ジャンボ鶴田、そして革命記念日

 3月号の天龍特集に続き、現在発売中のコアマガジン『ブブカ』7月号でジャンボ鶴田の記事を書かせてもらった。きっかけは4月19日の新宿FACEにおける天龍プロジェクト旗揚げ戦。同大会で先の天龍特集の原稿を依頼してくれた森田秀一副編集長と再会したのだ。
 森田副編集長は大の天龍ファンであり、大のプロレスファン。「今日の旗揚げ戦は最後の鶴龍対決からちょうど20年ですね」「来月の14日には鶴田さんが亡くなって10年になるんですね」などという会話から「ジャンボ鶴田特集をやりましょう。ぜひ、原稿を書いてください」という話になった。
 ジャンボ鶴田は、私にとって全日本の中では一番最初に親しく喋れるようになったトップ選手。それはゴングが週刊化されて全日本プロレス担当記者になるより以前のことである。すでにジャイアント馬場に次ぐ存在だったが、偉ぶったところがなく、また人を寄せつけない空気を持っているわけでもなく、新米記者相手にも気さくに話をしてくれる人だった。ゴングが週刊になり、正式に担当記者になった後には保子夫人とのなれそめを巡業先のホテルの部屋で朝まで喋ってくれたこともあった。
 鶴龍抗争がスタートしてからは、私は天龍シンパ記者(実際にその通り)になったが、その一方では天龍さんとはまったく違う鶴田さんの人生観にも惹かれるものがあったし、何よりプロレスラーとしての底知れない強さを目の当たりにした。天龍源一郎とジャンボ鶴田の人生観を含めた“大勝負”を間近で取材できたことは幸せなことだし、私にとっては財産である。
 さて、今日6月4日は革命記念日。1987年6月4日、名古屋のシャンピアホテルで天龍源一郎と阿修羅・原が握手したことによって天龍革命…レボリューションがスタートした。
 そして23年後の今日、私は天龍さんと一緒にサムライTV『S-ARENA』に出演する。ぜひ、ご覧下さい。『ブブカ』7月号の方もよろしく!

「ジャンボ鶴田、そして革命記念日」への2件のフィードバック

  1. 鶴田さんが亡くなられて10年になるんですね…
    早いですね…
    鶴田さん、大好きだったんで…

  2. 私がプロレスファンになった頃、鶴田さんは既にこの世を去ってしまっていました。
    友人から当時のビデオを借りる等して鶴田さんの試合を見たときの興奮は未だ自分の中に強く残っています。
    まさしく『超人』と呼ぶにふさわしい選手でしたね。
    今更ながら、亡くなってしまったのが惜しまれますね…。

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