デスマッチ超世代ならではの戦い

 一昨日はノアの後楽園ホール終了後、ある仕事の打ち合わせを経て大日本プロレスの横浜文化体育館へ。大日本の横浜文体は年間の柱となるビッグマッチ。今年の下半期を占う大会のメインはBJWデスマッチ王者・宮本裕向に竹田誠志が挑戦した高所作業につき立体足場建築現場デスマッチだ。
 宮本は666、竹田はSTYLE-E所属の選手。両選手の知名度も、所属する団体の知名度も決して高いとは言えないが、そんな2人がビッグマッチのメインを張ったことに大きな意義があったと思う。この2人が名前ではなく、試合内容でファンの心を掴んできた証なのだ。
 立体足場建築現場デスマッチは07年3・14後楽園ホールで当時の王者・佐々木貴に宮本が挑んだ時の形式。5メートルの高さの足場から佐々木貴がDガイストを決めれば、宮本は蛍光灯を抱えてムーンサルトを繰り出して「これ以上のデスマッチはない!」と評判が高かったもの。今回はタッグで竹田に2連敗している宮本が「原点に戻るため」にこの試合形式を主張した。
 果たして試合は両者のデスマッチ愛が弾けた。挑戦者・竹田はSTYLE-E仕込みのテクニックを活かして、肩に蛍光灯を担いでのスピアーを連発、宮本は足場の上からリングに設置したテーブルめがけてヤンキードライバー! 最後は5メートルの落差のムーンサルト・プレスを完璧に決めて王座初防衛に成功した。
「この形式は一度やったことがあるっていうプレッシャーはありました。その怖さを知っているんで。でも、最後のムーンサルトは前回の失敗を踏まえて、相手をセットする場所を変えました。先輩、後輩、同期…みんな相手に防衛してチャンピオンらしいチャンピオンになります」と宮本。
 一方、敗れた竹田は「負けたけど、今日から俺のスタートだと思います。あのベルトを獲らない限り、デスマッチは止められない。総合とかレスリングと比べてもデスマッチは最高。メチャ面白し、メチャ厳しいし、俺は止められない。試合になればデスマッチ・ハイになって、あんな高いところでも余裕っス。あの形式で宮本裕向をぶっ潰したいッス」
 蛍光灯を使い、有刺鉄線ボードを使い、その中で純粋なプロレスのテクニックを使い、5メートルの足場を用いて立体的な攻撃も使う。これは宮本と竹田の身体能力、怖いもの知らずの若さと度胸、そしてジュニア・クラスの体があってこその試合だった。まさに今現在の彼らにしかできないデスマッチ超世代ならではの戦いだったと思う。

