが良くて、こっちがわかるようにゆっくりと喋ってくれ、質問にも丁寧に答えてくれたが、今回のウェイトレスは“どうせ説明してもわからないでしょ”とばかりにペラペラまくしたてるだけ。営業用スマイルにしても、もうちょっとどうにかならないのかという感じの悪さだ。一番頭にきたのはステーキの焼き方も聞かずに勝手にミディアムで持ってきたこと。おいおい、日本人はみんなミディアムなのかよ!?

 このお店はここ数年、ガイドブックにもよく載っていて、日本人観光客も増えている。中にはひどい客もいるだろう。でも、この鼻でくくったような接客態度はいかがなものか。2年前の丁寧さを知っているだけに腹が立ったし、寂しい思いにさせられた。お店にとっては通りすがりの客でも、客からしたら、その瞬間がとても大切だったりするのだ。しかも安くないんだから。これで1組ぐらい客が減ってもいいと思ったら、そのお店はおしまいである。

 考えてみれば、ハワイで気に入った店で、次に行った時に裏切られた気持ちになることは少なくない。結論としては“それなりの値段とそれなりの味、それなりのサービス”のB級が一番いいかも。そうなると『チャックス・セラー』が一番かな。ここはずっと通っていて、店員も変わっているが、いつ行っても楽しい気分にさせてくれる。

 さて、ハワイ最後の夜の締め括りがこれでは堪らない。店を出て、仕切り直しに向かったのは…。 (※という状況だったので、今回は掲載する写真がありません)


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<第91回>実録!ハワイ11泊13日の旅<11日目=PART2>

 クヒオビーチで太陽光線を浴び、波の音を聞き、ハッピーな観光客を眺め、ハワイの空気を感じていたら、いつの間に時間が経ってしまった。もうハワイ滞在時間も24時間を切ってしまったわけだ。この11日間、仕事を忘れ、ハワイという楽園に身を委ねた。まるで竜宮城に行った浦島太郎のように楽しい時間はアッという間に過ぎてしまうものだ。

 5時過ぎにはホテルに戻ってシャワーを浴び、ビールを一杯。そしてラナイの方を見れば…おお、今日はキレイなサンセットではないか!

 ハワイ島ならともかく、オアフ島ではなかなかキレイなサンセットにお目にかかることはない。その時間(午後6〜7時)は街に出掛けてで遊んでいることが多いということもあるが、夕方は曇りが多いので、沈む太陽が隠されてしまうことが多い。空全体がオレンジ色になることは意外にすくないのである。

 どうですか、掲載した写真は? 空が徐々にオレンジ色に染まり、シェラトン・ワイキキなどの高層ホテル群がシルエットに変わる。そして、すっぽりと闇に包まれ、今度はワイキキの夜景がキラめく。太陽が沈む時って、本当に一瞬のこと。スポッと波間に隠れると、みるみるうちに夜になってしまう。ハワイの景色で一番好きなのは、このサンセットだ。

 ハワイ滞在最終日に、これが見られるなんてラッキー。ホテルもオーシャン・フロントの部屋にして良かったと改めて思った。そういえば、この日の朝は今回のハワイではあまり見られなかった虹を見ることもできた。虹を見たら、またハワイに来られるという話があるが、何だが素直に嬉しい気分だ。

 さあ、今回のハワイ旅行の締めはドレスアップしてディナー。そろそろ出掛けますか…。

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