NOSAWA論外の挑戦

 ノアの2009年初興行となった昨日のディファ有明における丸藤正道プロデュース興行は1800人の超満員。逆風の話題、新日本との対抗戦がエネルギーになっているという印象だ。
 いろいろ材料はあるが、今日はポイントを絞ってメインの丸藤vsNOSAWA論外の世界ジュニア戦について書こうと思う。私の注目は4日のダイアリーでも書いたNOSAWA論外である。
 1・3後楽園ホールで鈴木みのると組んで日本最古のタイトル、アジア・タッグ王座を獲得して日本でメジャー王座初戴冠を果たしたNOSAWAがこれまでのインディー人生の経験をいかに駆使して丸藤攻略にかかるかがポイントだった。
 果たしてNOSAWAは「生き残るためには何でもあり!」というこれまでの生き方をリング上で表現した。ゴング前から襲いかかり、いきなり場外戦に持ち込んでリングアウト狙い。ノアの場外カウントは20だが、PWFルールでは10という違いを考えての姑息な戦法だ。
 その後もスクールボーイや首固めと「勝てば何でもいい」という戦法。ノアのセコンド陣を挑発してそちらにレフェリーの目を向けている隙にMAZADAを呼び込んでの東京愚連隊合体プレー、足を抱え込んでの“死んだふり”作戦。その一方では超高校級ラ・マヒストラル、究極式ラ・マヒストラルなどのテクニックも披露したが、全般的には狡さとセコさを強調するファイトに徹した。
 本当は、素の部分にある“真摯な野沢”の一面も出してもらいたかったが、あくまでも“NOSAWA論外”であることがプライドであり、彼ならではのプロ意識なのだろう。
 ポールシフトでNOSAWAを振り切って4度目の防衛に成功した丸藤は「いつもみたいな技の応酬じゃなくて“何でもいいから勝ってやろう”という汚いけどガムシャラな人間と戦って新しいものが見えた部分がある」とコメント。「負けちゃ何もならないんで、相手の得意分野を潰して勝ったことに意義がある」としながらも「論外じゃなかったね」と評した。
 今回の試合はNOSAWA論外にとって丸藤、世界ジュニアへの挑戦であると同時に、試合内容を重視するというノアの選手、ファンの意識を逆手に取った、ノアそのものへの挑戦だったのかもしれない。

