昨日からスタートした人生勝負

 本来ならば3月18日に行われる予定だったSMASHの1周年記念大会が昨日、後楽園ホールで開催された。27日のDDT後楽園ではビジョンを使わなかったが、昨日のSMASHでは照明等の電力を出来る限り抑えた上でビジョンを使用。SAMSHの世界観ではビジョンは不可欠であり、本当に苦肉の策だった。
 さて、1周年記念大会を3月中に開催したのには大きな意味がある。メインイベントがKUSHIDAvs大原はじめだったからだ。KUSHIDAは4月1日付で新日本プロレス所属になるため、この大原戦がSMASH卒業試合。もし大会が4月以降に延期されていたら、試合の意味合いがまるで変わってしまっていたのだ。
 SMASH旗揚げからKUSHIDAと大原はエースの座を巡るライバルだと認識されていた。だが、実際には2人の心が通じることはなかった。ハッスルを飛び出し、自分の可能性を伸ばすために単身海外に飛び出したKUSHIDAがSMASHに参加したのは師匠TAJIRIのオファーによるもの。大原は「自分が生きるための団体」、そして「自分がエースにならなければならない」とSMASHに参加したから、出発点からして違う。そして皮肉にもSMASHのエースになったのは「自分を高めるステップ」としてSMASHに参加したKUSHIDAだった。
 当初、WWE入りを目指していたKUSHIDAにとって、SMASHのエースの座は結果として自然に転がり込んできたもの。そこに大原に対するライバル心はなくても当然だ。いつだったかKUSHIDAに大原について聞くと「僕の人生の中に必要ないですね」とキッパリ言っていた。
 一方、大原には忸怩たる思いがあっただろう。一大決心でSMASH設立に参加したものの、結果が出せない。気付いたらKUSHIDAがエースの座にいた。苦しんだ揚げ句にFCFに身を投じ、やっと一筋の光明を見出したのである。
 昨日の試合はKUSHIDAにとっては一区切りの卒業式。いわば通過点だ。片や大原にとっては1年間苦しみ抜いて、ようやく掴んだ自分の団体のメインイベント。意識は全然違ったはずだ。
 大原が勝利したが、最後の最後まで2人の心が通うことはなかったように感じた。
 だが、2人の本当のライバル・ストーリーは袂を分かった昨日から始まったような気がする。大原は「このSMASHで叶えたい夢がいっぱいある」と言った。KUSHIDAはIWGPジュニア王座奪取に向けて突っ走る。道は違っても、ここからが人生勝負だ。
 大原が真にSMASHのエースになった時、KUSHIDAがIWGPジュニア王者になった時、2人は否応なしに相まみえることになるような気がする。その日が来るように、2人には、それぞれの道を邁進してもらいたいと思う。

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