逆境でハッスルした泰葉に拍手!

『ハッスル・マニア2008』の“どんな逆境でも人はハッスルできる!”というテーマは今の厳しい世の中にドンピシャリだった。人々に勇気と希望、活力を与えるというのが昔からのプロレスの使命であるとすれば、こんなに打ってつけのテーマはないだろう。
 今回の目玉はお騒がせタレントの泰葉。07年11月の春風亭小朝との離婚から大暴走してワイドショーを賑わせ、バッシングも受けた。
 正直な話、「泰葉を使って大丈夫なの?」と思っていたが、泰葉は今大会のテーマを見事に体現してくれた。それがプロレスと言っていいのかどうかという問題は別として、逆境の中から這い上がろう、自分を変えようというナマの感情がダイレクトに伝わってきたのだ。
 アン・ジョーに張り倒され、豚と写真を撮られ、竹刀でぶっ叩かれる泰葉を見て、これが本人にとっての今年1年のみそぎなのではないかと感じたし、47歳のおばちゃん(私も同じ年齢なのだが…)が必死にプロレスに取り組んで自分を変えよう、再生しようという姿は滑稽でもあるが、感動的だった。そこには中途半端な茶番に終わらせずにきっちりとやったアン・ジョーの存在も大きい。そこまでアン・ジョーがやったからこそ泰葉の必死さが浮き彫りになり、泰葉コールが発生したのだと思う。
 泰葉のアシストに入ったマネージャーの清水氏もよかった。本人は「プロレスの練習はしていません。思わず入ってしまいました」と言っていたが、アン・ジョーにコーナーに振られた時のステップを見ると、かなり練習を積んでいるはず。この試合はタレントとマネージャーが一体となって必死に生まれ変わろうとするドキュメンタリーのようだった。
 そして印象に残ったのは大会終了後の髙田総統。総統劇場を終わらせた後、再び花道に立ってハッスル軍とノーサイドでハッスル・ポーズをやったが、それは応援してくれるファンへの心からの感謝だったはず。そして先が見えない2009年への祈りのようなものも感じられた。
 盛り上がり的には80パーセントだったとは思うが“ファンタジーの中のリアリティー”というハッスルの一番大切な要素が感じられた今年の大会だった。
 ムタ&ボノちゃんvs川田&川田父ではムタとエスペランサー・ザ・グレートの激突が実現。共に仮の姿でドラゴン・スクリューから足4の字固めという攻防を実に13年ぶりに再現してくれたが、さらにエスペランサーの切れ味鋭いキックが見られれば言うことなかった。それは2009年のお楽しみとしておこう。
 ということで、これが2008年最後のダイアリー。今年もお付き合いいただき、ありがとうございました。来年2009年もよろしく!

