GスピリッツVol.18情報②

 Gスピリッツ第18号のブルーザー・ブロディ特集ではアメリカ本土での取材も行った。担当してくれたのはチャーリー赤木氏。赤木氏はテキサス州サンアントニオ在住で、かつてはWCWの日本国内向けの映像プロデューサー兼エージェント、アメリカのスポーツ・エージェントの日本向け窓口業を担い、様々なスポーツ・イベント企画、プロレスのインディー団体やクラシック番組の映像プロデュースを手掛けた人物。2000年以降は当時の馬場元子社長の下で全日本プロレス映像制作責任者として衛星放送を開始し、オフィシャルビデオ、テレビ制作を行っていた。現在はサンアントニオでフィットネス・ビジネスのマーケティングの仕事をしている。私をGAORA全日本プロレス中継の解説者に起用してくれた恩人でもある。
 赤木氏が現地で取材してくれたのは77年~78年あたりにサンアントニオで何度となくブロディと戦っていたメキシカン・レスラーの大御所ホセ・ロザリオ、若手時代にブロディと戦ったり、アドバイスを受け、今もなおサンアントニオのインディー団体でブロディ・スタイルでファイトしている“マッドドッグ”ケン・ジョンソン、さらにはプロモーターら背広組を嫌悪していたブロディが唯一信頼したラリー・マティシックの3人。
マティシックは長くNWA会長を務めたサム・マソニックが主宰する『セントルイス・レスリング・クラブ』のGMだった人物で、私も81年8月にセントルイスのパークチェイス・ホテル内にあったNWA本部で会ったことがあるが、頭脳明晰、とても親切で明るい人だった。83年2月に『セントルイス・レスリング・クラブ』を退社後、同年6月に『ザ・グレーター・セントルイス・レスリング・エンタープライズ』を旗揚げしたが、ここにブロディがエースとして参加したのだから、いかに親密だったかがわかる。
 ロザリオ、ジョンソン、マティシックというマニアックな人選は赤木氏ならでは。ぜひ、注目していただきたい。

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