時空を超えた虎対決!そして恩讐の彼方に…

 超満員札止めの1894人。昨日のリアルジャパンプロレス後楽園ホール大会はチケットが完売したという。その目玉となったのは初代タイガーマスク(佐山聡)と2代目タイガーマスクの三沢光晴のタッグ対決。折りからの不況でプロレスの興行は苦戦を強いられているが、ファンの琴線に触れるカードを提供すれば、こうやってチケットを買って会場に足を運んでくれるということを痛感させられた。
 タイガーマスクとしては、2人の時代は当然ズレている。三沢が2代目に変身したのは初代の電撃引退から1年後だった。私が知る限り、2人の接点は2回だけ。1回目は83年1月4日、東京プリンスホテルにおける『昭和57年度プロレス大賞授賞式』。初代タイガーは昭和57年(82年)度のMVP&技能賞、三沢は新人賞を受賞したのだ。もう1回は88年4月2日、両国国技館で開催された『格闘技の祭典』。三沢はタイガーマスクとして馬場と組んでアブドーラ・ザ・ブッチャー&ジョージ・スコーランと対戦、佐山は素顔でシューティングのデモンストレーションを行った。そして佐山のデモンストレーション後に三沢タイガーがリングに招き入れられ、2人のツーショットが実現している。それから20年以上の月日が流れて今回のリング上での対戦となった。
 初代タイガーマスク&ウルティモ・ドラゴンvs三沢光晴&鈴木鼓太郎の中で行われた“時空を超えた夢の虎対決”は計2回。「まさか来るとは思わなかったね。効いたよ。目が覚めてよかったよ」と三沢が試合後に苦笑いした初代タイガーの先制の張り手で夢対決はスタート。これに三沢はエルボーで応え、一方の初代タイガーはミドルキックの連打からローリング・ソバット。体格的に優る三沢は体を密着させるとダブルリストロック投げに。再びスタンドになると、初代タイガーはヘッドロックからクルクルッと回転してレッグシザースに取るオリジナル・ムーブを披露。
 そして終盤、再び両雄が対峙。初代タイガーのタイガー・スープレックスは鼓太郎が、三沢のタイガー・ドライバーはドラゴンが阻止。結局、2人のコンタクトは初代タイガーのキックと三沢のエルボーの交換で終わった。試合自体は三沢がエメラルド・フロウジョンからランニング・エルボーという2代目タイガーではなく、三沢光晴のファイトでドラゴンを仕留めた。
 虎対決と言っても、三沢にとってタイガーマスクは遠い記憶の彼方。佐山は今もなおプロレスラーとしてはタイガーマスクとして戦っているが、三沢にとってのタイガーマスクは18年以上も昔のことなのだ。だから「タイガー対決が実現した感慨というのは全然ないね。(マスクを)被っていたのかなって感じだよね、もう」という言葉は素直な気持ちだろう。
 その一方では「時代の流れの中で今日になっちゃったのは悔しいけど、それは誰が悪いわけでもないし、仕方がないよ。やれただけでもよかったと思う」という言葉も出てきた。これまた素直な気持ちである。初代のキック、ローリング・ソバットについては「1発1発が急所に入ってくるんだよね。速いよ。見ていたら反応が間に合わないから」。そう、これを体感できただけでもよかったのだ。
 あまりにも強烈な初代のプレッシャーと戦い、初代にはないヘビー級に通用するオリジナルのタイガーマスクを創れと言われてもがいた2代目タイガーマスク時代。その6年間にひとつの決着をつけられたのでないか。
 この試合ではビル・ロビンソン、小林邦昭が立会人を務めたが、その他にも感慨深い顔触れが揃った。
旧UWFの社長だった浦田昇氏、新日本から電撃引退したタイガーを復帰させようとUWF設立に動きながら最終的には佐山と決別した新間寿氏、スーパータイガージムのインストラクターを務め、佐山が去った後にUWFに入った現スネークピット・ジャパン代表の宮戸優光。
 もし、これらの人たちが袂を分かつことなく物事が進んでいたら、日本プロレス界の歴史は確実に変わっていた。その昔の複雑な人間模様を知っているからこそ、恩讐を越えて同じ空間にいることに感慨を覚えた次第だ。

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