WARに関わる!

 7月27日の後楽園ホールにおけるWARラスト興行のパンフレット制作に協力するために昨日の午後、ドラゴンゲートの関連会社であるドラゴン・ファクトリー、オンリーワンのスタッフとミーティングを持った。
 それにしてもドラゴンゲートは見事に組織を作ったものだと感心する。きっちり3社に仕事が分割され、円滑に回っているのだ。WARラスト興行を、実際はドラゴンゲートの興行だと勘違いしている人も多いが、ドラゴンゲートは純粋に選手を提供するだけ。裏方の切り盛りはドラゴン・ファクトリーが担当することになっている。
 さて、パンフの方は、WARを締め括るにふさわしい内容になるように検討中。私もWARは記者人生の中でも大きなウェートを占めるだけに力が入る。7月27日当日を楽しみにしていて下さい。

坂口会長も注目!

 5月28日の新日本・後楽園ホールでのこと、坂口会長が「出るのは、明日だっけ?」。何のことかと思ったらサムライTV『NEWS侍!』のことだった。
 坂口会長は『NEWS侍!』の視聴者。「あの時間帯って、あんまり見る番組がないから、サムライを見ちゃうんだよね」とのこと。以前、ある内容に頭にきて、新日本の便箋に“坂口征二”と直筆のサインまで入れて抗議のFAXを送ったが、いたずらだと思われて無視されたと苦笑していた。
 この『NEWS侍!』を見ているレスラー、関係者は意外に多い。そういえば5月20日の新宿FACE(NWS本旗揚げ戦)でもIWAジャパンの竹迫望美に「いつもサムライ、見てますよ!」と言われた。
 ウーン、レスラーや団体関係者に見られてるとなると、プレッシャーがかかるなあ。でも、駄目なものは駄目とハッキリ言わなくっちゃね。ファン目線でやらなきゃ番組の意味がなくなるから。

カッキー引退

 昨日の後楽園ホールでカッキー(垣原賢人)が引退した。私とカッキーに接点があったのはUインターの末期→キングダム→全日本フリー参戦→新日本の期間。彼が方向性で苦悩していた時代である。キングダム時代には鈴木健取締役に頼まれて、日本武道館の控室で川田に会わせた記憶がある。
 個人的に思い入れが強いのは全日本の分裂騒動後に長井とチーム・ストロングスを結成していた時代のカッキーだ。選手層が薄い中、チーム・ストロングスと荒谷&奥村のタッグ対決が何とか全日本のひとつのウリにならないものかと京平さんを含めて考えたものだ。だが、この時代でもカッキーは怪我に悩まされていた。軽量で、体が頑丈ではないというのは、どうしようもない。結局、カッキーは膝の怪我で欠場し、そこから全日本を去った。
 昨日の引退試合。懐かしい顔触れが揃った。新日本とUインターの対抗戦がスタートした時、それに背を向けた田村潔司、宮戸優光がどういう形であれ、新日本のリングに上がったのには時代の流れを感じざるを得なかった。そして、その2人にさりげなく気を遣う蝶野…。
 最後、カッキーの笑顔は素晴らしかった。怪我と団体の崩壊やらで大変なプロレス人生だったと思うが、最後を笑顔で締めてくれたのは、見ている者にとって救いだ。

馳浩からのメール

 ウーン、仕事が山積みなのに、どうもテンションが上がらない…と思っていたら、馳センセーからメールが届いていた。
 週刊ゴング1126号に掲載したインタビューへの御礼のメールだった。多忙な中、わざわざメールをくれるなんて嬉しいこと。しかも時間は午前9時35分。きっと、仕事の合間を縫ってメールしてくれたのだろう。相変わらず馳センセーは早朝からバリバリ働いているんだろうなあ。
 こりゃあ、私も頑張らねばいかん。よし、これから4時間を目標に長編の原稿を一気に書き上げるぞ。ダラダラ書いていたら、いい原稿なんて書けない。原稿は集中力だ!

