第一期生同窓会

 昨日の夜は忘年会というか…“若いプロレス記者・第一期生”の同窓会。集まったメンバーは週刊プロレス顧問の宍倉清則さん、ウォーリー山口さん、ジミー鈴木さん、元ゴングの同僚でその後は闘魂スペシャル編集長、新日本やBMLのパンフを手掛けていたバーニング・スタッフ代表の小林和朋クン、途中からジミーさんの友達の胡桃沢ひろこさんも合流した。胡桃沢さんは男っぽい性格の気持ちのいい女性だった。
 待ち合わせ場所でジミーさんと私が談笑していたら、そこに現れた宍倉さんに「2人の関係は大丈夫なの?」と突っ込まれたが、ノープロブレム。そういえば3月にドラゴンゲートの大田区でジミーさんと私が隠し撮りされて「ジミーが小佐野氏に説教されて硬直した」とネットで話題になったこともあった。あれはただ単に久しぶりに会ったから立ち話をしていただけで、写真に写っている私の態度がデカかっただけのこと。いちいち説明して、また話題にされるのが面倒臭いのでスルーしていただけの話だ。
 みんなと知り合ったのは30年前の1978年。当時、高校2年生だった私はウォーリーさん、宍倉さんが主宰する『マニアックス』のプロレス8ミリ上映会に通っていた。そして5月に新日本プロレスのファンクラブ『炎のファイター』をひとりで結成し、8ミリ大会で知り合った高校3年生の小林クンに編集長になってもらった。当時、宍倉さんは大学4年生、ウォーリーさんは大学2年生、ジミーさんは大学1年生。私がプロレス業界に入ったのは、当時すでにゴングでアルバイトをしていた宍倉さん、ウォーリーさんに憧れたからだ。ジミーさんはプロレス総合ファンクラブ『JWC』の会長をやっていて、ファンクラブの先輩だった。
 社会人になると4~5歳の年齢差は大したことないが、学生時代は1歳でも上となるとかなり違う。ましてや大学生と高校生ではまったく違う。その後、同じプロレス業界で仕事をするようになって、それぞれに立場が違ったりしたが、プライベートでの先輩後輩の関係はずっと変わらないものだ。
 今はみんな仕事上の利害がまったくない関係。昔にタイムスリップして懐かしいバカ話に花を咲かせながら楽しく食べ、楽しく飲み、楽しく歌った。こんな集まりがあると、今まで頑張ってきてよかったとつくづく思う。
PS.ノア問題についての書き込みの一部を公開しましたが、その後、多数寄せられた書き込みを掲載すると、このサイトが単なる言い合いの場、中傷合戦の場に発展する危険性があり、今後は掲載しないことにしましたのでご理解願います。もちろん私自身は読むので、非公開でも私に言いたいことがある場合は書き込んでください。なお、私自身の見解はダイアリーに書いたとおり変わりません。

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