プロレス大賞選考会に出陣だ!

 今日は東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞の選考会が行われる。私は週刊ゴング編集長時代の94年~98年の5年間、そしてフリーになってからは06年から選考委員を務めているが、この選考会はガチ!
 もしかしたら“なあなあ”だと思っているファンもいるかもしれないが、とんでもない。1年間取材してきた選考委員それぞれのプライドがぶつかり合うのだから半端じゃない。時として険悪な空気になるし、年によってはなかなか各賞が決まらずに長時間になる場合もある。何しろ時間無制限の選考会なのだ。それだけ選考委員は真剣勝負で臨んでいる。だから選考会終了後はグッタリ。
 昨夜はサムライTV『S-ARENA』出演だったが、同じく選考委員を務めるキャスターの三田さんとは「明日、お互いに頑張ろう!」と健闘を誓い合って別れた。
 情報解禁は9日午前0時。解禁とほぼ同時にこのダイアリーで選考会の経緯を報告したいと思う。さて、私の意見がどれだけ通るか…。とにかく頑張ろう!

全日本の09年総決算

 この土日はメジャー3団体の総決算。5日には新日本が愛知県体育館、昨日6日にはノアが日本武道館、全日本が岐阜産業会館で今年最後のビッグマッチを開催した。
 で、私は昨日、GAORA全日本中継の『2009世界最強タッグ決定リーグ戦』優勝決定戦解説のため岐阜へ。
 今年の最強タッグは9チームが参加したが、実は10チーム目として参加9チームの最大の敵になったのはインフルエンザだった。真田、ジョー・ドーリング、小島が相次いでインフルエンザを発症して9チーム中3チームが途中リタイアという前代未聞の事態になってしまったのだ。
 そんな中、最後に残ったのは武藤&船木と諏訪魔&河野だった。昨日までの時点で私自身のベストバウトは12・1後楽園における両チームの公式戦。このダイアリーでも書いたが、最初の10分は、誤解を恐れずに書くと他の要素を排除したリアルな勝負で、その後の20分はダイナミックなプロレス。総じてプロレスという幅の広いジャンルの魅力を存分に見せてくれた試合だった。「最初の10分が面白かったスか? そりゃあ、そうでしょう。だって、あの攻防の中で船木が隙あらば1発狙っていたのがわかったからね。あれはいわゆる従来のプロレスとはちょっと違う勝負だったから」とは諏訪魔の言葉だ。そして「でも、俺もそういうの嫌いじゃないから。相手の土俵に乗っかって戦うのもプロレスラーの器量ですよ」と自信あり気にニヤリと笑った。
 さて、昨日の優勝決定戦は12・1後楽園とは違って、船木の方が諏訪魔にプロレス的な挑発を仕掛けるという意外な展開に。前回と戦法を変えるあたりは船木のプロレス的センスもなかなかなものだと感心させられた。諏訪魔&河野はそんな船木に撹乱されまいと武藤にターゲットを絞って左腕に集中攻撃。内容的には諏訪魔&河野の馬力がベテランコンビを圧倒して、武藤に諏訪魔のラストライド→河野のダイビング・ニードロップが炸裂した時には勝負あったかと思われた。
 だが、最後に右腕を上げていたのは武藤。1発逆転のフランケンシュタイナーで強引に河野を丸め込んだ。そこには余裕は感じられず、本当に紙一重の勝負。何とか意地を通した武藤も諏訪魔&河野の“今の勢い”を痛感したに違いない。
 敗れた諏訪魔&河野は結果的に世代交代の第1歩を踏み出せなかったが、今回の最強タッグは収穫が大きかったはず。諏訪魔は試合前、「長州さんと戦ったり組んだりしたのは勉強になりましたよ。あの人は技の数は少ないじゃないですか。プロレスは技の数じゃない、何が必要なのかっていうのを肌で感じることができました」とも言っていたいし、「終盤になって、やっとタッグチームとはどういうものかっていうのがわかってきましたね。それまで、俺と河野はやっぱりシングルプレーヤーとしての試合をしてたから。タッグとしてやりたいことが見えてきましたよ。それが今日の優勝決定戦で出せるかどうかはわからないけど…」とも言っていた。09年は諏訪魔にとって貯金の時期だった。来年はそれをリング上で吐き出してほしい。
 そして優勝した武藤&船木。ここは武藤はもちろんだが、9月にプロレス復帰した船木の頑張りを評価したい。
「フナちゃんはカメレオンだよ。どんな相手にだって合わせられる。今は合わせている段階だけど、来年になって我を出せるようになったら、こりゃあ凄いぜ!」とは武藤の船木評だ。
 来年に向かっての動きとしては、この1年間、全日本を主戦場にしてきた高山が事実上のラストマッチ。前日の四日市で「この1年、最高の仲間と回って充実していたし、復活させてもらった。この勢いでヨソに遊びに行こうかな」と全日本離脱を示唆していたが、征矢をボマイェを思わせるニーリフトで破った後に新日本の中邑真輔を次のターゲットに指名した。
 高山離脱でGURENTAIがなくなることはないが、これでまた来年の全日本マットの勢力図は変わる。高山の存在は大きかったが、年が明けたら新たなストーリーが始まる。パッケージ・プロレスは常に中身を変えながら進化し続けるのだ。