現役でいること

 今週は、週刊ゴングの仕事は27日=新日本の草加、28日=新日本の後楽園の追い込み作業のみ。それ以外の日は自宅に篭って他社の原稿をバリバリ書かなければならない。それにしても、毎日、部屋に缶詰になっての仕事は苦痛だ。昔からそうだけど、現場に飛び出しているのが性に合っている。
 思えばゴングが月刊誌時代は、編集の仕事がメインだから辛かった。週刊誌になって、外に自由に飛び出してからが春だった。編集長時代もなるべく現場に出て行って、その会場の空気を知ることに務めた。やっぱりプロレスは現場!
 今はそれなりのキャリアを積んでいるので、昔のことに対する記事の依頼が多い。考えてみれば馬場さん、現役時代の猪木さんを取材したことのある記者が少ない時代に入っているから、そうした記事を書くのは務めだと思っている。
 
 でも、過去の蓄積にプラスして“今”を貪欲に吸収していきたい。その意味では、現場に出してくれる週刊ゴングの仕事に感謝だ。下手をすれば20歳ぐらい年下の記者と同一線上での取材となるが、それもまたよし。いつまでも現役バリバリで前線に立つことが、この仕事の喜びである。

長州力の世界

 この土&日の2日間は忙しくてダイアリーを更新できなかった。土曜日は新宿FACEで行なわれた健介&北原のサムライ・ウォリアーズ復活戦(NWS本旗揚げ戦)の週刊ゴング追い込み作業、ロクに寝る時間もなく日曜は午後12時から全日本GAORA中継の解説、その後、新木場に行ってロックアップ旗揚げ戦を取材して週刊ゴングの追い込み作業というのが言い訳だ。そして今日は『NEWS侍!』がある。
 でも、忙しいのは嬉しいこと。会社員時代は「思いっきり眠りたい」とか「入社以来、有給を使ったことがない」とか思うこともあったが、随分と意識が変わった。大仁田がFMWを旗揚げした時、スケジュール表が予定で真っ黒になっていることに喜んでいるのを見て「この人はヘンだ」と思ったが、今はその気持ちがわかるなあ。
 さて、2日間の取材について。NWS本旗揚げ戦については日にちも経っているし、NWS代表の中村吉佐氏、健介&北原のサムライ・ウォリアーズに特別な思い出と思い入れがあるので、それは今週更新のプロレスコラムで書きたいと思う。ここでは昨日のロックアップである。
 ロックアップは、ハッキリ言ってリキプロ。長州の信念を形にするリキプロの興行を新日本が請け負ったという感じだ。前週行なわれたレッスル・ランドはこれから作り上げていくものだが、ロックアップはコンセプトが決まっているから、評判が良かろうが悪かろうが変えようがない。そのコンセプトは“ロックアップから始まって、鍛え上げた体と体をぶつけ合い、体力の限界まで闘う魂のリング”。
 これって、長州が維新軍、ジャパン・プロ時代から理想にしていたプロレスそのまんま。試合の組み立てや、派手な大技の攻防じゃなく、ガンガンぶつかり合えばいいんだというプロレスである。四天王時代の全日本や今のノアとは違うプロレスだ。だから全日本マットを主戦場にしたジャパン・プロが失敗したというのも頷ける。とにかく前に出る長州のプロレスと、受けと組み立てを前提とする全日本のプロレスが噛み合うわけがなかったのだ。もっとも私は、そのギクシャク感の両陣営の「ふざけんなよ、お前はプロレスがわかっているのか!?」というナマの感情のぶつかり合いが面白かったのだが。
 さて、昨日のロックアップはマスコミの評判も上々だった。私からしたら、普段のリキプロを形を変えてやっただけのことで「みなさん、普段のリキプロは見てなかったの?」と言いたい部分もあった。ただ、新鮮に感じたのは新木場という観客数500人にも満たない小さな空間。客席とリングが近いから、リング上の熱気がダイレクトに伝わる。長州は選手たちに「これだけお客に近くで見られることの怖さを知れ!」と言ったというが、こうなると本当に誤魔化しが通用しない。大技の応酬は禁じられているから、ぶつかり合いだけで客を納得させなければいけないのだ。その緊張感が良かった。特に第1試合の裕次郎VS下田大作は、まさにロックアップのコンセプトを体現した試合だったと思う。
 そしてもうひとつ大きかったのは一体感があったこと。今の新日本では長州現場監督に限らず、誰かが何かをやると、それに対する批判が内部から必ず出る。これは取材していても嫌なものだ。だが、ロックアップは長州がプロデュースし、長州を支持するレスラーが集まっているから、みんなひたすら一生懸命に試合をする。プロレスは個人競技と言われるが、イベントはチームワークである。気持ちのいいイベントを見ることができたから、徹夜の追い込み作業も苦ではなかった!

さあ、WARだ!

