父への感謝

 まず初めに8日間もダイアリーを更新できなかったことをお詫びします。
 さて、私は基本的にこのダイアリーではプロレス関連のことを書くようにしている。たまに旅行や日常のことも書いたりするが、47歳のおじさんのプライベートを書いたところで面白くないだろうと考えているからだ。だが、今日は敢えて、極めてプライベートなことを書かせてもらう。
 10月7日、父が他界した。73歳だった。身内・親族だけで12日に通夜、13日に葬儀を執り行い、ようやく気持ちが落ち着いたので、今日、こうしてダイアリーが書けるようになった。
 父が体調を崩して入院したのは6月30日。そしから他界するまでの100日間、いろいろなことを考えさせられたし、大切な時を過ごすことができたと思っている。
 私は20歳の時に実家を出て独り暮らしを始めたので、それから25年以上も父とゆっくり話をしたことがなかった。だが、病院への検査の行き帰りの車中、父子ふたりきりで2時間以上もゆっくりと話すことができたし、子供の頃にしてもらったお返しにおんぶすることもできた。
 歳が離れた妹、弟とも初めて大人としての話ができたような気がする。私が忙しい毎日を送っている間に彼らは大人になった。振り返れば、私は兄としての役目を果たしていなかった。それが少しでも取り戻せたとしたら嬉しいし、これからはちゃんと兄として彼らの力になりたいと思う。
 これまた忙しさにかまけて不義理をしっぱなしだったにもかかわらず、山梨の小佐野本家の人たちの優しさ、温かさに触れた。申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいだ。そうした中で、今さらながら自分が小佐野一族のひとりなんだということを強く自覚した。
 そして仕事に対しても、改めて職業意識が芽生えた。入院した日に医師から余命宣告を受けたが、その数時間後には『S-ARENA』で三田さんと笑いながら話をしていた。「これが俺の仕事なんだ」と思った。
 父の残された時間と目の前にある仕事…看病と仕事の両立は精神的にも肉体的にも辛いものがあったが、オファーがきた仕事は全部引き受けたし、関係者には心配・迷惑をかけるので黙っていた。
 父が他界した日、翌日締め切りの原稿を書いていたが、それもきっちり仕上げたし、通夜前日は全日本GAORA中継の解説と世界タッグ選手権の立会人代理。鈴木みのるに絡まれたのだって仕事の内だ。葬儀の日は斎場から新日本の両国国技館に駆けつけ、さらに『S-ARENA』にも出演した。昨日も締め切りの原稿を完成させた。これが私の生業である。何があっても仕事に穴を開けてはいけないのだ。
 理由はわからないが、そうやって仕事をきっちりやることも親孝行になるような気がした。4年前にフリーになってから、父は私の仕事ぶりをさり気なく気にしていたようだ。ひとつ言えるのは、父がプロレス好きでなかったら、私はこの道に進んでいなかっただろうということ。
 正直、父との間にはいろいろなことがあった。でも、最後にはちゃんと向き合えたし、家族や親戚の人たちとも向き合えたと思う。仕事についても考えることができた。自らの命をもって私にいろいろなことを考える機会を与えてくれた父には感謝の気持ちでいっぱいだ。
 今日だけは思いっきり私的なことを綴るのをお許し願いたい。
 お父さん、ありがとう。

ノアに熱!

 健介がGHCヘビー級王座を奪取し、丸藤が全日本の世界ジュニア・ヘビー級王座を奪取したことで、俄然、ノア・マットが熱を帯びてきた。
 昨日の後楽園ホールにおける開幕戦でも各選手の思惑が交錯して、一種異様な空気が充満していた。10・25日本武道館で世界ジュニア戦を戦う丸藤とKENTAはタッグで前哨戦。共に先発を買って出て、出し惜しみのない真っ向勝負。試合後には10・13広島でKENTAの挑戦を受けるGHCジュニア・ヘビー級王者のブライアン・ダニエルソンもベルトを持ってリングに躍り込む。ブライアンにしてみれば、武道館ばかりがクローズアップされる中で「俺のタイトルマッチを忘れるな!」という思いだろう。
「やっぱり緊張感がいつもと違う。いい意味で緊張感を維持して、必ず(GHCジュニアの)ベルトを巻いて武道館に上がりたいですね。広島をまずキッチリ。そこしか考えてないです。ただ、一番いい状態で武道館のリングに上がるためには広島で負けられないってことですよ。GHCジュニアと世界ジュニアのダブル・タイトルマッチ? それはファンが望む方に。世界ジュニアは獲ったら返上します。思い入れがないので。思い入れがあるのは丸藤正道なんで。たくさんの人に来てほしいなあ。のはあはいつまでも三沢、小橋じゃないという新しい大事な試合だと思っているから。06年のベストバウトのプレッシャー? ないです。100パーセントを出すだけです」とKENTA。
 世界ジュニアを奪われた全日本からはカズ・ハヤシがノア初登場を果たし、青木篤志の閃光十番勝負第6戦の相手をした。青木の腕攻め、サブミッションに対して同じフィールドで勝負したカズは「彼の腕へのこだわりのスタイルには凄く共感できる。同じ目標を歩んでいる気がする」と、ノアの若武者相手に試合をエンジョイ。最後はファイナルカットで完勝したが、対する青木の対応力も見事だった。キャリア3年に満たないのに大ベテラン相手に肝の据わった試合運び…その差は引き出しの中身のレパートリーだけという感じだった。なお、世界ジュニア奪回についてカズは「準備はいつでもできているけど、近藤選手の入団してまで取り戻したいという意志だけは汲んであげたい」とした。
 メインでは健介と秋山が6人タッグで激突。現時点で健介への挑戦者が決まっていないだけに注目されたが、そこに割り込んできたのが10・25日本武道館で秋山&力皇の挑戦を受けるGHCタッグ王者のバイソン&彰俊。丸藤vsKENTA、未だ発表されない健介の防衛戦が話題になる中で「武道館、今ツアーの主役は俺たちだろう!」というアピールである。そしてバイソンと秋山は“タッグ戦後のGHCヘビー級への挑戦”をぶち上げ、健介は「誰でもいいから、わかりやすくアピールしてこい!」と宣言。ヘビー級戦線もジュニア同様に熱くなってきている。
 各選手が各々の気持ちを言葉や行動でストレートに発散し始めたノア・マット。ノアは今、旗揚げ時の「主張したいことはドンドン主張するべき。ただし自分の発言、行動には責任を持つように」という原点に立ち返っている。

