リビング・レジェンドの底力

 昨日は新木場のミル・マスカラス誕生45周年記念試合→新日本の両国→サムライTV『S-ARENA』と、なかなか充実した1日だった。今日はマスカラスについて、両国については明日書こう。
 さて、マスカラスが初来日したのは1971年2月の日本プロレス『ダイナミック・ビッグ・シリーズ』。当時、小学校3年生だった私は、父親と一緒にテレビに映るマスカラスのドロップキック、フライング・クロスアタック、ダイビング・ボディアタックに釘付けになった。昨日の新木場には親子でマスクを被っているお客さんがいたが、もし私に子供がいたら、親子3代で観ていたかもしれない。それを考えると、まさにレジェンドだ。
 記念試合のカードはマスカラス&天龍源一郎&エル・パンテーラvs藤原喜明&NOSAWA論外&アルカンヘル・デ・ラ・ムエルテの6人タッグ。入場してきたマスカラスがガウンを脱ぐと「おおっ!」というどよめきが。68歳(実際は70歳を越えているという説もある)だけに皺も目立つが、あの大胸筋、ヘコんだお腹を維持しているのはさすが。その肉体を「どうだい?」と見せつけられた天龍が「いやいや、恐れ入りました」という感じで苦笑していたのがおかしかった。
 実はマスカラスの体調は決してよくなかった。来日前の試合で膝を痛め、8日の後楽園でのNOSAWA論外15周年興行で張り切り過ぎて、さらに悪化させてしまったという。それでもマスカラスはマスカラスであり続けた。ダイビング・ボディアタックは出来なかったものの、ヘッドシザース・ホイップ、アトミックドロップ、そしてこれも無理だと思われたフライング・クロスアタックを2発も披露した。
 もうひとり、意地を見せたのが天龍である。天龍が左膝を負傷していて思うように動けないのは周知のところだが、徐々に回復に向かっていて、この日は藤原とチョップvs頭突き合戦で魅せてくれた。何も知らないお客だったら天龍の負傷に気付かなかっただろう。動き回らないで試合をする術を身に付けているところがキャリアである。
 どんな状況になっても自分のイメージを貫き通す土壇場での底力…マスカラス、天龍の2人がなぜリビング・レジェンド(生きた伝説)なのかを改めて知った一戦だった。

「リビング・レジェンドの底力」への1件のフィードバック

  1. マスカラスさんは居るだけで…御馳走様みたいな…
    しかもこの、面子…凄いです..
    いつまでも元気で居て欲しいですね..

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