 今日、午後2時から後楽園ホールの展示会場で7月27日に行なわれるWAR興行の記者会見が行なわれた。出席したのは天龍を筆頭に北原、嵐、折原、荒谷、平井、維新力、石井、マグナムTOKYO、望月、ドラゴン・キッド、イーグル沢井の計12選手。大会実行委員長の海野ちゃんは「みんな二つ返事で今日の会見に出てくれて、感激ですよ」と喜びを隠せない。
 面白かったのは、全員がWAR時代に戻っていたこと。現在は、それぞれが違った団体でそれなりの活躍をしているのに、天龍の前だと昔のまんま。今やドラゴンゲートを仕切る“ミスター・エゴイスト”マグナムTOKYOが「いやあ、皆さん、ボクがレスラーになる前にお世話になった人たちばかりだから緊張しちゃって…」 と小さくなっているのが可笑しかった。
 最後は騎馬を作って天龍を乗せて記念撮影。みんなニコニコとしていて、まるで同窓会のようだった。やっぱりみんな天龍さんを慕っているんだなあ。そして私も、東京スポーツの平塚記者もWAR担当記者だった時代に戻ってしまった。これからの東スポと週刊ゴングのWAR関連の記事に注目してほしい。
 今週号のゴングで私は海野ちゃんについて『今、青春の忘れ物を取り戻している』と書いたが、本人は「今が青春、真っ只中ですよ!」。
 さあ、いよいよ青春のWAR総仕上げだ!これは私も燃えるぞ!!

久しぶりのお酒

今日は週刊ゴングの追い込み作業を終えて午前5時に帰宅。その3時間後の午前8時に我が妻チエコはフリーマーケットに出発。もちろん私は爆睡だ。だって前日は2時間半しか寝ていないからね。これがプロレス・マスコミの日常なのです。
 午後1時半に起きて、週刊ゴングに書いた原稿の校正。GWの関係で、普段より締め切りが3日も早いのだ。これが終わったら、今日は久しぶりにお酒を飲もう!
 午後7時からチエコのフリマの売り上げを元に友人のタカシ君、そのフィアンセのワカナちゃん、タカシ君の妹のリエコちゃん、リエコちゃんの彼氏のソウ君、デザイナーのトミヅカ君と世界のビールを取り揃えたイタリアンの店(?)に出陣。24時間、仕事をしているような環境だけに、仕事とはまったく関係ない友人たちとお酒を飲むのが最高のストレス解消法なのだ。ベルギーの『アルコール中毒の幻覚』というビールを飲んだが、アルコール度数は9%…普通のビールは5%だから、これはかなり強いぞ!
 その後はカラオケ、そして締めに行きつけの韓国料理の店へ。ただいま午前3時半になっている。ということで今日のダイアリーは、この辺でカンベンしてもらおう。明日はちゃんと書くので、今日はスミマセン。では、おやすみなさい…。

挨拶に代えて…

初めまして。プロレス・ファンの方には、ちょっと馴染みがある、ハワイ好きの人にはサッパリ誰だかわからない小佐野景浩です。知らない人はプロフィールをクリックしてみてください。ダイアリーのスタートはどうしてもプロレス・ファンの人たちに向けてということになるのでご了承を…。
私は昨年の9月、アルバイト時代から数えると25年半在籍した(株)日本スポーツ出版社を辞めた。月刊ゴング&別冊ゴングの編集スタッフから週刊ゴングの編集長、日本スポーツ出版社の編集企画本部長、総合編集企画担当執行役員…気付いたら生きてきた時間の半分以上の時間を日本スポーツで過ごしてきたことになる。
「何で辞めちゃうの?」「ゴングの看板がなければ、ただの人になっちゃうよ」と、いろいろな人に言われたが、会社が新体制になったのを機に「どうせ1度の人生、ここからは好きなことをやらせてもらおう」というのが一番大きかった。
 会社で年数を重ねると、どうしても責任が大きくなってくる。最後の2年間はデスクで経営に関わる仕事が多くなって、これは大きなストレスだった。誰だっていつまでも現場で仕事をできるわけではないが、気持ちは若い。増刊号を作ったり、週刊ゴングのスタッフの依頼で原稿を書いたりしていたものの、現場に出て行く機会が少ないから、どうしても過去の蓄積から原稿を書くしかなくなる。ハッキリ言って、プロレス業界では“過去の人”になりつつあった。子供みたいな考えかもしれないが「俺がやりたかったのは、デスクで経費の計算するんじゃなくてプロレスの記事を書いたり、本を作ることだ」という想いが日に日に募っていったのだ。
 思えば、3年終了時に大学を中退して、この業界に飛び込んだ時も友達に「学歴を捨ててもったいない」と言われたが、やりたいことを優先しただけのこと。今回もそれと同じである。もっとも、これから先、苦労をかけるであろう妻には申し訳ないという気持ちだが…。
 とにかく私は決断した。そして会社のフレームを離れて、いろんなことに気付いた。退社から昨年12月までの3ヵ月間、何もしない時間を過ごすことで、本当に“ただの人”になったことも実感したし、その時間の中でやりたいことも次々に頭に浮かんできた。
 このホームページもそのひとつ。今、プロレスについては古巣・週刊ゴングを中心に活動しているが、自分の媒体を持っていないだけに自分なりの主張を発信する場が欲しかった。さらに、どうせならプロレスだけじゃなくて趣味のハワイについて、いろんな人たちと情報交換をしてみたいとも思った。
 プロレスコラム、ハワイコールズ(ハワイに関するコーナー)、ダイアリー…私の思っていること、知識、エピソードを好き勝手に綴っていこうと思う。このホームページでプロレス・ファンがハワイの魅力を知り、ハワイ・フリークがプロレスに興味を持ってくれたら、こんなに嬉しいことはありません。BBSの方もよろしく!

