ヨネの意気地

 昨日はジュニア・デー。後楽園ホールの『PREMIUM』はジュニア主体の大会だったし、ディファ有明のノアはジュニアヘビー級タッグリーグ戦の折り返し地点。で、私が選んだのはディファ有明。KENTA&石森vs勝彦&飯伏が観たかったのだ。
 実際、素晴らしい試合だった。KENTAと勝彦の意地の張り合いは相変わらずだし、昨年の最終戦でKENTAにフォールを奪われている飯伏も雪辱とばかりに奮闘。石森は新日本参戦時にタッグを組んでいた勝彦に闘志剥き出し。そして気持ちの部分だけでなく、そこに技術が加わって攻守が激しく入れ替わるのだからスリリングだ。最後は残り試合時間20秒の29分40秒、勝彦が変形原爆固めで石森をフォール。きっちりと勝負をつけて大会のメインを締め括った。
 まあ、詳しいことは週刊プロレスに任せて…今日、本当に書きたいのはモハメドヨネのことだ。ヨネは8・23後楽園の開幕戦で森嶋と組んで健介&起田と対戦、激しい当たりを見せて「健介オフィスの友情ごっこ、仲良しこよしが鼻につくんですよ!」と吐き捨てていたが、昨日の森嶋&平柳と組んでの健介&起田&健斗戦でもキラーぶりを発揮。とにかく「お前らには、いいところを取らせない」というファイトぶりで、最後も健斗の体が折り曲がるような逆片エビ固めで、わずか4分27秒で試合を決めてしまった。
「どこまで曲がるかなと思ったら、あそこまで曲がっちゃいましたよ(笑)。健介ファミリーですか? 生理的に気に食わないんですよ。健介ファミリーとか名乗っているけど、あの人(健介)がトップでいいカッコしたいだけでしょ? 俺もヨソからノアに来て、ようやく今がある。それをいきなり“佐々木健介、ここにあり!”ってやられたら、面白いわけないでしょ。だから俺は、当たった時には怖さを見せつけておかないと。今の状況は一昔前なら対抗戦ですからね。歯向かっていかなかったら、どうするんだってことですよ」
 ちょっとユーモラスで明るいイメージがあるヨネだが、元々はバチバチ集団バトラーツの出身。健介ファミリーの出現によって、本来持っている毒が吐き出されれば面白くなるぞ!

