三十七のデビュー

 篠瀬三十七がプロレスラーを目指していると聞いたのはいつ頃だっただろうか? 彼はプロレスファンで、娘さんを連れて全日本プロレスの会場にもよく来ていて、一緒にGAORA中継の実況をやっている鍵野威史アナウンサーと親しくなり、その関係で私も話をするようになった。
 私の正直な気持ちとしては…早稲田大学を卒業後、普通に就職して家庭も持ったにもかかわらず、35歳を過ぎてのプロレスへの挑戦は無謀に見えた。実際、SMASH1・19新宿FACEにおけるAKIRAの胸を借りてのプロテストは、ボディスラムの受け身もまともに取れず、ロープワークも出来ずという状態。気迫は伝わってきたものの「合格にするべきではない!」と思った。その時、36歳。これで夢が叶ってプロレスラーになったら話題性もあるが、それをしてしまったらおしまいである。プロレスラーは努力したからといって誰でもなれるような職業ではないのだ。果たしてTAJIRIは不合格にした。篠瀬には悪いが、そこにTAJIRIの良心を見た思いがした。
 でも篠瀬は諦めなかった。2・19TDCホールでのプロテストも不合格。私が「オッ!?」と思ったのは、WNC6・22新宿FACEでの児玉ユースケ相手の3回目のプロテストだった。身体が大きくなっていた。ロープにも走れる。基本的な投げ技の受け身は取れるし、ヘッドロック投げ、ヒップトスなどの基本技もきっちりやっていた。「努力すれば、その分、成長するんだなあ」と実感させられた。
 そして昨日の37歳にしてのデビュー戦だ。とにかく頑張ったと思う。新人だし、決して器用なタイプではないから、特にこれといったキャラクターがあるわけではないが、TAJIRIが言うように“佇まいがちゃんとプロレスラーだったこと”は特筆すべきこと。
 ただ、彼の本当のストーリーはこれからだ。現実は「37歳で夢だったプロレスラーになりました。めでたし、めでたし」とはいかない。これから先、プロレスで実生活を成り立たせて、初めて成功だと言えるし、観る者に夢を感じてもらえることができるのである。
「今日、死んでもいいぐらいの覚悟で」と口にしていた篠瀬。その意味はもちろんわかる。しかしプロレス界の一員として、夫として、父親として「何があってもリングを無事に生きて降りる覚悟」で頑張っていってほしいと思う。
 とりあえず篠瀬三十七選手、デビュー戦、おめでとうございました。これからのさらなる精進、活躍に期待しています。

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