全日本プロレスに新展開

 昨日の午後2時から全日本プロレス事務所で記者会見が行われ、近藤修司の全日本入団が発表された。世界ジュニアが土方から丸藤に移動したのが、今回の決断の大きな要因だったという。
「エルドラドに一線を引いて、様々な選択肢があったんですけど、一番愛着がある世界ジュニアのベルトが他団体に流出したというのが一番の決め手になりました。4年近くブードゥー・マーダーズでやってきましたが、僕個人としてはブードゥーでやっていくことに限界を感じていたし、もう伸び代がない。次のステップとしての全日本入団であり、僕が必ず世界ジュニアのベルトを全日本に戻すという決意です」と近藤。
 これを受けて10・11後楽園ではカズ・ハヤシ&近藤修司vsTARU&ヤッシーというカードが組まれた。「全日本から僕に対する踏み絵。この試合をやることによって全日本の一員になる」と近藤は解釈している。
 あのコンブラが消滅するのは寂しいが、近藤の全日本入団は歓迎すべきことだと思う。去年2月、中嶋に世界ジュニアのベルトを奪われた後は、ジュニア・リーグ戦準優勝はあったものの、エルドラドと並行する形での活動だったために全日本マットではこれといったテーマがなかったし、近藤自身、一歩退いている感があった。世界ジュニアのベルトを巻いていた時には“ジュニアの絶対王者”と呼ばれていただけに、実にもったいない状況が続いていたのだ。また、シングルでは基本的にはブードゥーではなく正攻法だったから全日本正規軍の方が向いているはず。この決断の裏には様々な葛藤があったことは想像に難くないが、近藤の新たなスタートを素直に喜びたい。
 ヘビー級戦線では10・11後楽園でテンコジが鈴木みのる&太陽ケアの世界タッグに挑戦、11・3両国で鈴木がムタの三冠王座に挑戦することが決定した。一見、みのるが主役のようだが、これは本人にとってはリスクも大きなタイトルマッチ連戦。ベルト独占も考えられるが、一気に無冠という事態もあり得る。この春からGURENTAIとして活動しているみのるは、常に崖っぷちに立ち、緊張感を持って全日本マットに上がっている。後退が許されないのはフリーのトップレスラーの宿命か。
「ムタという独特の域に行くにふさわしい相手だと思います。人間力としても、レスラー力としても」というのがムタの代理人・武藤のみのる評だ。
 また10・11後楽園では雷陣の最終壮行試合として諏訪魔vs雷陣が再び組まれた。ふたりはあの9・13の悪夢を乗り越えなければならないし、諏訪魔にとっては三冠転落から再起への第一歩。雷陣にとってはカムバック戦であり、2年間のTNA遠征に向かうにあたっての大事な区切り。ここは両者ともに“いい汗”をかいてもらいたい。
「諏訪魔は今、ホッとしてるんじゃないの? まあ1回目の王者時代は終わったけどさ、いろいろ積み上げて、また新たな諏訪魔を見せてくれると思うよ。その時にまた勝負できたら」と、武藤も諏訪魔が這い上がってくるのを待っている。

