私が思うことは…

 一流のプロレスラーは相手のいい部分を引き出した上で自分の世界に引き込む。プロレス・マスコミの仕事も同じだなと私は思っている。
 その試合の、その大会の、その選手のいい部分を引き出して、いい記事を書きたいというのが私の基本精神だ。それはインタビューも同じ。特に今、私が主戦場としている『Gスピリッツ』のインタビューは時流に乗った話はしない。選手の人間性やプロレス観を引き出して初めて成立する。
 もちろん、いい部分を引き出すだけでなく、根底には冷静な目、批判精神も大事なこと。それはレスラーで言えばシュートの技術の部分ということになる。シュートな部分をきっちりと持った上で相手のいい部分を引き出しながら攻防(=取材)を繰り広げて、よりいい試合(=記事)を成立させる。我々、プロレス・マスコミもプロレスしているのだ。私はできるだけ観客(=読者)がハッピーになるような試合(=記事)をしていきたいと思っている。
 今は情報が氾濫している時代。中には悪意に満ちたものもあるだろうし、ガセもある。だから情報に振り回されずに自らチョイスしてほしいと思う。私は、私が書く原稿、インタビュー記事、ブログがプロレスを楽しむためのヒントになればいいと願っているが「つまんねぇな」「違うだろ」「アホか」と思う人がいるだろう。それでも構わないし、切り捨てられても仕方がない。どう感じるかは受け手側に委ねられているのだから。
 基本的に評価するのはファンであり、会場に足を運ぶお客さん。いくら私や他のプロレス・マスコミが「面白かった!」と書いても「つまらなかったよ。損したよ!」と思う人がいたら、それが圧倒的に正しいのである。逆に「面白かった」と思っているのに「つまらなかった」と書かれている記事を見たら気分が悪いだろう。その場合、自分が面白ければ、やっぱり面白かったのだ。そんな記事は無視すればいい。
 たとえば1年に1回しかプロレスが来ない土地に住んでいる人がいたとする。その年1回の興行を観に行って「この選手が一番良かった」「この試合が一番良かった」となれば、その人にとって、その選手がMVPであり、その試合がベストバウトのはずだ。
以前、鈴木みのるは「俺はマスコミ相手に試合してるわけじゃないから。その会場で“鈴木みのるが一番良かった。鈴木の試合が一番面白かった”って思ってもらえるかどうかが重要なんだよ。俺はその土地、その土地のMVPになりたいんだ」と言っていたが、その通りだと思う。
 以上が『あさださん』のコメントに対する私の答えです。

3大メジャーのジュニアがクロス!