ジャマールよ、安らかに…

 全日本プロレスの外国人ユニットRODで活躍したジャマール(本名エドワード・ファトゥー)が12月4日、心臓発作で亡くなった。まだ36歳の若さだった。
 今やパッケージ・プロレスが確立されている全日本。その大きな原動力になったのが、TAKAみちのく、太陽ケア、ジャマール、ブキャナン、ディーロ・ブラウンのRODだ。当初はヒール・ユニットだったが、彼らの素の性格がリング上から垣間見られ、さらに極悪ユニットのブードゥー・マーダーズの参入によって、気付いてみたらRODはベビーフェースのユニットに。特に“陽気で動けるデブ”のジャマールの人気は高かった。
 彼が全日本を去ったのは2005年の末。WWEにウマガとして復帰することが決まったからだ。最後の試合は05年12月5日の大田区体育館だった。
 GAORA中継の解説者でもある私は、この日が彼の全日本のラストマッチだと知っていたが、観客には知らせずにフェードアウトすることになっていた。だが、試合前恒例のRODタイムではリングサイドのカメラマンからカメラを奪って仲間たちと記念撮影、TAKA&ディーロと組んでの健介&勝彦&雷陣相手のラストマッチには、ブキャナンとディーロがセコンドに付いた。そして雷陣をフライング・ソーセージで沈めて勝利したジャマールは健介らの日本組にも握手を求め、RODタオルで溢れる涙を隠した。TAKAは号泣、他のRODのメンバーも目が真っ赤。こうした光景を目の当たりにしたら、観客も「お別れ」を気付いたはずだ。
 リングを降りたジャマールは放送席まで来て、笑顔で私に握手を求めてきた。どんなに人気が出てもヒール的要素を大切にしていたジャマールが公の場でこんなアクションをしたのは初めて。この時、「ああ、やっぱりジャマールはWWEに帰ってしまうんだなあ」という実感が湧いて目頭が熱くなった。
 私はいつか、ジャマールが全日本のリングに戻ってきてくれると信じていた。また彼の試合を解説できると思っていた。今年6月、WWEを解雇になったという知らせを聞いて「2010年には帰って来てくれるだろう」と思っていただけに今回の悲報は残念でならない。
 全日本のファンも、我々放送スタッフも貴方のことを愛していました。ジャマール、安らかにお眠りください。

