久しぶりのお酒

今日は週刊ゴングの追い込み作業を終えて午前5時に帰宅。その3時間後の午前8時に我が妻チエコはフリーマーケットに出発。もちろん私は爆睡だ。だって前日は2時間半しか寝ていないからね。これがプロレス・マスコミの日常なのです。
 午後1時半に起きて、週刊ゴングに書いた原稿の校正。GWの関係で、普段より締め切りが3日も早いのだ。これが終わったら、今日は久しぶりにお酒を飲もう!
 午後7時からチエコのフリマの売り上げを元に友人のタカシ君、そのフィアンセのワカナちゃん、タカシ君の妹のリエコちゃん、リエコちゃんの彼氏のソウ君、デザイナーのトミヅカ君と世界のビールを取り揃えたイタリアンの店(?)に出陣。24時間、仕事をしているような環境だけに、仕事とはまったく関係ない友人たちとお酒を飲むのが最高のストレス解消法なのだ。ベルギーの『アルコール中毒の幻覚』というビールを飲んだが、アルコール度数は9%…普通のビールは5%だから、これはかなり強いぞ!
 その後はカラオケ、そして締めに行きつけの韓国料理の店へ。ただいま午前3時半になっている。ということで今日のダイアリーは、この辺でカンベンしてもらおう。明日はちゃんと書くので、今日はスミマセン。では、おやすみなさい…。

挨拶に代えて…

初めまして。プロレス・ファンの方には、ちょっと馴染みがある、ハワイ好きの人にはサッパリ誰だかわからない小佐野景浩です。知らない人はプロフィールをクリックしてみてください。ダイアリーのスタートはどうしてもプロレス・ファンの人たちに向けてということになるのでご了承を…。
私は昨年の9月、アルバイト時代から数えると25年半在籍した(株)日本スポーツ出版社を辞めた。月刊ゴング&別冊ゴングの編集スタッフから週刊ゴングの編集長、日本スポーツ出版社の編集企画本部長、総合編集企画担当執行役員…気付いたら生きてきた時間の半分以上の時間を日本スポーツで過ごしてきたことになる。
「何で辞めちゃうの?」「ゴングの看板がなければ、ただの人になっちゃうよ」と、いろいろな人に言われたが、会社が新体制になったのを機に「どうせ1度の人生、ここからは好きなことをやらせてもらおう」というのが一番大きかった。
 会社で年数を重ねると、どうしても責任が大きくなってくる。最後の2年間はデスクで経営に関わる仕事が多くなって、これは大きなストレスだった。誰だっていつまでも現場で仕事をできるわけではないが、気持ちは若い。増刊号を作ったり、週刊ゴングのスタッフの依頼で原稿を書いたりしていたものの、現場に出て行く機会が少ないから、どうしても過去の蓄積から原稿を書くしかなくなる。ハッキリ言って、プロレス業界では“過去の人”になりつつあった。子供みたいな考えかもしれないが「俺がやりたかったのは、デスクで経費の計算するんじゃなくてプロレスの記事を書いたり、本を作ることだ」という想いが日に日に募っていったのだ。
 思えば、3年終了時に大学を中退して、この業界に飛び込んだ時も友達に「学歴を捨ててもったいない」と言われたが、やりたいことを優先しただけのこと。今回もそれと同じである。もっとも、これから先、苦労をかけるであろう妻には申し訳ないという気持ちだが…。
 とにかく私は決断した。そして会社のフレームを離れて、いろんなことに気付いた。退社から昨年12月までの3ヵ月間、何もしない時間を過ごすことで、本当に“ただの人”になったことも実感したし、その時間の中でやりたいことも次々に頭に浮かんできた。
 このホームページもそのひとつ。今、プロレスについては古巣・週刊ゴングを中心に活動しているが、自分の媒体を持っていないだけに自分なりの主張を発信する場が欲しかった。さらに、どうせならプロレスだけじゃなくて趣味のハワイについて、いろんな人たちと情報交換をしてみたいとも思った。
 プロレスコラム、ハワイコールズ(ハワイに関するコーナー)、ダイアリー…私の思っていること、知識、エピソードを好き勝手に綴っていこうと思う。このホームページでプロレス・ファンがハワイの魅力を知り、ハワイ・フリークがプロレスに興味を持ってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。BBSの方もよろしく!

