熱血!松崎アナ

 今日は後楽園ホールで全日本プロレス『ライズアップ・ツアー2005』最終戦。GAORAスポーツの全日本プロレス中継の解説だ。私の相方は松崎年男アナウンサー。もう3年近くコンビを組んでいる。
 松崎アナは選手の入場曲に合わせて前口上を作り、選手のリングインと同時にピタリと終わるという職人芸の持ち主。若い頃は全日本女子プロレスのレフェリーをやり、お父さんが元力士だけに、レスラーに負けない立派な体格の持ち主だが、最近はそれによって不幸が…。
 そう、ブードゥー・マーダーズのTARUが毎回のように放送席にやってきては、頑丈な(?)松崎アナにちょっかいを出すのだ。今日もムチでメッタ打ち! 松崎アナの腕には無数のミミズ腫れができていた。
「何で毎回、来るんですかねえ。喋れなくなったら小佐野さん、お願いしますね」
 と、大きな体を丸める松崎アナだが、やられてもすぐに立ち直って大声で実況を再スタートさせる姿は、まさにプロ。松崎さん、これからも一緒に頑張りましょう。骨は拾います…。

6月の思い出

 6月というと、2002年に天龍さん、馬場元子さんと過ごしたハワイを思い出す。ちょうどWWEのハワイ大会があったため、私は週刊ゴングの取材でハワイに飛んだ。現地に滞在していた天龍さん夫妻、元子さん&和田京平さんと合流、天龍さんと元子さんをニール・ブレイズデル・センターに連れて行き、ザ・ロックと会わせたのだ。
 諸々の取材を終えた父の日の16日、私は14年ぶりに、天龍さんは25年ぶりに馬場さんのコンドミニアムにお邪魔した。馬場さんのイスには元子さんが父の日用に買ってきたミッキー・マウス柄のレインズのアロハシャツが…。
 しばらく馬場さんの思い出話をして過ごした後、夜には馬場さんお薦めだったステーキハウス『チャックス・セラー』へ。あのSWS騒動当時のことを考えたら元子さんと天龍さん、私がニコニコと一緒に食事をすることなど考えられなかった。本当に心地好く、嬉しい夜だった。そして去年、私が日本スポーツを退社した時には鮨處『しま田』で元子さんと天龍さん夫妻が、私の“ご苦労さん会”を開いてくれた。本当に人と人の縁はわからないものだ。こうした縁を一生、大切にしていきたい。
 今、天龍さんはノアを主戦場にしているが、元子さんと天龍さんの絆は変わらない。
 

マレーシアン・ドリーム

 今朝(1日)マレーシアで買ってきたマンゴーを食べたら、凄く濃厚な味。心はまたまたランカウイ島に飛んでしまった。
 5月28日のダイアリーで、ランカウイ島はハワイに次ぐお気に入りの場所と書いたが、思い出に残っている人が何人かいる。ひとりは2000年4月にクアの町で出会ったシャークフィン・レストランを経営する中国系マレーシア人のポールさん。フラリと店に入ったら、
「日本の人? 実は千葉で店を出そうと思っているんだ」
 と、話しかけてきたポールさんは、そのうちに仕事を放棄して私と妻のテーブルに落ち着いて、
「まあ、いいから、いいから。これはおごりね」
 と、ビールを何本も振舞ってくれるサービスぶり。最後には、
「どこのホテル? ああ、近いから送っていくよ!」
 と、飲酒運転でホテルまで送ってくれる親切で陽気な人だった。
 ポールさんの奥さんは土産物屋を経営していたが、その店にも連れて行ってくれた。

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