長州力という存在

 昨日は1・4東京ドーム以来のプロレス会場。新宿FACEのロックアップに行って来た。通路でたまたま長州力とバッタリ。「久し振りだなあ」と声をかけられて新年の挨拶を交わした。考えてみたら、長州さんと個人的に喋ったのは久しぶり。確か、昨年の春に後楽園ホールのトイレで雑談したのが最後だったと思う。
 長州力というのは私にとって特別な存在だ。私が彼を取材していたのは文字通りの革命戦士としてイケイケの時期。新日本の維新軍団時代、そしてジャパン・プロレス時代である。当時の長州力は上昇志向の塊で本当にギラギラしていた。相手のことなどお構いなしの我儘なファイト、マスコミ嫌いも相当なもので何度も怒鳴られたり、路上で胸倉を掴まれたこともあった。でも、それがすべて長州力というレスラーの魅力になっていた。ようやく普通に喋れるようになり、本音をポロリとこぼしてくれるようになったのは新日本の現場を仕切るようになってから。すでに私の担当外になった91年頃からである。
 今の長州力は周囲に気を配り、マスコミにも極力、丁寧に対応している。ちょっと寂しい気もするが、あの時代から20年以上も経っているのだから、そうした変化も当然だろう。
 だが、リング上ではいつまで経っても長州力は長州力。昨日は田中将斗と組んで吉江豊&関本大介と対戦したが、存在感は圧倒的だった。
 もちろ全盛期のパワー、スピード、斬れ、ギラギラ感はない。それでもジュニア・ヘビー級のスピード感とは違う躍動感溢れるファイトは健在だし、テーマ曲『パワーホール』が鳴った時の観客の沸き方はやっぱり長周力だ。
「元気いいですよ、3人とも。彼らは歴然と何が違うのかがわかる。厳しい中でも、こういう選手に団体云々じゃなくて暴れてほしいですよね。俺たちのスタンスは味付けみたいなものですよ」と長州。
 思えば、05年10月に新日本に現場監督と戻ってきた時に長州はインディーの選手を登用して批判を浴びた。それに対して「間違いなく、あのリングの中で今のいろんな厳しいものを背負って、ひとりひとりが力を出していけるっていう選手を選んだつもりでいますけどね。だから、これがマスコミにもファンにも、まだ我々にチャンスがあるっていう具合に見えたかどうかですよ」と長州は言っていた。
 その後の日本マット界の流れを考えると、メジャーとインディーの区別がなくなり、田中将斗や関本大介は団体の垣根を越えてブレイクした。長州の目に狂いはなかったのだ。
 昨日の試合後、田中将斗は「何か自分ではスパイスみたいな言い方をしているようだけど、俺はまだまだ長州力から学ぶことがあるから。ここぞという時のパワーは凄いし、入場からあそこまで盛り上がるのは長州さんぐらいしかいない」と言っていた。
 そう、そんなに残された時間は長くないのだから、多くの選手に長州力を食いつぶしてほしいと思う。
 ここにきて私が妙に長州力という存在が気になっているのは、1・4東京ドーム前の記者会見での以下のような言葉があったからだ。
「今回の東京ドームは、自分のプロレス人生の中において、いろんな想いをこめながらリングに上がりたいと思います。何年か前の東京ドームで1度引退宣言をしてから現在に至っているわけですけど、これが最後になるのかなという心境でもありますし。僕自身も最後は黒。プロレス界において、そういうカラーで自分を作り上げてきたっていう自負がありますので。対戦相手もいますけど、明日は東京ドームに来たお客との勝負も頭の中に入れている。プロレスの面白さ、醍醐味、そういうものを訴えます」
 今後、長州力が自らの幕引きに向かってどう進んでいくのかはわからない。だが、リングに上がる限りは右腕を突き上げて、長州力のままでいてほしいと願う。

2009年ハッスルの課題は

 遅ればせながら2008年大晦日のテレビ視聴率について書いてみたいと思う。すでにいろいろなところで数字が出ているので、大雑把に書くと08年の大晦日はNHK『紅白歌合戦』が40%越えで圧勝。3部構成のTBS『Dynamite!!』はいずれも15%越えはならず。民放では日本テレビ『ガキの使いやあらへんで!!』が1部=10%、2部=15.4%で首位に。テレビ東京の『ハッスル・マニア2008』は昨年の4%から3.4%にダウンして最下位になってしまった。
 ただ、泰葉vsアン・ジョー司令長官の試合だけは高視聴率だった。それまで1~2%で推移していたのが、泰葉登場の11時6分から一気に5%代に乗り、11時17分には10.2%に。この時間帯、『Dynamite!!』の第3部(11時~11時24分)の平均視聴率が8.4%だったことを考えると、泰葉の試合だけは総合格闘技より注目を集めたことになる。
 だが、これは喜べることではない。世間の人は“プッツンおばちゃん”の泰葉に興味を持っただけで、プロレスには関心を示さなかったということ。「泰葉さえ観れば、他のプロレスの試合はいいや」という判断を下したということに他ならないからだ。
 これではハッスルの本来の役目は達成されない。私がハッスルに期待を寄せているのは、面白おかしいトッピングでも何でもいいから、とにかく世間の目をプロレスに向けさせ、そして取り込むことができるのではないかという点。今回で言うならば、泰葉に興味を持った人たちが、その他の試合を観て「プロレスって面白そうだな」となるのが理想だったが、残念ながらそうはならなかった。“客寄せパンダ”の泰葉に、他のプロレスの試合は完敗を喫してしまったのである。
 面白おかしいネタが主軸のままだったら、一度飽きられた時の反動が怖い。2009年のハッスルの課題は、ファンタジーの中でどれだけ本流のプロレスを充実させられるかだと思う。これからの新シリーズに期待したい。

