この2人ならではの戦いを!

「凄いチャンピオンだ。凄いレスラーだ。それを思ったね。あんな一発一発の破壊力があるレスラーはそうそういない。それを体感できて嬉しいし、タイトルマッチが楽しみです。さらにスイッチが入りました」
 7・18日本武道館で森嶋猛のGHC王座に挑戦する力皇が昨日のタッグ前哨戦後に声を弾ませた。
 そう、この2人にとっては「2人でノアの頂点のタイトルマッチをやる」ということに意義がある。なぜなら、一緒になって上の世代の壁をぶち破ろうと切磋琢磨してきた仲なのだ。
 この2人が何とか上に行こうと合体したのは01年4月。森嶋はキャリア3年、力皇はキャリア1年足らずの時だ。2人のコンビは当初、下剋上コンビと呼ばれ、それがW猛になり、コンビ結成半年後の01年9月にはWILDⅡになった。しかし結果はなかなか出なかった。順風満帆にきたような印象があるが、02年2月にノーフィアーからGHCタッグ王座を獲るまでの道のりは険しかった。
 その後、リードしたのは力皇。森嶋が膝の故障で長期欠場している間にシングル・プレイヤーとして頭角を現した力皇は05年3月、キャリア5年弱にして絶対王者と呼ばれた小橋を撃破してGHCヘビー級王者に。ノアにおいて、最初に時代に風穴を開けたのは力皇なのだ。
 そして今年3月、今度は力皇が長期欠場している間にROH世界王者となって実力を蓄えてきた森嶋が三沢光晴を攻略してGHCヘビー級王者に。紆余曲折の末、ノア旗揚げ8年にして森嶋と力皇は頂点で相まみえるのである。
「森嶋さんとは合宿所で一緒に生活し、一緒に組んで上を目指してきたわけだから、それが遂に日本武道館のメインでタイトルマッチができるっていうんでいろいろな想いはありますよ。でも、感傷に浸るのは試合が終わってから。最高の試合、最高の結果が出せるように集中していくだけです」(力皇)
 昨日の前哨戦では、そんなに当たる機会が多いわけではなかったが、タックル合戦、ラリアット合戦はスーパーヘビー級のド迫力。とても他の日本人レスラーにはできない戦いがあった。きっとセオリーなど度外視した2人ならではの試合ができるはず。武道館当日はそれに期待している。

