4分37秒に見た船木と秋山の凄さ

 昨日はリニューアル・オープンとなった大田区総合体育館でGAORAの全日本中継の解説。ここは個人的にも思い出深い会場だ。89年4月18日にジャンボ鶴田がスタン・ハンセンを倒して三冠を統一した試合ももちろん取材して週刊ゴングで記事を書いている。テレビ解説で思い出されるのは…昔の会場は冷暖房設備がなかったから、とにかく夏は暑くて、冬は寒い! 夏のTARU水は嬉しく、冬のTARU水は拷問のようだった。05年12月4日の最強タッグ最終日がジャマールの全日本ラストマッチだったこと、06年3月10日に小島聡がグレート・ムタ相手に三冠を防衛した直後に鈴木みのるが乱入、これがみのるの全日本参戦のきっかけになったこと、同じ06年の7月3日に太陽ケアが小島から三冠を奪取したことなどが思い出される。
 そして昨日は全日本40周年大会。20周年の92年にジャイアント馬場が「未来のエースになる男」としてスカウトした秋山が外敵の三冠王者として君臨し、それを奪回すべく全日本所属として立ち上がったのが新日本出身で、その後はU系、総合に進んだ船木誠勝というのだから、運命とは複雑で不思議だ。
 その注目の三冠戦は、何と4分37秒で決着。船木に凱歌が上がった。三冠史上最短の試合タイム。そうなる予感はあった。船木は秒殺をほのめかす発言をしていたし、対する秋山も通常の試合とは違う意識を持って船木戦に臨んでいた。会場入りした秋山に話を聞くと、こんなことを言っていたのだ。
「僕は結構、前日ぐらいには試合のイメージが頭の中に出来るんですけど、船木戦はまったくイメージできていないんですよ。正直、プロレスラーと試合をやるという感覚ではないですね。そこで勝つだけではなく、お客さんも満足させるのがチャンピオンの義務ですからね。このトシになって、さらに自分のプロレスの幅を広げる機会をもらいましたよ」
 河野真幸に言わせると「船木さんの相手との距離の取り方、間合い、タイミングはプロレスラーではなくて総合格闘家ですよ」とのこと。もちろん秋山もそれはわかっているはずだから、三冠戦の伝統とも言うべき“攻防のプロレス”は頭になかったはずだ。
 船木がタックルにきたところで秋山が顔面にカウンターの膝。この攻撃だけで、秋山にも“攻防のプロレス”をやる意思がなかったことがわかる。そこから先は共に“一発必倒”の姿勢。そこには観客を掌に乗せるサイコロジーとか、相手を引き出すとかの要素は一切なし。すべてを削ぎ落として、勝利に向かってひたすら全力を尽くす闘いを制したのが船木だったということだ。削ぎ落とし、凝縮した結果が4分37秒だった。
 私が凄いと思ったのは、このシンプルな闘いが観客を唸らせたことである。決してお客さんが置き去りにされていなかったのである。試合結果、タイムだけを見て批判する人もいるかもしれないが、実際に試合を観た人で、不満を持った人はいるのだろうか? 従来の“攻防のプロレス”を期待した人には不満が残った可能性はあるが、私の目には実に新鮮に映ったし、インパクトも大きかった。これまでの全日本の名勝負とは対極に位置する試合だったが、それでもこれは確かに名勝負だったと私は思う。ある意味、短期勝負はじっくりと時間をかけた“攻防のプロレス”よりも観客を満足させるのは難しいはず。その意味で、この日の船木と秋山の力量にも素直に感心させられた。
 さて、新・三冠王者の船木にはプロレスラーとしての課題は多い。昨日のような試合はいかにも船木らしくていいと思うが、王者としては“攻防のプロレス”も必要になってくるだろう。懐にナイフを持ちつつ、誰とでも闘えるプロレスラーとして、しっかりと全日本プロレスを支えてほしい。

「4分37秒に見た船木と秋山の凄さ」への2件のフィードバック

  1. 大田区体育館での三冠統一戦、観に行ってました。
    直前の後楽園でのジャンボとハンセンの試合は決着がつかず客席から罵声が飛びましたよね。
    それもあってか大田区体育館で勝利したあとジャンボが声を荒げて勝利者インタビューに答えていたのが印象深いです。
    その直後に大阪で天龍失神KOのパワーボム、6月の武道館での再戦、ついに天龍がシングルでジャンボに初フォール勝ち。
    懐かしいです。
    船木はちょうどそのころ海外修行から帰国してUWFに移籍した新進気鋭のレスラー。
    23年経ってその船木が全日本の三冠王者になっているのですから時間の流れと不思議さを感じます。

  2. 実際に見てはいないのですが(だからこういう風に書けるのかもしれませんが)、今後の三冠戦の幅がすごく広まったような気がします。

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