四天王プロレス

 先週の週末は興味深い試合が目白押し。12日の土曜日はディファ有明で大仁田興行、新宿FACEではロックアップがあって長州と大仁田が合体、WEWヘビー級王座がマンモス佐々木から石井智宏に移動した。千葉Blue FieldのK-DOJO興行では大石真翔が梶ヤマト相手にUWA世界ミドル級王座を防衛し、STRONGEST-K08トーナメントでは真霜拳號が円華を破って優勝している。13日の日曜日はディファ有明でゼロワンMAXが橋本真也追悼興行。田中将斗&リッキー・フジVS黒田哲広&ミスター雁之助のFMWメモリアルマッチも行われた。そして横浜文化体育館では大日本プロレスの夏のビッグマッチが開催され、シャドウWXが葛西純相手にデスマッチ・ヘビー級王座を防衛している。
 と、いろいろあったわけだが…スケジュールのやりくりがつかずに一つも観ることができず。ウーン、残念!
 ということで、今日は時流ものではなく、6月に週刊プロレス増刊として発売された『四天王プロレスFILE』について。週プロで四天王プロレスを報じてきたのは、現在はフリーのスポーツライターとして活躍している市瀬英俊氏。彼は私が週刊ゴングの全日本担当記者をやっていた時代に全日本担当記者になった。90年にSWSが旗揚げしてからは、私は全日本の現場を離れてしまったが、今回の増刊を読んで、市瀬氏がいかに四天王プロレスを愛し、情熱を持って取材&報道してきたかがわかった。四天王プロレスは彼にしか書けないと素直に思う。
 さて、私は四天王プロレスを間近で見てきた和田京平レフェリーのインタビューを担当させてもらった。プロレスの歴史は点ではなく、ちゃんと線としてつながっている。京平さんも私も、アメリカン・プロレスをベースとした従来の全日本スタイル→ジャパン・プロレスの参加によって長州のエッセンスが入る→長州らのスタイルを全日本流にアレンジした天龍スタイル→四天王プロレスという考えで一致しているから話が弾んだ。
 諸々の事情があって、私は初期の四天王プロレスというか、超世代軍時代をナマで取材していない。その当時、私が三沢や川田と会うのは“プロレス会場の外”…つまりプライベートな場だけだった。それでも、彼らの全日本プロレスという会社、プロレスそのものに対する真摯な姿勢には「昔と変わったな」と驚かされたし、94年8月に週刊ゴング編集長になって再び全日本の会場に出入りするようになってからは、若手の時代しか知らない小橋、ナマクラ時代しか知らない田上の成長を目の当たりにして本当に感心したものだ。
 私が四天王プロレスを「凄い!」と思うのは、技術はもちろんだが、心だ。試合中に何があっても投げない、諦めない。彼らが我々に見せてくれていたのはレベルの高い試合の根底にある“折れない心の凄味”だったのではないかと思う。

「四天王プロレス」への2件のフィードバック

  1. 全日本プロレスの四天王プロレスで思ってたのは、札幌中島体育センターでいつも同じようなマッチメークで行くまで気乗りしなかったが、(失礼!)見に行くとマンネリと思ってるカードの選手に大声援を送り200%満足して帰っている自分がいる
    という繰り返しだった。
     逆に新〇本プロレスは、札幌ビッグマッチと言いながら、東京大会の露払いのようなカードばかりで内容もあまり満足して帰った記憶がない。
     今のNOAHが熱くないとは言わないがあのころは、本当に熱かった。

  2. 私もマサ札幌さんと同じく良い意味の期待はずれ体験があります。ところは岩手・北上の古びた体育館。しかも昼興業、メインは6人タッグ、とくればいわゆる顔見世試合でお茶を濁して終わりか?となかば諦めで割引チケットを買い観戦しましたが、メインの四天王がらみの6人タッグでふっとびました。テレビで見ていたのと同じテンションのハイレベルな試合で30分近くはやったと思います。こいつら、こんな田舎でもこんなハードな試合をやってくれるのか!と、感動した覚えがあります。とにかく四天王時代の全日本は期待はずれはありませんでしたネ。
    ライバル団体についてはマサさんと同感です。(私、もともとはそのライバル団体のファンでしたが)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です