全日本2大王座が移動

 昨日の横浜文化体育館では世界ジュニア、三冠の2大王座が移動、全日本の流れがリセットされる形になった。
 まず土方隆司にノアの丸藤正道が挑戦した世界ジュニア戦。大方の予想は丸藤の王座奪取だった。これまでの両者の実績を考えれば当然である。そして結果はその通りになったわけだが、土方の全日本という看板を背負っての戦いは立派だった。追い込んだのか、それとも丸藤の懐の深さなのかは解釈がわかれるだろうが、少なくとも「あわや」という場面を何度も作ったし、「もう駄目だろう」というところで何度も踏ん張った。そして緊張と高揚の中で地に足を着けてファイトしていた。
 試合後、土方は「すべては自分の責任」「すみませんでした」という言葉を何度も口にしていたが、このノアとの開戦は王者が土方だったからこそ実現したものだと思う。
 2004年に三沢が全日本に、武藤とケアがノアに上がったが、あれはあくまでもスペシャルな交流のニュアンス。だが、今回はれっきとした対抗戦のスタートなのだ。2000年の全日本分裂騒動直後のシリーズに上がっていた選手で今も全日本にいるのは渕、ケア、土方の3人だけ。あのシリーズでは売り興行4大会に離脱組(ノア勢)も参戦したが、当時はバトラーツ所属として全日本に助っ人参戦していた土方は「何にも事情を知らないので客観的に見ていたんですけど、とても両者が将来的に交わることはないだろうという空気を感じました」と言っていた。そんな土方だけに今回の丸藤戦実現には感慨深いものがあっただろうし、その意義を感じていたはず。負けはしたが、馬場・全日本と今の武藤・全日本をつなぐという大役を成し遂げたのは確かなのだ。
 今後、全日本とノアのジュニア対抗戦は激化していくだろうが、土方には橋渡し役で終わることなく、この戦いの渦に入っていってくれることを期待したい。土方はパンドラの箱を開けた。ならば、これを自らの手で閉じることも大きな使命なのだと思ってもらいたい。
 メインでは三冠王座が諏訪魔からグレート・ムタに移動した。昨日のダイアリーで諏訪魔への期待を書いたが、残念ながらムタ・ワールドに埋没してしまった。だが、めげることはない。4月に王者になってから昨日まで、諏訪魔は貴重な経験を積んだ。三冠王者の責務も肌で感じた。これは今後への大きな財産である。多くの課題を残したままの陥落だが、それを克服してまた頂点を目指せばいい。私は敗れてもなお、諏訪魔は本当の強さを持ったスケールの大きなチャンピオンになる男だと信じている。
 一方の武藤敬司&ムタはやはり凄い。決してコンディションが万全でない中で、武藤としてもムタとしても試合をクリエイトして、すべてを自分に持っていってしまうのだから脱帽だ。「ピラミッドの頂点が高いほど裾野が広がるわけで、俺は若いレスラーにとってより高い頂点でいたい」という業界トップとしての意識の高さにも感心する。
「たまに取材で“尊敬するレスラーはいますか?”って聞かれるけどさ、誰も尊敬してないね! 先輩方が悪かったから、ここまで来てるって。誰を目指していいのか道標を作った人はいねぇわけだ、こりゃ。そういう部分で言ったら、カッコつけるわけじゃないけど、少しは道標になる方向を“俺のあとについて来い!”ぐらいにはいきたいかなあなんて。やっぱり見本たるもの頑張らなきゃいけないし、そうでなければついて来ないわけであって」
 これは何年か前に武藤から聞いた言葉。武藤&ムタには道標になるべく頑張ってもらいたい。

諏訪魔が涙の先に見出したものは…

 今日はいよいよ横浜文化体育館で諏訪魔とグレート・ムタの三冠戦。私は諏訪魔が苦しみ抜いた2週間を踏まえて、どんな試合を見せてくれるか、どんな答えを出してくれるか期待している。
 雷陣失神→相手を攻撃するのに躊躇→プロレスラー廃業、三冠返上を示唆→武藤社長に休業願を提出するも却下される→9・20博多に現れた雷陣に活を入れられる→ようやく前向きになるというこれまでの流れは、まるでスポ根ドラマのようだが、これはリアルなドラマ。
 9・20博多。私は現場にいたわけではないが、サムライTVで映像を見せてもらった。控室で雷陣と並んだ諏訪魔は目に涙を溜めながらも堪えていた。だが、雷陣が去った後に「戻ってきて良かった」と呟いて顔を右手で押さえると、我慢していた涙がドッと溢れ出て、嗚咽した。そこに真の諏訪魔の姿があった。どれだけの想いを抱えて試合に出場していたのか、その心中は推して知るべしである。
 諏訪魔は現在、三冠王者。全日本の頂点に立っている以上は「まだキャリア4年未満」という言い訳は通用しない。本人もそれを自覚しているから、ベルトを獲得した4月からの5ヵ月間で、他のレスラーの何年分もの経験をし、苦しみを味わってきた。
 今日、諏訪魔は雷陣明という盟友が見守る中で、ありったけの想いをリングで表現する。私はそれをテレビ実況席から見守る。

