Gスピリッツ第8号のDVD

 今週は夏バテか、体調不良でダウン。週末になってようやく調子が上向いてきたので、今日は後楽園ホールのドラゴンゲートに行こうと思う。
 ということで、ダイアリーに書く材料はあまりないので、PRをかねて今日は8月20日に発売されるGスピリッツ第8号のDVDについて。
 DVD製作には関わっていないので、私も観るのは本が完成してからということになる。で、今回はみちのく特集。それも東京初のビッグマッチとなった94年4月29日の大田区体育館大会と、同年10月30日の岩手におけるサスケVS大仁田のノーロープ有刺鉄線電流地雷爆破ダブルヘル時限爆弾デスマッチ(当時の大仁田は、これでもかというぐらい様々な要素をトッピングしたデスマッチ名が好きだった)というから、これは私も純粋に観たい!
 時代背景としては、93年3月の旗揚げから約1年の頃。東北6県を対象にスタートしたみちのくプロレスは、東京のファンにとって多くの想像をかきたてる魅力的な団体だった。「東北でしか観られない」となれば、観たくなるのが人情というもの。そんな東京のファンの期待に応えて94年2月に後楽園ホールに初進出、4月16日の両国国技館における『第1回スーパーJカップ』では“東北の英雄”となったサスケが準優勝(優勝はワイルド・ペガサス=クリス・ベノワ)、またTAKAみちのくの宇宙人プランチャは、新日本の現場監督の長州力も「人間がやることかよ!」と驚いたほどのインパクトを残し、みちのくは一躍注目の団体となった。
 大田区大会はみちのくの名前を世に広めた『第1回スーパーJカップ』の13日後に行われたビッグマッチ。今回のDVDに収録されているサスケVS新崎人生はそのメインだ。当時の人生はデルフィン軍団に所属するルード。手を合わせてのケブラーダ…オガミラーダを爆発させる。人生はその後、5月のWWFマニア・ツアー参加を経て、ハクシー(白使)としてWWF入り。メジャーリーガーになるのだ。
 そして同じく収録されている大仁田VSサスケのデスマッチは伝説の一戦。サスケが背中、臀部、右の肩甲骨を裂傷して救急車で運ばれるという壮絶な試合である。同じく収録されているSATO、テリー・ボーイ、獅龍の平成海援隊(海援隊DXの前身)と人生、TAKA、浪花も興味深い試合。当時のみちのくの中心はサスケ率いる正規軍とルードのデルフィン軍団の抗争だったが、そうした現状に満足していなかったSATO(ディック東郷)、テリー・ボーイ(MEN’Sテイオー)、獅龍が平成海援隊を結成したのはこの年の8月のことだった。若々しい海援隊のファイトは注目に値する。
 どう? 観たくなりました? 8月20日の発売日をお忘れなく!

復活!JBエンジェルス

 3日前の話になってしまうが、3日昼の後楽園ホールで行われたデイリースポーツ創刊60周年記念大会『サマー・ドリーム2008』のことを書かないわけにはいかない。あの伝説のタッグチーム、山崎五紀と立野記代のJBエンジェルスが復活、井上京子&井上貴子のW井上と10分1本勝負ながら激突したのだ。
 JBエンジェルスは女子プロ初のメジャー・リーガー。87年6月に渡米してWWFを6週間サーキット、40試合に出場したが、当時のアメリカの女子プロにはJBのような立体的なファイトをする選手がいなかったために人気爆発、夏のタッグ・リーグ出場のために一度帰国後、同年10月に再びWWFのサーキットに入って11月26日のオハイオ州クリーブランドにおけるビッグショー『サバイバー・シリーズ』のウーマンズ・サバイバー・シリーズにベルベット・マッキンタイヤー、ロックン・ロビンと共にファビュラス・ムーラ軍として参加、シェリー・マーテル、グラマー・ガールズ(レイ・ラニ・カイ&ジュディ・マーチン)、ドン・マリー、ドナ・クリスチャネロ組と対戦して、立野がマーチンをフォールする快挙をやってのけた。この一戦でJBはWWF女子のトップに躍り出たのである。そして翌88年1月5日にはカナダ・オンタリオ州ハミルトンでグラマー・ガールズを破ってWWF世界女子タッグ王座を奪取。しかも135日間もベルトを守ったのだから凄い。
 その当時、私は週刊ゴングの全日本プロレス担当記者で、しかも天龍同盟全盛時代だったから、そちらの取材で精一杯。JBのファイトはテレビでチラッと観た程度だった。
 後年になって記代、五紀と仲良くなり、「あのホーガンが“君たちのおかげで今日も客がヒートしたよ”と握手してくれたの」「WWFのアイスクリームのコマーシャルに出たよ」「上に行くにつれてギャラがドンドン上がって、選手や関係者がリスペクトしてくれて。これがプロレス・ビジネスなんだと思った」などの話を聞き、ちゃんと観ておけばよかったとつくづく思ったものだ。
 それだけに今回は特別のチャンス。しかも本来であれば活躍した時期が違うために絶対にあり得ないW井上との対戦。これは観ないわけにはいかない。私と同じ思いだったのか、アメプロの第一人者である斎藤文彦氏も会場に顔を見せ、並んで観戦となった。
 試合は、実際にはエキジビション的なものになってしまったが、五紀のブランクを感じさせない正面飛びドロップキック、ミサイルキック、今の選手はほとんど使わない形のフライング・ヘッドシザースを見ることができただけでもOK! 3児の母になったにもかかわらず、お腹を露出する水着を着るプロ意識には脱帽。これは自信がなければできない。そして現役時代と変わらぬ凛としたオーラがあった。
「家の近くにリングがないんで、ジムで有酸素運動をやっていました。子供を3人も産んでいるから2キロしか落ちなかったけど(苦笑)。オファーを受けた以上はプロに戻ったわけだからプロに徹しましたけど、本当にこの夏で終わり。好きだけでできる時代じゃないので」と五紀。WWF時代に培われたプロフェッショナル意識を今も持ち続けているのだ。
 

