Gスピリッツ=藤波大特集詳細です

 明日30日はGスピリッツVol.19の発売日。今号はデビュー40周年を迎える藤波辰爾大特集であることは以前、お伝えしたが、今日はさらに詳しい情報を。
 私が担当したのは取材時間5時間超、24ページにわたる藤波への4万字インタビュー。その他、藤波に縁のある人たちに取材した。
 まずは北沢幹之(魁勝司)氏。北沢氏は1970年6月16日、下関体育館に藤波を呼び、試合後に日本プロレスの宿舎に連れていった。ここから藤波のプロレス人生がスタートした。当時16歳だった藤波の体格は入門規定に満たないもので、もし北沢氏の尽力がなかったらプロレスラー・藤波辰爾は誕生していなかったのだ。道場のスパーリングではカール・ゴッチが極めることが出来なかったほど強かったという北沢氏の目から見た若き日の藤波の話は貴重なものだ。
 そして1978年のドラゴン・ブームを仕掛けた元新日本プロレス取締役営業本部長の“過激な仕掛け人”こと新間寿氏。70年代、日本のプロレスはヘビー級が主役でジュニア・ヘビー級というジャンルは確立されていなかった。だが、新間氏は体が小さい藤波に目を付け、いきなりMSGでWWWFジュニア・ヘビー級王座に挑戦させて一夜にして次代のスターに仕立て上げた。なぜ新間氏は藤波を売り出そうとしたのか? そして、その仕掛けとは? また、藤波自身、「新間さんがいなければドラゴン殺法は生まれなかった」と証言しているが、その意味とは? これはフィクサー側の視点から語る藤波のサクセス・ストーリーである。
 最後はWAR、新日本のリングで藤波と激闘を繰り広げた天龍源一郎。時期は違うがノースカロライナで修行したという共通点を持つ2人の意外な初対面に始まり、天龍が戦いを通して体感した藤波のプロレスを分析してくれた。対戦相手としての、プレイヤーからの視点も新鮮だった。
 私が担当した以外にも長州力、グラン浜田、ミル・マスカラス、カネック、チャボ・ゲレロが登場する。様々な角度から藤波辰爾を掘り起こした一冊にご期待ください!

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