元子&武藤・全日本vs馬場・全日本

 明日は全日本の横浜決戦。雷陣ショックから立ち直った諏訪魔とムタの三冠戦はもちろん、私は土方に丸藤が挑戦する世界ジュニア・ヘビー級戦にも注目している。
「体は細いけど、運動神経もプロレス・センスもいい奴がいるんだよ。今度デビューさせるけど、きっと驚くぞ」と、馬場さんに丸藤について聞かされたのは、全日本プロレスの東京ドーム進出2日後の98年5月3日、キャピトル東急ホテルのコーヒー・ラウンジだった。この日の夕方、馬場さんはハワイに出発したが、その前に無理を言って時間を取ってもらい、インタビューした時のことだ。ちなみにこのインタビューは週刊ゴングにおいて馬場さんの最後のインタビューになってしまった。
 98年は3月に森嶋、橋が相次いでデビュー。丸藤がデビューしたのは、馬場さんから聞かされた3ヵ月半後の8月28日。確かに丸藤は天才だった。デビューしてすぐに大先輩の大森を翻弄して、それを見ていた秋山が苦笑していたのを記憶している。もうあれから10年だと思うと、月日が経つのは本当に早い。
 丸藤はしっかりとした考えの持ち主。
「よくヘビー級は体がデカくて頑丈だってイメージがありますけど、本当に頑丈なのは、僕らジュニアの人間じゃないかなって普段から思っているんですよね。ヘビー級の攻撃を耐えて耐えて、それでもなお試合をしているわけだから。変な話、小橋さんが鉄人と言われているけれども“本当の鉄人は俺らじゃねぇか!?”みたいな(笑)。それくらいホントにやられればやられるほど、攻撃に対する受けとかにドンドン自信が付いていったと思うんで」
「僕らの世代、みんなでしっかり考えてやらないと、好きなプロレスで食っていけなくなっちゃうと思うんですよ。だから今のトップがガタガタにならないうちに俺らの世代でキッチリと倒しておかないと」
 以上の2つが何度かの取材でもっとも印象に残っている言葉だ。
 一方、王者の土方と初めて話をしたのは、00年の全日本分裂騒動後の7月にバトラーツから元子・全日本に参戦してきた時だ。土方は天龍ファンだった。セコンドに付いて天龍や川田の世話を嬉しそうにやっていたのが印象的だった。
「僕は天龍さんに憧れてプロレスラーを志したんですよ。SWS時代も後楽園ホールでよく観てました!」と挨拶されたのを憶えている。
 土方の場合、ジュニア戦士と言っても飛ぶわけではなく、打撃とサブミッションを主体とした地味なスタイルだったから遠回りをした。元子・全日本時代はジュニア戦士というよりも川田のパートナーというイメージが強かった。現状打破のためにマスクマンの歳三に変身したこともあった。
 4月にシルバー・キングを破って世界ジュニア王者になったが、その後も、三冠王者の諏訪魔と同じように挑戦の連続だった。全日本ジュニアの代名詞カズ・ハヤシ、新日本ジュニアで一時代を築いたエル・サムライ、ジュニア・リーグ戦に優勝した全日本ジュニア新時代の旗頭KAIを相手に防衛を重ねてきたのだ。そして今度はノアのベルトを制覇した丸藤。これを乗り越えたら誰にも文句を言われない世界ジュニア王者になる。
 ジャイアント馬場を知らない王者・土方とジャイアント馬場最後の直弟子を自認する挑戦者・丸藤。8・31両国の諏訪魔vs太陽ケアは武藤・全日本vs馬場・全日本と呼ばれたが、今回の世界ジュニア戦は元子&武藤・全日本vs馬場・全日本と言ってもいいのではないか。
 埼玉栄高校の先輩(土方)・後輩(丸藤)が、全日本とノアにどんな局面を生み出すが注目である。

「元子&武藤・全日本vs馬場・全日本」への2件のフィードバック

  1. こういう裏話は、観戦の時に良い肉づけになって楽しみになりますね。
     暴露話は嫌いでないけれどこういうあおりの話をマスコミからもっと聞きたいですね。

  2. 小佐野さんはじめまして。ブログを楽しみに、いや毎日の日課にしています。
    ところで丸藤が世界Jr.を獲得し、これから全日本・ノア・新日本の交流が期待されますが、私は90年代の女子プロレスのようになるのではないかと思います。とても恐いです。
    又、確か鶴田は一時期減量して、ジュニアに挑戦したことがありましたが、丸藤はジュニアだけでなくヘビーのベルト(三冠)に挑戦することになるでしょうか。

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