次は春の祭典!

 両国大会を無事終えた翌日の昨日22日、4月8~13日に開催される『2011チャンピオン・カーニバル』の記者会見が行われた。
 今年の大会は新日本プロレスから永田裕志、プロレスリング・ノアから秋山準、フリーとして大森隆男が参加したことによって優勝争いだけでなく様々なドラマが見られる。まず、いきり立っていたのが大森だ。別ブロックになって公式戦では対戦が実現しないが、意識しているのは秋山準。大森と秋山はかつてアジア・タッグ王座を保持して“将来の全日本プロレスを担う2人”と目されていた。2人にとっての最後の『2000チャンピオン・カーニバル』はトーナメント形式で、1回戦で両雄は激突し、大森がわずか7秒で勝ったという過去もある。その後、ノアでの別れもあるし、いろいろな想いがあって当然だ。
「秋山準の参戦で一気にモチベーションが上がりましたね。意識するなっていう方がおかしい。これだけ時間が経った中で全日本のチャンピオン・カーニバルで顔を合わせるとは思わなかった。何かのつながりを感じますよ。あの人から“折り返し点を過ぎた”とかっていう言葉は聞きたくない。スターネスって冷酷でしょ? ネガティブな弱気な言葉は信じられないですよ。そんなこと言ってほしくないですね。今、燃えるものがないんじゃないか? そうじゃなきゃ口に出すことばじゃないでしょ!? お互いに勝ち上がっていけば当たるけど、俺は同じブロックの初日に戦ってもいいと思ってましたよ」と大森。その言葉からは、秋山に対する敵愾心だけではない複雑な感情が読み取れた。
 その秋山は、ここ最近の「若い者の時代だから…」というような“物わかりのいいオッサン”ではなく、目をギラギラさせた“あの秋山準”だった。「よくもまあ、これだけ因縁めいた選手を揃えてくれた」とニヤリ。同ブロックになった鈴木みのるとはGHC戦を戦った仲だし、太陽ケアは全日本時代の後輩。ノアに移る前、秋山は小橋率いるバーニングを離脱してマウナケア・モスマンと名乗っていた時代のケアをパートナーにして上位グループに引っ張り上げようとしていた。そして別ブロックには戦友の永田、秋山に参加を呼びかけていた三冠王者の諏訪魔がいる。全日本時代に三冠王座奪取もカーニバル優勝も果たしていない秋山にとって、ある意味では総決算的意味がある覚悟の参戦だ。
 そして永田。永田は記者会見中、何だか嬉しそうだった。「同じリーグ戦に全日本の選手とノアの選手が出るのは初めてだよね?」と、まるでファンのよう。そしてカーニバルについては「子供の頃にテレビで観てましたよ。馬場さんがブロディに勝って優勝したのとか。あれって昭和56年(81年)でしたよね? その前の年はジャンボ鶴田がディック・スレーターに勝って優勝して…」と通ぶりを発揮。実際、永田の記憶は正解だった。
 両親が教師という永田家は教育熱心で、少年時代の永田は夕方からの全日本プロレス中継を観ることは出来ても、夜8時からの新日本プロレス中継は勉強のために観ることができなかったという。全日本博士の永田と、昔のビデオを観て全日本の歴史に詳しい諏訪魔が公式戦でどんな試合をするのか非常に楽しみ!
 とにかく楽しみが多いチャンピオン・カーニバルである。

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