第一期生同窓会

 昨日の夜は忘年会というか…“若いプロレス記者・第一期生”の同窓会。集まったメンバーは週刊プロレス顧問の宍倉清則さん、ウォーリー山口さん、ジミー鈴木さん、元ゴングの同僚でその後は闘魂スペシャル編集長、新日本やBMLのパンフを手掛けていたバーニング・スタッフ代表の小林和朋クン、途中からジミーさんの友達の胡桃沢ひろこさんも合流した。胡桃沢さんは男っぽい性格の気持ちのいい女性だった。
 待ち合わせ場所でジミーさんと私が談笑していたら、そこに現れた宍倉さんに「2人の関係は大丈夫なの?」と突っ込まれたが、ノープロブレム。そういえば3月にドラゴンゲートの大田区でジミーさんと私が隠し撮りされて「ジミーが小佐野氏に説教されて硬直した」とネットで話題になったこともあった。あれはただ単に久しぶりに会ったから立ち話をしていただけで、写真に写っている私の態度がデカかっただけのこと。いちいち説明して、また話題にされるのが面倒臭いのでスルーしていただけの話だ。
 みんなと知り合ったのは30年前の1978年。当時、高校2年生だった私はウォーリーさん、宍倉さんが主宰する『マニアックス』のプロレス8ミリ上映会に通っていた。そして5月に新日本プロレスのファンクラブ『炎のファイター』をひとりで結成し、8ミリ大会で知り合った高校3年生の小林クンに編集長になってもらった。当時、宍倉さんは大学4年生、ウォーリーさんは大学2年生、ジミーさんは大学1年生。私がプロレス業界に入ったのは、当時すでにゴングでアルバイトをしていた宍倉さん、ウォーリーさんに憧れたからだ。ジミーさんはプロレス総合ファンクラブ『JWC』の会長をやっていて、ファンクラブの先輩だった。
 社会人になると4~5歳の年齢差は大したことないが、学生時代は1歳でも上となるとかなり違う。ましてや大学生と高校生ではまったく違う。その後、同じプロレス業界で仕事をするようになって、それぞれに立場が違ったりしたが、プライベートでの先輩後輩の関係はずっと変わらないものだ。
 今はみんな仕事上の利害がまったくない関係。昔にタイムスリップして懐かしいバカ話に花を咲かせながら楽しく食べ、楽しく飲み、楽しく歌った。こんな集まりがあると、今まで頑張ってきてよかったとつくづく思う。
PS.ノア問題についての書き込みの一部を公開しましたが、その後、多数寄せられた書き込みを掲載すると、このサイトが単なる言い合いの場、中傷合戦の場に発展する危険性があり、今後は掲載しないことにしましたのでご理解願います。もちろん私自身は読むので、非公開でも私に言いたいことがある場合は書き込んでください。なお、私自身の見解はダイアリーに書いたとおり変わりません。

棚橋弘至への大いなる期待!

 昨日は午後8時~10時の2時間、『S-ARENA年末スペシャル』に出演。菊池孝氏、金沢克彦氏、週刊プロレスの市川享記者と共に2008年のプロレス界を総括した。
 そして特別ゲストは1・4東京ドームで武藤敬司のIWGPヘビー級王座に挑戦する棚橋弘至。我々、コメンテーター陣の棚橋に対する期待度は高く、放映終了後に棚橋は「いやあ、プレッシャーかかっちゃいましたね。ハードル上げられちゃいましたね」と苦笑していたが、その一方では「いつもプレッシャーがかかる場面で起用されるので、慣れていますよ」「ボクは100年に1人の逸材ですから」と、キャラ(これが素?)を貫いていた。
 実際、私は棚橋に期待している。それはベルトの行方を超えた次元での期待だ。番組中に『武藤vs棚橋はどうなる?』というフリップを書くことになっていて、私は試合予想ではなく「武藤ワールドとタナ・ワールドが融合してプロレスならではの醍醐味を提示してくれるはず!」と書いた。「提示してほしい」という願望ではなく「提示してくれるはず!」という確信である。私以外のコメンテーターも勝敗予想ではなく、試合のあるべき姿、望むことを書いていた。誰もが棚橋に大きな期待をかけているのだ。
 年初めのビッグマッチとなる1・4東京ドームは2009年の日本プロレス界の浮沈をかけた大勝負。そのメインを張る棚橋に誰もが大きな期待をかけるのは当然のことだろう。
 私が棚橋に期待をしているのは、そこにまったく私情が入っていないからだ。私は99年1月に週刊ゴングの編集長から編集企画室長になって現場から離れた。棚橋が新日本に入門したのは同年4月で、デビューは同年10月。完全にすれ違いだから、彼のヤングライオン時代を知らないし、そうなれば思い入れだってない。
 思い入れがないから、私は純粋にレスラーとしてだけ棚橋を見てきた。そしてチャラ男なキャラの裏にある精神力の強さ、プロレスラーとしての技量に期待を寄せるようになった。
 今年のプロレス大賞選考会で私はベストバウトに諏訪魔vs棚橋のチャンピオン・カーニバル優勝戦をノミネートしたが、もうひとつ最後まで迷っていたのが、その2日前の武藤vs棚橋。30分時間切れの試合だったが、棚橋が武藤ワールドに飲み込まれずにタナ・ワールドを互角に展開したのである。当然、今度の東京ドームではあれ以上の試合を見せてくれるだろう。
 まさにプロレス・オールスター戦と言うべき1・4東京ドーム10試合のトリを務める武藤と棚橋。そのこと自体が大きなプレッシャーになるだろうが、武藤と棚橋という2人の天才児は必ずや2009年の日本マット界に明るい光を呼び込んでくれるはずだ。