寄席で感じたこと

 2日が仕事始めだったので、ろくに正月気分を味わっていなかったから、昨日は妻と浅草演芸ホールで平成21年初席を観てきた。
  新春ということで一人の持ち時間は3~5分程度。多くの落語家さんたちが入れ替わり立ち替わり登場するから通の人には物足りないのかもしれないが、落語初心者の私には大いに楽しめた。とにかく落語家さんの数の多さにビックリ。私が知っている落語家さんといえばプロレスファンで、私自身もお世話になっている三遊亭楽太郎師匠や日テレの『笑点』に出ている人たちぐらいなもので、昨日の出演者で知っていたのは圓蔵、正蔵、たい平、子猫、花緑といったところ。本当に層の厚い世界だと感心したし、この中から抜きんでてくるのは大変なことだと思った。
 そしてビックリしたのは朝9時から夜9時まで12時間もやっているということ。一部から四部まで分かれているものの、入れ替え制ではないから入場料3000円で丸1日楽しめてしまうのだ。
 こういう別の世界を覗くと、すぐにプロレスに結びつけてしまうのが私の性。団体を問わずに若手レスラーが集まって、低料金でファンに提供できる興行は出来ないものかと思ってしまった。
 これに今、一番近いのはSEM。ノア、健介オフィス、DDTらの若手が競うSEMは私のお気に入りの興行でもある。こうした興行がもっと拡大されたら…。たとえばディファ有明、新宿FACE、新木場規模の会場で毎週定期戦を行い、スケジュールが空いている若手選手が出場する。試合数の少ない団体の若手レスラーたちは“観客の前で試合をする”という経験を積めるし、それを低料金で提供すれば、ファンも拡大されるはず。寄席のように、そこに何人か大物が参加すればなおいい。
 そしてAという団体のファンがBという団体の若手の試合を観て「今度はBにも観に行こうかな」となれば、しめたもの。ファンにしてみれば「誰が台頭してくるか?」という先物買いの楽しみもできるだろう。
 1・4東京ドームには新日本、全日本、ノア、ゼロワンMAXが集った。だったら若手選手の交流も可能なのでないか。若手同士だったら、しがらみもなく伸び伸びと戦うことができるだろうし、そこから新しいライバル闘争が生まれる可能性もある。
 これが私のプロレスに関する今年の初夢です。