ドラゴンゲート&ゼロワンMAX

 昨日は急用で朝から外出したため、ダイアリーの更新ができなかった。ということで、今日は一昨日のドラゴンゲート後楽園と昨日のゼロワンMAX後楽園についてまとめて書こう。
 まずドラゴンゲート。前回、8・9大会のタッグリーグ開幕戦は超満員の中でリングがぶっ壊れるというアクシデントがありながらも、急造マットで選手たちが熱闘を展開して大きな話題になった。そんなこともあってか一昨日28日の決勝戦も熱気ムンムン。またまた超満員の中で「DGスタイルの可能性は無限大!」と言ってもいい戦いが繰り広げられた。
 決勝トーナメント第1試合のツインゲート王者リョウスカ(齋藤了&横須賀享)vs土井吉(土井成樹&吉野正人)はノンストップの戦い。決勝トーナメント第2試合の鷹龍(鷹木信悟&ドラゴン・キッド)vsYAMAコン(YAMATO&サイバー・コング)はハードヒッティング、続くWORLD-1(B×Bハルク、ニック&マット・ジャクソン)vsリアル・ハザード(Gamma、堀口元気、神田裕之)の6人タッグは善VS悪の昔のアメリカン・プロレスのテイスト。優勝決定戦前の無所属中年組(望月成晃、ドン・フジイ、クネス、スペル・シーサー)vs戸澤塾(新井健一郎、岩佐拓、戸澤アキラ、忍)の8人タッグは男臭さが充満するコテコテの試合。ドラゴンゲートを観ていつも感心するのは同じ色の試合がなく、本当にバラエティに富んでいるということだ。
 優勝決定戦の土井吉vs鷹龍は、土井吉のタッグチームとしての完成度の高さを証明するような試合だった。決勝トーナメント第1試合と打って変わってジックリした試合運び。それでいて要所でのスピードが素晴らしい。緩急のつけ方が実に巧みなのだ。そして、まだまだ雑な面がある鷹木をコントロールし、キッドの返し技に対処した上での2連覇達成。やっぱりドラゴンゲートの頂点に立つタッグチームは土井吉である。なお、優勝賞金200万円は開幕戦で壊れたリングの修理代に充てるという。そう、壊れたリングをアメリカで発注してきたのは土井吉だった。優勝して責任を全うするなんて、本当にいい奴らだ!
 昨日のゼロワンMAX後楽園は、ゼロワンMAXの分岐点になる大会だった。まずは、この日をもって退団する大森隆男率いるアックス軍と田中将斗率いるソード軍の最終決着戦。ゼロワンMAXは今年に入って普段の大会も対抗戦の緊張感を持たせるために選手をソード軍とアックス軍に振り分けたが、新日本との対抗戦が始まると、そのカラーは薄れていった。そして大森の退団によって、この構図が完全に消滅する形だ。
 結果は大森が崔をアックス・ボンバー2連発で沈めてアックス軍が勝利。観客が大森にどんな反応を示すか注目していたが、実に温かい声援が飛んでいたのが印象的だった。試合後には大谷、将斗らが花束を贈呈、円満な形での退団というのが強調された。真面目人間だけに、逆に面白おかしくいじられていた大森。そんな人間性は選手ファン、そしてマスコミから愛されていたのである。
 そして新日本との対抗戦。日高郁人が嫌味な感じでゼロワンMAXではヒール人気を誇る(?)田口隆祐をダンスさせることなく葬ってインター・ジュニア王座を守ったまではよかったが、メインでは大谷晋二郎が永田裕志に敗れてしまった。
「ゼロワンMAX、敗れたり! プロレスラーにプロレスの教科書なんてない。あるのは真実のみ。今の真実はゼロワンMAXの象徴・大谷がこの俺に敗れたということだ」と、永田。流れは永田と田中将斗の一騎打ちになった。
 さあ、今後のゼロワンMAXはどうなる?

8・31両国は放送席も対抗戦!

 夏休み最終日の8月31日は両国国技館で全日本プロレスがビッグマッチ。諏訪魔に太陽ケアが挑戦する三冠ヘビー級選手権、武藤敬司にG1クライマックス覇者・後藤洋央紀が挑戦するIWGPヘビー級選手権の2大メジャー選手権が開催される。
 この模様はスカパーのPPVで生中継されるが、放送席も対抗戦になった。第1試合から第6試合まではGAORAの『ALL JAPAN B-Banquet』と同じく鍵野威史アナウンサーが実況し、解説は私が務めるが、IWGP戦は実況=辻よしなりアナウンサー、解説=東京スポーツの柴田惣一氏、ゲスト解説=山本小鉄さんという、かつてのテレビ朝日の『ワールドプロレス』の布陣で完全に新日本カラーになるのだ。そして三冠戦を担当するのは全日本プロレスの実況で一世を風靡した若林健治アナウンサー、解説は私と渕正信さん。こちらはコテコテの全日本カラーになった。リング上でなく、放送席も新日本と全日本にハッキリ分かれるのである。
 これは私自身も楽しみ! とは言っても、自然体で三冠戦を解説するだけのことだ。今回の三冠戦の意味は深い。表面上は諏訪魔にケアが挑戦するわけだが、実際には四天王プロレス全盛の馬場・全日本、その後の三沢・全日本、元子・全日本、そして現在の武藤・全日本を知るケアにジャイアント馬場もジャンボ鶴田も天龍源一郎も、川田以外の四天王も知らない武藤・全日本育ちの三冠王者・諏訪魔が挑戦する試合だ。ケアはキャリアと経験を口にするが、これだけはどう逆立ちしたって諏訪魔が今すぐ手にできるものではない。この三冠戦は過去の全日本と現在進行形の全日本がぶつかり、そして融合する重要な試合だと私は解釈している。その意義を、試合を通して解説したいというのが今の私の気持ちだ。お楽しみに!

