ノア考2~高いハードルを課せられた男たち~

 6月4日の後楽園ホールにおけるノア6月ツアー開幕戦はオープニングの金丸&石森vs青木&伊藤のキビキビしたジュニア・タッグ、第2試合の杉浦のピリピリした空気によって、いい緊張感が保たれた大会になった。
 今、ノアを活性化する意味で鍵を握っているのが潮﨑豪、力皇&ヨネのDIS OBEY(DO軍)、KENTAではないかと思う。彼らのファイトはどうだったか?
 まず、セミ前でクリス・ヒーローと対戦した潮﨑。この試合ではかなりクセのあるファイトをするヒーローが持ち味を全開、試合後にはヒーロー・コールが起こった。潮﨑とヒーローはROHでラリー・スウィーニーをマネージャーとする同じユニットにいたこともあって、お互いの持ち味を知っている。この試合は潮﨑がヒーローのいいところを存分に引っ張り出す懐の深さを見せたとも言えるのだが、私個人としては、今の時期はあくまでも“強い潮﨑”を見せてほしかったというのが正直な感想。ヒーローという選手の商品価値を上げたことを評価するべきか、それとも潮崎が自身のファイトを優先すべきだったか…これは観る人によって感じるところが違うだろうから難しい。
 今、私が最も頑張らなければいけないと思っているのが「俺たちがノアを面白くしてやる!」と公言している力皇&ヨネ。この日は鼓太郎を加えて、秋山&小橋&谷口と対戦した。ここで久々に合体する秋山&小橋の引き立て役に終わったら、力皇&ヨネの価値はないと思って観ていたが、2人はきっちりと自分たちの使命を把握していた。GHC王座への挑戦が決定している力皇は頭から秋山にぶちかましていったし、ヨネも小橋のチョップに一歩も退かず、コーナーに詰められてマシンガン・チョップを食らっても、ローリング袈裟斬りチョップをかわしてローリング・サンダーで反撃して“小橋ワールド”にはさせなかった。
 だが、かつての龍原砲、超世代軍を思えば、まだまだ! 秋山と小橋を本気で怒らせるところまで持っていかなきゃダメだ。試合後に秋山は力皇について「挑戦者なんで、もっとガンガン来てもいい」と言っていたが、こんな上目線の言葉を吐かせてはいけない。力皇&ヨネには秋山&小橋を踏み台にするぐらい弾けてほしい。今までの価値観を破壊するぐらいまでやって、ようやく「ノアは変わったね」と人は思うのだ。
 そしてメインではKENTAがリッキー・マルビン相手にGHCジュニアを防衛。KENTAにはノアを背負う者の自覚がある。防衛後の勝利者インタビューを「今日が開幕戦なんで、日本全国で楽しみにしている人たちにちゃんとノアのプロレスを届けたいと思います。そしてまた、最終戦でここに戻ってきて、また皆さんにお会いしたいと思います」と締め、「ありがとうございました」とつぶやきながら客席四方に深々と頭を下げた。
 控室ではリッキーの善戦に触れて「挑戦した時じゃダメ。日々、あのクオリティで試合をしてほしい」と注文をつけ、自身については「ノアの中心に立ち続けることがテーマです」と言い切った。
 試合についてはリッキーのすべてを受け止める感じで、私個人としては嫌いな試合ではなかったが「KENTAらしくねぇ!」という声が飛んでいたのも事実。前述の潮﨑同様、観る人によって感想が違ってくるところが難しい。裏を返せば、それだけKENTAにかかる期待が大きいということでもある。
 このKENTA、そして潮﨑、力皇&ヨネには期待がかかっている分だけ、課せられたハードルは高くなっている。でも、それを飛び越えていかなければ新しいノアの風景は生まれない。頑張れ!