先輩・後輩の絆

“ひとりぼっちの野良牛”になってしまった天山に光明が見えた。天山は昨日の後楽園ホールにおける蝶野正洋プロデュース『PREMIUM』にゼロワンMAXの大谷晋二郎とコンビを結成してワンナイト・トーナメントに出場。「また天山が裏切られるのでは?」という予想を裏切って優勝したのである。
 このトーナメントにはユニークなチームが揃った。長州力&田中将斗は十数年前だったら大メジャー新日本の現場監督&インディーの雄FMWのホープという考えられない組み合わせだし、その他のチームもスーパー・ストロング・マシン&ヒロ斉藤、長井満也&崔領二、藤波辰爾&大森隆男、越中詩郎&佐藤耕平、蝶野正洋&吉江豊という普段はあり得ない組み合わせ。純粋・新日本チームは中西学&獣神サンダー・ライガーだけだった。
 実際問題、天山&大谷は記者会見を大谷が欠席するなど大会前から不穏なムード。飯塚に裏切られて疑心暗鬼になっていた天山は「大谷を信じるしかない…」と不安げに語る体たらくだった。
これに対して大谷は、
「天山は2年先輩で、本当に優しい人だった。でも7年も空白があって、お互いに違う道を歩いてきたのが、たかが記者会見とか2~3日、仲良くしたって意味がない。当日、7年経った天山広吉と大谷晋二郎としてリング上で会って、そこでお互いに認め合い、心が通えば問題ない。その時の感じで、皆さんが期待している通りに裏切るのもありだと思うし…」
 と言っていたものだ。
 トーナメントは1回戦でマシン組が長井組、藤波組が越中組を倒して準決勝へ。天山組と長州組の試合では、やられっ放しの天山に大谷が蹴りで活を入れる場面もあって場内は騒然としたが、最後は天山が大谷に促されてTTD2連発で長州を攻略。準決勝のVSマシン組は、大谷がマシンをキングコブラ・ホールドに捕らえ、その間に天山はヒロをアナコンダ・バイスで締め上げるという阿吽の呼吸を見せたものの、大谷が天山の握手を拒否したのが印象的だった。
 決勝は天山組と、蝶野組&藤波組を破って勝ち上がってきた中西組の対決。またまた天山が捕まったが、耐えに耐える我慢のファイト。最後は天山がアナコンダ・バイスでライガーを仕留め、粘闘の上で優勝を果たした。
「大谷、ありがとう。今日は1回限りで組んだけど、次に会う時は戦う時とちゃうか? 組むより戦う方がいいだろう」
 と天山。大谷に今後の共闘をアピールするのではなく、反対側のコーナーに立つことを提案したところに、天山が少し吹っ切れたのが見て取れた。
これに対して大谷は、
「せっかくハッピーエンドで終わったのに。皆さん、今の天山だったら裏切られるだろうというその期待を裏切らせてもらいます」
 と天山と握手したが、返す刀でG1参戦を表明。
 そして控室に戻った2人は一瞬だけ先輩・後輩に戻った。
 大谷が新日本に入門した92年にはバルセロナ五輪出場の中西、大学で全日本選手権を獲得している永田、石沢(ケンドー・カシン)というアマレスの大物が入門した年でもある。何の実績もないのは大谷と高岩だけだった。そんな中で2年先輩の天山は、
「大学でレスリングをやってたり、オリンピックとかそんなもんはなかったけど、こいつの目を見た時に“こいつは気をつけな、あかん!”と思ったよ。今日も熱かった。1回限りのタッグやけど、この時期に組んだってことはプロレスの神様のいたずらとちゃうかな。この次は組むよりガッチリ戦いたい。夏は俺の季節、G1イコール天山や!」
 と、久々に威勢のいい言葉を吐いた。
 こんな天山に対して大谷は、
「最後まで勝負を諦めない天山広吉を見ました。そこには何事にも弱音を吐かない2年先輩の山本さん(天山の本名)がいました。でも天山広吉が言った通り、次に会う時には対角線上に立っていると思います。俺がG1に出るということは『火祭り』を背負って出るということだ!」
 最後は握手はせずにビールで乾杯。低迷を続けていた天山、右肩の負傷に苦しんできた大谷…かつての先輩・後輩は一夜限りのタッグを経て、それぞれ夏に勝負をかける。