FMWの仲間に囲まれて雁ちゃん引退

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 ミスター雁之助が昨日、新木場で18年間のプロレスラー生活に別れを告げた。まだ40歳。年齢的にも肉体的にも、まだまだやれるはずだが、本人は「タイミングとして“あっ、ここだ!”ってピンときたのが今年の5月だったんですよ。今年がミスター雁之助を見せられる最後の年だって」と言う。
『鬼神道ファイナル』と銘打たれた昨日の引退興行は、雁之助のけじめの大会であると同時に、FMWの総決算のような大会でもあった。第1試合ではリッキー・フジvsフライングキッド市原が実現。市原はかつてAV女優の若菜瀬奈や草凪純をマネージャーとしてはべらせた色男キャラを復活させ、さらにはオーニタ・ジュニア時代のコスチュームで登場してくれた。第2試合ではGOEMONではなく中川浩二がGENTAROとインディー職人対決で客席を沸かせ、第3試合ではFMWに所属していた元川恵美ことさくらえみがアイスリボンの教え子たちと元気いっぱいのファイトを披露。
 セミではFMWで日本初マットを踏んだヤスウラノとFMW崩壊後に雁之助がハヤブサらと旗揚げしたWMFの新人第1号だった藤田峰雄がタッグを結成。素顔、あるいはマスクマンとしてFMWに上がっていたマグニチュード岸和田&WMFでデビューした宮本裕向のコンビと激突だ。
 そしてメインでは雁之助が新崎人生、マンモス佐々木と組んで金村キンタロー&田中将斗&黒田哲広と激突し、最後は雁之助がサンダーファイヤーで金村を撃破して有終の美を飾った。
 年月を経れば人間関係も複雑になる。今は対立関係にある者もいる。それでも、そうした事情を超えて雁之助のためにこれだけのメンバーが一堂に会したのは凄いことだと思う。特に雁之助と金村の関係がデリケートなことは誰もが知るところ。FMW崩壊後にWEW(のちのアパッチ)とWMFに分かれたのも2人の対立によるところが大きい。だが、この日、あのFMW時代のようにひとつになった。
「FMWがなくなって、お互いに別の道に離れ離れになったけど、本当は組みたかった。でも最後にやれてよかった」と金村が言えば、雁之助は「最後の最後の日にこの面子で試合ができてよかった。もう交わることはないと思っていたよ。でも最後に試合していろいろなことが清算できたと思っているし、いろいろあったけどありがとう」。そして抱き合う2人を見て、FMWを取材してきた者としてジーンとくるものがあった。そういえば、この日の取材陣の中でリアルタイムでFMWを取材していたのは私とベースボールマガジン社の鈴木健氏、フリーライターの須山浩継氏の3人だけだった。本当に時が流れるのは早いものだ。
 こうした恩讐を超えたFMW同窓会が実現したことについて雁之助と一緒にFMWに入門したハヤブサは「おっさん(雁之助)の人柄だよ」とポツリ。
 そのハヤブサは「おっさん、お疲れさま。悪かったね、先に引退させて。お前が…お前がいてくれたから、俺もここにいる。お前に言わなきゃいけないことも、言いたいこともたくさんあったんだけど、何か…お前…言う言葉が見つからん。ただ、お前が友達で良かった。お前のことが…お前のことが大好きだ! お疲れさま…そして本当にありがとう」と号泣した。
「いろいろなことがあったけど、プロレスが好きだという気持ち、プロレスが本当に素晴らしいから、そしてファン、仲間が支えてくれたから、ここまでやってこれた。一番大きいのは江崎英治(ハヤブサ)がいたことだよね。俺、ひとりでプロレスラーになろうと思っていたのに江崎が付いてきて、それで一緒にテストを受けて40人の中で2人だけ受かって。申し訳ないのは、2人ともこれで飯食ってきてね、俺が先に辞めちゃうこと。江崎はリハビリを頑張って自分の足で立とうとしている。自分の分まで頑張ってほしいね」と雁之助。
 最後は「FMWの人間で記念写真を撮ろう」ということになった。それがここに掲載している写真。慌てて携帯で撮ったので、かなり画像が荒れているが、お許しを。
「一番の思い出は…プロレスラーになれたことですよ。物心ついた時からプロレスしかなくて、俺はプロレスラーをめちゃくちゃリスペクトしていたから、そのプロレスラーになれたことが最高のことですよね。試合前にはプレッシャーもあるし、怖さもあるし、吐き気もする。でも試合が終わった後の解放感が最高なんです。次は夏ぐらいにやろうかな…って、それはないです(笑)。でも、そう思うくらいプロレスは素晴らしいものなんですよ。明日から普通のオジサンに戻ります。ありがとうございました」
 雁ちゃん、最後にいい言葉をありがとう。お疲れさまでした!