 昨日はGHCヘビー級戦について書いたが、今日はジュニア・ヘビー級タッグリーグ戦について。去年の大会ではKENTA&石森が丸藤&飯伏を好試合の上で下したものの、最終公式戦の鼓太郎&マルビンvsブリスコ兄弟が時間切れ引き分けになり、自動的に最高得点のKENTA&石森が優勝。そういうルールだから仕方がないが、締まらない結末にブーイングが起こってしまった。ツアー全体を通じてリーグ戦の内容が良かっただけに残念なフィナーレを迎えてしまったわけだ。
 では今年はどうだったか? 先に行われた中嶋&飯伏vsブリスコ兄弟が白熱しただけに最終公式戦の金丸&鼓太郎vsKENTA&石森が割りを食うという形になってしまった。引き分けでも金丸&鼓太郎が優勝というシチュエーション。もしこれが時間切れ引き分けに終わっていたら、去年と同じ空気になっていたかもしれない。だが、前年度覇者のKENTA&石森が頑張った。これに勝って同点決勝に持ち込み、さらに優勝決定戦でも勝って2連覇を達成したのだ。最初は前の試合の余韻でも盛り上がりに欠けたが、最後はきっちりと観客を試合に引き込んでいたと思う。
「今回の主役は自分たちなんで。まあ、主食である自分たちの試合でお腹をいっぱいにして、GHCヘビー級選手権はデザート感覚で楽しんでもらえれば…」というKENTAが意地が通したリーグ戦だった。
 さて、これを客席からジッと観ていたのが、新日本プロレスの裕次郎と内藤哲也のノーリミット。アクションは起こさなかったが「タッグ・チャンピオンの金丸&鼓太郎にはガッカリ」「ノア・ジュニアは面白くない」とコメントし、新日本の公式サイトにも2人のインタビューが掲載された。これは紛れもなく“会社公認の”宣戦布告である。
 その一方では早々にタッグリーグ戦を脱落してしまった丸藤が「デビュー10周年を迎えて巻きたいベルトがひとつあります。ジャイアント馬場最後の弟子だから世界ジュニアに挑戦したい。全日本にいた頃は、新人だったんで目指すような位置にいませんでしたからね。俺も10年間やってきて、そろそろ発言してもいいかなと。自分の原点に触れたいと思います」
と発言したのだ。
 これは8・31両国でKAI相手に世界ジュニア王座V3を果たした土方が外部からの挑戦者を求める発言をしたことを受けてのもの。ただし土方は「全日本のリング以外でこのベルトを賭けて戦う気はない」と言っているから、もし実現するとしたら、丸藤は離脱以来8年ぶりに全日本のリングに上がることになる。丸藤が全日本のリングに上がっていたのはデビューした98年8月から離脱する00年6月までの1年10ヵ月だった。ちなみに土方は丸藤にとって高校の1年先輩。土方は柔道部で、丸藤はレスリング部に所属し、挨拶ぐらいはしたことがあるという。
 今の流れがスムーズに進めば、新日本の裕次郎&内藤がノアのリングに上がり、丸藤が全日本のリングに上がる日はそう遠くはないはず。ジュニアを介して3大メジャーがクロスするのだ。そこから生まれるものは…。

自分への挑戦に勝った健介

 森嶋猛に佐々木健介が挑戦したGHCヘビー級選手権は、文字通りヘビー級の大勝負だったと思う。共に駆け引きなしに真っ向から肉体をぶつけ合う戦い。最後は健介が森嶋をねじ伏せるような形で勝利、史上初のIWGP、三冠、GHCの3大メジャー制覇をやってのけたが、若き王者・森嶋が最後まで“怪物王者”としての姿勢を貫いていたことを評価したい。最後、健介のラリアットの乱れ打ちを無防備なほど受けまくったが、ディフェンスせずに体をさらしたのは森嶋のプライドだろう。わずか5ヵ月の短期政権だったものの、課題も見つかっただろうし、王者の経験は今後の大きな財産になったはずだ。
 さて、今回の健介の勝利は“怪物経験”の差でもあったと思う。かつて健介はパワー・ウォリアーという怪物を確立した。ヘビー級としては小さい方なのにスコット・ノートン、ヘラクレス・ヘルナンデスらのスーパーヘビー級と真っ向から渡り合っていたのである。
「パワー・ウォリアーっていのは体的にキツイですよ。やっぱり当たる相手がデカいですからね。以前の俺だったら、いくらでも受け身が取れるけど、パワー・ウォリアーだっていう意識があるから“倒れられない!”って意地張っちゃう。たかがタックルでも全力のぶつかり合いは体にこたえるんですよ。試合時間を短くするのも大変なんだよ。マラソンの距離をダッシュするようなもの。普通はペース配分してやるのが、いきなりダーッっていく試合ばかりだから、すんごいキツイ」とはパワー時代の健介の言葉だ。
 ただし、健介がパワー・ウォリアーでやっていたのは14年も前のこと。今回のGHC戦は健介にとって、森嶋への挑戦であると同時に、42歳になった自分への挑戦だったはずだ。そして身長差10センチ、体重差30キロ以上というハンディに勝った。
「ノア色に染まって戦っていくのも楽しいね。それで勝っていく」と今後について語った健介。ノアのチャンピオンの重責を担いつつ、“強い親父”として健介オフィスを守り、発展させていかなければならない。佐々木健介の険しき新章がスタートした!

ヤキニク!

