海野ちゃん、よかったね!

 昨日の『レッドシューズ海野 レフェリー20周年特別興行』は破天荒で、本当に楽しい大会だった。
 サムライTVの放送席に陣取ったのは、全日本プロレスで海野レフェリーと84年同期の若林健治アナと私。加えてゲスト解説が海野レフェリーの飲み友達の西村。実況&解説が新日本の大会初体験の全日本系・若林アナ&私、ゲストが独自の理論を展開する西村だからこの時点で無茶している。よくもまあ、新日本サイドからOKが出たものだと感心してしまう。
 試合は参加した選手が海野レフェリーを祝うために全員が全力でファイトしてくれた。第1試合の井上&田口VSミラノ&稔からノンストップの戦い。クラシックなレスリングを愛する西村は久々にナマで観る古巣の試合にカルチャーショックを感じていたようだ。だが、この日は記念大会。どの試合も普段とはまた違うお祭り騒ぎという感じで、それをお客さんも楽しんでいたと思う。
 新日本勢だけでなく、元WAR営業部員のドン・フジイ、当時は武輝道場所属ながらWARで成長し、WARのインタージュニア王者として活躍した望月成晃のドラゴンゲート勢が参加。06年7月27日の『WARファイナル』で解散した平成維震軍の一夜限りの復活、天龍源一郎の3年8ヵ月ぶりの新日本登場など、海野レフェリーの人脈でお楽しみがいっぱい。GBHのセコンドとしてグレート・カブキが出現し、天龍とカブキのチョップVSアッパーの攻防が十数年ぶりに見られたのは嬉しかった。
 25年ぶりに新日本マットに上がり、4代目タイガーと師弟コンビを結成した初代タイガーの緩急ある動きは素晴らしかったし、その対戦相手となった邪道&外道がかつてのテーマ曲で入場、冬木軍時代のコスチュームを着用していたのもジーンときた。冬木軍はWARにとってなくてはならない存在だった。邪道&外道は海野レフェリーのお祝いに冬木さんも連れてきてくれたのだ。
 そしてメインは新日本の現在進行形の棚橋&中邑VS後藤&内藤。このカードを敢えてメインに持ってくるところが、現在は新日本の審判部長の要職を担う海野レフェリーらしい。試合の途中で意識が飛びながらも最後まで戦い、ランドスライドに轟沈したものの、腕十字は極めさせなかった内藤の健闘は素晴らしいものだった。
 試合後のセレモニーでは会場のスクリーンにノアの仲田龍統括本部長のビデオレターが映し出された。海野レフェリーにとって仲田氏は全日本のリング屋時代の先輩なのだ。そして仲田氏が長々と喋っていると「ハイ、終わり、終わり」の声と共に三沢光晴が登場! 仲田氏が座っているイスを押してフェードアウトするというオチがついていた。
 このビデオレターはスタッフが海野レフェリーに内緒で用意していたもの。新日本とノアは現在デリケートな関係にあると思われるが、スタッフがお願いに行くと快くOKしてもらって、しかもノア側でこのビデオを制作してくれたという。政治的な状況はどうあれ、人と人のつながりを大事にするのが龍ちゃん、みっちゃんのいいところ。さりげない登場の仕方もみっちゃんらしかった。海野ちゃん、よかったね。
 昨日のテレビでも「海野レフェリー」と呼び、この文章の中でも「海野レフェリー」と表記しているが、何だか自分的には不自然でいけない。やっぱり私の個人の中では、いつまで経っても「海野ちゃん」なのだ。
 全日本からSWS、WARと天龍さんと行動を共にしてきた海野ちゃん。2000年に天龍さんが全日本に戻った時に「一緒に全日本に来ないか」という誘いを受けながらも翌年に新日本のレフェリーに。ちょっと寂しい思いもあったが、新日本で“ひとり天龍同盟”を貫いて、若い選手に酒を飲ませている姿を見て嬉しかった。気づいたら、WARで過ごした月日と新日本に来てからの時間はほぼ同じに。今では新日本の重鎮でもある。この記念興行を観て、いかに新日本内で人望があり、愛されているのかがわかった。やっぱり新日本に来て正解だったと思う。
 昨日は休憩時間無しで6試合すべてを裁いたが、こういうことができるのもWAR時代に全試合を裁き、当時はリング作りや外人係など裏方のすべてを自分で切り盛りしていたからこそ。その一つの集大成が昨日の大会だと解釈している。
 改めて海野ちゃん…いや、海野宏之さん、レフェリー20周年おめでとうございます。

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