新生ノア出帆

 昨日の12日、田上新体制になったノアの新シリーズが後楽園ホールでスタートした。
 試合前には一波乱あった。すでに新聞報道等でご存じの方も多いと思うが、新人事を不服として辞表を提出、10日に受理された百田光雄が報道陣の前で不満をぶちまけたのである。光雄さんは10時半過ぎに会場入りして選手たちに退社の挨拶を行い、試合開始10分前の11時50分頃に報道陣が溜まっている控室通路に姿を見せた。当然、報道陣は光雄さんにコメントを求める。そこから約50分間、光雄さんの熱弁は続いた。その間、リング上では田上新社長がファンに向けて挨拶。何とも異常な状況になってしまったのだ。
 私はここであえて光雄さんの主張を書かない。知りたい方は新聞や他のサイトを検索して頂きたいと思う。なぜなら誰が正しくて誰が悪いという単純な話ではなく、これはもはやプロレス云々は関係ない一つの会社の内部の問題だと思うからだ。以前にも書いたように、私も会社組織にいた時代には様々な経験をさせてもらった。04年夏に日本スポーツ出版社の経営陣が代わったのを機に私は退社したが、それは新経営陣への不満などではなく、そこに至るまでの様々なことや人間関係に嫌気がさしたからだった。そのあたりの事情は私自身、そしてごく一部の人間にしかわからないこと。週刊ゴング休刊騒動の時も、私はフリーとして週刊ゴングに関わる一方では依然として日本スポーツ出版社の株主のひとりだった。当然、社員レベルには伝わっていない話も知っているし、それによって嫌な思いもした。いろいろな人が週刊ゴング休刊について書いたり、喋ったりしたが、私にしてみれば「それを真実だと思っているのか」という程度のことだ。話がついつい私事になってしまったが、会社内部で何かが起こった時にはそういうものなのだ。
 退社という道を選んだ光雄さんには自分自身が信じている正義があるのあろうし、光雄さんが名指しで批判した仲田龍氏にだって仲田氏の正義がある。それを第三者が聞きかじりでどうのこうのとは言えないと私は思う。ただ、第三者的に考えるなら、出来るなら元の鞘に収まってほしかったということ。新人事発表会見の時に副社長に就任した丸藤正道が「人間関係を修復して…」と発言していたが、これから本当にいい方向に向かうことを願うばかりだ。
 さて試合を観たのは、光雄さんの話を聞いていたために第3試合の途中。田上&小川&菊地vs高山&佐野&エドワーズの中盤戦からだった。全日本時代から気心が通じている小川&菊地が田上を盛り上げるという感じで、それに応えた田上がエドワーズをフォール。試合後には高山が田上の手を挙げて健闘を称えるなど、リング上はいい雰囲気だった。
 そして、この日の主役は青木篤志。メインのジュニア・タッグリーグ公式戦で青木&飯伏が3連覇を狙うKENTA&石森を攻略したわけだが、青木が“ノアの中心”に立つKENTAを腕ひしぎでギブアップさせたのだ。新たな船出のフィナーレは大アオキコールだった。
 新生ノアは今ツアーを7月22日に終了させると8月にはディファ、神戸、京都、ディファで4大会を開催。そして9月27日の東京・日本武道館、10月3日の大阪府立体育会館で三沢光晴追悼興行を行う。

涙の向こうに見えた確かな未来

 昨日は新木場で高木三四郎vs飯伏幸太のワンマッチ興行。これは6・28後楽園のメインのはずだったが、試合の3日前に飯伏が感染性の急性咽頭炎で緊急入院を余儀なくされたことで日を改めて行われたもの。8・23両国のメインであるKO-D無差別級王座挑戦者決定トーナメントの決勝戦だけに、どうしてもやらなければいけない試合だったのだ。ちなみにDDTのワンマッチ興行は2000年7月13日の渋谷club ATOMでの髙木vs大仁田厚以来となる。
 6・28後楽園のチケット半券を持参した人は入場無料。試合開始30分前の7時半には約200枚の整理券が出ていた。最終的な観客動員数は394人。金曜日の夜は誰もが忙しいことを考えれば、よくぞ1試合のために新木場まで足を運んでくれたと思う。
 DDTといえば、いろいろな趣向で楽しませてくれる団体だが、昨日はこの1試合だけ。これだけでお客さんを満足させなければいけない。そして試合の性質からして、勝敗が一番大事になってくる。そんな状況の中、高木も飯伏も余分なものはすべて削ぎ落としてプロレスの勝負だけで魅せてくれた。高木は飯伏が痛めている左腕、あるいは10分過ぎに痛めた左足に集中攻撃。3日前からようやくトレーニングができるようになったという飯伏は「体を使う感覚が戻っていないし、スタミナ的には不安」ということで無闇には飛ばない。お互いに勝負にこだわった戦い方に徹した。
 試合が動いたのは30分近くになってからだった。飯伏がテーブルに寝かせた高木めがけてコーナーポストからフェニックス・スプラッシュ! これで高木が右膝を負傷してしまった。もっとも、観る者が高木の負傷に気付いたのは試合後のことで、高木はそれを感じさせずにラリアットなどで反撃。最後は飯伏がフェニックス・スプラッシュで強引に髙木をねじ伏せた。試合時間は実に31分53秒。それでも間延びした感じはなく、緊迫感のあるいい試合だった。恐らく高木は、両国に向かう上でこうした試合をしておかなければいけないと思っていたのではないか。
「試合を延期してもらって、イメージ・トレーニングが十分にできたことで勝てたと思います。高木さんとは今まで何回もやってギリギリのところで負けたていたけど、今日は自分のやりたい“プロレスごっこ”で挑みました。両国は自分の“プロレスごっこ”の集大成。それを見てもらう場です」と飯伏。“プロレスごっこ”とは飯伏ならではの表現。ヘンな意味ではなく、それが飯伏の一点の曇りもないプロレス愛なのだ。
 一方、敗れた高木は「負けて悔しいっていうのが一番大きいね。同時にDDTの未来を見せてほしいね、共(飯伏とHARASHIMA)にね。俺に勝ってるんだから。両国の俺のカードはなくなっちゃったけど、俺はみなさんが思っているより大人げないんで、大人げなく行きますよ!」
 そして高木は「何かありますか?」と私に振ってくれた。いつも高木は私の顔を見ると、そうやって振ってくれる。私が注目していたのは悔しさを露にしながらも、試合後に勝者・飯伏、王者HARASHIMAを抱き寄せて、目頭を押さえて花道を引き揚げた場面だった。そこで「涙腺を刺激したのは、何だったんでしょう?」と聞いてみた。
 たちまち表情を崩した高木は「これを言っちゃうと、俺はちょっと…。未来を見せられる連中が出てきて、ここまで育ってくれた。自分の中ではそれが一番嬉しかったです。俺たち(のベテラン勢)がいない両国(のメイン)に行ってくれて本当にありがとう。そして共に戦ってくれる仲間たちに感謝しています。負けた悔しさより、それが一番嬉しかった…」と言ってボロボロと涙をこぼした。キャラを壊してしまう無粋な質問だったと少し反省しつつも、この涙には大きな意味があると思う。DDT、いざ両国へ!