海野ちゃん、よかったね!

 昨日の『レッドシューズ海野 レフェリー20周年特別興行』は破天荒で、本当に楽しい大会だった。
 サムライTVの放送席に陣取ったのは、全日本プロレスで海野レフェリーと84年同期の若林健治アナと私。加えてゲスト解説が海野レフェリーの飲み友達の西村。実況&解説が新日本の大会初体験の全日本系・若林アナ&私、ゲストが独自の理論を展開する西村だからこの時点で無茶している。よくもまあ、新日本サイドからOKが出たものだと感心してしまう。
 試合は参加した選手が海野レフェリーを祝うために全員が全力でファイトしてくれた。第1試合の井上&田口VSミラノ&稔からノンストップの戦い。クラシックなレスリングを愛する西村は久々にナマで観る古巣の試合にカルチャーショックを感じていたようだ。だが、この日は記念大会。どの試合も普段とはまた違うお祭り騒ぎという感じで、それをお客さんも楽しんでいたと思う。
 新日本勢だけでなく、元WAR営業部員のドン・フジイ、当時は武輝道場所属ながらWARで成長し、WARのインタージュニア王者として活躍した望月成晃のドラゴンゲート勢が参加。06年7月27日の『WARファイナル』で解散した平成維震軍の一夜限りの復活、天龍源一郎の3年8ヵ月ぶりの新日本登場など、海野レフェリーの人脈でお楽しみがいっぱい。GBHのセコンドとしてグレート・カブキが出現し、天龍とカブキのチョップVSアッパーの攻防が十数年ぶりに見られたのは嬉しかった。
 25年ぶりに新日本マットに上がり、4代目タイガーと師弟コンビを結成した初代タイガーの緩急ある動きは素晴らしかったし、その対戦相手となった邪道&外道がかつてのテーマ曲で入場、冬木軍時代のコスチュームを着用していたのもジーンときた。冬木軍はWARにとってなくてはならない存在だった。邪道&外道は海野レフェリーのお祝いに冬木さんも連れてきてくれたのだ。
 そしてメインは新日本の現在進行形の棚橋&中邑VS後藤&内藤。このカードを敢えてメインに持ってくるところが、現在は新日本の審判部長の要職を担う海野レフェリーらしい。試合の途中で意識が飛びながらも最後まで戦い、ランドスライドに轟沈したものの、腕十字は極めさせなかった内藤の健闘は素晴らしいものだった。
 試合後のセレモニーでは会場のスクリーンにノアの仲田龍統括本部長のビデオレターが映し出された。海野レフェリーにとって仲田氏は全日本のリング屋時代の先輩なのだ。そして仲田氏が長々と喋っていると「ハイ、終わり、終わり」の声と共に三沢光晴が登場! 仲田氏が座っているイスを押してフェードアウトするというオチがついていた。
 このビデオレターはスタッフが海野レフェリーに内緒で用意していたもの。新日本とノアは現在デリケートな関係にあると思われるが、スタッフがお願いに行くと快くOKしてもらって、しかもノア側でこのビデオを制作してくれたという。政治的な状況はどうあれ、人と人のつながりを大事にするのが龍ちゃん、みっちゃんのいいところ。さりげない登場の仕方もみっちゃんらしかった。海野ちゃん、よかったね。
 昨日のテレビでも「海野レフェリー」と呼び、この文章の中でも「海野レフェリー」と表記しているが、何だか自分的には不自然でいけない。やっぱり私の個人の中では、いつまで経っても「海野ちゃん」なのだ。
 全日本からSWS、WARと天龍さんと行動を共にしてきた海野ちゃん。2000年に天龍さんが全日本に戻った時に「一緒に全日本に来ないか」という誘いを受けながらも翌年に新日本のレフェリーに。ちょっと寂しい思いもあったが、新日本で“ひとり天龍同盟”を貫いて、若い選手に酒を飲ませている姿を見て嬉しかった。気づいたら、WARで過ごした月日と新日本に来てからの時間はほぼ同じに。今では新日本の重鎮でもある。この記念興行を観て、いかに新日本内で人望があり、愛されているのかがわかった。やっぱり新日本に来て正解だったと思う。
 昨日は休憩時間無しで6試合すべてを裁いたが、こういうことができるのもWAR時代に全試合を裁き、当時はリング作りや外人係など裏方のすべてを自分で切り盛りしていたからこそ。その一つの集大成が昨日の大会だと解釈している。
 改めて海野ちゃん…いや、海野宏之さん、レフェリー20周年おめでとうございます。

