諏訪魔について

 9・13後楽園ホールで雷陣が強度の脳震盪を起こした“事故”について諏訪魔を非難する声が多い。これは当然である。普通の試合展開の中でのアクシデントではなく、鈍い音のヘッドバットから痛烈な張り手、崩れ落ちた雷陣の頭を蹴り上げ、さらに踏みつけるという尋常ではないファイトの上でのことなのだ。
 私が“事故”と書いたら「あれは事故ではない。悪意だ」という書き込みがあった。そう思う人がいても、これまた当然だろう。だが、私は諏訪魔には悪意もなかったし、あれはあくまでも諏訪魔の未熟さが生んだ事故だと思っている。
 諏訪魔は「プロレスのあり方」を真剣に考えている男。今の主流であるハイスパート・レスリングに疑問を持って“強いプロレス”とは何かを模索している。だが、残念ながら3年半のキャリアでは理想に力量が追いついていない。古き良き時代のオールド・スクールを体感した西村との初防衛戦、酷評されたケアとの60分時間切れも諏訪魔にとっては勉強であり、挑戦だった。だが、残念ながらファンを満足させられなかった。それは諏訪魔自身が一番わかっているし、反省している。
 雷陣に見せた潰しのような喧嘩ファイトは6・10後楽園での征矢戦でもやっている。あの時は征矢が顔を腫らし、鼻血を噴き出しながらも反撃して、結果、征矢の株が上がった。おそらく諏訪魔は雷陣戦でもそんな戦いがやりたかったのだろう。
同期の雷陣の壮行試合。諏訪魔と雷陣の間には「普通とは違うゴツゴツした試合をやろう」という共通の意識があったと思う。そして諏訪魔には「雷陣だったら、このくらいやっても大丈夫だ」という思いがあったはず。もしあそこで雷陣が反撃に転じていたら試合はヒートアップしていただろう。だが、雷陣の状態を見誤った。また、ゴツゴツした戦いだとしても、やってはいけない攻撃はある。それによって事故が起こったのだから諏訪魔はやはり未熟だったし、非難されて当然なのだ。
 それでも悪意や故意と思われたら、あまりにもかわいそうだ。諏訪魔は一緒に救急車に乗って病院に付き添い、首を固定されて寝ている雷陣を見て号泣したのである。
 そして一昨日は和歌山、昨日は下関で試合に出場した諏訪魔は苦悩している。実際に観たわけではないが、取材に行っている人間に聞くと、和歌山では諏訪魔の張り手でMAZADAが前のめりにダウン。そこから諏訪魔のファイトは一気に精彩を欠いたというし、昨日の試合も攻めに出られなかったという。諏訪魔は雷陣に後遺症が残った場合には廃業も決意しているようだし、不甲斐ない試合の連続に三冠王座返上も考えているようだ。
 そんな諏訪魔を見て、鈴木みのるは「ビビッてんならリングに上がってくんな。おどおどした奴がチャンピオンじゃ、みんなが迷惑なんだよ。雷陣を潰した罪悪感か!? レスラーとして生きていく価値ねぇよ!」と厳しい言葉を浴びせているようだが、これもみのる流のエールと受け取りたい。
 私は、ナチュラルな強さを持ち、高い志を持つ諏訪魔は未来の日本マット界のエースだと信じている。今回の事故を乗り越えて、一人前のプロレスラーに、強いチャンピオンになることを切に願う。そして雷陣が元気な姿でリングに戻ってくることを祈っている。

「諏訪魔について」への1件のフィードバック

  1. 小佐野さん、わかりました。私も言い過ぎました。
    諏訪魔の成長に期待します。

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