そこにはLOVEとリスペクトがあった

 昨日の新宿FACEにおける『NOSAWA BOM・BA-YA 5』はNOSAWA論外のプロレスLOVE&遊び心がいっぱいに詰まり、しかもその人脈がフルに発揮された大会だった。
 ムーブをマニアックにコピーしたブレット菊ハートvsショーン・アントーニオ本多マイケルズに始まり、2試合目では橋誠と入江茂弘のノアvsでら名古屋プロレスが実現、第3試合ではDINASTIAとKONAMIのルチャが観客を魅了した。第4試合は佐藤光留と吉川佑太のパンクラスvsバトラーツ。しかもレフェリーをUインター&リングスでメイン・レフェリーだった和田良寛が務めたのだから完全に“Uの世界”である。このUスタイルの試合はでら名古屋プロレスの久保田ウォリアーズの乱入によって無効試合になってしまい、その流れのままに久保田ウォリアーズvsバラモン兄弟vs紫雷姉妹のハードコア3WAYマッチに突入。紫雷姉妹相手でも「このブス!」とやりたい放題のバラモン兄弟はさすがだった!
 休憩明けにはWWEを離脱し、全日本への参加が決定しているスペル・クレイジーvsウルティモ・ドラゴンvsザ・グレート・サスケの豪華な3WAYマッチが実現。
 そして、この日、最も注目されたのはクラッシュギャルズ25周年メモリアルマッチ。長与みのる&ライオネス高山がクラッシュ2009を結成して極悪同盟のダンプ菊&ブル坂井と激突だ。
 以前、ファン時代の記憶+4時間のビデオチェックで完璧にブロディを再現してブルーザー・ミノディになったみのるはこの日も完璧。肩をいからせた立ち姿、ガードを高くしての構えは若き日の長与そのものだ。ライオネス高山は、もはや性別判断不可能なおばちゃん状態、ダンプ菊はそっくりではあるが、見方によってシャーク土屋に。そしてブル坂井はオカマバーから飛び出してきたかのような妖しさを振りまいた。
 レフェリーは阿部四郎ならぬ和田京平扮する和田四郎。極悪同盟寄りのレフェリングをするはずが、ついつい素が出て中立なレフェリング。これに極悪同盟がキレて、2本目は本物の阿部四郎が登場! 往年の極悪レフェリングぶりに狂喜したオールドファンは少なくないはずだ。だが、3本目にはジョー樋口ならぬジョー和田レフェリーが登場…京平さんもノリノリだった。
 メインは論外&MAZADA&FUJITAvsCIMA&Gamma&KAGETORAの東京愚連隊vsドラゴンゲートのウォリアーズ5。ちなみにリングアナは東京ドーム仕様のコスチュームに身を包んだケロちゃんという豪華版なのだから論外の人脈の広さに関心してしまう。考えてみれば、CIMAらのドラゴンゲート勢とウルティモ・ドラゴンが同じ大会に出場するというのも、過去の経緯を考えれば凄いことなのだ。
 試合の結果を記していないって? いやいや、この大会は勝敗の行方よりも中身を楽しむもの。三冠王者・高山からインディーの選手まで、みんながNOSAWAワールドに身を委ねて試合を楽しんでいた。
 どんなにお笑いテイストになっても人に不快感を与えないのは、論外の「プロレスが好き!」という無垢な心とプロレスへのリスペクトがあるからだろう。
 来年はデビュー15周年&東京愚連隊結成10周年として後楽園ホールで『NOSAWA BOM・BA-YA』を開催するという論外。またまた楽しいアイデアに期待したい!