 昨日はろいろとお祝いのコメントをいただき、ありがとうございました。
 昨日の誕生日、昼間は10月22日に発売になるGスピリッツ第9号の原稿書き&取材の手配などをし、夜は妻のおごりでヤキニク! 近所に(と言っても、ウチからは交通アクセスが悪く、歩いて40分ぐらい!)評判の焼き肉屋さんがあるのだ。マスコミの取材一切お断りの店だが、何日か前に電話で予約しないと席が取れないぐらいの知る人ぞ知る人気店。ホントに美味しくて、人気の肉は電話した時点で注文しておかないと品切れになってしまうこともある。
 となりの席から聞こえてくる「ハッピーバースデー、トゥーユー」の歌声…そうか、やっぱり誕生日でここに来る人もいるのか。じゃあ、こっちも友人ひとりを交えて誕生パーティーだ。生ビールで乾杯してカルビ、ナマでも食べられるロース、タンスジ、ハラミ、ミノ、ゲタ、ユッケ、レバ刺し、ビビン麺…と、次々に胃袋へ。誕生日にちなんで47皿分食べてやろうと思ったが、さすがにそれは無理だった!
 とりあえず好きなものをガンガン食べられるのは幸せ。さあ、スタミナをつけて、今日はノアの日本武道館大会だ。

バースデー

 新日本なら平田さん、全日本なら渕さん、ノアだったら百田さん。その他には天龍さん、長州さん、藤波さん、越中さん、佐山さん、後藤(達俊)さん、ウルトラセブンの高杉さん、ポーゴさん。鶴見さん、藤原さん、木戸さん、荒川さんも現役だ。
 これらの人は私より年上のレスラー。週刊ゴングにアルバイトで入った当時は同い年のレスラーはヒロ斉藤だけで、その他は全員年上だった。年下のレスラーはひとりもいなかった。これが時の流れというものか。現在、同級生は上記のヒロちゃん、田上明、ノアの仲田龍統括本部長の3人だ。
 何でこんなことを書くかというと、今日9月5日は私の誕生日。めでたく47歳になったのだ。47歳の抱負は…若ぶるつもりはないものの、ジジイ扱いされないようにすること。一応、プロレス業界では28年のキャリアがあるので古株扱いされるが、重鎮だとかベテランだとかの言葉で神棚に上げられて、リアルタイムから外されたら堪らない。
 キャリアは年数&経験を重ねなければ得られないものだから、この28年間というのは私の大きな財産。財産を最大限に活かしつつ、これに胡坐をかくんじゃなくて、これまで通りに小マメに取材&勉強して、さらに進化していきたいと思う。

ベルトと共に進化する王者

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 今日…じゃなかった。もう日付が変わったので昨日の3日=水曜日、三冠ヘビー級王者の諏訪魔がゲストということでサムライTV『S-ARENA』に月曜日に引き続いて出演した。
 ナレーション担当は若林健治アナ。8・31両国の三冠戦に携わったメンバーが再会したわけだ。ちなみに、この日はニュースが少なくて、番組開始から10分も経たないうちにゲストの諏訪魔の出番。三冠戦が60分なら、『S-ARENA』もほとんど1時間の出演となった。これも運命か!?
 さて、番組内の諏訪魔は「俺らしくないんだけど、今日は特別な日ということで…」と前置きして「この前の三冠戦は期待していたファンの人たちを裏切ってしまって申し訳なかったと思っています」と謝罪の言葉を口にした。あの60分時間切れはファンの間で賛否両論。諏訪魔としては全日本のトップに立つレスラーとして、お金を払って両国に来てくれたお客さん、PPVを観てくれたお客さんに不満が残ったとしたら、謝るのが筋だと思っていたようだ。
 ただ、私は常に自分に高いハードルを課している諏訪魔に好感と期待を持っている。初防衛戦では西村相手に今時のハイスパート・レスリングではなくオールド・スクールのプロレスを体感し、問題の両国では馬場・全日本からのケアのエッセンスを吸収すると同時に、四天王プロレスを感じてみたいという姿勢が見て取れた。そして9・28横浜文体ではグレート・ムタとの防衛戦。あのムタ・ワールドに対抗しようとするのだから、これも高いハードルだ。だがキャリア、経験が少ない諏訪魔はハードルが高い防衛戦を積極的に行って、そこで相手からいろいろなものを吸収して成長しようとしている。きっと何年かしたら、今回の60分時間切れも意義のある戦いだったと評価されると思う。
 ベルトと共に進化しようと前向きに模索している王者を私は応援していきたい。
 最後に村田晴郎アナウンサー、今週号の週プロで評価していただき、ありがとうございました!