これが最後のノア問題についてです

 日本テレビのノア中継打ち切り問題についてのコメントが荒れてきそうな感じになってきたので、私の思っていることを書かせてもらって終結させてもらう。
 私の見解は25日のダイアリーの通り。プロレスファンは様々で、ノアが好きな人がいれば、嫌いな人もいる。面白いと思う人がいれば、つまらないと思う人もいる。それは当然だし、自分が好みの団体、選手を応援すればいいのである。
 ただ、ひとつ付け加えておくとしたら私の知る三沢光晴という人間は責任感の強い人だということ。ノアを設立した時、思ったよりもはるかに多くのレスラー、社員が集まったが、彼はそれらすべての人間とその家族の生活への責任を感じていた。だから常に危機感を抱いてやってきている。いつだったか「ノアを旗揚げしてからさあ、心休まる時がないよ」と言っていたものだ。
 だからレスラーとしても三沢は休めない。「体調が悪ければ休めばいいじゃないか」となるが、地方興行ではネームバリューが第一。三沢がいない興行は考えられないのである。現実問題として、売り興行の場合だと三沢欠場となれば興行代を値切られてしまうだろう。
「トップの人間は絶対に休んじゃいけない。たとえコーナーにいるだけでもいいからリングに上がれ」というのが馬場さんの教えだった。
 もちろん理想はコンディションを整えてベストの状態でリングに上がることだが、社長業と怪我によってなかなか満足に練習が出来なくても、何とかリングに上がれる状態までもっていて試合をしている三沢に私はある種の男気を感じる。彼の体がボロボロなのは、ファンのために超世代軍時代&四天王時代に体と心を削って激しい試合をしていたからなのだ。
 もちろん本人は今の自身の状態に胡坐をかいているわけではない。だから怪我が深刻でも相手が気遣ってしまうような弱音は絶対に吐かない。そこにプライドがあるし、今は残された時間が少ないことを自覚して積極的に外にも出ている。そこにはノアの長としての責任感、そして何よりプロレスが好きだという強い気持ちがあるのだと私は思っている。

馬場さんが蘇る!