元子&武藤・全日本vs馬場・全日本

 明日は全日本の横浜決戦。雷陣ショックから立ち直った諏訪魔とムタの三冠戦はもちろん、私は土方に丸藤が挑戦する世界ジュニア・ヘビー級戦にも注目している。
「体は細いけど、運動神経もプロレス・センスもいい奴がいるんだよ。今度デビューさせるけど、きっと驚くぞ」と、馬場さんに丸藤について聞かされたのは、全日本プロレスの東京ドーム進出2日後の98年5月3日、キャピトル東急ホテルのコーヒー・ラウンジだった。この日の夕方、馬場さんはハワイに出発したが、その前に無理を言って時間を取ってもらい、インタビューした時のことだ。ちなみにこのインタビューは週刊ゴングにおいて馬場さんの最後のインタビューになってしまった。
 98年は3月に森嶋、橋が相次いでデビュー。丸藤がデビューしたのは、馬場さんから聞かされた3ヵ月半後の8月28日。確かに丸藤は天才だった。デビューしてすぐに大先輩の大森を翻弄して、それを見ていた秋山が苦笑していたのを記憶している。もうあれから10年だと思うと、月日が経つのは本当に早い。
 丸藤はしっかりとした考えの持ち主。
「よくヘビー級は体がデカくて頑丈だってイメージがありますけど、本当に頑丈なのは、僕らジュニアの人間じゃないかなって普段から思っているんですよね。ヘビー級の攻撃を耐えて耐えて、それでもなお試合をしているわけだから。変な話、小橋さんが鉄人と言われているけれども“本当の鉄人は俺らじゃねぇか!?”みたいな(笑)。それくらいホントにやられればやられるほど、攻撃に対する受けとかにドンドン自信が付いていったと思うんで」
「僕らの世代、みんなでしっかり考えてやらないと、好きなプロレスで食っていけなくなっちゃうと思うんですよ。だから今のトップがガタガタにならないうちに俺らの世代でキッチリと倒しておかないと」
 以上の2つが何度かの取材でもっとも印象に残っている言葉だ。
 一方、王者の土方と初めて話をしたのは、00年の全日本分裂騒動後の7月にバトラーツから元子・全日本に参戦してきた時だ。土方は天龍ファンだった。セコンドに付いて天龍や川田の世話を嬉しそうにやっていたのが印象的だった。
「僕は天龍さんに憧れてプロレスラーを志したんですよ。SWS時代も後楽園ホールでよく観てました!」と挨拶されたのを憶えている。
 土方の場合、ジュニア戦士と言っても飛ぶわけではなく、打撃とサブミッションを主体とした地味なスタイルだったから遠回りをした。元子・全日本時代はジュニア戦士というよりも川田のパートナーというイメージが強かった。現状打破のためにマスクマンの歳三に変身したこともあった。
 4月にシルバー・キングを破って世界ジュニア王者になったが、その後も、三冠王者の諏訪魔と同じように挑戦の連続だった。全日本ジュニアの代名詞カズ・ハヤシ、新日本ジュニアで一時代を築いたエル・サムライ、ジュニア・リーグ戦に優勝した全日本ジュニア新時代の旗頭KAIを相手に防衛を重ねてきたのだ。そして今度はノアのベルトを制覇した丸藤。これを乗り越えたら誰にも文句を言われない世界ジュニア王者になる。
 ジャイアント馬場を知らない王者・土方とジャイアント馬場最後の直弟子を自認する挑戦者・丸藤。8・31両国の諏訪魔vs太陽ケアは武藤・全日本vs馬場・全日本と呼ばれたが、今回の世界ジュニア戦は元子&武藤・全日本vs馬場・全日本と言ってもいいのではないか。
 埼玉栄高校の先輩(土方)・後輩(丸藤)が、全日本とノアにどんな局面を生み出すが注目である。