殺人狂の思い出

“殺人狂”と呼ばれた往年の名レスラー、キラー・コワルスキー(本名ワルディック・コワルスキー)が8月29日(現地時間)マサチューセッツ州ボストン市内の病院で亡くなった。81歳だった。
 残念ながら、今から31年も前の77年に引退したコワルスキーを取材したことがない。63年の『第5回ワールド・リーグ戦』の力道山戦も、68年の『第10回ワールド・リーグ戦』のジャイアント馬場戦も観ていない。私の記憶にあるコワルスキーは71年9~11月の『第2回NWAタッグ・リーグ戦』だ。“狂犬”キラー・バディ・オースチンとのコンビで出場、決勝でアントニオ猪木、坂口征二のゴールデン・コンビに敗れた。
 当時のコワルスキーは、小学校4年生の私から見たら、完全におじいちゃんだった。だが、肉を一切食べないという細い体、般若のような顔はゾクッとするような怖さがあった。
 私のコワルスキーに関する知識は一般のファンと同じ。ユーコン・エリックの耳をニードロップで削いだ事件、ドン・イーグルの背骨を折った事件などを『月刊ゴング』などで読んで「凄い!」と単純に思っていただけだ。また、子供としては菜食主義者ということに大いに興味がそそられた。当時のプロレスラーのイメージは何キロもあるステーキを食べるというものだったからだ。
「朝はフレッシュ・オレンジ・ジュースと蜂蜜を塗ったトースト、木の実少々とコーヒー。昼は食べない。夜は蜂蜜とピーナッツのカクテル、プレーン・オムレツ、木の実、松の実とコーンのスープ、ライ麦のパンに植物性のマーガリンを塗ったもの。そしてピーナッツのプリンが2人前。デザートは蜂蜜入りのホットチョコレートだ。肉は13年間食べていないし、アルコールも一切やらない」というインタビューを『月刊ゴング』で読んでいた。今となっては、かなりアヤシイ記事だが、それくらい想像力をかき立てられるレスラーだった。
 何年前だかは忘れてしまったが、全日本プロレスのレトロ企画(だったと思う)で来日した時に、ファン時代の気持ちに戻って記念写真をお願いした。そうしたら、子供の頃に見た般若のような凄い形相で首を絞めるポーズを取ってくれた。殺人狂は優しい人だった!

