極限の闘いの先に…

 8月18日、日本武道館に到着した時、リング上では藤原組長がヨシヒコと格闘(?)していた。脇固めでヨシヒコの腕をもいでしまうというシュールな結末にドッと沸く客席。10124人の観客動員は立派としか言いようがない。三四郎は「俺たちは1回の失敗も許されないんだよ。1回失敗したら、お客さんを逃しちゃうからだよ」と言っていたが、もし今回の武道館がコケていたら、イメージが急落してヤバかったかもしれないのは事実。そこでイチがバチかの勝負ではなく、1年かけてコツコツと積み上げ、きっちりと勝算のある勝負にして成功させたところにDDTの凄さがある。
 DDTは選手もスタッフも基本、楽しみながら、そしていかにお客さんに満足してもらえるか脳ミソをふり絞り、自分がやるべきことを最大限に発揮している。エンターテインメントとして考えれば、それは当たり前のことなのかもしれないが、実際に実行できるかどうかとなると別問題。その大変さを知っているからこそ、お客さんを惹きつけるぐらい頑張っているからこそ、大御所の藤原組長、藤波辰爾、そして鈴木みのるもとことん“DDTの世界”に付き合ったのだと思う。藤波&MIKAMIvsKUDO&大石真翔では、藤波と他の若い3人が使う技、試合の転がし方が全然違うのを目の当たりにしてビックリ。もちろん、藤波の仕掛けに対してKUDO、大石は対応していたし、逆に若い人間の攻めにも藤波はちゃんと対応していたが「これだけプロレスは昔と今では変わっているのか」を目の当たりにした思いだった(どちらがいい、悪いとかという意味ではなく思ったことなので、念のため)。
 休憩明け、タッグを組んだ真壁刀義とHARASHIMAの帝京大学プロレス研究会の先輩後輩コンビは本当に嬉しそうだったし、男色ディーノvs透明人間のセミは、ディーノの原点と現在を提示しつつ、きっちりとメインへのアンカーの役目を務めた。
 そしてメインの飯伏幸太vsケニー・オメガだ。この試合は賛否両論が出ているようだが、それはそれだけ凄い試合だったことの裏返しである。私は昨日の『速報!バトル☆メン』で「昔の四天王の試合を思い出した」とコメントしたが、それはもちろん、いい意味である。飯伏とケニーには試合前から「本気でぶつかり合ったら、行きつくところまで行ってしまう」という共通認識があったと思う。飯伏の1階からアリーナへのムーンサルトはあったものの、20分過ぎあたりまではお互いに制御している部分があるように感じた。だが、最後、彼らは真っ白になって闘った。それはプロレスラーとしての心意気と覚悟であり、DDT15周年の日本武道館初進出のトリを飾るという責任感であったと思う。ケニーはマイケルに「何があっても途中で試合を止めないでくれ」と言っていたという。
 その2人を誰が責めることができるのか? 安全なプロレスをやっていると「仕事しろ!」「体を張れ!」と言われ、とことんやると「危険過ぎる!」「あれはプロレスじゃない!」と言われる。これではレスラーは救われない。もちろん、彼らにストップをかけることは必要だが、それは否定という方法ではないはずなのだ。試合後に飯伏は「ケニーが心配です。こういう激しい試合はもういいかな。違った形でもっと凄い試合をやります」「大丈夫じゃないです。限界ですね。この形はMAXまできた。勝って逃げるのは嫌ですけど、自分が限界ですね」と語っていた。飯伏自身、決してこの試合が理想形だとは思っていないし、これからは違った形で凄さを表現していくことを語っていたので安心した。この極限の試合を経て、飯伏がどんなスタイルを確立していくか楽しみだ。
 さて今後のDDTだが、来年は8月17日&18日の両国国技館2連戦が決定、そして5年後の20周年には東京ドーム進出を目指す。東京ドームにしても、ただぶち上げただけ、ただの願望ではなく「そこに行くにはひとつひとつ課題をクリアしていかなければ」と三四郎は極めて現実的に考えている。大人げなさと現実を見る厳しい目が同居しているのが高木三四郎という男なのだ。
“夢を見続けよう”“夢を実現させるためには一生懸命頑張って、課題をひとつひとつクリアしていこう”“プロレスにはまだまだ可能性がある”…発するメッセージはシンプルだから、そしてそれを実際に彼らが体現するから、DDTは多くの人を惹きつけるのだと思う。

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