 2009年元旦、ジャイアント馬場さんが蘇る。21:00~22:54にBS日テレで『俺たちは忘れない…10年目の再会 ジャイアント馬場 甦る16文キック』が放映されるのだ。
 この番組を手掛けたのは、かつて『スカイハイ』『吹けよ風、呼べよ嵐』などのプロレス・テーマ曲ブームを仕掛けた梅垣進氏。昨日、馬場さんと縁のある関係者による試写会が行われ、菊池孝氏、門馬忠雄氏、吉沢幸一氏、清水勉氏と共に私もお招きいただき、馬場さんの往年の雄姿をこの目に焼きつけてきた。
 日本テレビが保管する馬場さんの映像5759試合からのチョイスは素晴らしかった。しかもデジタル処理をしているだけに昔の映像も実に鮮明。1972年7月29日の赤坂プリンスホテルにおける馬場さんの日本プロレスからの独立記者会見などの試合以外でも貴重な映像があるのが嬉しい。
 さらには馬場さんだけでなく愛弟子のジャンボ鶴田、天龍源一郎、大仁田厚、三沢光晴の若き日のファイトも盛り込まれている。中でもジャンボ鶴田の身体能力は今観ても衝撃的だ。また三沢が馬場さんを語っているのもジーンとくるものがあった。
「これは家でウイスキーでも飲みながら、ゆっくり観たいねえ」と門馬さん。菊地さんは「このスケールの大きさこそがプロレスだよな」と一言。
恐らく今の若い人にはジャイアント馬場=スローモーというイメージが強いと思うが、全盛期の馬場さんは本当にダイナミックでスピーディーで、他の日本人レスラーにはないスケールの大きさを持っていた。この番組では32文ロケット砲の3連発も飛び出す。私は子供の頃、猪木派だったが、全盛期のファイトを目の当たりにして、今さらながらジャイアント馬場こそ日本人レスラーのナンバー1だと痛感させられた。
 オールドファンにも、今の若いファンの人たちにもぜひ観てもらいたい番組だ。

ノア2008年最終戦

 昨日のディファ有明におけるクリスマス興行は、私にとっては日本テレビ放映打ち切りの話題が飛び出してから初めてのノア。今年最後の興行は前日同様に超満員1800人の観客が集まって盛況のうちに幕を閉じた。
 プロレスに限らず、今は世の中が不景気だけに、ちょっとでもマイナスの話題が出るとそれがことさら大きくなってしまう傾向がある。今回の日テレの問題については、もし本当に来年の3月末日で契約が打ち切られるとしたら“プロレスの日テレ”に幕を下ろすことになり、寂しいことだが、まだ決定事項ではない。それにプロレス云々、ノア云々という以前に、不況によって各企業が広告宣伝費を削減しているからテレビ業界自体が苦しいという現実がある。出版業界にしても同じで、今年は多くの雑誌が休刊・廃刊に追い込まれているのだ。だからGスピリッツは広告費に頼らない形で予算を組んで製作しているというのが現実だ。
 ノアを考えた場合、放映打ち切りにならなくても放送権利金のダウンは免れないところ。ここからは日本テレビではなくノア自体がどういう選択をするかになってくると思う。権利金が下がる代わりに、もっと自由に動ける契約に持って行くか、あるいは日テレとの契約を自ら打ち切って地上波に頼らないシステムを創り上げていくか。いずれにせよ、重大な岐路に立たされていることだけは間違いない。
 さて、昨日の試合は『クリスマスだョ!全員集合』のサブタイトルが付いた32選手参加トーナメントの2日目=準々決勝~決勝。トーナメントと言っても、すべて10分1本勝負で、時間切れ引き分けの場合は観客5人の審判の判定で勝敗を決めるというゲーム性が強いアトラクション的なもの。印象に残ったのは井上雅央が高山善廣を雅央ワールドに引き込んで判定勝ちに持ち込んだ試合、健介vs潮﨑、健介vs彰俊の3試合。
 健介vs潮﨑は、潮崎が判定勝ちでもおかしくなかった試合だ。アメリカ修行によって潮崎は解き放たれた感がある。健介と互角のチョップ合戦を演じ、トルネード・ボムを腕ひしぎに切り返し…と、自信に満ちた堂々たるファイト。潮﨑には「ノアを背負う!」という自覚がハッキリ見て取れた。そしてファンの期待度も大きい。それはコール時の紙テープの量が物語っていた。それは今年のチャンピオン・カーニバルにおける全日本ファンの諏訪魔への期待感と同様のものに感じられた。今、何となく負のイメージがあるノアにとって、潮﨑は大きな希望の光だ。
 健介はこうしたお祭り的な大会でも気真面目一直線。このトーナメントには田上キャラで参加した彰俊も、健介戦では死神に戻ってGHC戦の雪辱とばかりに真っ向勝負を挑んだ。チョップ合戦、タックル合戦、ラリアット合戦というゴツゴツとした攻防の末、健介に判定勝ちした彰俊は感無量の表情。対する健介は本当に悔しそうだった。お笑いありのお楽しみ大会だからこそ、その中にピリリとした試合は必要である。その意味で、この大会に健介がいた意味は大きい。
 試合後、三沢が「厳しい世の中ですが、選手・社員一同、前向きに頑張っていこうと思います」と挨拶。言葉が少ない三沢だけに、この短いフレーズに2009年への想いが十分詰まっていたと思う。航海をしていれば嵐にだって遭遇する。その時の舵取りが腕の見せ所なのだ。