海野20周年興行で若林アナとタッグ!

 今日8月26日といえば思い出されるのが1979年の日本武道館における『プロレス夢のオールスター戦』。東京スポーツ主催で新日本、全日本、国際の3団体が一堂に会し、馬場と猪木がBIコンビを復活させてブッチャー&シンと戦った、まさに夢の一夜だ。当時、私は高校3年生だった。
 そして29年後の今日は後楽園ホールでレッドシューズ海野レフェリーの20周年記念興行。この大会で私は若林健治アナウンサーと共にサムライTVの放送席に座る。若林アナと一緒に喋るのは3月2日の全日本・両国大会以来。あの時は健介VS小島の三冠戦、ドリー・ファンク・ジュニアの引退試合を一緒に担当した。
 でも、何で“全日本系”の私と若林アナが今日喋るかって? 実は私たち2人と海野レフェリーは全日本プロレス同期生。海野レフェリーが全日本プロレスに入社したのが84年。若林アナが中部日本放送(CBC)を退社して日本テレビに移り、全日本プロレスの実況を始めたのが84年。ゴングが週刊化されて私が初代全日本プロレス担当記者になったのが84年なのだ。今回の実況&解説は海野レフェリーからのリクエストだった。
 全日本系の実況&解説がどう喋るのか? 初回放送は9月3日(水)22時~24時です。お楽しみに!

秋山準に親近感!

 昨日はノアの『第2回日テレ杯争奪ジュニアヘビー級タッグリーグ戦』開幕戦。後楽園ホールに到着するや、秋山準とバッタリ。秋山は東スポで「リキ(力皇)がGHCヘビー級王座を獲れなかったら坊主になるよ!」と言っていたが、その約束を守って高校生以来22年ぶりに坊主頭になっていた。
 おおっ、私と同じ髪型(果たしてこれを髪型と言うのか?)ではないか。私がキャップを脱いで頭を示すと秋山も自分の頭を撫でてニヤリ。正直、最近の秋山の頭は危うい感じになってきていたから、これはお世辞抜きに似合っている。
 私が坊主にしたのは2年前の5月。2週間のハワイ旅行に行く前に髪を切り、坊主だけでは寂しいので髭を伸ばしたのだ。当初は6ミリ。でも、すぐに伸びて中途半端になるから3ミリにし、今年の5月からは思い切って1ミリにした。今、秋山は3ミリにしているそうだが、1ミリにしようよ!
「これは東スポのバツゲームだから」と言う秋山だが、ぜひとも坊主頭をキープしてほしい。これからは坊主の時代なのだ!
 さて、肝心の試合の方は、今ツアー全戦に出場する小橋とメインの6人タッグで激突。思えば、秋山が小橋との“最後の一騎打ち”をアピールしていたのはGHC王者だった2年前の春。小橋が確実に復調しているだけに、そろそろ先送りになっていた一騎打ちを睨んでもいいのではないかと思う。小橋の体調を見極めつつ、秋山が一騎打ちの方向にうまくリードしてくれることを期待したい。