純に熱く

 昨日は後楽園で久々にゼロワンMAXの試合を観た。なぜか仕事のスケジュールが重なることが多くてゼロワンMAXはあまり観ることができないのだ。だから昨日は貴重な時間だった。
 7・27後楽園からスタートする『火祭り』直前とあって第1試合から熱い。いや、Hikaruと前村の第0試合から熱かった。ゼロワンMAXの姉妹団体CHICK FIGHTS SUN(前身はプロレスリングSUN)は3月に単独活動を休止、高橋奈苗と夏樹☆たいようはフリーとなって、今や残っているのはHikaruと前村の2人だけ。たとえダークマッチであっても、ここで見せつけなければいけない。とてもオープニングとは思えないハードな攻防に2人の意地を見た思いがした。
 第0試合がハードだっただけに、その後の試合もヒートアップ。第1試合では浪口&斎藤と吉川&矢野の若手によるゼロワンMAXとバトラーツの対抗戦。第2試合のタッグマッチではKAMIKAZEが佐藤耕平をフォールして悲願の『火祭り』出場を力ずくでゲットした。第3試合の稔VS澤は新日本VSバトラーツとなるが、実際には新旧バトラーツ対決だ。澤のバチバチ・ファイトに稔が奥の手FIREBALLスプラッシュ(ファイヤーバード・スプラッシュと同型)で応えた。
 第4試合からは俄然、『火祭り』前哨戦の色が濃くなる。まずは田中将斗&崔領二の『火祭り』2年連続優勝&準優勝コンビと『火祭り』初参戦となる真壁(パートナーは本間朋晃)が激突。真壁&本間のGBHに流血させられた田中だったが、最後はスライディングDを本間に叩き込んで勝利してゼロワンMAXの力を誇示!
 セミの大谷晋二郎&大森隆男VS永田裕志&中西学は、ゼロワンMAXとの抗争真っ只中で『火祭り』参加が決定していながら、武藤の持つIWGP挑戦ばかりを口にする中西に大谷&大森が殺到。それでも波に乗っている野人・中西は大森をジャーマンで一蹴だ。
 7・27後楽園での『火祭り』開幕戦で中西と公式戦でぶつかる田中は、
「IWGP? だったらベルトを『火祭り』に持って来い。毎回、ヨソ様の団体に手土産もなしで土足で来るのは失礼やろ。もしベルトを取れなかったら、ズラ被って(中西は6・10武藤祭の『武藤コンテスト』にハゲ・ズラ&口髭で出現して挑戦をアピール)来いや!」
 と、皮肉ともエールとも取れる発言。いずれにせよ、開幕から大一番となる。
 さて、メインは望月成晃に日高郁人が挑戦したインター・ジュニア戦。第0試合から激しい試合が続き、しかもセミはヘビー級のド迫力タッグマッチだっただけに両者共にプレッシャーがかかるのは当然。
「あの2人だったら必ずいい試合になるでしょう。でも、そのいい試合からさらに突きぬけられるかが勝負ですよ」とは月曜日の『S-ARENA』での大谷の発言だが、まさにその通りだ。それだけ2人に課せられたハードルは高いのである。
 果たして両雄はそのハードルを飛び越えた。緊張感ある蹴りと足の取り合い、読み合いの応酬で観客を惹きつけたのだから見事。王座を奪回した日高は、実は5月21日に父親が倒れたが、その生きようとする姿に力を貰ったという。ここでベルトを奪回することで今度は自分が父親を励まそうとしていたのだ。一方の望月は、武輝道場から始まって様々な団体に上がり、現在はドラゴンゲートのトップとしてやっている力量を証明してみせた。そして心機一転、『火祭り』に参加する。そんな望月に日高は「団体に関係なくゼロワンMAXジュニアの代表として頑張ってください!」とエールを送った。
 みんなが純に、ピュアに熱くなっていた昨日のゼロワンMAX後楽園大会。『火祭り』でも熱くて爽やかな感動を生んでくれることに期待したい。

スターのオーラ

 一昨日の月曜日は、サムライTV『S-ARENA』収録の前に、知人からチケットを貰って舞台『剣客商売』を観に明治座に行ってきた。
『剣客商売』は池波正太郎原作。藤田まことが急病降板で平幹二朗が代役主演を務めた。池波正太郎にも時代劇にも演劇にもたいして興味を持っていないが、こういう舞台を観るというのはめったにないチャンス。ミーハー気分で「おおっ、おしんの小林綾子だよ」「三原じゅん子って声も通るし、演技もうまいなあ」とミーハー気分で楽しませてもらった。
 そして午後7時からの第2部は小柳ルミ子オンステージ。
“ナマ小柳ルミ子”はやっぱり小柳ルミ子だった! 今年で芸能生活38年、56歳になるというが、その凛とした姿は現役バリバリの大スター。席は19列目と後方だったが、遠くから観ても、小柳ルミ子がステージの上で凄まじいオーラを発散してる。背中が大きく開いたドレスを着ていたが、自分のスタイル&若さに自信がなければ出来ない格好。“小柳ルミ子で在り続けるため”に節制&トレーニングをしているのだろう。
 デビュー曲の『わたしの城下町』は今から38年前の1971年リリースだという。ということは私が小学校4年生の時。それでも口ずさめてしまうのだから、我ながら驚いてしまった。
『今さらジロー』『お久しぶりね』を聴いたところで、残念ながらサムライTVのスタジオに向かうために明治座をあとに。『瀬戸の花嫁』も聴きたかったなあ。
 でも、十分に小柳ルミ子を堪能させてもらった。スターとは時代を超越したものだということも教えてもらった。なんだか“ミル・マスカラスは何年経ってもミル・マスカラス!”というのと同じような感覚だった。こうなると“ナマ和田アキ子”“ナマ松田聖子”も観たい!

熱い男の季節到来!