将斗の引き出し

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 昨日のサムライTV『S-ARENA』には、火祭り3連覇を成し遂げた田中将斗がゲストとして来てくれた。番組では元気一杯だったものの、実は体はボロボロ。真壁との優勝戦でエプロンから場外の机にアバランシュ・ホールドで叩きつけられた際に腰をフロアに強打。一夜明けたら歩くのもままならない状態になっていたらしい。
 話していて感じたのは、3連覇のバックボーンになったのは経験、引き出しの多さだったということ。Bブロックの優勝戦進出者決定戦は中西、大森との3WAYマッチだったが、中西と大森が3WAYマッチの戦い方を知らなかったのに対して、将斗はECWなどで体験済み。優勝戦の真壁戦はハードコアマッチの様相を呈したが、これは完全に将斗のフィールドだった。
 FMWでのデスマッチ、エンターテインメント路線、ECWでのハードコア、王道に触れた全日本参戦時代…田中将斗は15年のキャリアの中で様々な経験をし、自分の引き出しにいろんなものを詰め込んできた。それが今、開花しているのだ。
 体はボロボロでも休みはなし。明日は後楽園ホールでXWF旗揚げ戦に出場する。XWFでは金村キンタロー、黒田哲広とインディペンデント・ハードコア・ブラザースなるユニットを結成する田中将斗。その引き出しにはまだまだ詰め込むものがあるようだ。

チャレンジし続ける常勝チャンピオン

 かつて「常勝チャンピオンはいない」と言ったのは前田日明である。紙一重の勝負の世界で常に勝つ人間がいるわけがないということだ。
 だが、常勝チャンピオンはひとつの理想でもある。頂点がコロコロと変わったら戦いの軸がブレるし、価値観も生まれない。日本のプロレス界は力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木といった常勝チャンピオン、絶対エースの存在によって繁栄してきたのだ。
 そんな絶対的な存在が不在な昨今、田中将斗が火祭り3連覇をやってのけたのは偉業と言っていいのでないか。昨年5月27日の後楽園ホールにおける復帰戦では佐々木義人に敗れたものの、以後は火祭り優勝、天下一ジュニア優勝を成し遂げ、ゼロワンMAXを引っ張ってきた。昨年7月3日に大分で大谷と組んで高山善廣&佐藤耕平と戦って耕平に敗れた後は、今回の火祭りの8・2岐阜における大森との公式戦までフォールを許していないのだから凄い。チャンピオンは、エースは、大一番だけ勝てばいいというものではない。常に強い存在でなければならないのである。
 田中を支えているのは貪欲さ、モチベーションの高さ。昨日、3連覇を果たした後、こう言っていた。
「火祭りは年々グレードアップしているから優勝するのは難しくなっている。でも、こうして刀(火祭り刀)を持ったんだから、また1年、ゼロワンMAXを引っ張っていく。何かハッパかけられてんのかもしれんね。大森は公式戦で俺に勝ったんだから、責任は大きいはず。ここから何を見せてくれるのか? あと、火祭りに出たメンバー…パートナーの大谷、真壁、中西…G1で頑張ってこいよと言いたい。火祭りに出たメンバーの気持ちを背負って出てほしい。もし、火祭りのメンバーが優勝したら、火祭り覇者の俺は戦いを挑むよ!」
 田中将斗は地位に胡坐をかいているチャンピオンでない。常に新たな材料、テーマを見つけ出し、それに向かってチャレンジするチャンピオンなのだ。

汐留街頭プロレス

 日本テレビが新橋駅前に設置した街頭テレビに人々が殺到、力道山の空手チョップに熱狂したのは54年前の1954年のこと。それを再現しようと、汐留日テレタワーB2ゼロスタ広場でノアが街頭プロレスをスタートさせたのは昨年だ。今年は昨日、1300人の観客を集めて行われた。入場無料で客席はなくオールスタンディング。普段はプロレスに興味がない人も惹きつけることができる企画である。
 第1試合では太田一平と対戦したデイビー・リチャーズがうまく客を煽り、第2試合の石森太二VS平柳玄藩は、石森の空中殺法、平柳の悪党殺法が交錯して大いに盛り上がった。
 そしてメインは、昨年はテレビで街頭プロレスを観ていた小橋建太が伊藤旭彦を従えて秋山準&青木篤志と激突。最後は青木が伊藤をアサルト・ポイントで押さえたが、小橋はチョップをフル回転、試合は実に27分46秒の長期戦となった。
 小橋は試合後にアナウンサーの「また、こういう機会があったら、出場してもらえますか?」という問いに「来年(リングに)立ちます!」と力強く宣言。小橋が置かれている状況を考えれば、この言葉は重い。
 7月23日のCT検査で癌の転移なしという診断結果が出ただけに小橋は前向き。8・23後楽園のツアー開幕前には8・14仙台、8・15皆瀬村がある。
「コンディションを良くするには練習しかないからね!」と、休日なしで突っ走る覚悟だ。そろそろツアー全戦参加も見えてきた小橋の夏は暑く、熱い!