60億分の1の男

 ちょっと話題は古くなるが、22日の月曜日からサムライTV『S-ARENA』のスタジオがお引越し。それまでの麻布十番のスタジオは狭くて、それこそタイガー・ジェット・シンが暴れようものならパニック状態に陥っていたが、新しい新橋のスタジオは広い! シンさん、またゲストで来る機会があったら思いっきり暴れてくださいと言いたくなるぐらい広い。そして、照明やら何やらオシャレ。ホテルのラウンジのような雰囲気で、ついついワインかカクテルでも飲みながら喋りたくなってしまう感じなのだ。
 ちょっとワクワクした気持ちで新スタジオへ行くと「ああ、小佐野さん、急な話なんですけどエミリヤーエンコ・ヒョードルが今日のゲストなので」とスタッフ。急に聞かされても心の準備が…。
 で、ヒョードルがスタジオに入って来たのは放送5分前。打ち合わせをする時間がなかったが、ヒョードルは冷静沈着。常に笑みをたたえ、物腰も柔らかく、まったく慌てることがない。それは放送がスタートしてからも変わらなかった。さすが“60億分の1の男”…まったく心が乱れないのだ。
 でも、世界の頂点に立つプレッシャーは凄いだろうし、人は上を目指している時には頑張れるものだが、トップに立ってそれをキープするのは並大抵じゃないはず。「どうやって気分転換しているのですか?」と聞いたら「神のご加護と日々の鍛練」という言葉が返ってきた。そうか、彼は気分転換の必要がないのか。考えてみれば、常に平常心、不動心。きっと試合においても心が波立つことなく、平穏な心のまま、相手を倒してしまうのだろう。これじゃあ、誰も勝てない。まるで仙人のような人だ。
 あと気づいたのが、耳がわいていないこと。柔道、サンボをやりながらカリフラワーになっていないのだ。これって一体…。
 世界最強の男は不思議なオーラを持っていた。別に威圧感を漂わすわけでもないし、むしろ温厚。それでいて、何か触れられないムードを持っているのだ。47歳になってもバタバタしている私は自分自身を振り返った時に、31歳にしてブレない強靭な精神を持つヒョードルに秒殺されてしまったような気分に陥ったのであった。

武藤敬司の挑戦

 今夜、博多スターレーンでの試合を終えると、武藤敬司はシリーズを抜け出し、明日の新日本・神戸ワールドに乗り込んでIWGP王者として真壁刀義の挑戦を受ける。そして、その1週間後の9・28横浜ではグレート・ムタとして諏訪魔の三冠王座に挑戦だ。そんな過酷なスケジュールに挑む武藤と雑談したのは9・13後楽園のシリーズ開幕戦の開場前。武藤はその場で思ったことを無防備に口にしてくれるから面白い。
「ハード・スケジュール? WCWにいた頃は年間300試合以上やってたもんな。TV録りの時なんて、いちいちペイントやり直して7~8試合やらなきゃいけないし、普通でも何百キロもドライブして、リック・フレアーと連日60分やってたんだぜ。まあ、20年も前の話だけど(苦笑)」
「作戦? ねぇよ。だいたいアメリカだったらさあ、リングに上がって初めて対戦相手を知るなんてことがしょっちゅうだったんだから。リングで肌を合わせたところで、自分の経験とか感性で、試合をしながら作戦を立てていくっていうのが俺のスタイルだよ。要はいかに自分で試合という舞台の主人公になりきれるかだよな」
「真壁戦は、あんまり理不尽だったら試合の途中で撤退して帰ってきちゃうぜ。レフェリーにちゃんとしてもらいたいよな。すぐ帰れるようにリングサイドにバッグ置いておこうか? ああ、帰りのチケットも買っておこうかな。新幹線の最終に間に合うかな? GBHだっけ? あいつら、束になってかかってくるんでしょ? でも、俺をナメちゃ駄目だよ。だって俺、ダラスでスーパー・ブラック・ニンジャやってた時に1対4…しかもタッグ形式じゃなくて、同時に4人と戦う試合をやってんだから。そういうノウハウはあるよ」
「俺には引き出しがいっぱいあるよ、悪いけど。でも、年齢も体も昔と違うっていうのも確かなんだよ。首、肩、腰、膝…この10年間、コンディションがいいことなんてねぇもん。できなくなった技も多いしね。正直、今、俺がやっていることは、俺自身への挑戦なんだよな」
 ポンポンと口から出てくる言葉は、実はどれも重い。自信たっぷりな言葉の裏には、自分を冷静に見つめる武藤敬司がいる。天才児、リビング・レジェンドと呼ばれる武藤だが、46歳になろうという今もなお、自分をより高いステージに上げようとチャレンジしているのだ。
 真壁戦、諏訪魔戦で新たな“名作”が生まれるか注目したい。