YAMATOが知った巨大な壁

 やはりベテラン軍は強かった! 昨日のドラゴンゲート後楽園は世代闘争第1R。ベテラン軍=CIMA、Gamma、望月成晃、ドン・フジイ、マグニチュード岸和田、菅原拓也と新世代軍=土井成樹、吉野正人、B×Bハルク、鷹木信悟、YAMATO、戸澤陽の6vs6なにわ式イリミネーションが行われ、ベテラン軍が3人残りで完勝。最後は新世代軍でひとり残ったドリームゲート王者・土井を菅原の十三不塔→望月のツイスター→岸和田のラストライドで完膚無きまでに叩きのめしたのだ。
 ベテラン軍が長けているのは勝敗だけでなく、オイシイところをきっちりと持っていってしまうことだ。場の空気をキャッチしてお客を掌で転がすことができるのが年の功。これがあるからプロレスの世代闘争では、新世代の人間が苦戦することが多い。
 試合後のYAMATOの言葉が印象に残った。
「お客さんが向こうを支持しているのが感じられましたね。(自分のキャリアは)3年ちょいだけど、プロレス人生を否定されたのかなと。それはちょっとショックですね。俺はつい2年前だったら鷹木さんとかハルクと肩を並べられるポジションじゃなかった。この腕ひとつで上がってきた自信があった。それを全部否定された」
 今、YAMATOはドラゴンゲートにあって旬な男。だが、記憶や歴史がいかに重いかを思い知らされてしまった。どこの団体であっても若いレスラーが先輩を乗り越えようとする時、過去の記憶という巨大な壁にぶつかる。YAMATOらがこれをどう突破していくか…世代闘争は現実を知ったここからがスタートだ。

プロレスを堪能!

「正真正銘の初対決だからスッゲー楽しみ! 観る方だって楽しみにしてるんでしょ? 楽しませますよ(ニヤリ)」。
 これは昨日の試合前の鈴木みのるの言葉。昨日は後楽園ホールで最強タッグ。みのる&ケアvs長州&征矢の公式戦が行われた。
 みのるは20年前、長州の付き人を務めていた。89年1月、佐々木健介が海外修行に出発した後、短期間ながら付き人を命じられたのだ。長州の「健介だったら、そんなことはしないぞ」の言葉に「僕は佐々木健介じゃありません」と答えたという逸話もある。ただし、当時の立場はまさに月とスッポン。別に反抗的な付き人というわけではなく、特に長州軍団の首領・マサ斎藤には可愛がられたようだ。当時、強さを追求していたみのるを理解してくれていたのは猪木と斎藤だったという話をみのるから聞いたこともあった。
 さて、昨日のみのるのテーマは長州をキレさせること。そしてプロレス大好き少年だったみのるのことだからリキ・ラリアットとサソリ固めを「どんなものか、1度は食ってみてぇ!」と思っていたに違いない。
 果たして目的は達成された。いきなり先発で長州と対峙したみのるはコーナーに詰めて顔を張るなど、散々挑発しておいてケアにタッチ。怒髪天の長州はケアに構わず場外までみのるを追いかけてフェンスに叩きつけ、ラリアット、さらにストンピング! みのるは「おおっ、長州だよ!」と内心でニヤリとしたに違いない。ラリアットもサソリ固めも期待通りに(?)食らった。そして試合的にはケアが征矢にとどめを刺す段階でガッチリと長州にアキレス腱固め。きっと、みのるは長州力を満喫しただろうし、観ているお客さんも2人の攻防を満喫したと思う。全試合終了後、「あー、楽しかった!」と言ってみのるは会場を後にした。
 さて、この日はもうひとつ注目の公式戦。それは武藤&船木vs諏訪魔&河野だ。これがまた期待以上の試合になった。
 船木vs諏訪までスタートした試合は実に10分経過までロープに飛ぶ攻防はなし。船木も諏訪魔も一歩も譲らずグランド、サブミッションの攻防。この流れは武藤vs河野にもつながった。客席からは「プロレスをやれ!」という野次も飛んだが、私的には緊迫感溢れる攻防戦で、ずっとこのせめぎ合いが続いてもいいと思ったくらいだ。
 以前、武藤はインタビューで「俺、プロレスをやる上で最初の5分ぐらいが一番好きだもん。お客がシーンとして集中してくれる時の状態が何とも言えない。ここからどう試合を構築してやろうかなって。前菜っていうか、そこが一番面白いところだよ」と言っていたが、まさにそんな感じ。ただ、昨日の試合に関しては前菜ではなく、これがメインディッシュでもいいというぐらい見応えのある力量の推し量り合いだった。確かに今流のゲーム的なプロレスの攻防ではないが、これはプロレスの原点。それを4選手は10分間にわたって見せてくれたのである。
 そして10分が経過すると、諏訪魔が「プロレスやるぞ、バカヤロー」の怒声と同時に船木を場外に放り投げて、いわゆるプロレス的な試合に。それ以後の大技が次々に繰り出された躍動感溢れる攻防も見応え十分。飽きることのない30分だった。
 残り3分で諏訪魔&河野は武藤に集中攻撃。諏訪魔のラリアット→河野のダイビング・ニードロップ→諏訪魔のラストライドという流れになったが、最後のラストライドを武藤がフランケンシュタイナーに切り返したところで時間切れのゴング。どんなに攻め込まれても、最後の瞬間には自分が攻めているという場面を作り上げる武藤はさすが!
 ということでみのる&ケアvs長州&征矢も武藤&船木vs諏訪魔&河野にプロレスを堪能させてもらった昨日の後楽園だった。やっぱりプロレスは面白い!