ノア考~石森の本気&杉浦の怒り~

 昨日は後楽園ホールでノアの6月ツアー開幕戦。4月の日本テレビ地上波打ち切りから逆風が吹いている中、客足は遅かった。一度、マイナス・イメージが付くと、一気に沈滞ムードが充満するところがプロレス界の怖さだ。これを跳ねのけるのはリング上のレスラーたちの頑張りしかない。87年春、長州らの大量離脱で沈滞ムードに陥った全日本を救ったのは天龍&阿修羅・原の龍原砲の頑張りだった。そして90年春、天龍がSWSに去って存亡の危機に立たされた全日本を隆盛に導いたのは三沢を始めとする超世代軍の頑張りだった。龍原砲、超世代軍の頑張りは半端じゃなかった。ファンはもちろん、取材するマスコミも驚くほどの情熱と覚悟が彼らにはあった。想像を超える頑張りがあってこそ、初めて状況は引っ繰り返るのである。
 さて、昨日のノアはオープニングからレスラーたちの緊張感、熱が伝わってきた大会だったと思う。第1試合では今ツアーからコンビを結成した金丸&石森と新世代の青木&伊藤が激突。金丸の巧さ&石森の数々のテクニックに青木&伊藤が食らいつくピリッとした試合になった。
 特に存在感を示したのはKENTAと決別して金丸との合体を選択した石森だ。7月26日に横田基地で開催される『セントラル・ジャパン・ボディビルディング・チャンピオンシップス』のライト級(70kg以下)に出場することが決定していることもあって、まったく無駄のない筋肉。コスチュームも髪型も変えて、入場時から観客の視線を集めた。
「俺はこの(金丸との)タッグに賭けています。この前、リッキーとの挑戦者決定戦に負けて、すんなりKENTAと組んだら、アイツの下って思われて終わりなんでね。振り返るとKENTAに頼りっきりだったという部分もあるんで、自分の判断を誤らないようにしたいですね。自分のケツは自分で拭きますよ」と石森。そこには自力で這い上がろうとする“本気”が見えた。
 第2試合の杉浦vs起田は、杉浦が叩き潰しのファイト。最後も急角度のオリンピック予選スラムだった。試合中も、試合後も明らかに杉浦は不機嫌。怒っているように見えた。起田のファイトぶりにカチンとくる部分があったのか? いや、そうじゃなかった。
「起田? いいんじゃないスか? ひたむきでガムシャラで。それは今の俺にも必要なことなんで。ひたむきさがないとね。…寂しいよ、このお客さんの数は! 若いからじゃなくて、みんなが頑張らないと。辛いよ、これじゃあ!」(杉浦)
 杉浦はすべての状況に腹を立てていたのである。この杉浦の荒ぶる魂は、その後の試合にいい形で影響していった。
(ノア考=明日に続く)

天才児・武藤敬司

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 全日本プロレス代表取締役でもある武藤敬司は忙しい。シリーズは5月31日に終了したが、オフに入るや連日のように記者会見、そして様々な媒体の取材が入っている。昨日は取材日に充てていてTV収録、雑誌のインタビューなどをこなし、最後の仕事がサムライTV『S-ARENA』のMCだった。
 MC=武藤敬司、ゲスト=神奈月さん、そして私。打ち合わせでは「MCなんてやったことねぇからさ、神ちゃんに任せたよ」「小佐野さん、うまくつないでよ」などと言っていたが、その一方では台本に目を通しながら、ザッと流れを把握してしまうところはさすが。
 いざ本番。番組はMCが転がさなければ進行していかないのだが、初めてのナマMCにもかかわらず、武藤はアドリブも交えてキッチリと“武藤ワールド”を創り上げた。番組の終盤には「もう時間がないの? あと90分やろうぜ!」と言い出して、神奈月さんも「ええーっ!?」。
 やっぱり武藤敬司は本番に強い。カメラが回り始めるやスイッチが一気に入る。そのテンションの上げ方、集中力は大したもの。そして自分のポジションをエンジョイしてしまうのが凄い。リングの上だけでなく外でも…武藤敬司は天才児だった!

Gスピリッツに怒濤の怪力登場!

 6月26日(金)発売のGスピリッツ第12号情報をひとつ。すでに携帯の公式サイトでも告知されているが、『実録・国際プロレス』の第2回としてストロング小林さんにインタビューした。
 国際プロレスの旗揚げは今から42年前の1967年1月。国際プロレスを設立した吉原功社長、当初のエースのヒロ・マツダ、グレート草津、サンダー杉山が他界した今、旗揚げ前の66年11月に新弟子第1号として入門し、のちにエースになった小林さんの証言は貴重なもの。また、小林さんは日本人初の覆面レスラー、覆面太郎でもあるのだ。
 私が小林さんに最後に取材をしたのは93年4月。その年の5月3日、福岡ドームでアントニオ猪木と初対決(天龍&長州vs猪木&藤波)が決定した天龍さんの「猪木さんの全盛期を知っている人と話がしてみたいね」という要請で、小林さんとずっと交流を持ち続けていた竹内宏介さんに2人の対談をセッティングしてもらった。だから今回の取材は実に16年ぶりのこと。
 16年ぶりにお会いした小林さんは…あの“怒濤の怪力”のイメージのままだった。昨年の12月で68歳になられたものの、筋肉が張っていて、肌もツルツル! その姿は実際にGスピに掲載する写真を見て頂きたいが、おそらく誰もがビックリするほど若いはずだ。
 現在の小林さんは青梅の一軒家で容子夫人と悠々自適の生活を送っている。今回のインタビューはご自宅にお伺いしてのもので、少年時代から国際プロ入団の経緯、新弟子時代にマツダさんと組んでいた猪木を見て感じたこと、覆面太郎時代のこと、グレート東郷のこと、ヨーロッパ時代、AWAでの話、国際エース時代、フリーになった舞台裏、その後の新日本プロレス…などなど気付けば6時間にも及ぶ取材に。本当に貴重で楽しい時間を過ごさせてもらった。
小林さんは凄い記憶力の持ち主でいろいろなことを詳細に憶えていたし、「こんなものが!」というお宝も見せてくれた。きっとインタビューの内容、写真共に満足していただけるはず。お楽しみに!