天龍源一郎の誠意

 昨日は後楽園ホールで天龍プロジェクトが昨年11月10日の『天龍源一郎 プロレス生活35周年記念興行』以来の大会を開催。2月23日と3月8日の2回にわたって腰の手術をした天龍は試合に出場しなかったものの、試合前と休憩時間にサイン会を行い、オープニングと全試合終了後にはリングに立って挨拶した。
 杖をつきながらリングサイドに向かい、階段を上がるのも、ロープをまたぐのも容易ではなかった。恐らく“天龍の今現在”を見たファンはショックだったと思う。それでも病院のベッドに伏す姿を目の当たりにしている人間にしてみれば、凄い回復ぶりなのだ。2本の杖を使っていたのが、リングに立ってからは杖を一切使わずに挨拶し、試合後の「エイエイオー!」もやったのである。
 天龍自身の本音としたら、完全に治ってから元気いっぱいの天龍を見せたかったと思う。でも、杖をつきながらでもリングに上がってファンに姿を見せたのは、会場に足を運んでくれた観客への感謝、自分を目当てに来てくれた人たちに少しでもサービスになればという主催者としての誠意だったのだろう。もし天龍が辛そうな顔をしてリングに上がっていたらファンも辛かっただろうが、天龍は笑顔で感謝を語った。この状態から12月29日の復帰戦を目指す。かつて天龍同盟は「一生懸命に頑張っていれば、いつか報われる時がくる!」を体現した。あれから約四半世紀…60歳を過ぎた天龍はなおも体を張って、我々にメッセージを送り続けている。
 さて、昨日の大会の注目はノアのマイバッハ谷口だった。天龍のマイバッハ評は厳しいものだった。
「あれじゃトップにはいけない」「あれがノアの悪役ですよ」「キカクの中での悪党という感じ。後楽園ホールの外の外までは届かない」などと、辛辣な言葉が並んだ。キカクは規格、企画の両方の言葉が当てはまるようだ。規格外じゃなければファンを振り向かせることはできない、企画の中のキャラクターと見られているうちはまだまだという意味に取れる。厳しいマイバッハに対する期待の裏返しなのは言うまでもない。天龍も天龍同盟を始めた頃は「維新軍の二番煎じ」「コップの中の嵐」と言われたが、マスコミ関係者、ファンを「そこまでやるのか!?」と驚かせるほどのファイトを連日やってのけたことで一大ムーブメントになったのだ。マイバッハに対する歯に衣着せぬ言葉もまた、天龍源一郎の誠意である。

「天龍源一郎の誠意」への3件のフィードバック

  1. そうですね。天龍さんの言を待つまでもなくファンの目から見ても、マイバッハはまだ”なんだかヒールっぽいことを一生懸命やっている人”の域を出ていません。真にヒールとして認められるには、何かこうもっと突き抜けた、ファンの度肝を抜くようなことをやるしかないと思います。もちろんいい意味で。リアルにファンを悲しませるのは駄目です。

  2. 天龍選手の一日も早い回復を待っています。
    最近ブログにも書いたりしたのですが天龍革命、天龍同盟のころを思い出します。
    小佐野さんがゴングで熱くペンを走らせていましたね。毎週楽しみにしていました。
    天龍革命はプロレスの名誉革命だったと思います。
    長州力の維新革命は叩き潰してのし上がっていくような感じでしたよね。
    それはそれで素晴らしい。
    でも天龍源一郎の革命は掘り起こす、暴く、引っ張り出す、そういうやり方でしたよね。
    自らも身を粉にして相手レスラーのポテンシャルを露わにさせる戦い。
    あのブロディもコーナーポストからニードロップを放った。
    しびれましたよ。
    だから心奪われました。
    全日本での革命後のSWSでの苦労、WARでの意地、そして現在のミス他プロレスとしての天龍源一郎。
    ずっと応援しています。
    試合で一発きついチョップを若いレスラーに食らわす天龍源一郎をまた見たいです!

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