諏訪魔について

 9・13後楽園ホールで雷陣が強度の脳震盪を起こした“事故”について諏訪魔を非難する声が多い。これは当然である。普通の試合展開の中でのアクシデントではなく、鈍い音のヘッドバットから痛烈な張り手、崩れ落ちた雷陣の頭を蹴り上げ、さらに踏みつけるという尋常ではないファイトの上でのことなのだ。
 私が“事故”と書いたら「あれは事故ではない。悪意だ」という書き込みがあった。そう思う人がいても、これまた当然だろう。だが、私は諏訪魔には悪意もなかったし、あれはあくまでも諏訪魔の未熟さが生んだ事故だと思っている。
 諏訪魔は「プロレスのあり方」を真剣に考えている男。今の主流であるハイスパート・レスリングに疑問を持って“強いプロレス”とは何かを模索している。だが、残念ながら3年半のキャリアでは理想に力量が追いついていない。古き良き時代のオールド・スクールを体感した西村との初防衛戦、酷評されたケアとの60分時間切れも諏訪魔にとっては勉強であり、挑戦だった。だが、残念ながらファンを満足させられなかった。それは諏訪魔自身が一番わかっているし、反省している。
 雷陣に見せた潰しのような喧嘩ファイトは6・10後楽園での征矢戦でもやっている。あの時は征矢が顔を腫らし、鼻血を噴き出しながらも反撃して、結果、征矢の株が上がった。おそらく諏訪魔は雷陣戦でもそんな戦いがやりたかったのだろう。
同期の雷陣の壮行試合。諏訪魔と雷陣の間には「普通とは違うゴツゴツした試合をやろう」という共通の意識があったと思う。そして諏訪魔には「雷陣だったら、このくらいやっても大丈夫だ」という思いがあったはず。もしあそこで雷陣が反撃に転じていたら試合はヒートアップしていただろう。だが、雷陣の状態を見誤った。また、ゴツゴツした戦いだとしても、やってはいけない攻撃はある。それによって事故が起こったのだから諏訪魔はやはり未熟だったし、非難されて当然なのだ。
 それでも悪意や故意と思われたら、あまりにもかわいそうだ。諏訪魔は一緒に救急車に乗って病院に付き添い、首を固定されて寝ている雷陣を見て号泣したのである。
 そして一昨日は和歌山、昨日は下関で試合に出場した諏訪魔は苦悩している。実際に観たわけではないが、取材に行っている人間に聞くと、和歌山では諏訪魔の張り手でMAZADAが前のめりにダウン。そこから諏訪魔のファイトは一気に精彩を欠いたというし、昨日の試合も攻めに出られなかったという。諏訪魔は雷陣に後遺症が残った場合には廃業も決意しているようだし、不甲斐ない試合の連続に三冠王座返上も考えているようだ。
 そんな諏訪魔を見て、鈴木みのるは「ビビッてんならリングに上がってくんな。おどおどした奴がチャンピオンじゃ、みんなが迷惑なんだよ。雷陣を潰した罪悪感か!? レスラーとして生きていく価値ねぇよ!」と厳しい言葉を浴びせているようだが、これもみのる流のエールと受け取りたい。
 私は、ナチュラルな強さを持ち、高い志を持つ諏訪魔は未来の日本マット界のエースだと信じている。今回の事故を乗り越えて、一人前のプロレスラーに、強いチャンピオンになることを切に願う。そして雷陣が元気な姿でリングに戻ってくることを祈っている。