『BAPESTA!』に感じた可能性とは

“第2の後楽園ホール”として期待されたJCBホール。4月6日にゼロワンMAXがプロレスとして初進出したが、高い会場使用料、3000人を超すキャパシティ、コンサートにはいいもののプロレスには不向きと思われる3階層バルコニーという構造によって以後は使用する団体はなかった。
 だが、昨日の全日本プロレスとA BATHING APEとのコラボ・イベント『BAPESTA! PROWRESTLING2008』は新たな可能性を感じさせるものだった。お洒落な空間とプロレス+APEがうまくマッチしたのである。
 試合は全日本を中心に新日本から蝶野、中西、ライガー、金本、邪道&外道、みちのくプロレスからサスケ、人生、大阪プロレスからタイガースマスク、くいしんぼう仮面、えべっさん、DDTから高木三四郎、K-DOJOからTAKAみちのく、その他に鈴木みのる&NOSAWA論外&MAZADAのGURENTAI、曙、ウルティモ・ドラゴン、菊タロー(テリヤキボーイ)らが参加するというお祭り的なもの。何となく楽しそうな雰囲気に3200人(超満員札止め)の観客が集まった。この中にはプロレスファンだけではなく、APEのファンも含まれていたはずだ。
 全日本プロレスの社長でもある武藤はやはり敏感。試合後にこんなコメントを出している。
「今日の試合は社長ばっかり(武藤&人生&ウルティモvs蝶野&TAKA&髙木)で気を遣ったよなあ。向こうもこっちも社長ばかりなんだから(苦笑)。意外と難しかったよ。空間もプロレスファンだけじゃなくて純粋なAPEのファンもいたと思うし、そういった人たちのハートをどこまで突っつけたのかは見えてないなあ。TPOが難しかったよ。ただ、次やったら、もっといい興行ができる自信と手応えは感じたよ。点だから難しい。点から線にもっていくのがプロレスの原点だから恒例のイベントになってほしいね。恒例化すれば、みんなプロの塊だからもっといいプロレスを表現できるはずだよ」
 武藤は可能性を感じると同時に、普段は絡まない選手たちとの試合でクォリティーの高い作品を創り上げる難しさを感じたのだろう。
 さらに武藤は「会場を押さえるのって大変だから、今から予約しておいた方がいいですよ。周りを巻き込むのが我々、レスラーの使命でもあるから、段々と奥さんをリングに近づけるのも手かな」と、女優の牧瀬里穂と入籍したばかりのプロデューサーのNIGO氏に積極アピール。
 今、プロレス業界に必要なのは去っていたファンを呼び戻すことと、新しいファンの獲得。そのためには本物のレスラーによるクォリティーの高い試合を提供すると同時に、プロレスに触れる機会のない人たちにどうやってプロレスを見てもらうかということが大事。その意味ではこうした他ジャンルとのコラボにもひとつのヒントがあるように思う。