アメリカン・プロレス伝道者

今日は、所用で大阪から上京した市来浩平さんとお会いした。市来さんにお会いするのは3月に新婚旅行で日本を訪れたシェリー・マーテルと夫ロバートさんを週刊ゴング編集部に連れてきてもらって以来、今回が2回目。その後、電話では何度かお話しているが、豆タンクのような体をした(失礼!)エネルギッシュな人だ。
 市来さんは古き良き時代のアメリカン・プロレスの伝道者。週刊ゴングの『不滅のUSAプロレス伝説』なる企画で多くのレジェンド・レスラー(伝説のレスラー)を探し出してはインタビューしてくれている。昨年も14回渡米したとかで、面白いのは『レッスルマニア』などのビッグショーを観に行くのではなく、カリフラワー・イヤー・クラブなどのプロレスOBの集いをチェックしては、太平洋を越えて参加していること。多くのレスラーが「本当に俺に会うために日本から来たのか?」と驚くという。そして寄稿したり、本を出版したりもしているが、それは後々のもので、あくまでも趣味だというから羨ましい限り。「いやあ、2回もアメリカに行けば、1回はマイレージで行けますから」と言うが…人間、なかなか趣味で生きられるものではない。
「カリフラワーに行った時にバーン・ガニアとジン・キニスキーが“まだまだ俺の方が強い!”なんて言い出して、取っ組み合いになりそうになって慌ててバロン・フォン・ラシクが止めに入ってましたよ。昔のトップレスラーは未だに血の気が多いですねぇ」
「そのラシクが猪木さんに挨拶したら、猪木さんはキラー・カール・クラップと勘違いしていたみたいで、あとでラシクは“絶対に猪木は俺のことを分かっていなかった”ってブツブツ言ってました」
「ジョニー・パワーズに会った翌日にタイガー・ジェット・シンの豪邸に行ったんですよ。で、シンにパワーズに会ったことを言ったら“何で、あんな奴と会ったんだ!”って怒りだして怖かったですねぇ。そんなに仲が悪かったとは…」
 と、実に楽しそうに様々なエピソードを話してくれる。こういうのっていいなあ。
 ルー・テーズ、ブルーノ・サンマルチノ、ジャック・ブリスコ、ザ・デストロイヤー、ペッパー・ゴメッツ、リッキー・スティムボート、キンジ・シブヤ、ハンス・シュミット、ボブ・ガイゲル、アンジェロ・モスカ、ビル・ホワイト、ミッシング・リンク、イワン・コロフ、キラー・カール・コックス…まるで湯水のように懐かしいレスラーのエピソードが出てきた。怖かったのは無頼漢として鳴らしたカウボーイ・ボブ・オートン(ランディ・オートンの父親)、今は犯罪者を追う賞金稼ぎになっているデビット・シュルツだったとか。こういう人たちと話ができるのは、我々にしてみたら凄い宝物である。
 最後に…今のアメリカ・マット界でレジェンドとなっている日本人レスラーは天龍、三沢、小橋の3人だそうだ。この3人が揃い踏みするノアが注目されているのは当然か。