全日本での中邑真輔&後藤洋央紀

 昨日の後楽園ホールにおける全日本プロレス『SUMMER IMPACT2008』開幕戦は8・31両国決戦の前哨戦。大一番を10日後に控えて、どの試合も熱がこもっていた。
 テレビの解説者の立場からすると、最も興味深かったのが武藤敬司&雷陣明VS中邑真輔&後藤洋央紀だ。中邑と後藤は全日本初登場。この2人の試合を喋るのはもちろん、リングサイドからじっくり観るのも初めてのことだった。
 4・27大阪で武藤にIWGP王座を奪われた中邑は難しいポジション。それ以来の武藤との対戦だけに心に期するものがあるはずだが、両国の挑戦者は後藤。ということは後藤をバックアップするのが役目になる。果たして中邑はどういうファイトに出るのか注目していわけだが、これが見事だった。全日本勢の攻撃を受けつつ、いいタイミングで後藤につなぐ。また、受けっ放しではなく、精一杯の攻撃を仕掛けてくる雷陣を巧みにコントロールし、武藤との対戦では低空ドロップキック→ドラゴン・スクリュー→シャイニング・ウィザード→足4の字固めの武藤の得意のパターンを引き出して、それを後藤に見せた上で変幻自在の腕十字で逆襲。最後もランドスライドで雷陣からフォールを奪い、後藤に貢献しながら、きっちりと中邑真輔を見せつけた。
 一方の後藤は1・4東京ドームでグレート・ムタの掌に乗せられて完敗を喫した苦い過去があるが「ムタと武藤は別人。今日が武藤との初対決です!」と、G1覇者のプライドと新日本の看板を背負って気迫のリングイン。私が注目しているのは後藤が持っている独特のリズムと間だ。明らかに他の選手とは違う。ルックスもファイト・スタイルも全然違うが、私は後藤のリズムと間にサムソン冬木を思い出してしまうのである。この後藤のリズム&間と、同じく独特の武藤のリズム&間が絡んだらどんな試合になるのだろうか? どちらが自分のフィールドに引きずり込めるかがポイントになるだろう。ちなみに昨日は挨拶代りに武藤がシャイニング・ウィザードを連発、後藤は昇天を決めた。
 夏以降の全日本と新日本の流れは予測がつかないが、全日本のテレビ解説者の立場としては中邑&後藤が暮れの最強タッグに出場してくれたらいいなあと思った次第だ。

今こそ天龍を見よ!

 昨日の『ハッスルツアー2008 in KORAKUEN』の注目カードは天龍源一郎VS越中詩郎。かつてWAR、新日本で繰り広げられた抗争が“ハッスルの世界”で実現したのだ。「ハッスルには2人もジジイはいらない!」という『ジG1 CLIMAX』と位置付けられた中で2人はどう戦ったか?
 結果は9分14秒、越中がブレーンバスター4連発で勝利。この上っ面の記録だけで、またまた罵詈雑言が聞こえてきそうだ。
 例によって「やっぱり小佐野は天龍贔屓だ」と言われるのだろうが、この9分14秒の中で天龍も、そして越中も精一杯の戦いをやったと私は思う。いきなり場外に出てイスで殴り合ったのは、対戦相手はもちろん、観客に対しての「これでも食らえ!」だったと思うし、越中がリープ・フロッグからヒップアタック、天龍が逆さ押さえ込み、そしてドロップキックの相打ちという展開にも何だか2人のプロレスラーとしての意地が見えたような気がした。
 天龍は逆さ押さえ込みの他にも回転エビ固めなど、新人時代にも使わなかったような技を繰り出した。それは30年以上も前にアマリロのファンク道場で習った技だ。
 そして久々にトップロープからのエルボードロップも披露。この技は仕掛けた方にもダメージがある。まだWARでバリバリやっていた頃でも、腰の状態が悪い時には1試合で3発出すと試合後にはしばらく動けなくなっていたのを思い出す。それを肋骨を痛めている今やったのだから、結果的にはこれが致命傷になってしまった。
 越中はそんな天龍を容赦なく潰した。投げっ放しパワーボム、そしてブレーンバスター3連発の後に駄目押しの1発! これでいいのだ。
 今の天龍は、当然のことながら全盛期の天龍とは違う。去年の8月、Gスピリッツ創刊号でハッスルについてインタビューした時に天龍はこう言っていた。
「実際、今の俺に30代の頃と同じことをやれって言ったって無理。でも俺はリングの中ではね、自分の出来る限りのこと…その時代、その時代のパフォーマンスをやっているつもりだよ。そりゃあ、やれる技は少なくなるし、やれることも限られてくるけど、その中でやれることは精一杯やってるつもりだよ。確固たる自分がいれば流されることもないし、ブレることもないから。ブレなけりゃ、どっちの目が出ても後悔はないよ」
 先日、引退を表明したオリックスの清原は「心技体の最後に残った心、魂でバットを振ります」と言っていたが、実績と貫録に胡坐をかかずに等身大でリングに上がる天龍がこれから我々に何を見せてくれるのか。これからの天龍がリング上から発するメッセージをしっかりと読み取っていきたいと思う。