ようやく年中に…

 今日は9月16日。そうか、4年前の今日、私は出版健保にいって健康保険への個人加入の手続きをしたり、失業の届を出したりと忙しかったんだっけ。私は2004年9月15日付でアルバイト時代から数えたら24年6ヵ月もお世話になった日本スポーツ出版社に別れを告げたのだ。
 その瞬間から私は単なる失業者となって社会的信用はゼロになった。何しろレンタル・ビデオ屋の会員になるのも一苦労。申込書の職業欄には迷った挙句に自営業と書き、運転免許証も持っていないから身分証明にパスポート、公共料金の領収書を持っていかなきゃいけない。以前、天龍さんが「相撲を辞めたら、ただの丁髷をつけたでっかいアンチャンになっちゃった」と言っていたが、それが実感としてわかった。
 会社に守られない、安定した収入が保証されないフリーとしての現実を生きている今から振り返ると、退職するなんて、本当に無謀なことをしたものだと思う。あの時は次の道を考えていなかったし、その直前まで傾く日本スポーツをどうにかしようということに専念していたからバイト原稿の依頼ははすべて断っていた。そんな暇などなかったのだ。だから人脈もなかった。会社の売買に関するゴタゴタと人間関係に嫌気がさし、新体制の組織に入りたくなかったという気持ちだけで辞めてしまった。よくもまあ、妻が私の決断を支持してくれたと思う。
 最初の2ヵ月半は何も考えずにハワイや韓国に旅行に行って疲れた心を癒した。12月になって天龍さんがノアに上がることになり、その記事を書くために週刊ゴングにフリーという形で再び加わることになった。会社の経営にも本の方針にも一切かかわらない完全なフリー…それがとりあえずの私の選択だった。
 今振り返ると2005年は悪くない年だったと思うが、当時の私は気負っていたし、必死だった。前述したように人脈がなかったから、フリーとはいっても収入のほとんどが週刊ゴングの原稿料。とにかく仕事の幅を広げることを目標にしていた。収入全体からいかに週刊ゴングの原稿料の占める割合を減らすかがフリーとしてのリスク回避の手段だったからだ。
 2006年は順調だったものの、9月から日本スポーツ出版社の原稿料の振り込みが遅れ始め、07年3月に休刊。正直な話、06年暮れから「いずれ原稿料が払われなくなるだろうな」と思ってはいたが、頑張っている木幡クンや清水さんを見ていたから、オファーのある仕事はすべて受けた。結局、3月に休刊となり、実際に2ヵ月半分の原稿料はまだ回収できないままだ。
 07年は激動だった。主たる収入源の週刊ゴングが休刊になり、しかも事実上2ヵ月半はただ働き。9月の私の誕生日(5日)にGスピリッツが創刊されたのは、何か運命のような気がした。
 そして今年は…まだ途中なので振り返るのはやめよう。ただGスピリッツが不定期刊になっても、こうしてちゃんと活動ができ、生活ができていることに感謝している。この4年間、多くの人に支えられ、また自分でも努力してきたつもりだ。ここしばらくは朝8時からパソコンに向かうという日々が続いているが、それも幸せなこと。どんなに仕事をしたくても、仕事がなければどうしようもないのだから。
 順風満帆だったのか、波乱万丈だったのかはわからないが、どうにかこうにかフリーとして丸4年。人の成長に例えれば、やっと幼稚園の年中さんになったところ。これから年長さん、小学生、中学生、高校生、大学生、成人式…焦らず、じっくり、丁寧に、真面目にフリーとしての道を歩んでいきたいと思う。