アメリカン・プロレス伝道者

今日は、所用で大阪から上京した市来浩平さんとお会いした。市来さんにお会いするのは3月に新婚旅行で日本を訪れたシェリー・マーテルと夫ロバートさんを週刊ゴング編集部に連れてきてもらって以来、今回が2回目。その後、電話では何度かお話しているが、豆タンクのような体をした(失礼!)エネルギッシュな人だ。
 市来さんは古き良き時代のアメリカン・プロレスの伝道者。週刊ゴングの『不滅のUSAプロレス伝説』なる企画で多くのレジェンド・レスラー(伝説のレスラー)を探し出してはインタビューしてくれている。昨年も14回渡米したとかで、面白いのは『レッスルマニア』などのビッグショーを観に行くのではなく、カリフラワー・イヤー・クラブなどのプロレスOBの集いをチェックしては、太平洋を越えて参加していること。多くのレスラーが「本当に俺に会うために日本から来たのか?」と驚くという。そして寄稿したり、本を出版したりもしているが、それは後々のもので、あくまでも趣味だというから羨ましい限り。「いやあ、2回もアメリカに行けば、1回はマイレージで行けますから」と言うが…人間、なかなか趣味で生きられるものではない。
「カリフラワーに行った時にバーン・ガニアとジン・キニスキーが“まだまだ俺の方が強い!”なんて言い出して、取っ組み合いになりそうになって慌ててバロン・フォン・ラシクが止めに入ってましたよ。昔のトップレスラーは未だに血の気が多いですねぇ」
「そのラシクが猪木さんに挨拶したら、猪木さんはキラー・カール・クラップと勘違いしていたみたいで、あとでラシクは“絶対に猪木は俺のことを分かっていなかった”ってブツブツ言ってました」
「ジョニー・パワーズに会った翌日にタイガー・ジェット・シンの豪邸に行ったんですよ。で、シンにパワーズに会ったことを言ったら“何で、あんな奴と会ったんだ!”って怒りだして怖かったですねぇ。そんなに仲が悪かったとは…」
 と、実に楽しそうに様々なエピソードを話してくれる。こういうのっていいなあ。
 ルー・テーズ、ブルーノ・サンマルチノ、ジャック・ブリスコ、ザ・デストロイヤー、ペッパー・ゴメッツ、リッキー・スティムボート、キンジ・シブヤ、ハンス・シュミット、ボブ・ガイゲル、アンジェロ・モスカ、ビル・ホワイト、ミッシング・リンク、イワン・コロフ、キラー・カール・コックス…まるで湯水のように懐かしいレスラーのエピソードが出てきた。怖かったのは無頼漢として鳴らしたカウボーイ・ボブ・オートン(ランディ・オートンの父親)、今は犯罪者を追う賞金稼ぎになっているデビット・シュルツだったとか。こういう人たちと話ができるのは、我々にしてみたら凄い宝物である。
 最後に…今のアメリカ・マット界でレジェンドとなっている日本人レスラーは天龍、三沢、小橋の3人だそうだ。この3人が揃い踏みするノアが注目されているのは当然か。

