23年ぶりの小橋建太インタビュー

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 昨日16日の夜はニコニコプロレスチャンネルで引退5日後の小橋建太インタビューのMCを担当した。実は私が小橋に“正式な形で”インタビューするのは実に23年ぶり。1990年4月26日に三沢タイガーとのコンビでアジア・タッグを初戴冠した小橋を新装なった東京体育館に連れ出してベルトを肩に撮影&インタビューしたのが紙媒体では最初で最後のインタビュー記事である。
 なぜ取材日を憶えているかというと、取材を終えてゴング編集部に帰って作業をしていたら、午後9時過ぎに馬場さんから「もう知っていると思うけど、天龍がメガネスーパーに行くことになったから。天龍とは今日を含め、何回か話し合ったけれども、すべてきれいな話ができたと思うし、将来は天龍のところとウチとで対抗戦が行われることもあり得る。円満退社という形だから、くれぐれも変な記事は書かんでくれよ」という電話がかかってきたからだ。
 私は84年5月のゴングの週刊化からずっと全日本プロレス担当をやっていたから、このSWS騒動の時には天龍とSWSを取材しつつも、全日本担当も続けたいと思っていた。ようやく同年代の三沢、川田や入門から知っている小橋、田上、菊地らが台頭してきた時期だけに「自分たちの時代が来た!」という感覚があったのだ。だが、大人の事情はそれを許してくれなかった。私は90年夏から編集長に就任する94年8月まで全日本の会場に行かなかった。その空白の4年の間に小橋は立派な四天王に成長していた。だから私が担当していた小橋建太は、何もなかった時代~アジア・タッグ王者になってようやくスタートラインに立った時代のわずかな期間だった。編集長になってからは後任の全日本担当の鈴木敦雄記者に任せていたから、私が出しゃばるのは無粋というもの。そんなこんなで…コメントを取ったり雑談はしていたものの、インタビューは23年もご無沙汰になっていたというわけだ。
 さて、番組は1時間の予定だったが、小橋の熱いトークで倍の2時間に! 番組終了後もコメントが書き込まれるパソコンの画面に釘付けになっていた。20歳の入門した頃も、一時代を築いて46歳になった今も、小橋は本当に変わらない。
 このインタビューはタイムシフト公開中なので、ぜひご覧ください。

「23年ぶりの小橋建太インタビュー」への1件のフィードバック

  1. リアルタイムは間に合わなかったのでタイムシフトで拝見しました。
    ジャンケン一気で小佐野さんの友人たちを連続KOした小橋(笑)
    実は小橋のようなまっすぐで強く誠実な人のほうが酒飲むと恐いのかもしれないと思いました(笑)
    ウェイトトレーニングに偏見を持っていた馬場さんもちょっとかわいかったです(笑)
    本当小佐野さんがおっしゃる通り小橋は全日本プロレスという団体の色々なことを変えましたよね。
    全日本を変えるということは日本のプロレスの多くを変えるとの同じ意味、やっぱりすごいレスラーだったんだなと思いました。
    一番聞いてほしいというか伝えてほしかったのがK-1、PRIDE絶頂のとき小橋が絶対王者となってプロレスを守ったこと、これ小佐野さんが小橋に話ふってくれて嬉しかったです。
    「意識していたし負けたくなかった」。
    この小橋の言葉もすごく嬉しかったです。
    私もあの当時モヤモヤした気持ちを小橋の全力ファイトを観に行って晴らしていた一人です。
    なんか「やっぱりわかっていたし通じてたんだな」と感じました。
    素晴らしいインタビューでした。
    また小橋を招いてニコ生やってください。
    あとGスピでロングインタビューもやってほしいです!

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