リッキーとジェリコ

 昨日の『スマックダウン&ECWライブ』は、派手さやスケールの大きさはなくても、プロレスそのものを堪能できた。
 オープニングのジョン・モリソンvsシェルトン・ベンジャミンは日本好みの試合。途中からベンジャミンがヒール・モードになったが、基本はレスリングの攻防。モリソンのフィニッシュであるスターシップペインはアラビアン・プレス+カンクン・トルネードという妙技だったし、トップロープにワンジャンプで上がるベンジャミンの身体能力も素晴らしかった。試合後、ベンジャミンにも多くの拍手が送られたのが印象的だった。
 ミッシェル・マクール&アリシア・フォックスvsメリーナ&ゲイル・キムのディーバ・タッグマッチも試合として純粋に楽しめた。かつてのディーバといえばビジュアルだけというイメージが強かったが、今のディーバはプロレスもしっかりしている。ちゃんと試合で魅せることができて、しかもビジュアル抜群なのだから、言うことない。
 レイ・ミステリオvsエヴァン・ボーンも日本のファンにとっては夢のカード。日本的にはミステリオvsドラゴンゲートで活躍したマット・サイダルだ。感心するのは2人とも動きまわる、あるいは飛びまわるのではなく、要所で緩急をつけて動くことで技をより引き立たせていること。ミステリオが代名詞の619を使うのはフィニッシュの前だけ。619に持ち込むまでのプロレスでお客を惹きつける。技の展覧会にしないことが2人の巧さと言っていいだろう。
 メインは前日と同じCMパンクにジェフ・ハーディーが挑んだ世界ヘビー級戦。2日目はエクストリーム・ルールになってシンガポールケイン、ガーベッジカン、テーブル、ラダーが飛び出す展開に。そうしてアイテムを使いつつも、決して頼らずに試合を構成した2人。ジェフのラダーからのスワントーン・ボムが不発に終わったのは残念だったが、テーブルの上へのスワントーンは見事に決まったし、王者パンクのフィニッシュ技go2sleepはキレイに決まった。2人とも、よく2日間のメインを務めたと思う。
 さて、私の個人的な注目はセミのクリス・ジェリコvsリッキー・スティムボートだ。前日と同じように入場時に「Y2J!」のコールがかかると「昨晩、俺が言ったことをバカなお前らは理解していないのか?」「日本も日本人も好きじゃない。もう2度と日本なんかには来ない!」と悪態をつくジェリコ。そうそう、それでいいのだ。
 そしてリッキーの入場。かつてのスーパーアイドルも56歳になったが、熱い胸板、太い腕…体をきっちり作っていることが嬉しかった。そして顔つきもちゃんと現役レスラーになっている。やはりリッキーはいつまで経ってもリッキー・スティムボートだ。
 今から30年前、リッキーは憧れの“まだ見ぬ強豪”だった。そして80年暮れの最強タッグにディック・スレーターのパートナーとして初来日した。当時、ゴングのアルバイトだった私は『ライディーン』に乗って入場してくるリッキー、カンフーポーズをキメるリッキーにシビレた。取材でジム・ブランゼルと一緒に東京タワーにも連れ出した。明るいアメリカ青年という感じではなく、ちょっとシャイなリッキーだったが、私のつたない英語を一生懸命聞いてくれ、私の顔と名前を覚えてくれた。それだけに思い入れのある選手である。
 今のリッキーに全盛期の姿を求めるのは無理な話。それでもいきなりプランチャを敢行し、チョップ、アームドラッグ(サイクロン・ホイップ)、ダイビング・ボディアタックという代表的なムーブを懸命に披露してくれただけで十分だ。
 そして、そうしたリッキーの攻撃を受け止めて、最後はきっちりとウォール・オブ・ジェリコで締め括ったジェリコ。ジェリコもまた、私には思い入れのある選手。WARのレギュラー時代には毎週、週刊ゴングをあげていたが、喜んで見出しのカタカナを読んでいた。ある時は「広告に載っていた増刊号も欲しいんだけど…」とリクエストされたこともあったし、新宿で飲んだことも。そんな男が今やWWEを代表するスーパースターになっているのだから嬉しい限り。
 リッキー、ジェリコ…昨夜は堪能させてもらいました!

