過激な仕掛け人の涙

P3100077.JPG
 昨日は新宿のアントニオ酒場で、かつて猪木の参謀として数々のビッグマッチを実現させた“過激な仕掛け人”新間寿氏の誕生会が催された。坂口征二、グラン浜田、藤原喜明、木村健悟、元祖闘魂の語り部である櫻井康雄氏、舟橋慶一氏らが出席し、途中から前田日明も駆けつけた。旧UWFの分裂騒動の取材をした私にとっては、新間氏と前田の握手は感慨深いものがあった。
 さらに個人的なことを書かせてもらえば、私は新日本プロレスファンクラブ『炎のファイター』を主宰していた高校2年生から新間氏のお世話になっている。新間氏と初めてお会いしたのはNWFヘビー級王者の猪木とWWFヘビー級王者のボブ・バックランドがダブルタイトルマッチを行った1978年6月1日の日本武道館。1万円の特別リングサイドの前売り券を買った私は学校の6時間目をさぼって4時頃に日本武道館へ。すると入口に新間氏がいるではないか。意を決して「ファンクラブの者ですが、藤波さんにインタビュー出来ませんか?」と声を掛けると「ファンクラブの坊やなの? いいから入ってきなさい。一緒に探してあげよう」とチケットも見ずに会場に入れてくれ、一緒に藤波を探してくれた。そして控室まで連れて行ってくれて「カンペオン(藤波のこと)! ファンクラブの坊やがインタビューしたいって言ってるから、話をしてあげてよ」と快くインタビューさせてくれたのだ。
 その時のことを話すと「当時、俺が営業の人間に口を酸っぱくして言っていたのは“自分たちがファン時代にやりたかったことをファンにさせてあげろ”ということ。俺がファン時代に日本プロレスに行った時にしてもらった喜びを、今度はファンに与えたいという気持ちもあったし、そうすることでファンが新日本プロレスと一体感を感じてくれると信じていたんだよ」と新間氏。本当にファンをとても大切にしてくれる人だった。以来、33年間、新間氏にはずっとお世話になってきた。
 さて、昨日の誕生会だが、企画したのは愛娘の千種さん。猪木酒場の試食会ということで新間氏を呼んでのサプライズ・パーティーで、招待状には「くれぐれも父・新間寿には内密にお願いいたします」と書かれていた。猪木酒場に到着した新間氏は、大勢の人に囲まれて最初は事態が呑み込めずに唖然。千種さんが用意したサプライズの誕生会だと理解すると、父親の顔になって涙をこぼした。
 千種さんは新間氏が“過激な仕掛け人”として活躍した時代をほとんど知らない。しかし大人になり、様々な人の話を聞いて父親の偉大さがわかったという。そして、父親にあの黄金時代の空気を感じてほしかったそうだ。本当に心温まるパーティーだった。
 新間さん、これからも過激な新間節を聞かせてください!
PS.写真は新間氏と、猪木vsアリ戦などで通訳として活躍したケン田島氏。