今、時代の狭間で…

 力道山→馬場&猪木のBI時代→俺たちの時代→三銃士&四天王時代。そして今、プロレス界はさらに新しい時代に突入しようとしている。
 昨日の全日本プロレス両国大会は、そんな現状を象徴するような大会だった。武藤敬司のIWGP王座に挑戦したG1覇者・後藤洋央紀はキャリア5年、29歳。若さと時の勢いでレジェンドの域に達している武藤にアタックしたものの、終わってみれば、完全に武藤の試合だった。
 諏訪魔に太陽ケアが挑戦した三冠戦は、実際は馬場・全日本から武藤・全日本を体感してきているキャリア14年のケアにキャリア4年、31歳の諏訪魔が挑戦した試合だ。昨日はPPVの解説があり、IWGP戦は辻よしなりアナウンサー、東スポの柴田惣一氏、山本小鉄さんが担当したのでリングサイドからジックリと観ることができたが、三冠戦は自分の担当だったために解説者として喋るのに精一杯。改めてビデオを観なければ分析できないというのが正直なところ。
 果たして諏訪魔vs太陽ケアの60分時間切れ引き分けは会場に来たファン、テレビの視聴者にどう映ったのだろうか? 一緒に解説した渕さんと私の一致した意見は、55分過ぎの2人の戦い方は違うのではないかということだった。あそこまできたら、もはや決着を狙うにはギブアップ技ではなく、なりふり構わぬ大技の連発、あるいは強引な押さえ込みしかない。だが、2人には“逃げの姿勢”が垣間見えたのだ。かつての四天王の領域に踏み込めなかったというのが、現時点での私の感想である。
 今、諏訪魔を始め、トップに立とうとしている若いレスラーは皆、苦悩している。武藤に挑戦した後藤、中邑、棚橋、ノアのGHC王者・森嶋もそう。かつて武藤は「過去の記憶には勝てない」と言ったが、今の若いレスラーは対戦相手にキャリアや経験を持ち出されたら何も言えない。いずれも年数を重ねなければ身に付かないものだからだ。
「もう、あんたたちの時代じゃない!」と言ったところで「じゃあ、それだけのキャリアや経験はあるの?」と反論されたら何も言えなくなる。
 世代闘争、時代の壁と戦うには先輩に試合に勝つだけでは駄目。1回勝ったからといって、誰も「超えた」とは認めてくれないだろう。勝つだけでなく、戦いを通してその先輩のキャリア、経験を自らに吸収していくことである。今、諏訪魔はその作業をやっている最中なのだ。
 先輩は高い壁となって若いレスラーの前に立ちはだかり、若いレスラーはその先輩から様々なエッセンスを吸収した上で踏み越えることによって真のトップに成長していく。プロレスはそうやって継承されていくものだと思う。プロレスの未来のためにベテランも、若いレスラーも踏ん張ってほしい。

ヨネの意気地

 昨日はジュニア・デー。後楽園ホールの『PREMIUM』はジュニア主体の大会だったし、ディファ有明のノアはジュニアヘビー級タッグリーグ戦の折り返し地点。で、私が選んだのはディファ有明。KENTA&石森vs勝彦&飯伏が観たかったのだ。
 実際、素晴らしい試合だった。KENTAと勝彦の意地の張り合いは相変わらずだし、昨年の最終戦でKENTAにフォールを奪われている飯伏も雪辱とばかりに奮闘。石森は新日本参戦時にタッグを組んでいた勝彦に闘志剥き出し。そして気持ちの部分だけでなく、そこに技術が加わって攻守が激しく入れ替わるのだからスリリングだ。最後は残り試合時間20秒の29分40秒、勝彦が変形原爆固めで石森をフォール。きっちりと勝負をつけて大会のメインを締め括った。
 まあ、詳しいことは週刊プロレスに任せて…今日、本当に書きたいのはモハメドヨネのことだ。ヨネは8・23後楽園の開幕戦で森嶋と組んで健介&起田と対戦、激しい当たりを見せて「健介オフィスの友情ごっこ、仲良しこよしが鼻につくんですよ!」と吐き捨てていたが、昨日の森嶋&平柳と組んでの健介&起田&健斗戦でもキラーぶりを発揮。とにかく「お前らには、いいところを取らせない」というファイトぶりで、最後も健斗の体が折り曲がるような逆片エビ固めで、わずか4分27秒で試合を決めてしまった。
「どこまで曲がるかなと思ったら、あそこまで曲がっちゃいましたよ(笑)。健介ファミリーですか? 生理的に気に食わないんですよ。健介ファミリーとか名乗っているけど、あの人(健介)がトップでいいカッコしたいだけでしょ? 俺もヨソからノアに来て、ようやく今がある。それをいきなり“佐々木健介、ここにあり!”ってやられたら、面白いわけないでしょ。だから俺は、当たった時には怖さを見せつけておかないと。今の状況は一昔前なら対抗戦ですからね。歯向かっていかなかったら、どうするんだってことですよ」
 ちょっとユーモラスで明るいイメージがあるヨネだが、元々はバチバチ集団バトラーツの出身。健介ファミリーの出現によって、本来持っている毒が吐き出されれば面白くなるぞ!