クールなジェリコ!

 WWEスーパースターのスケジュールは超ハード。昨日、日本武道館で『スマックダウン&ECWライブ』の第1戦が行われたが、彼らは現地時間5日にハワイのニール・ブレイズデル・センターで試合をしている。6日午前にハワイを発ち、日本到着は昨日の午後。そしてすぐに武道館での試合というわけだ。試合開始は18時30分だったが、時差を考えれば、彼らにとっては23時30分試合開始と同じ。それでも誰もが長旅の疲れを感じさせないファイトを披露したのはさすがだった。
 で、私の中での主役は誰だったかというとレイ・ミステリオのインターコンチネンタル王座に挑んだクリス・ジェリコ。実にクールだった。
 かつてはライオン・ハート、あるいは冬木軍のライオン道としてWARの常連、その後は新日本でも活躍していたジェリコは日本での人気が高い。ヒールながら入場と同時に「Y2J!」の大コールだ。これをジェリコは完全に拒絶した。「俺にとって日本は第2の故郷ではない」と言い放ち、現在の自分がいかに偉大かをマイクでアピール。歓声はたちまちブーイングに変わった。試合中も思わず観客が「Y2J!」コールを送ると、中指を立ててブーイングに変える。まさにヒールの鑑である。
 そして試合内容はもちろん一級品。体格差があるミステリオ相手にルチャのエッセンスも取り入れたファイトで対応しつつ、じっくりとしたレスリングを見せてくれた。もちろん得意技のライオンサルト、ウォール・オブ・ジェリコも披露し、アメリカでの抗争の軸になっているマスク剥ぎも遂行。試合時間は実に25分41秒に及んだ。
 試合後にはレフェリーのリッキー・スティムボートをKOして今日の一騎打ちにつなげ、さらにリングサイドで観戦していた高山義廣を挑発するなど、きっちりと仕事をやってのけた。仕事に対する真摯な姿勢は昔も今も変わらない。「やっぱりジェリコはいい奴だ!」と書いたら…今のヒールのジェリコは怒るかな?