日高の願い

 昨日はDDT後楽園について書いたので、今日は同じ日の夜に後楽園で行われた天下一ジュニアについて書こう。
 まず今回の大会で嬉しかったのは、フジタ“Jr”ハヤト、大原はじめが光ったことだ。2人とも出来る選手だけに常々、もっとスポットライトが当たってほしいと思っていたが、この2人がトーナメント2回戦で激突。大原の若手らしからぬ間合いと駆け引き、ハヤトの一直線なファイトが噛み合って、両者の個性が発揮されたいい試合だった。
 勝ったハヤトは準決勝で日高郁人と対戦。これは打撃のバッチバチ・ファイト。これまではひ弱な感じもあったハヤトだったが、本当に逞しくなったと思う。「俺に負けたら恥ずかしくてみちのくに帰れないって言っていたんだから、何度でも向かってきてほしい」とは日高の言葉だが、ドンドン先輩たちに向かっていってほしいし、スーパーJカップでの活躍も楽しみになってきた。19歳でデビューしたハヤトも気付けば4年のキャリアを重ねて23歳。今が大きく伸びるチャンスだ。
 この2人の他、新日本から参戦したプリンス・デヴィットは期待通りの活躍。安定した力量で菅原拓也、サンジェイ・ダットを破って決勝に進出した。今年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアにも準優勝しているし、プロレス大賞の技能賞にノミネートされてもおかしくないだろう。
 そして優勝した日高。マグニチュード岸和田、ハヤト、デヴィットと外部の人間との1日3連戦での優勝は快挙と言っていい。そんな日高の願い事は師匠のフナキとタッグを組むことだった。フナキは日高のデビュー戦の相手でもある。
 日高とフナキで思い出されるのは98年11月23日、バトラーツの両国初進出でのフナキ&TAKAみちのくvs日高&藤田。試合はフナキが日高を膝十字で仕留めて「技は出せばいいってもんじゃない。プロの技術を見せろ」と駄目出ししたことだ。
 あれから11年。今やゼロワンのコーチも務め、技巧派として名を馳せる日高にしてみれば、フナキの横に立って、改めて師匠を感じると同時に今の成長した自分を感じ取ってほしいのだろう。そこには当然、プロレスラー同士としての競い合い、勝負もあるはず。
 今回の優勝で天下一のベルトとインターナショナル・ジュニアのベルトを獲得した日高はインターコンチネンタル&インターナショナルライト・タッグを合わせて実に4冠になった。今年のゼロワンを振り返ると、MVPはこの日高だ。それだけにご褒美として、この願い事はぜひ叶えさせてほしい。