橋本大地デビューとゼロワン10周年に寄せて

 昨日の橋本大地のデビュー戦にプロレスに関係する人間は一同にホッと胸を撫で下ろしたに違いない。橋本真也の愛息・大地は日本プロレス界にとって一筋の希望の光だからだ。
 大地は頑張った。だが、その前に対戦相手を務めた蝶野正洋をまず称えたい。蝶野の役回りは難しかった。厳しくやり過ぎたら大地が潰れてしまう危険性もあったし、かと言って甘いファイトをしたら「甘やかすな!」という声が飛んだだろう。果たして、蝶野は厳しく攻め、そして温かく受け止めた。改めて蝶野というレスラーの技量を再確認した。ハッキリ言って潰そうと思ったら簡単だが、蝶野は厳しさの中にもちゃんと大地にチャンスを与え、打撃を真っ向から受けとめ、大地の潜在能力を引き出したのだ。厳しさを教えるのは当然として、自信を付けさせるのも先輩の大事な役目。そのあたりのバランスが素晴らしかった。
 ただし、どんなに蝶野がチャンスを与えても、それをモノに出来るか出来ないかは最終的に大地次第。その意味で、大地は本当によく頑張った。両国という大舞台、あの大観衆の前で物怖じすることなく堂々と試合をしたのだから、その図太い神経はやはり父親譲り。声もよく出ていたし、デビュー戦にもかかわらずバテることなく蝶野に食い下がったのは立派だった。入場時は誰もが橋本真也をダブらせて大ハシモト・コールを送ったが、場外パイルドライバーを食らってもリングに這い上がった大地に期せずしてダイチ・コールが起こった。そう、大地が橋本真也の分身ではなく、橋本大地というひとりのレスラーとして認められた瞬間だった。ダイチ・コールを起こさせたことで、もう合格点だ。
 試合が終わり、コメントを終えた大地の後ろ姿を見た時、私はハッとした。大地の両肘に多くの擦り剥いた痕があったのだ。まだ治っていない傷もあった。それはこの日を迎えるにあたって、どれだけ受け身を取り、どれだけスパーリングをしてきたかの証。この傷こそプロレスラーの証である。これを見た時に心底、「大地、よく頑張った!」と思った。
 これからも大地は橋本真也の息子として注目され続ける。それは運命であり宿命。選ばれし子なのだ。時にプレッシャーになるかもしれないが、すべてを受け入れ、本当に大きなプロレスラーになってくれることを願う。
 最後に…昨日の大会はゼロワンの10年記念興行。大谷晋二郎は本当に頑張ってきたと感じる。もし、橋本真也と行動を共にせず、新日本に残っていたとしたら、ここまでの苦労はしなかっただろう。新日本のレスラーであることにプライドを持っていた大谷は、新日本というブランドがなくなってから鼻をヘシ折られたこともあると思う。でも、そうした諸々のことが大谷という人間・レスラーをデッカクしてきたはず。この10年の頑張りを称えると共に、今後も身を持って“諦めないことの大切さ”を広く伝えていってほしい。改めて10周年、おめでとうございます。

閃光魔術&ワイパー、そして不発王

 約2週間ぶりのダイアリー更新は昨日のノア有明コロシアムについて。今年初の首都圏ビッグマッチとあって4大タイトル戦を組むなど力の入った興行だったが、ここで書きたいのはまず秋山準だ。
 1月15日に復帰して以来、秋山にとって2度目のシングルマッチ(初シングルは1・22佐世保の井上雅央戦)。相手は160キロの吉江だけに苦戦を強いられたが、エクスプロイダーを爆発させ何とか振り切った。「オッ!」と思ったのは試合終盤でシャイニング・ウィザードを炸裂させたこと。そして試合後に額の汗をピッピと指で拭う汗ワイパーをやったことだ。
 シャイニングは武藤敬司、汗ワイパーは三沢光晴を感じさせるもの。あの秋山がこうしたことを無意識にやるわけがない。そこには彼の、彼なりの無言のメッセージがあったはずだし、明らかに謎かけだ。
 勝利者インタビューでは「みんなはよく活性化って言うけど、俺は俺を活性化しないと。俺の中の気持ちを活性化させて動かさないと。動かせるように頑張りますよ」と語り、さらに日テレの平川アナの「秋山健在を示しましたね!」の言葉に「健在かどうかわからないけど、余計なことをチョコチョコ始めたら、そう感じてください」と笑みを見せた。
 今、諏訪魔vs秋山が取り沙汰され、その一方ではノアと全日本には微妙な空気が流れているという話もあるが、秋山はかつて新日本との壁に風穴を開けた男。「無理と思われていることをやるからインパクトがあるんですよ」が持論の秋山は、これは実現しなかったものの、当時の三冠王者だった天龍源一郎の呼びかけで元子・全日本への参戦にも前向きな姿勢を見せたこともある。これからの秋山のアクションに注目だ。
 もうひとり注目したいのはモハメドヨネ。昨日は『Disobey』と健介オフィスの全面戦争が行われ、戦前、KENTAは「みんなが望むようなことが起こる」と予告していたが、それは何と『Disobey』のボス、ヨネの追放だった。昨年10月には潮﨑を勧誘したものの“悲しみのラリアット”で裏切られ、昨日はKENTAの“悲しみのイス”で裏切られた。KENTAは金丸義信と新軍団を結成することを宣言し、平柳玄藩も追従した。気付いたらヨネは“ひとりDisobey”になってしまった。とんだ赤っ恥である。
 反体制を叫んで『Disobey』を結成しながら結果が出せずに不発王と呼ばれ、KENTAの加入でやっと勢いが出たと思ったら「お前みたいな中途半端な奴はいらないんだよ!」と裏切られてしまったヨネ。このまま不発王で終わってしまうのか、それとも…。這い上がる姿を見せるのがプロレスラー。正念場を迎えたヨネの今後が妙に気になるのだ。