ノアの新体制について

 昨日、プロレスリング・ノアの臨時株主総会及び取締役が行われ、新役員人事が以下の通りに発表された。
代表取締役社長=田上明
取締役副社長=小橋建太
取締役副社長=丸藤正道
常務取締役=早川久夫
取締役選手会長=森嶋猛
取締役営業部長=三井政司
監査役=樋口寛治
 また百田光雄副社長、永源遙常務取締役、仲田龍取締役統括本部長、小川良成取締役は、それぞれ取締役から勇退し、相談役になった。
 私の個人的な気持ちは、新たな経営陣には「頑張ってください」、勇退された相談役の人たちには「今までお疲れさまでした。これからも側面からノアをバックアップしてください」というものしかない。
 私は情報を探って書くという仕事はしていないからノアの内部事情に明るくない。ただ、一般的に考えて会社内部にはキレイごとでは済まない大人の事情やら、いろいろなことがある。私自身、今でこそフリーという気楽な立場だが、かつては会社組織に身を置き、経営サイドと現場サイドのパイプ役的な立場にいたから、様々なことは推測できる。そうしたわずかな経験だけからの考えになってしまうが、今回のノア新人事は細かいことを抜きにして「何があっても一枚岩になって発展させていこう」という共通の強い意思を感じた。分裂騒動という嫌な思いを経験していることも大きいと思う。
 今はあれやこれや言うよりも、新たな船出を見守りたい。

ファンへの感謝、そして“自由と信念”への誓い

 三沢さんのお別れ会(献花式)から一夜明けた昨日は、同じディファ有明でノアの選手会興行が行われた。会場はイスをビッチリ設置した1800人で熱気ムンムン。その熱い空間で選手たちはファンへの感謝の思い、三沢さんへの誓いとも思えるイベントを創り上げた。
 試合は12選手参加のロイヤル・ランブル、そしてファンの綱引きによって組み合わせが決まるシングル6試合。しかもシングル戦は完全決着ルールというもので、三沢社長は森嶋選手会長にこのアイデアについて快くGOサインを出していたという。
 イベントの進行には選手会のアイデアとしてスクリーンがフルに活用された。森嶋の挨拶、第1試合のロイヤル・ランブルの抽選会の様子も流して選手の素顔を見せ、試合前には各選手の試合前の意気込みを流した。また、お楽しみとして休憩明けには嚆矢のライブ、さらに選手&レフェリーの歌合戦も行われ、志賀&川畑のパンパーズが『兄弟船』を渋く聞かせれば、負傷欠場中の太田がお手製の獣神サンダー・ライガーのコスチュームで『怒りの獣神』を熱唱。トリはレフェリーのマイティ井上が25年前にリリースした『エマの面影』を歌い上げた。その甘い歌声はさすがプロ! 試合後には選手の愛用品のプレゼント抽選会も。
 注目のシングル6試合は①谷口vs金丸②森嶋vs彰俊③杉浦vs石森④ヨネvsロイヤル・ランブルの優勝者(雅央)⑤潮﨑vsKENTA⑥力皇&鼓太郎に。いずれも熱戦だった。谷口が新技の変形バックドロップで今日7日にデビュー13年を迎える金丸から金星を奪取。森嶋はバックドロップ2連発で彰俊を下すと、マイクで「齋藤さん、これからも一緒に頑張っていきましょう!」とエール。彰俊は「あの技で最後に勝負してくれたことに感謝しています。社長の最後の対戦相手なんで、もっともっと上に行きます!」と報道陣に誓った。
 セミとなった潮﨑vsKENTAのGHCヘビーvsジュニア王者対決は大勝負。共にどんなに追い込まれもフォールを許さず、決着がつかないのではないかと思われるほどの戦いになった。やはりこの2人の若き王者が今後のノアを牽引していくのだと実感した試合だった。
 全試合終了後にはスクリーンに三沢さんの姿が。これも森嶋選手会長の意向によるもの。そしてエンディングでは「三沢社長、今まで本当にありがとうございました。今後も社長が作ったプロレスリング・ノアの戦いを選手一同受け継いでゆく決意です。どうぞ見ていてください」という選手会一同のメッセージが浮かび上がり、ディファ有明には『スパルタンX』が鳴り響いた。
 今回の選手会興行は今まで、そしてこれからも応援してくれるファン、前日に花を持って駆け付けてくれたファンへの感謝、そして三沢社長のプロレスリング・ノア旗揚げの理想であった“自由と信念”に則って様々な企画を盛り込んだ心のこもった実にいい大会だったと思う。そして12日、ノアは後楽園ホールで新たな第1歩を踏み出す。