1・4東京ドーム総括

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 昨日は世間的には仕事始め。私も午前中から人に会い、夜は今年初のサムライTV『S-ARENA』など、バタバタしていて1・4東京ドームについて書けなかった。ということで1日遅れになってしまったが、総括してみたい。
 結論から書けば「プロレスを堪能させてもらった」の一言に尽きる。ダークマッチを含めて実に11試合。全日本、ノア、ゼロワンMAX、TNA…と、オールスター戦のようなカードがズラリと並んだが、ひとつ間違えれば締まりのない、ダレた興行になる危険性もあった。だが、注目のミスティコに始まって、どの試合も選手の持ち味が発揮され、しかも進行がスムーズ。飽きることなく、すべての試合を楽しめた。
 それは選手たちが東京ドームという特殊な空間をしっかりと認識して試合をしていたからだろう。あの巨大空間ではじっくりとした攻防やグランド主体の攻防は伝わりにくい。だからどの試合もスタートからエンジン全開。結果、15分を越えた試合は上の3試合だけだった。そうなると普通は物足りなさを感じたりするものだが、例えば永田vs田中の世界ヘビー級戦は11分41秒だったが、時間の短さを感じさせないハードさと中身の濃さがあった。
 この新日本vsゼロワンMAX対抗戦は休憩前の第6試合に組まれたが、きっと永田も田中もリング上の勝負と同時に、その後に控えている新日本vsノア対抗戦、武藤vs棚橋のIWGP戦に勝ってやろうという意識だったと思う。勝利者インタビューを受けた後の永田は足下がフラつくほどのダメージを受けていたのがそれを物語っていた。そして敗れたとはいえ永田と真正面からぶつかり合える田中将斗の気迫と技術は、やはりゼロワンMAXのエースにふさわしい男だと改めて感じた。
 新日本vsノアについては明日から再開する『プロレスコラム』で書かせてもらう。
 そしてメインの武藤vs棚橋。中邑、後藤、三沢、杉浦の話を聞いていたため、私が試合を観たのは試合開始10分過ぎから。セミの中邑&後藤vs三沢&杉浦でボルテージが最高潮になって観客はお腹がいっぱいになってしまったのか、スタンド席に行ってみたら会場が静かになっていてちょっと心配したが、その空気を変えたのは武藤のシビアでバリエーション豊かな足攻めだった。昨年4・7後楽園ホールの試合では武藤ワールドとタナ・ワールドが融合したが、今回の試合は完全に武藤ワールド。だが、アリ地獄のような武藤ワールドの中でもがきながら棚橋がそれを突破して勝ったことに大きな意味があると思う。棚橋はまったく遊びがない武藤を何とか攻略したのである。遊びがなかったということは、それだけ武藤にもプレッシャーがかかった大一番だったということだろう。
「去年の4月にベルトを獲ってから、それを高めるために一生懸命に突っ走ってきたから。駅伝で言えば区間賞だと思っているよ。そのタスキを棚橋に渡したわけだから。それを引き継いでくれないと」という武藤の言葉には「タナ、新日本をお前に任せたぞ!」という気持ちが込められていた。
 また、その直後の「ただひとつ…よく“俺が新日本を守る”とか“守った”とか言うけどさ、守っちゃいねぇよ。守っていねぇから俺が呼ばれているんだよ。呼ばれないようにしろよ。…といっても10年後の東京ドームに俺が出ているかもな」という言葉は檄でもあり、自身のプライドでもあったろう。
 新王者の棚橋とは昨日の『S-ARENA』に一緒に出演したが、高揚と使命感が同居している感じだった。花道への移動以外はモニターで他の試合をチェックしつつ、自身の試合を迎えたという。王座奪回の使命とメインの使命、そのプレッシャーは半端じゃなかったようだ。
「昨日の試合でさらに武藤敬司へのリスペクトの気持ちが大きくなりましたね。あと、直前のノアとの対抗戦を観ていて、中邑と後藤が頑張りましたけど、三沢光晴の凄さを改めて感じました。プロレスは誰かと誰かが戦ってつながっていく。俺は武藤敬司という存在があったからこそ、ここまで引っ張り上げられたわけだし、俺は平澤、内藤、吉橋、岡田たちを引っ張り上げていく。そうすればプロレスは不滅ですよ。真面目に戦ったのも俺だし、チャラけるのも俺…そのすべてをさらけ出したチャンピオンになりたいですね」と言う棚橋は書き初めの色紙に『愛』と書いた。それはいつもの「愛してまーす!」の愛でもあり、新日本愛、プロレス愛、プロレスを愛してほしいという意味でもある。
 今回のドームは3年ぶりに観客動員数を4万人台に乗せた。実際、前売りは去年の2倍以上の売れ行きと聞いていた。その理由について菅林社長は「ミスティコの参戦決定で伸び、棚橋のIWGP挑戦決定で伸び、さらにノアさんの参戦で伸びました。現状で考えられるすべての力を注いだのが4万人につながったと思います」と言っていたが、最後に胸を張ってこう言った。
「去年1年間、選手たちがいい試合、面白い試合をしたのが、今回の結果につながったと思います。地方で地道に熱い戦いをやってくれた結果だと思います。これからも気を抜かずに頑張りたいと思います」
 春頃だったと思うが、私も新日本のある関係者に「随分と変わりましたね」と言ったことがある。それまでの新日本は良くも悪くもアントニオ猪木の影がつきまとっていたし、「これが新日本だ!」という雰囲気で、正直、全試合を見終えると胸やけするような感じもあった。それが正規軍、RISE、GBHというわかりやすい戦いの構図、選手たちが自分の個性を自由に発揮し、さらに同じような展開、カラーの試合がなくなり、大会の進行もスムーズになったからだ。
 それは反面で昔ながらの新日本の匂いが薄くなるということでもあるが、全日本にしても馬場時代でも色が変わっていったし、今や武藤・全日本という事実上の新団体になっている。だから新日本も時代に対応しながら変化していって当然なのだ。
 東京ドームではIWGP4大タイトルがすべて移動した。プロレス復興に向かって新しい戦いのスタートである。

