長州力35周年

 昨日は東京ドームホテルで『長州力選手プロレス人生三十五周年を祝う会』が催された。発起人は山本小鉄、藤波辰爾、佐山聡、蝶野正洋ら、長州のプロレス人生に大きく関わった人たち。
 長州は挨拶で「山本さんがいなければ、今、自分はこの壇上にいなかった」「ジェラシーを燃やした自分に藤波さんが胸を貸してくれたことで長州力が世に出ることができた」「あの時代、佐山がタイガーマスクとして支えてくれた」「蝶野を始めとする闘魂三銃士の突き上げがあったことで頑張れた」とそれぞれに感謝の言葉を述べていた。
 それにしても35年とは長い月日。私が初めて長州と言葉を交わしたのはファンクラブをやっていた高校3年生の夏、大宮スケートセンターだった。もう30年も前のことになる。その後、この業界に入ってマスコミ嫌いが頂点だった維新軍、ジャパン・プロレス時代に担当記者をしていた私にとっては、歓談中にわざわざ挨拶に来てもらうというのは何とも表現しがたい気分だった。
「新日本に入った時、すでに自分ではゴールを決めていたんだけど、そのゴールは思ったより遠くて…今はゴールを目の前にして、その最後の一歩を踏み出すところで試行錯誤している状態」という長州。先日のドラディションでは「集大成に付き合って下さい」と藤波に一騎打ちを呼び掛け、今日は『ハッスル・ジハード』にリーゼン党として参加する。プロレス意外に芸能活動も始める。常に何かに走っていなければ我慢できない男のゴールは目前のようでいて、まだまだ遠いのかも。
 思えば、私は中学1年の時に長州のデビュー戦(74年8月8日、日大講堂=vsエル・グレコ)もリングサイドで観ている。こうなったら、そのゴールまで長州力を見続けていくつもりだ。

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