ベルギーのカレル・イスタス

 Gスピリッツにおける私の立場は純粋なライター。だから企画を提案したりはするものの、自分の書いた記事以外は読者と同じ立場で読むことになる。
 で、昨日発売された第8号の記事の中で唸らされたのが那嵯涼介氏の『カール・ゴッチとキャッチ・アズ・キャッチ・キャン 前編』。ゴッチのヨーロッパ時代…つまりベルギー出身ののカレル・イスタスの足跡をたどったもので、ゴッチがなぜレスリングと出会ったのか、どうやってキャッチ・アズ・キャッチ・キャンと遭遇したのか、実際にどんな活躍をしたのかが克明に記されている。アマチュア時代に出場した1948年のロンドン・オリンピックのパンフレット、今まで見たことがなかった若き日の写真、イギリス時代のパンフレットなどの貴重な資料にも目を奪われた。“神様”カール・ゴッチではなく、“求道者”カレル・イスタスが浮き彫りになっている。
 そして同じく那嵯氏の『ウィガンにあった黒い小屋――“蛇の穴”ビリー・ライレー・ジムの実像――』。こちらも貴重な資料が満載だし、ここまでビリー・ライレー・ジム、キャッチについて詳細に書かれた記事を読んだことはない。これを読むと1940年代~60年代のイギリス・マットをタイムスリップして観たくなる。
 改めてプロレスは奥が深いと思ったし、掘り下げる材料はいくらでもあると感じた。リアルタイムの試合を体感しつつ、その一方では歴史の中に埋没している過去を見つめて、まだまだ学ぶことはいっぱいある。だからこの仕事はやめられない!
 

もうひとつのUWF史

 今日、8月20日はGスピリッツ第8号の発売日。今号で私が担当したのは『もうひとつのUWF史』だ。
 第1次UWFは理想のプロレスを求めた同志たちによって創られた団体ではない。当時の日本プロレス界の“大人の事情”によって産み落とされた団体である。そして“大人の事情”に翻弄された選手たちが、自分たちの意思を持って突き進むことを決意したことでUスタイルが生まれたのだ。
 今回のUWF史は敢えて“大人の事情”にスポットを当ててみた。馬場と猪木の水面下での蜜月、83年夏に起こった新日本のクーデター騒動など、様々な要素がUWFには絡んでくる。もし、UWFが当初の構想通りに動いていたら、日本プロレス界はかなり違った歴史を歩んだだろう。
 今回の特集にあたり、私は猪木の片腕として手腕を振るい、UWF設立に動いた新間寿氏、クーデター騒動の首謀者のひとりであり、新日本プロレスの営業部長からのちにジャパン・プロレス社長になった大塚直樹氏を取材した。20年以上も経過した今だからこそ明かしてくれた話も多々ある。改めて思い知らされたのはアントニオ猪木、ジャイアント馬場の凄さ、当時のプロレス関係者のバイタリティ。その凄まじいばかりのエネルギーが激動の時代を創ったのだと思う。誌面を通して、それを感じていただければ幸いだ。