エイエイオー!

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 昨日は天龍源一郎&折原昌夫と一緒にサムライTV『S-ARENA』に出演。昨日も書いた通り、6月4日は天龍と阿修羅・原が名古屋で握手した革命記念日。その時、私は東京にいて2人の握手を取材することはできなかった。同日の午前中、当時の東京スポーツの全日本担当記者だった柴田惣一氏から「今日の午後、天龍と阿修羅がシャンピアホテルで話し合うって言ってるよ。馬場さんの承諾も得ているようだし、2人でタッグを組むことになるんじゃないかな」と連絡をもらったことを覚えている。すでに時間的に名古屋に行くことは不可能だったのだ。
 そして2日後の6月6日、柴田氏から「さっき馬場さんから聞いたけど、今日、天龍と阿修羅を組ませるらしい」と再び電話。それまで天龍の去就を取材してきた私としては龍原砲結成となれば見逃すわけにはいかない。え当時の週刊ゴングの編集長だった舟木昭太郎氏に電話で事情を説明して飛行機で山口宇部まで飛び、そこから在来線を乗り継いで長門市トレーニングセンターに駆けつけた。午後6時前に会場に到着。すると廊下で天龍と出くわした。「おお、来たのか。でも今は何も話さないよ。沈黙は金なりって言うだろ」とニヤッ。そこから本当の意味での私の天龍番は始まった。
 あれから23年。天龍は全日本→SWS→WAR→フリー→全日本→フリー、そして60歳にして天龍プロジェクトを立ち上げた。私も週刊ゴングの全日本担当記者→編集長→フリーと状況が変わった。それでも、こうして一緒にテレビに出演出来たことは感慨深いものがあった。全日本時代の最後の付き人だった折原は、23年前はまだ入門していなかった。その折原が今は天龍をしっかりとサポートしている。これも感慨深いことだ。
 さて、掲載した写真は、天龍プロジェクトの試合後にやる「エイエイオー!」のポーズ。まず右手の拳を固めて、地面にしっかりと足を踏ん張って「エイ」、次に拳を左胸に当てて、熱き心の「エイ」、そして未来に向かって右手の人差し指を天に向かって突き立てて「オー!」だ。
 6・9新宿FACEでの天龍プロジェクト興行第2弾。みんなで「エイエイオー!」をやりましょう。

「エイエイオー!」への5件のフィードバック

  1. 当時、テレビや会場で観てました…
    本気のプロレス..天龍さんの一つ一つの技に重みを感じました..

  2. 私は長門市に住んでいます。最近  山口でプロレス興行がありません。また天龍さんの試合がみたいです。

  3. 昨日のSアリーナ見ました。プロレスを見始めた当時、猪木さんから始まり、次に天龍さんのファンになりました。
    鶴田さんとの鶴龍闘争は全日本プロレス史上最高の名勝負数え歌だったと思います。天龍さんの名言。テレビを見てる茶の間の人の手を止めてみせる。好きな言葉の内の一つです。

  4. Sアリーナ、いつも楽しく拝見しています。
    最近はレギュラーの月曜日以外にも、ずいぶん出演されてますね~。
    小佐野さんは本当に、天龍さんが大好きなんだなと改めて思いました。
    でも、東スポの「柴田くん」と何回も言ったのは感心しませんでした。
    このブログでは「氏」と表記していますが、Sアリでは「くん」でしたよね。
    キャリアは同じ位でも、柴田さんの方が年上なのでは?
    若い記者にならともかく「くん付け」は失礼なんじゃないかと思いました。
    天龍さんは誰にでも「さん付け」しますよね。
    小佐野さんにそういうつもりがなくても
    プロレスマスコミにありがちな、自分を大きく見せようとして言ってるみたいに見えて
    かえってマイナスだと思います。老婆心ながら。
    小佐野さんに今までとても好感を持っていたので残念に思いました。

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