ROH大会

 昨日はディファ有明のROH興行へ。私は元々、アメプロ好き。まだアメリカが憧れの遠い国だった1981年夏、19歳の私はなけなしの80万円を持って3週間のアメプロ観戦旅行を敢行した。そうした経験があるだけに、こうした直輸入大会にワクワクしながら足を運ぶファンの気持ちがわかるような気がする。
 試合開始は午後4時だが、3時40分からダークマッチとして鼓太郎&平柳vs裕次郎&内藤哲也のNO LIMITのノアvs新日本ジュニア対抗戦。GHCジュニア・タッグを狙うNO LIMITにとっては重要な一戦だ。だが、シチュエーションがよくなかった。これが純粋なノアの会場だったら対抗戦ムードが盛り上がっただろうが、ROHを楽しみにきたファンが多いから、どうもしっくりこない。リングがROH、アナウンスも英語だから対抗戦の殺伐とした雰囲気にならないのだ。NO LIMITが勝利したものの、内藤は「今日、俺らに求められていたのは結果とインパクト。結果は出せたけど、インパクトの面では駄目でしたね。悔しいです」と唇を噛んだ。でも、そう反省できる内藤の感性は好感が持てる。9・27大阪でのGHCジュニア・タッグ挑戦が正式決定しただけに、本番での本領発揮に期待したい。また、今回のダークマッチではNO LIMITに試合を引っ張られない平柳の我の強さが光っていたことも書いておきたい。
 さて、肝心のROHだが、期待していたタイラー・ブラックは一発芸…ひとつひとつの技は斬新だが、組み立てができずに単発に終わるから、観客のテンションが持続しない。まだまだ素質と運動神経で戦っているだけという感じで、発展途上の選手だった。
 ノア・マットではクリーンなイメージのあるエディ・エドワーズ、デイビー・リチャーズが悪徳マネージャーのスウィーニーを引き連れてヒールとしてファイトしていたのは新鮮。エディと戦った宮本和志は05年のアメリカ時代以来のROHマットとのことだったが、さすがにグレート・カズシとしてテキサスのインディー・シーンでトップを取っていただけあって、アメプロにマッチ。普段の宮本とは違う一面が見れた。またリチャーズと組んだことで森嶋はヒールに。GHC王座を健介に奪われてから初めての試合だったが、いい気分転換になったのではないか。
 その他、ドラゴンゲートに来日経験があるエル・ジェネリコと石森も好試合。石森は「ドイツでやった時の方がいい試合ができた。今日はミスが多かった」と悔やんでいたものの、お互いに持ち味が出ていたと思う。ノアに参戦してから一時期は飛び技を封印してグランド中心に試合を組み立てていくファイトを心がけていた石森は、本当に巧くなった。まぎれもなくノア・ジュニアの中心選手である。
 金丸にブライアン・ダニエルソンが挑戦したGHCジュニア戦は職人対決。派手な技を駆使する選手が多いROHにあって、ブライアンは試合を緻密に組み立てて、いいタイミングで大技を繰り出す名選手。腕や首を取っての試合運びも観る者を飽きさせないバリエーションと説得力を持っている。最後、粘る金丸をキャトル・ミューティレーションで仕留めるまでの流れも見事だった。新王者となったブライアンには9月20日、フィラデルフィアで中嶋勝彦が挑戦することが決定。米マット・デビューになる勝彦に期待したいところだ。
 ドリーム・タッグマッチとして組まれた丸藤&中嶋vsKENTA&飯伏は、盛り上がりに欠けていた会場を一気にヒートアップさせた。この4人が絡んで面白くならないわけがないのだ。ROHに対して日本のレベルを見せつけようという試合は30分時間切れとなり、5分延長でも決着つかず。期せずして“ニッポンコール”が発生した。この試合をROHの選手、関係者がどう見たか?
 セミでは新GHCヘビー級王者・佐々木健介がロデリック・ストロングと対戦。さすがに健介はやりにくそうで、いたずらにスタミナをロスしているようにも見えたが、慎重になるのもROH登場がすでに現地でアナウンスされているからこそ。佐々木健介というひとりのレスラーとして、ノアのチャンピオンとしての重責を担っているのである。最後は「ドッカーン!」とノーザンライト・ボム。GHCのベルト、そしてROHも含めた今後の戦いは健介の幅を広げてくれることだろう。
 メインはナイジェル・マッギネスにジミー・ジェイコブスが挑戦したROH世界戦。ジェイコブスは小悪党タイプで巧さがあるが、日本的にはウケない選手。このあたりのアメリカと日本の感覚の違いが難しい。ROHとすれば、日本向けにアレンジして上陸しても意味がないわけで、あくまでも本国流を押し通した。それは正解だったと思う。
 交わる部分もあれば、交わらない部分も当然ある日本のプロレスとROH。だが、こうした異文化交流は共に参考になるだろうし、融合する部分もあるはず。今回が2度目の上陸だったわけだが、粘り強く継続していくことが重要だろう。

