スミマセン!去年と同じ過ちを…

『2010年度プロレス大賞』の公表解禁は朝刊紙の発行に合わせて9日午前6時。振り返れば、昨年も「午前0時に公表します!」と書いて、解禁は午前6時だった(汗)。ということで、9日午前6時過ぎにこのブログで発表させていただきます。寝坊したらゴメンね!
 ちなみに先程、選考会を終えて帰宅したが、今年も相当なエネルギーを使いました!

Gスピリッツ第18号の表紙&内容公開!

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『2010年度プロレス大賞』発表の前に…12月15日(水)発売のGスピリッツVol.18の表紙と主な内容を公開します。
【巻頭特集】ブルーザー・ブロディ 栄光と反逆の軌跡
<回想 インテリジェント・モンスターの実像>
ミスター・ポーゴ
藤波辰爾
ザ・グレート・カブキ
渕正信
ホセ・ロザリオ
ラリー・マティシク
“マッドドッグ”ケン・ジョンソン
<激闘録 デビュー戦から不穏試合まで>
スタン・ハンセン
ジミー・スヌーカ
アンドレ・ザ・ジャイアント
ミル・マスカラス
レックス・ルガー
ボブ・ループ
【特別企画】
アントニオ猪木vsジュベール・ペールワン
<証言>
新間寿
高阪剛
初代タイガーマスク
遂に発掘された本人使用『牙付き』
【連載】
イノキ・カンジのアメリカ武者修行
ミル・マスカラス 謎の1033日
ロス・ミショネロス
【インタビュー】
デビル紫
ジョー・マレンコ

明日は…

 明日はいよいよ『2010年度プロレス大賞』の選考会。この1年、自分自身の目で見てきたことをぶつけます。恐らく解禁は9日午前0時になると思いますが、解禁時間になったらすぐに選考過程をこのブログで報告します。
PS.ところで、昨日の書き込みで、過去に私がブログを削除云々というのがありましたが、私が削除したのはノアとGスピリッツの約束を知らずにGスピリッツ第4号の表紙を解禁日より早く公開してしまった時だけです。だいたい、ブログに圧力がかかったり、クレームがついたことは一度もないんだけど???

そこには命懸けのプロレスが…。

 昨日のノア日本武道館大会は、一言で表現すれば「ノアらしい大会だった」ということになる。何がノアらしさなのかということになるが…「そこまでやるか!」という命懸けのプロレスが展開されていた。
 丸藤の復帰戦ではKENTAが容赦なく丸藤の首を攻撃した。試合途中で丸藤は何度か右腕の感覚をチェックしていたが、決してセーブすることなく動き回った。メインの杉浦vs森嶋は「ヤバイ!」と思うようなシーンが何度もあった。昨年の三沢光晴の死からプロレスの在り方が見直されるようになり「大技を使わなくてもいいのではないか」という風潮が生まれ、実際に“なるべく技を使わずに組み立てで見せるプロレス”を目指すレスラーも増えた。だが、昨日の武道館を見ると、観客の期待に応えようと限界を超えてやってしまうのがレスラーの性だと痛感させられた。
 少なくとも私は、命懸けの覚悟で試合をしている彼らを批判する気持ちはまったくない。今のノアは四天王プロレスとは違うカラーになったが、四天王プロレスとは違った意味での極限のプロレスだと思うし、今の世代のトップの人たちの覚悟は四天王プロレスと何ら変わらないものだ。
 小橋、三沢と並ぶGHCヘビー級年間7度防衛の記録を作った杉浦は観客に感謝の言葉を述べ、「嬉しいです、偉大な先輩たちに並べて」と言った後に「今、このリングに俺がいます。森嶋さんもいます。潮﨑、丸藤、KENTA、鼓太郎、金丸…今のノアを見て下さい!」と叫んだ。その言葉は12年前、全日本プロレスの東京ドーム初進出を前に三沢光晴が言った「プロレスを見せたい。今の時代のプロレスをね」とダブって聞こえた。

谷津嘉章引退に思ったこと

 2日ほど経ってしまったが、11月30日に新宿FACEで行われた谷津嘉章の引退試合について書こう。新日本プロレスに入団して30年…会場には懐かしい顔が揃った。「ヤツちゃんの引退だから…」と、マスコミも懐かしい顔触れだったし、アニマル浜口さん、小沢(キラー・カーン)さん、ジャパン・プロレスの専務だった加藤一良さんも…。
 さらにはSPWF解散ということで久しぶりに会う選手も多くいた。解散式バトルロイヤルに出場したのはエキサイティング吉田、大角比呂詩(新宿鮫)、矢口壹琅、高智政光、松崎和彦、デンジャラス内田、ファントム船越、空牙、戸井マサル、死神、富豪富豪夢路、ミス・モンゴル、神威、虎龍鬼、クリーニングハウス石井。何とマニアックなメンバーなんだ! さらにKAMIKAZE、ザ・マーダラー、WJで一緒だった大森隆男、ドラディションから嵐、ヒロ斉藤が出場。メインではSWSで同じ道場・檄に所属し、デビュー戦でパートナーになってもらった維新力が恩返しということで谷津と組んで藤波辰爾&初代タイガーマスクと激突。リングアナの鳴海剛クンのアナウンスも心がこもっていた。鳴海クンは、元々はSWSのリングアナだった。足利工大附属高校の後輩・川田利明や、長州力、天龍源一郎は来場しなかったものの、これだけの人が集まり、またホンワカ・ムードになったのも谷津の人柄だと思う。
 試合後のトークで「もう一度、組みたいのは長州さん」「もう一度戦ってみたかったのはジャンボ鶴田さん、ブルーザー・ブロディ、タッグだったら長州さんと組んで鶴田さん、天龍さん」と構えることなく言えるところが、谷津という人なのだ。私の中では鶴龍vs長州&谷津の全日本vsジャパン・タッグ頂上決戦が谷津のハイライトである。
 明るいムードの引退興行だったが「モスクワ・オリンピックを日本がボイコットしたことでプロレスに入って“凄いヤツになれ”と言われ、強ければ何とかなると思ったんですけど、それだけじゃないことを思い知らされました」「辿りついたのがSPWFでした」「本当の自分は“駄目なヤツ”になってしまったような気もします」の言葉は重かった。
 谷津はモスクワ・オリンピックではメダル確実と言われていた。もし、日本がオリンピックに参加していたら、谷津のその後の人生はどうなっていたのだろうか…。もしかしたら、プロレスの世界に向いていなかったのではないかと今さらながら思ってしまうのだ。それでもSPWFという安住の地を自分で創り、最後には「プロレス、ありがとう!」と言ってリングを降りたことが嬉しかった。
 谷津さん、30年間、お疲れさまでした。月並みな言葉になってしまいますが、第2の人生に幸多かれと願っています。