あと一度だけ…

 昨日のノア両国大会はいろんなことがあった。だが、やはり一番は小橋建太の引退表明だ。「ここにきて、私自身、完全な復活は無理だと判断し…」のあとは言葉に詰まり、目を潤ませた小橋。そしてファンの祈るような小橋コールのあとに出た「引退することを決意しました」の言葉。ファンだけではない、小橋の凛とした挨拶に涙したマスコミ関係者も少なくなかった。それはみんなが「小橋建太に世代交代はない」「男は40からが全盛期」と言い続けて、たゆまぬ努力を続ける彼の姿を見てきたから。彼の「一生懸命」「ファンのみんなのために」に嘘がなかったからである。
 昨日は、たまたま会場入りする小橋と出くわした。こちらの姿を認めてサッと右手を上げて笑顔を見せた小橋。眼光も穏やかだった。その時、ふと25年前の1987年6月20日、全日本に入門してきた日の小橋を思い出した。小橋が入門挨拶のため全日本の事務所に来た時、たまたま居合わせたのが私と日刊スポーツの川副宏芳記者だった。あまりにいい身体をしていたので、全日本入りが囁かれていた大相撲の玉麒麟(田上明)と勘違いして上半身裸になってもらって写真を撮り、話を聞いたら一介の新弟子だった。「何も無かった自分がここまで来れたのは、皆さんの応援があったからだと思います」と言っていたが、本当にその通りだと思う。87年同期はレスリング全日本学生選手権優勝の菊地毅、シューティング82㎏王者だった北原辰巳(=光騎)、そして田上明…小橋だけが何も無かったのだ。そして何も無いから人一倍頑張った。
 何度も膝を手術してリングに戻り、癌をも乗り越えた。努力すれば、頑張れば道はひらけることを体現してきた小橋。神様に祈りたい。あと一度だけ、小橋に“小橋建太の身体”を与えてほしい。プロレスラーとして完全燃焼できる機会を作ってほしい。小橋は引退試合に向かうべく、普通の生活に戻って汗を流している。

「あと一度だけ…」への2件のフィードバック

  1. 小橋のデビューと同じ時期に社会人となり、小橋の活躍、頑張り、復活を励みに25年間働いてまいりました。これで人生が終わったわけではありません。小橋選手のこれからを期待するとともに、私も負けずに走り続けたい。

  2. 小佐野さん、小橋・天龍、川田・小橋の対談を企画してください。彼らの対談により、本当意味での馬場プロレスを知ることができるかと思います。小佐野さんしかできません。

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