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 今年もまた『火祭り』の季節がやってきた。ゼロワンMAX夏の恒例行事として今年で8度目を迎える。参加メンバーは2年連続優勝の田中将斗、2年連続準優勝の崔領二、大森隆男、フリーの佐藤耕平、大日本の関本大介、新日本から中西学と真壁刀義、ドラゴンゲートから望月成晃、そして3回優勝の実績を持つ大谷晋二郎。残りひとりは6・26後楽園で決定する模様だ。
 昨日のサムライTV『S-ARENA』のゲストは、ようやく出場が決定した大谷。大谷と言えば、昨年11・13後楽園ホールにおける15周年記念試合で右肩を痛めて以降、苦しい戦いが続いていたが、気が付けば肩のテーピングも取れて『火祭り』に向けて熱くなっている。
「僕はプロレスラーなんで、怪我をしても試合をしながら治してきたと。で、今は万全。ベスト・コンディションです。もう弱音も吐かないし、言い訳もしません!」
 ウーン、大谷らしいコメントだ。今年の『火祭り』には、13年前の『第2回スーパージュニア』で大谷の胸を借りてプロレスラーとしての飛躍のきっかけを掴んだ望月、かつて大谷が教育した真壁が初出場ということで、私にとっても楽しみ。大谷も「昔は関係ないです。今の彼らと同じ目線で戦うのが楽しみですよ」と言っていた。
 かつてのヤンチャ坊主は、今は団体の長として周囲への細かい気配りを忘れない。そんな姿を見ていると、大谷も苦労してきたんだなとつくづく思う。怪我を乗り越え、団体の責任者としての仕事もこなし、レスラーとして人間として1回りも2回りも大きくなった大谷。そんなすべての要素が『火祭り』のリングで発揮されることを願う。

海外修行の成果

 昨日はグレート草津さんについて書いたので、今日は全日本プロレス新シリーズ開幕戦について改めて書こう。注目は凱旋帰国した雷陣明だ。雷陣は昨年5月、ブルート一生とTNAカナダへの留学という形でカナダに渡り、その後はアメリカ、メキシコなどにも転戦した。正直な話、メインロードには出てこなかったから情報は皆無に近かったが、逆に“1年の空白”によってイメージチェンジできたので、それはそれで良かったと思う。
 1年ぶりに会った雷陣は15キロ落としてシェープアップ。パンタロン・スタイルに黒い髪&髭は野武士のような感じで似合っていた。
 試合はセミで武藤、ドーリングと組んで鈴木みのる、太陽ケア、MAZADAと激突。武藤&ドーリングVSみのる&ケアの世界タッグ前哨戦に入るという難しいポジションだったが、位負けすることなくファイトし、最後は初公開のムーンサルト・プレスでMAZADAをフォール。まずまずの第1戦だった。
「打倒・諏訪魔を誓ってカナダに行って、1年ぶりに帰ってきたら諏訪魔は三冠王者になっていました。差を縮めたつもりだったけど、行く前より開いていて…。でも、今ここから諏訪魔を追いかけます。諏訪魔の眼中に入ってないかもしれないけど、これから追い詰めていきますんで。打倒・諏訪魔は変わらないです」と雷陣。
 記者たちの質問が終わったので、最後に「この1年で得たものは何?」と聞いてみたら、
「技とかもそうですけど…やっぱり精神的なものですね。自信を持ってお客さんの前でできるようになりました。堂々とお客さんの前で戦えるようになりました。それまでは精神的に弱いところがあったんですけど、ブルートが帰国して引退して独りになったことで、余計に変われたと思います」
 全日本入門は諏訪魔と同日だが、プロとしてのキャリアは大阪の栗栖正信トレーニング・ジムで試合をしていたから上。雷陣の打倒・諏訪魔への一歩一歩をジックリと見ていきたい。