GWにハワイに行ったら…

4月28日(木) GWにハワイに行ったら…
 何と10連休の人もいるとか。実は、このゴールデンウイークというのがクセもので、週刊誌には大敵! 休みばっかりだから週刊誌の締め切りが異常に早い。そのお陰で今日も週刊ゴングに缶詰状態で、28日のダイアリーといっても正確には29日午前3時過ぎ、グラビアのデザイン待ちの時間に書いているという次第。
 まあ、それはいいとして、明日(正確には今日)、早くもハワイコールズの更新だけど、GW中にハワイ旅行をする人のために番外編としてお薦めのアクティビティーを紹介したい。それはカタマラン・クルーズ。帆を立ててワイキキ沖をプカプカとのんびり航行している船です。
 いかにも観光客相手の遊覧船という感じだが、実際に乗ってみると、結構スリルがあって面白い。私がお薦めしたいカタマランは、ワイキキビーチのど真ん中…ハイアット・リージェンシー前、あるいはデューク・カハナモク像(伝説のサーファー)のまん前のビーチに陣取っているマナカイ・カタマラン。これがワイキキビーチに数あるカタマランの中でも小型で…つまりは沖に出ると、波の上を跳ねるように走るからスリル満点、爽快感満点!
 特に水着でネットの部分に寝そべってクルージングすれば、それはもうトランポリン状態。初めは「こんな船に乗って、何が楽しいの?」なんて言っている人も、水しぶきを浴びながらネットの上で体を躍らせてキャーキャー楽しんでいる。ハワイに行く人には必ず勧めているけど、みんな満足してくれる。大抵の人が「もう一度、乗りたい!」って言ってくれるのだ。
 スリルだけじゃなくて、海から見るダイヤモンドヘッドは新鮮だし、海から見るワイキキのホテル郡は壮観。その写真も一緒に掲載しておこう。さらに運がよければイルカが並走してくれたり、海ガメを見ることもできる。こんな楽しみがあって1時間=15ドルは、物価の高いハワイにあってかなりオトクな遊びだと思う。それにカタマランの上はプライベートな場所ということでビールだって飲めちゃう。ハワイはビーチでの飲酒は法律で禁止されているだけに、青い空と海を見て、風を感じながらビールを飲めるなんて最高でしょう!
 もうひとつ、プロレス・ファンにお知らせしておきたいのは、このマナカイ・カタマランのキャプテンが、あのキング・カーチス・イヤウケアの息子ロッキー・イヤウケアであること。そしてロッキーさんの奥さんは日本人。よしえさんと言って、元アイドルなのだ。
 そのあたりのことは、いずれハワイコールズで詳しく書かせていただくとして、よしえさんが日本語で「船に乗ってみませんか?」とビーチで声をかけているはずなので、まずは乗ってみてください。そして、乗った方は感想をBBSの方へよろしく!

小橋との抗争勃発

今日は、このホームページの開設日。検索サイトに登録されるまでに2~3週間かかってしまうので、週刊ゴング誌上にも告知させてもらったが、何ともソワソワ。まるで25年前にゴングで初めて記事を書いて、その本が発売された日のような気分だ。この年になって、そんな新鮮な気分が味わえるのは嬉しいこと。常に新しい刺激を求めていたいものである。
 と、カタイことばかり書いていても読み手には面白くないだろうから、ちょっとプロレス・ネタを。今日はゴングに缶詰状態(ゴールデンウイークの前のため、締め切りが通常より早い)のため、昨日=26日の話題をいきましょう。
 昨日はノアの事務所で役員会があり、役員会終了後の小橋を取材。もちろんプロレス各誌紙の記者も集まっていたけど、小橋は私が気になってしょうがない様子。
 実は4・24日本武道館での天龍とのタッグ対決が決まってから、小橋は私を天龍の分身と見て(?)やたらと意識していたのだ。4月17日のノア博多取材に行った時も、小橋は私の姿を認めるや、
「あれっ、何で小佐野さんが来てるんですか? そうかあ、天龍さんが出るし…。ひょっとしてプライベートで来てたりして」
「そんなわけないでしょ。ゴングの取材だよ」
「だって去年、ゴングを辞めたじゃないですか」
「だからフリーとしてゴングで仕事してんの。川田がフリーになって、全日本でファイトしてるのと同じだよ」  というバトルに。
 そして昨日。小橋はマスコミの囲み取材を受けながらも、こちらをチラチラ見て、
「あっ、冷たい視線を感じると思ったら、小佐野さんだった。俺のことヒドイことしたと思ってるんでしょ?」
「いや、昨日の武道館はいい試合だったよ」
「55歳にあれだけチョップ打つ俺もヒドイと思うけど、机を角からぶつけて人の頭にタンコブ作ったり、ペットボトル投げてくる55歳もヒドイよ。あのペットボトル、小佐野さんが天龍さんに渡したと思った」
「そんなわけないでしょ!」
「いや、ビデオでチェックしたら、渡したのは橋でした」
 ってな具合で、他社の記者は取材にならない。でも、こうやって口でプロレスを出来るのも、小橋が入門した日から取材している(田上と間違えたんだけど…)からこそだと思っている。昨年9月に会社を辞めると小橋に言った時には、
「ボクがこの世界に入って最初に取材してくれたのは小佐野さんだったってことは忘れてませんよ。いつでも遊びに来てください」
 と、両手で握手してくれたのだ。
「エッ? 小佐野クン、辞めちゃうの? プー? いいなあ、自由な時間ができて」
 と言った三沢社長とは大違い。といっても、そんなミッチャンも好きなんだけどね。
 天龍は次期シリーズも出場するから、当分、小橋との丁々発止のバトルは続く!?