ケア壮行試合で甦った伝説のユニット

 私の2013年仕事始めは1月2日&3日の後楽園ホールにおける全日本正月2連戦のGAORA中継解説。いろいろなことがあったが、ひとつ書くとするなら太陽ケアの壮行試合。94年6月、18歳でハワイからやってきて同年11月にデビューしたケアが、経営学を学ぶためにプロレスを一時離れるというのだ。本人に聞いたところ、通うのはハワイ大学のマウイ校で、早くも1月8日からプログラムがスタートするという。プロレスをリタイアする気はなく、休みの時にはハワイのインディー団体に上がるプランもあるという。HCWは崩壊してしまったが、新たなインディー団体があるようで、ケアの友達がそこでファイトしていて、連絡は取り合っている。ただ、団体名や活動内容、主な選手を聞いたら、ケアいわく「ワカラナイ(笑)」。夏休みなどの長い休みには日本でもファイトするチャンスがあるかもしれない。
 さて、壮行試合の1日目は鈴木みのるが2011年7月31日以来、1年5ヵ月ぶりに全日本に参戦してMAZADAを交えてGURENTAIを再結成。試合後にはGURENTAIの同志の髙山善廣、NOSAWA論外もリングに上がった。GURENTAIはケアのキャリアの中で大きなウェートを占めている。08年のカーニバルで全敗を喫してしまったケアに最初に誘いをかけたのはブードゥー・マーダーズだったが、鈴木みのるの「お前は誰のために戦っているんだ? 一緒にプロレス界の中心に行こう」という呼びかけに鈴木&東京愚連隊への合流を決意。そこからGURENTAIが生まれた。鈴木は日本語が苦手なケアに構わず日本語で喋っていた。それが分け隔てない仲間の証。GURENTAI時代のケアは本当に楽しそうだった。本当に心で結ばれていた仲間だった。だから昔と同じようにボニー・タイラーの『ヒーロー』で入場した時、GURENTAIとして3人一緒にコールされた時、試合後に鈴木が「数年前、全日本プロレス、プロレス界を改革するために立ち上がったグループ…それがGURENTAIだ」と、久しぶりにメンバー紹介した時にはグッと胸に迫るものがあった。
 心で結ばれた仲間という点では昨日の2日目にTAKAが駆けつけて再結成されたRO&Dも同じ。RO&DはTAKAがお喋りマシーンになることで日本語が喋れない外国人選手の人間性を伝え、日本のファンの共感を呼んだユニットだ。再結成と言ってもケアとTAKAの2人だけ。大人気を誇ったジャマール(ファトゥ)は09年12月に他界してしまったし、初期メンバーのギガンテス、グラジエーターもとっくにこの世を去っている。現在、ディーロ・ブラウンはTNAでエージェントとして手腕を振るい、ブキャナンはパートタイムでファイトしている程度。バリバリでやっているのはTAKAとケアの2人だけになってしまったのだ。
「今から6年前、この全日本プロレスで大暴れした最強外国人チーム、俺たちの名前を憶えているか!? 憶えている人は俺たちの名前を呼んでくれ!!」のTAKAの声に客席は「R! O! D!」の大合唱。06年9月に解散したが、RO&Dは全日本プロレスのファンの記憶の中でずっと生き続けていたことを証明した瞬間だった。
 ケアの新たな旅立ちは、伝説のユニットを甦らせてくれた。いつの日か、ケアが日本のリングに戻ってきた時には鈴木、TAKAに「ジャイアント馬場最後の弟子、ハワイの太陽…太陽ケア!!」と紹介してほしいと思う。
Kea、Pomaika’i!

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