殺人狂の思い出

“殺人狂”と呼ばれた往年の名レスラー、キラー・コワルスキー(本名ワルディック・コワルスキー)が8月29日(現地時間)マサチューセッツ州ボストン市内の病院で亡くなった。81歳だった。
 残念ながら、今から31年も前の77年に引退したコワルスキーを取材したことがない。63年の『第5回ワールド・リーグ戦』の力道山戦も、68年の『第10回ワールド・リーグ戦』のジャイアント馬場戦も観ていない。私の記憶にあるコワルスキーは71年9~11月の『第2回NWAタッグ・リーグ戦』だ。“狂犬”キラー・バディ・オースチンとのコンビで出場、決勝でアントニオ猪木、坂口征二のゴールデン・コンビに敗れた。
 当時のコワルスキーは、小学校4年生の私から見たら、完全におじいちゃんだった。だが、肉を一切食べないという細い体、般若のような顔はゾクッとするような怖さがあった。
 私のコワルスキーに関する知識は一般のファンと同じ。ユーコン・エリックの耳をニードロップで削いだ事件、ドン・イーグルの背骨を折った事件などを『月刊ゴング』などで読んで「凄い!」と単純に思っていただけだ。また、子供としては菜食主義者ということに大いに興味がそそられた。当時のプロレスラーのイメージは何キロもあるステーキを食べるというものだったからだ。
「朝はフレッシュ・オレンジ・ジュースと蜂蜜を塗ったトースト、木の実少々とコーヒー。昼は食べない。夜は蜂蜜とピーナッツのカクテル、プレーン・オムレツ、木の実、松の実とコーンのスープ、ライ麦のパンに植物性のマーガリンを塗ったもの。そしてピーナッツのプリンが2人前。デザートは蜂蜜入りのホットチョコレートだ。肉は13年間食べていないし、アルコールも一切やらない」というインタビューを『月刊ゴング』で読んでいた。今となっては、かなりアヤシイ記事だが、それくらい想像力をかき立てられるレスラーだった。
 何年前だかは忘れてしまったが、全日本プロレスのレトロ企画(だったと思う)で来日した時に、ファン時代の気持ちに戻って記念写真をお願いした。そうしたら、子供の頃に見た般若のような凄い形相で首を絞めるポーズを取ってくれた。殺人狂は優しい人だった!

「殺人狂の思い出」への1件のフィードバック

  1.  私もコワルスキーをTVで見たのは第2回NWAタッグリーグでのコワルスキーとバディオースチンのWキラーコンビでいくら猪木の結婚に花を添えるとはいえ、2-0のストレート負けはびっくりとの思い出があります。
     デストロイヤーにビンタを張られたとかユーコンエリックの耳をそいだと言う話は、私は、少年キング連載の「ジャイアント台風」で勉強しました。初・生コワルスキーは、札幌中島スポーツセンターでのサンマルチのコンビでG馬場とヘーシンクとのタッグマッチでなぜか紫のマスクをかぶっての試合でした。
     コワルスキー選手は、猪木があこがれた選手との事を何かで読みましたが猪木のコメントが聞いてみたいですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です