新年最初に琴線に触れたのは…

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 三箇日が過ぎてしまいましたが、明けましておめでとうございます。ということで初日の出ではありませんが、以前ワイキキで撮った日の出を掲載してみました。今年もMaikaiをよろしくお願いいたします!
 さて、私の年末年始は30日に有明コロシアムの『ハッスル・マニア2008』に行き、大晦日は自宅で『ハッスル・マニア2008』と『Dynamite!!』をテレビでチェック。元旦は実家に戻って人並みの正月気分を味わった。
 仕事始めは2日、午後12時からの全日本プロレス後楽園大会のGAORA生中継の解説。いきなり昼からのナマは緊張したが、これで気が引き締まった感じだ。全日本の2日&3日後楽園ホール2連戦はいずれも上々の入りだった。考えてみれば正月2日からの後楽園2連戦は1976年からの恒例行事で『プロレス界のお正月』として完全に定着している。
 全日本は新年から大きく動いた。まずは高山善廣の8年7ヵ月ぶりの全日本参戦。ノアでGHCのシングル&タッグ、新日本ではIWGPシングル&タッグ、NWFを奪取した高山がいよいよ全日本の三冠王座を狙ってきたのである。全日本には97年3月からフリー参戦し、99年5月に所属選手となって00年6月の分裂騒動まで在籍した。その間に世界タッグ、アジア・タッグを獲得しているから、三冠以外の日本のメジャー団体のシングル&タッグを総なめにしていることになる。かつては挑戦さえできなかった三冠を狙って古巣に参戦というのはひとつのドラマだ。
 高山は全日本では鈴木みのる率いるGURENTAI入りした。そのGURENTAIは正月2連戦でみのる&NOSAWA論外がアジア・タッグ王座を獲得。これでみのる&太陽ケアの世界タッグに続く2つ目の勲章となる。1月11日にはNOSAWAが丸藤の世界ジュニアに挑戦するし、ムタvs高山の三冠戦も順調にいけば3・14両国で実現するだろう。こうした流れにみのるは「世界タッグ、アジア・タッグ、そして今度はNOSAWAが世界ジュニア。三冠は高山に任せた。GURENTAIが日本のプロレス界すべてを独占する!」と宣言。どうやら今年も全日本を裏で動かすのは鈴木みのるになりそうな気配だ。
 その他の話題としてはブラザー・ヤッシーのプロレス休業宣言。昨日の新春ジュニア・ヘビー級バトルロイヤルで優勝後、2月シリーズでの極めて引退に近い休業宣言。その開幕戦となる2・6後楽園でのかつての盟友・近藤修司とのコンブラ対決をアピールした。その真意・理由は語らなかったが、名脇役として全日本マットを盛り上げてきたブラザーがいなくなるのは残念。当然、これを受けてブードゥー・マーダーズをめぐる新たな動きが出てくるだろう。
 そんなこんなで色々あった全日本の後楽園2連戦で、私の琴線に触れたのがNOSAWA論外のアジア・タッグ奪取だった。
「鈴木さんにとってはオマケみたいなものかもしれないけど、ボクにとっては日本で初めてのメジャー・タイトルです。しかも最初の師匠の高野拳磁(俊二)さんが巻いていたベルトなんで、個人的に魅力があるベルトでした。PWC、屋台村上がりだし、インディーもダメでメキシコ渡って、全日本に拾われて、今こうして日本最古のベルトを巻いている。全日本に参戦して約6年間、やられてやられて、受け身取ってきて良かったと思います。武藤&カズ、渕&西村っていうチームを破って獲ったってことで自信がつきましたね。丸藤戦も(丸藤勝利の大方の予想を)ひっくり返したいって欲が出てきました」とNOSAWA論外。いつものように何でも茶化してお笑いにもっていくのではなく、素の野沢一茂に戻ってコメントしていたのが印象的だった。
 思えば野沢の全日本参戦は02年9月、マスクマンのダーク・ゲレーラとしてだった。メキシカンということだったので、人前で喋ることもできなかった。03年の最強タッグに参加した時もメキシカンのマスクマン、パルカ・ゲレーラ。東京愚連隊のNOSAWAとして全日本に参戦したのは04年からだった。それからここまでのし上がってきたのだから大したものだ。
 私が初めて野沢に会ったのは、DDT旗揚げ前の97年春に木村浩一郎に連れられて週刊ゴング編集部に挨拶に来てくれた時だった。それから12年…野沢はNOSAWAとなり、さらにNOSAWA論外になって、人々に夢と希望と勇気を与えるプロレスラーになった。