昨日の事故について

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 このブログをご覧になっている方はご存知だろうが、昨日の全日本プロレス『FLASHING TOUR2008』開幕戦の後楽園ホールでアクシデントが起こった。諏訪魔vs雷陣の試合中、雷陣が意識不明に陥ったのだ。
 私はGAORA全日本中継の解説者としてリングサイドに陣取り、モニターも見ていたから、ダウンした雷陣が蹴りを食った瞬間に「ヤバイ!」と感じた。私はいつもリング上の異変に敏感になっている。変な落ち方や、捻り方をすると、いつも「あっ!」と声が出てしまう。それは何度もアクシデントを見てきているから。扉の前で手を合わせてガタガタ震えている女子レスラーが、テーマ曲が鳴るやドアを開けて満面の笑顔で入場していく姿、大舞台の前に緊張のあまり控室で吐いているレスラー、足首にヒビが入っていながら「相手が気を使って攻められないと悪いから…」と試合直前に病院に行って痛み止めの注射を打つレスラーなどを見てきているからである。それだけプロレスラーとは過酷な仕事だし、一歩間違えれば命を落とす危険な職業なのだ。だから私はプロレスラーをリスペクトしている。
 幸い雷陣は大事に至らなかったようで、意識も戻り、会話もできる状態のようだ。本当によかった。
 ただ、今回の事故によって選手の安全管理を考える時期に来ていると思う。今のプロレスは頭から落とすこと、受け身が取れないような技も当たり前になっているが、だからこそレスラーの技量が問われる。基本は相手に怪我をさせないこと、自分が怪我をしないこと。どんなに凄い試合をしたとしても、それで大惨事が起きたら観客に見せるプロ・スポーツとは言えないし、見る側だって引いてしまうだろう。戦いにおいて怪我をさせない、怪我をしないということは矛盾しているかもしれないが、プロレスはルールが曖昧だからこそ、相手の力量と自分の力量を推し量れる技術が要求されるし、それを見極めるレフェリーの責任も重大だ。
 今回のアクシデントでは、諏訪魔は「雷陣だったら、これくらいやっても大丈夫だ」という気持ちがあったのだろう。だが、やり過ぎだったのは否めない。きっと諏訪魔は自分の未熟さを責めているはずだ。そして雷陣にしても諏訪魔に対して「怪我をしてすまなかった」という気持ちを持っているだろう。共にこれを乗り越えてほしいと切に願う。
 さて、このアクシデントで試合が中断され、10分の休憩の後にメインが行われたが、ここに出場した選手たちの態度、ファイトは立派だった。やや暗いムードになっている中、先に入場してきた鈴木みのるは「こうだろ!」と手拍子を観客に要求して空気をガラリと変えたし、全日本正規軍では、普段はおとなしい印象が強い真田が鼻血を出しながらも闘志溢れるファイトで頑張った。10選手からは「アクシデントを乗り越えてやる!」という気概を感じられた。
 結果、GURENTAIは全日本正規軍に勝利。掲載している写真(神谷繁美カメラマン撮影)は、試合後に鈴木みのるが「俺たちが主役だと放送で言え! 俺たちを褒めてみろ!」と放送席の私と鍵野アナに詰め寄っているカット。きっと、会場の空気だけでなくTV中継においても諏訪魔vs雷陣を完全にかき消して、自分たちのインパクトで染めてやろうと思ったのだろう。
 試合後に鈴木みのるの「俺たちのメインの前にミソつけた奴がいただろ? 体を鍛えてねぇのが悪いんだ。どいつもこいつもよぉ!」という乱暴な発言もあったが、これは雷陣と諏訪魔への先輩レスラーとしてのいろいろな意味を含んだ言葉だと私は解釈している。