中之上靖文の初勝利

 その瞬間、後楽園ホールに大歓声が起こった。GAORAのテレビ放送席の鍵野威史アナウンサーと私も思わず「やった!」と声を上げた。鍵野アナウンサーの眼が少し潤んでいるようにも見えた。2010年1月2日にデビューした中之上靖文のシングル初勝利はそれほどの感動があった。なにしろ2年8ヵ月かかったのである。そして、ようやく白星を手にした相手は元三冠ヘビー級&アジア・タッグ王者の浜亮太なのだ。
 とにかく勝てなかった。後輩の曹駿、征矢匠(引退)にも負けてしまった。後楽園ホールに通う全日本ファンは、それでも黙々とファイトする中之上を観てきたから、昨日の勝利の瞬間、我がことのように喜んだのである。2年8ヵ月はシングル初勝利までの最長記録。若手時代に『目指せ1勝!』の横断幕が張られた川田利明でさえ1年3ヵ月だったし、それまでの記録は越中詩郎の1年11ヵ月だった。
 ちなみに71年11月にAWAから国際プロレスにやってきたケン・イーツのキャッチフレーズは“500連敗の男”。70年からパッタリ勝てなくなり、遂に500連敗の記録を作ってAWAのウォリー・カルボ会長から記念の(?)トロフィーと賞金(?)300ドルを贈呈され、これに気をよくして突然、連勝を始めたという触れ込みでの来日だった。
 それはさておき、中之上の評価すべき点は、大技に走らずに昔の若手のような基本的な技で試合を組み立てるファイトを根気よく続けてきたことだ。ファイトがパターン化して「負け慣れしちゃったかな?」と心配した時期もあったが、真田聖也にきっちりと対応できるぐらい着実に成長していた。本当にあとは結果を待つだけの状態だった。
 昨日、戦った浜は同期。正確に言えば、中之上の方が入門では3ヵ月先輩になる。中之上は08年1月の武藤塾オーディションに合格して同年4月に入門。その3ヵ月後の7月に浜が入門してきた。大相撲でプロの格闘家として経験がある浜はわずか4ヵ月後の11月にデビューしたが、中之上は怪我もあって、デビューまで1年9ヵ月もかかってしまった。初白星を献上してしまった浜だが、その苦労を間近で見てきた同期生としては悔しさの一方で、感慨深いものがあるのではないか。
 ある意味で中之上は最高に幸せなプロレスラーだと思う。これほど勝つ喜びとその重さを知り、負ける悔しさを知っているレスラーはいないと思うからだ。これは中之上だけの財産。この1勝を胸に、さらなる精進を続けて、いろんな意味で大きなプロレスラーになってほしいと思う。シングル初勝利、おめでとう!

「中之上靖文の初勝利」への4件のフィードバック

  1. TV王座の決勝は、真田 対 中之上の試合が見たいですね。
    クラシカルな良い試合(時代には逆行しているかもしれませんが)になりそうな気がします。

  2. 中上の初勝利が遂に来ましたね。デビュー当初からみてたのでずっと初勝利を願っていました。その瞬間を会場で観れなかったのが残念です。
    小佐野さんの言うように基本に忠実な試合をする点はとても重要だと思います。後自分が重要だと思うはのは渕選手と何度も試合してるという点です。
    諏訪魔やKAIの様にあそこまでの選手でも試合したことなく志願するほどの渕選手と最近の若手選手では群を抜いて試合をしてるのではないのでしょうか?ボディスラム一つで会場を沸かせる渕選手との度重なる試合は将来きっと役に立つと思っています。個人的に将来に大きな期待を持ってる選手の一人です。

  3. 中の上選手は、確かデビューするまでも長かった気がする。
    先輩のブログには度々、顔を見せるけど、いつデビューするのか?と思ったのを記憶しています。
    だから、単純に2年8ヶ月の思いというよりも、4年分の思いがあの勝利にはあった気が私の中ではあります。

  4. 中之上選手というと以前栃木で全日本の試合があったとき、その宣伝のため地元のラジオ番組に電話出演していたことを思い出します。
    「”なかのうえの”君なんてまるでお公家さんみたいな名前だねぇ、おじさん気に入っちゃったよ」なんて、完全に名前を間違われているにもかかわらずそれを修正できない中之上選手からは、実にチャーミングな人柄が伝わってきました。
    と同時に、こりゃブレイクまでは遠いぞとも思ったものですが、まさか今日までかかるとは…。でも、この大器晩成ぶりこそが全日本だとも思います。がんばれ”なかのうえの”君!

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