交流戦なのか? 対抗戦なのか?

 新日本のIWGPヘビー級が全日本の武藤に、全日本の世界ジュニアがノアの丸藤に移動。また王座の移動はなかったものの、ノア・9・27大阪では新日本の裕次郎&内藤哲也がGHCジュニア・タッグに挑戦したし、新日本10・13両国では永田がゼロワンMAXの世界ヘビー級王者・田中将斗に挑戦する。
 もはやボーダーレス…何となく大連立のようなムードが漂い始めているが、どうやら各団体の思惑には温度差がありそうだ。今週号の週プロではノアの仲田龍統括本部長が、新日本が来年1・4東京ドームをオールスター戦にしたいという意向を示しているのに対してNOという見解を示しているし、世界ジュニア王者になった丸藤は全日本の思惑に関係なく、ノア10・25日本武道館におけるKENTA戦を初防衛戦にしたいと発言した。
 私はもちろんオールスター戦は結構なことだと思うが、それは特例のお祭り。他団体同士の戦いは交流戦ではなく、あくまでも対抗戦であるべきだと考えている。交流戦は「ウチもおたくも苦しいし、協力し合いましょう」というニュアンス。そこに緊張感のある戦いが生まれるとは思えないし、他団体に助けてもらおうというのは虫がよすぎる話。もともとは商売敵なのだ。その「あそこには負けられない!」という感情がスリリングな試合を生み、団体間にピリピリしたムードが生まれるのだと思う。だからこそ、観る側も熱くなるのではないか。
 表現は悪いが、かつて新日本の様々な団体と絡みながら、相手を潰す、あるいは吸収しようというエゲツない戦略は正解だと思う。ビジネス的に合意したとしても所詮は商売敵。新日本はそれをわかっていて、最終的には物事を優位に進めていた。つまり行き着く先は戦争なのだ。
 だからノアが世界ジュニアを全日本のリング&選手ではなくノアのリング&選手でやろうとするのは正しい。他団体にベルトを持っていかれるということは、道場破りに看板を持っていかれるのと同じ。取られてしまったら、それを相手にどう使われようと文句は言えないはずだ。他団体の選手相手にベルトを賭けるなら、そのくらいの覚悟を持って臨むべきである。私が世界ジュニアを奪われた土方隆司を評価するのは、彼がそうした自覚を持って丸藤戦に臨んでいたからである。
「90年代の女子プロレスのようになりそうで…」という書き込みがあった。私も同意見だ。女子オールスター戦、対抗戦(という建前の交流戦)は盛り上がったが、その後は各団体ともに“他団体の選手が出場して当たり前”という意識がファン&プロモーターに定着して苦労した。一番大事なのは各団体が地力を持っていること。地力と勢いがあってこそ「今こそウチの力を見せつけてやる」「あそこを飲み込んでやる」という他団体との絡みであり、救ってもらおうと思って他団体に接触したら自滅してしまう。基本はあくまでも団体内での戦い。他団体との絡みは本当にスペシャルであるべきだろう。
 最後に全日本でジュニアのタッグのベルトを新設してもいいのではないかという書き込みがあったが、私は、新たなタイトルを創るよりも、世界ジュニアという全日本ジュニアの看板を取り戻すことが先決だと思う。極端な話、ベルトが戻ってこなくても文句は言えないのだから。