2008年最後の月曜『S-ARENA』に珍客

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 早いもので昨日が今年最後の月曜『S-ARENA』への出演となった。振り返ると2月にはタイガー・ジェット・シンにターバンで首を絞められたり、ヒョードル、バダ・ハリ、ピーター・アーツといった格闘技系の大物がゲストでやってきたり…そうそう、鈴木みのるにスタジオをジャックされたこともあったし、小原道由に凄まれたこともあったっけ。
 私のベースは編集取材ライターだが、このサムライTV『S-ARENA』やGAORAの全日本中継の解説など、喋る仕事も刺激があって楽しい。今の不景気な世の中でこうした仕事が貰えることに感謝している。そして引き受ける以上は視聴者が楽しめるように今後も頑張っていきたいと思う。
 で、昨日の放送では番組終盤にタイガースマスクが乱入。タイガースマスクと会うのは、ちょうど3年前に白鳥智香子と夫婦で出演してもらって以来だ。当時は新婚でデレデレとしたお調子者キャラだったが、今や大阪プロレスを揺るがすルード軍団の総帥。果たしてどんな風に変わったのかと思ったら、根っこは変わらず「いや~、リングで悪い子としている分、リングを降りたらこんな感じでバランスを取ってるんですよ~。ホンマ、リングでは悪いですからねぇ~」と、ちょっと拍子抜け。でもこんなルードがいてもいいだろう。
 今日、これからJCBホールでライガーと組んでサスケ&タイガーマスクと対戦するが、どんなワルぶりを発揮するか? 本人は「どんなシチュエーションでもワルですから。それにサスケが敵方にいるんで、やり甲斐ありますわ」と言っていたので注目だ。
 さて月曜『S-ARENA』は昨日で2008年のスケジュールが終了したが、28日(日)の午後8時~10時までの2時間にわたって『S-ARENA年末スペシャル』が生放送され、そこに私も出演するのでぜひご覧下さい。
PS.訳あって先週火曜日~日曜日まで世俗を離れていたのだが、その間に日本テレビのノア放映打ち切りがスポーツ新聞紙上を賑わせたようだ。それによってGスピリッツの宣伝ダイアリーへのコメントの書き込みがノア問題ばかりになっていてビックリ! この問題についての私の想うところは、いずれ機会を見て書こうと思います。

テイオー先生のウンチクは必読!

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 昨日発売されたGスピリッツ第10号の『漢たちの昭和・全日本』でちょっと変わった企画がMEN’Sテイオーの世界王者技術解析だ。
 週刊プロレスの連載コラムでご存知の方も多いだろうが、テイオーはプロレス界きっての技オタク…いや、技のウンチク王。中学時代から観戦ではなく、自分が実践する草プロレスに目覚めてビデオで技や受け身を練習し、大学生時代には学プロ王者に。そしてプロになった男なのだ。プロ入りして16年経った今も様々なレスラーの技、受け身、試合の組み立てを研究しているテイオー先生に昭和・全日本に登場した世界王者たちの技術をプレイヤーの視点から解析してもらったのがこの企画である。
 ロックアップ、ヘッドロック、アームドラッグの“三種の神器”から始まってドリー・ファンク・ジュニア、ハーリー・レイス、ジャック・ブリスコ、テリー・ファンク、リック・フレアー、ニック・ボックウインクルといった昭和・全日本に登場した世界王者たち、さらにはビル・ロビンソン、ジャンボ鶴田に至るまで、プロのマニアックな視点での技術解析。私とテイオーは、テイオーが学プロ王者時代からの知り合いだが、プロレス好きの純粋な気持ちは昔も今も何ら変わらない。ということで、取材はアッという間に2時間を越えてしまった。
「あれを読んだ後に各選手のビデオを観たら凄く面白かったですよ!」とは、Gスピ副編集長の佐々木君の言葉。これもオススメ記事です!