新章に突入した健介ファミリーの物語

 昨年10月26日に頸椎椎間板ヘルニアの手術をした佐々木健介が昨日の後楽園ホール大会で126日ぶりにカムバックした。健介オフィスが法人化されて“健介20周年”として初めて興行を開催したのは7年前の06年2月11日。そして翌07年2月11日には所属選手が健介と中嶋勝彦の2人だけという状況で健介オフィスが団体として正式に旗揚げ。1年前の12年2月11日から団体名をDIAMOND RINGに変更した。
 そうした歩みの中で健介ファミリーの家族関係も変わってきた。志半ばで去らざるを得なかった人間もいるが、宮原健斗、梶原慧、北宮光洋と所属選手が増え、昨日は2人の練習生が紹介された。大黒柱の健介は今年で47歳になる。いろいろ変わっていって当然である。また、変わらなければ発展はない。
 昨日のメインは健介がノアの杉浦貴と初めてタッグを組んで大谷晋二郎&勝彦と対戦。大谷は新日本時代の初代・付き人、勝彦は健介がまだ健介オフィスを作る前の04年4月、健介ファミリーに入団という形で16歳で弟子となり、健介の家に住み込んで2人の息子と一緒に育てられた。当時のことを健介は「まだ先が見えなかったし、当時のウチの経済状態を考えたら面倒見てやれるか悩んだけど、息子が1人増えたと思えばいいじゃないかって気持ちで受け入れたんだよね」と言う。その勝彦も今や家庭を持つ立派な大人になった。
 試合の注目はやはり健介vs勝彦の激突。小橋建太の引退も決定し、四天王や三銃士世代が退いていくなかで、同じ時代を生きた健介はドッカーンとマット界の中心に立ち続けるべくカムバックした。一方、3月で25歳になる若武者・勝彦はかねてから偉大な師匠であり、父親でもある健介越えを宣言し、この日も遠慮なく向かっていった。そして勝ったのは健介。健介は「何が何でも俺が勝ちたかった」と言った。それはいろんな意味が込められた本音だろう。一方の勝彦も当然、思うところがあったはず。これからの健介vs勝彦は師弟対決や親子対決というニュアンスではなく、トップであり続けようとする男と、それを乗り越えようとする男の激突になっていく。
 もうひとつ、今後を左右する“事件”が起こった。宮原健斗がVM入りを表明したのである。8人タッグマッチで宮原のジャーマンに沈んだTARUが「お前はまだまだ上にいかなきゃならん男や。上になりたかったら健介はもちろん、中嶋という奴がつかえとるぞ。どんなに頑張っても同じところに立っていたら中嶋を越えることはできへん」と勧誘。これに対して健斗が「DIAMOND RING、さよなら」と応えたのである。「いつまでも家族ごっこしている暇はねぇ」と健斗はコメントした。この日でデビュー丸5年、今月27日で24歳になる健斗のレスラーとしてステップアップするための決断である。かつて全日本では諏訪魔がVM入りしてプロレスの幅を広げ、大きく成長したことを考えれば、この思いきった選択は健斗にとってベストなのかもしれない。
 まだまだ強くあり続けようとカムバックした父親・健介、その父親を乗り越えようと真っ向から闘いを挑む長男・勝彦、そして家族に背を向けて自分なりのやり方で脱皮しようと行動を開始した次男・健斗。健介ファミリーの物語は新章に突入した。

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