ドラゴンゲート&ゼロワンMAX

 昨日は急用で朝から外出したため、ダイアリーの更新ができなかった。ということで、今日は一昨日のドラゴンゲート後楽園と昨日のゼロワンMAX後楽園についてまとめて書こう。
 まずドラゴンゲート。前回、8・9大会のタッグリーグ開幕戦は超満員の中でリングがぶっ壊れるというアクシデントがありながらも、急造マットで選手たちが熱闘を展開して大きな話題になった。そんなこともあってか一昨日28日の決勝戦も熱気ムンムン。またまた超満員の中で「DGスタイルの可能性は無限大!」と言ってもいい戦いが繰り広げられた。
 決勝トーナメント第1試合のツインゲート王者リョウスカ(齋藤了&横須賀享)vs土井吉(土井成樹&吉野正人)はノンストップの戦い。決勝トーナメント第2試合の鷹龍(鷹木信悟&ドラゴン・キッド)vsYAMAコン(YAMATO&サイバー・コング)はハードヒッティング、続くWORLD-1(B×Bハルク、ニック&マット・ジャクソン)vsリアル・ハザード(Gamma、堀口元気、神田裕之)の6人タッグは善VS悪の昔のアメリカン・プロレスのテイスト。優勝決定戦前の無所属中年組(望月成晃、ドン・フジイ、クネス、スペル・シーサー)vs戸澤塾(新井健一郎、岩佐拓、戸澤アキラ、忍)の8人タッグは男臭さが充満するコテコテの試合。ドラゴンゲートを観ていつも感心するのは同じ色の試合がなく、本当にバラエティに富んでいるということだ。
 優勝決定戦の土井吉vs鷹龍は、土井吉のタッグチームとしての完成度の高さを証明するような試合だった。決勝トーナメント第1試合と打って変わってジックリした試合運び。それでいて要所でのスピードが素晴らしい。緩急のつけ方が実に巧みなのだ。そして、まだまだ雑な面がある鷹木をコントロールし、キッドの返し技に対処した上での2連覇達成。やっぱりドラゴンゲートの頂点に立つタッグチームは土井吉である。なお、優勝賞金200万円は開幕戦で壊れたリングの修理代に充てるという。そう、壊れたリングをアメリカで発注してきたのは土井吉だった。優勝して責任を全うするなんて、本当にいい奴らだ!
 昨日のゼロワンMAX後楽園は、ゼロワンMAXの分岐点になる大会だった。まずは、この日をもって退団する大森隆男率いるアックス軍と田中将斗率いるソード軍の最終決着戦。ゼロワンMAXは今年に入って普段の大会も対抗戦の緊張感を持たせるために選手をソード軍とアックス軍に振り分けたが、新日本との対抗戦が始まると、そのカラーは薄れていった。そして大森の退団によって、この構図が完全に消滅する形だ。
 結果は大森が崔をアックス・ボンバー2連発で沈めてアックス軍が勝利。観客が大森にどんな反応を示すか注目していたが、実に温かい声援が飛んでいたのが印象的だった。試合後には大谷、将斗らが花束を贈呈、円満な形での退団というのが強調された。真面目人間だけに、逆に面白おかしくいじられていた大森。そんな人間性は選手ファン、そしてマスコミから愛されていたのである。
 そして新日本との対抗戦。日高郁人が嫌味な感じでゼロワンMAXではヒール人気を誇る(?)田口隆祐をダンスさせることなく葬ってインター・ジュニア王座を守ったまではよかったが、メインでは大谷晋二郎が永田裕志に敗れてしまった。
「ゼロワンMAX、敗れたり! プロレスラーにプロレスの教科書なんてない。あるのは真実のみ。今の真実はゼロワンMAXの象徴・大谷がこの俺に敗れたということだ」と、永田。流れは永田と田中将斗の一騎打ちになった。
 さあ、今後のゼロワンMAXはどうなる?