新たな航海

昨日はディファ有明で三沢光晴さんのお別れ会。私は報道ではなく、友人として参列させてもらった。富士ヶ根親方、徳光和行クン、松竹梅の梅ちゃん(梅村達也)、文化放送のMさん…職業や年齢も関係なく三沢さんと楽しく飲んでいた仲間たちと久々に会うことができた。そして妻が作ったレイを手向けてきた。
 正直、遺影を見ても実感が湧かなかった。むしろ献花を終え、参列者を見送るノアの人たちの顔を見た時にグッと来るものがあった。今日は午後3時から選手会興行。恐らく精神的にも肉体的にも限界に近いだろうが、踏ん張ってほしい、頑張ってほしいと思う。
 お別れ会には26000人もの参列者があったという。私がディファ有明に到着したのは12時半前だったが、その時点でゆりかもめの有明テニスの森駅の前まで列ができていたし、帰路の2時半頃には2つ先の新豊洲駅のあたりまで長蛇の列になっていた。
 その様子を見ていて、改めて三沢さんがこれまでやってきたことの大きさを感じた。「ここで返さなかったら、あとで後悔する自分が嫌だから…」と、どんなに過酷な試合でも極限まで立ち上がる“命懸けのプロレス”に勇気づけられ、励まされた人は本当に多いと思う。そして、そういう活力を人に与える力がプロレスにはある。26000人もの人たちが集まるほど、まだプロレスには力がある。今、プロレス界はあなたたちの力を必要としている。これからもプロレスを見続けて、応援してほしい。「俺らの世代でプロレスを終わらせちゃいけない」が三沢さんの口癖でもあった。
 昨日のお別れ会は…三沢光晴にとって、ノアにとって、プロレスに関わるすべての人たちにとって“新たな航海”のスタートだったと私は信じている。

16年ぶりの流星仮面

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 昨日は月曜日に続いてサムライTV『S-ARENA』に出演した。ゲストは今日4日、新木場で『流星仮面FIESTA』に出場する“流星仮面”マスクド・スーパースター。
 スーパースターの初来日は74年4月の新日本プロレス『第1回ワールド・リーグ戦』で、その時は素顔。何とモンゴル代表のボロ・モンゴルだった。当時、私は中学1年生になったばかりである。
 今回は実に16年ぶりの来日。午後5時10分に成田空港に到着し、ホテルで少し休んでからスタジオに来てくれたが「空港は変わっていなかったけど、レインボー・ブリッジ、お台場…景色は随分と変わったね」とスーパースター。現在61歳だが、年に20試合ぐらいはこなしているという。
 彼が現役を続けているのは、ジョージアで青少年のケアの仕事をしているため。試合やサイン会、マスクなどのグッズを売った収入をすべて施設に寄付しているのだ。今回の試合もチャリティーの一環で「子供たちの力になれる限り現役を続けたい」と笑っていた。
「アンドレを最初にボディスラムで投げたのは私なんだよ」「アンドレは友達でもあって、2人の娘の名付け親なんだ」「アンドレ、マードック…仲のいい友達はみんな逝ってしまった」「シャーロッテではテンリューと一緒だった。最初、テンリューはジャンプして相手の背中を蹴るキックをやっていたんだけど、私はイノキのキック(延髄斬り)を知っていたから、テンリューに“背中じゃなくて後頭部を蹴った方がいい”とアドバイスした」「最初の5年間は高校の教師がメインでプロレスはパートタイムだったんだ。だから夏休みの期間にプロレスをしていた」「14歳の孫がいるんだが、すでに192センチもある。今はフットボールに夢中だけど、レスリングにも興味があるみたいだ。とりあえず大学さえ出てくれれば、あとは好きな道に進んでいいと思っている」「5日にはサカグチの招待で久々にニュージャパンに行くよ」などなど、番組の本番&控室でいろいろな話をしてくれたスーパースターこと、ビル・イーディーさん。ジェットラグでお疲れのところ、貴重な話をありがとうございました!