グレート草津さんの思い出

 今日、後楽園ホールにおける全日本プロレス新シリーズ開幕戦の試合前、21日に亡くなったグレート草津(草津正武)さんを追悼する10ゴングが鳴らされた。
 草津さんの思い出…といっても、私は残念ながら取材したことはない。私がゴングで仕事(アルバイト)を始めたのは1980年の春。草津さんは同年6月にアキレス腱断裂によって長期欠場。私が会場に顔を出せる立場になった時にはすでにリングを降りていたのである。まだ月刊誌時代ながら81年2月に私は国際プロレスの担当になった。だが、同年8月に崩壊。その間に草津さんがカムバックすることはなかったから、結局は一度も取材することはなかった。
 ただ、ファン時代の思い出はある。私が初めてプロレスをナマで観戦したのは小学校5年生だった73年1月26日の横浜文化体育館における国際プロレス。ちょうど私と父親が会場に着いた時に草津さんが会場入りしてきて、そこでサインをもらったのが唯一の思い出だ。ちなみにその大会のメインはストロング小林とラリー・ヘニングの金網デスマッチだった。草津さんはセミ前のシングルマッチでマイク・パドーシスを足4の字固めで撃破した。今振り返っても渋いマッチメークだが、初めてのナマのプロレスはやっぱり迫力があった。
 後年、草津さんの付き人をしていた阿修羅・原さんから草津さんのエピソードを聞いたことはある。原さんは同じラグビー出身ということで草津さんに可愛がられたようだ。
「辛かったのは、飲みに連れて行ってもらった時だよ。バーのカウンターの端から端までズラーッとグラスを並べて、“これを全部飲まなきゃ帰さない!”とかって言うんだから。あれで鍛えられたよ(苦笑)」
 その時代があったからこそ、のちの天龍同盟での“豪傑・原”があったのかも。草津さんに関しては酒にまつわる話を聞くことが多かったが、やっぱり“昭和のサムライ”だったのだろう。機会があればGスピリッツでじっくりとインタビューさせてもらいたい人だった。ご冥福をお祈りします。

みちのくプロレスのインパクト

 デルフィン軍団は素晴らしい! 昨日のみちのくプロレス15周年記念ノスタルジック・ツアー後楽園大会を観て、改めてそう思った。この15年の経緯を考えるとデルフィン、人生、浪花、ヨネ原人の4人が並び立っただけでも感動もの。デルフィン軍団は当初、正規軍に対抗するルード・ユニットだったから、人生社長もスタートはルードだったのだ。
 ルードと言っても、お笑いネタが満載。それをきっちりと披露してくれたのだから、こんなに嬉しいことはない。昔を知っている人は懐かしくて笑えただろうし、初めて観る人も楽しめたはず。つまり、彼らのネタは古くないのだ。15年前に娯楽として完成していたことになる。東北を拠点にしたみちのくプロレスには難しい理屈はいらなかった。会場に来た人が楽しんでくれればいい。そういう意味でデルフィン軍団は素晴らしかった。
 メインには東郷、テイオー、獅龍の海援隊☆DXが登場。だが、私的には、この3人であれば、その前身の平成海援隊を思い出す。94年9月に「デルフィン軍団はルードじゃないだろ?」と、疑問と不満を持つSATO(東郷)、アメリカン・ヒール像を持っていたテリー・ボーイ(テイオー)、そして獅龍が作ったユニットだ。正規軍VSデルフィン軍団に海援隊が割り込んだことによって、みちのくは変わっていった。
 海援隊は東郷、テイオー、獅龍の3人にとって青春であり、最もプロレスを考えた時期ではないかと思う。その当時、テイオーはペーパードライバー、獅龍は免許を持っていなかったから、一番先輩の東郷が車を運転して移動するしかなかった。先輩に運転させておいて後輩が寝るわけにはいかないから、夜通しプロレスについて語り合っていたという。この3人も15年の歴史の中で別々の道を歩んでいる。それだけに今回の復活は貴重だし、昨日もきっちりと魅せてくれた。
 そして、この海援隊と戦ったのがサスケ…じゃなかったSASUKE、サスケ・ザ・グレート、望月成晃のサスケ組だ。サスケ組は98年10月にSASUKEとしてヒール転向したサスケが結成したユニット。クレイジーMAX(シーマ・ノブナガ=CIMA、スモウ・フジ=ドン・フジイ、ジュードー・スワ=SUWA、TARU)や武輝道場としてみちのくに参戦していた望月、さらにライガーなども加入する一大勢力になった。試合後にちゃぶ台を囲んでのトークも定番となり、この頃からサスケは“東北の英雄”から素顔の“トンパチ男”を全開するようになったわけだ。昨日もちゃぶ台を囲んでの酒盛りも忘れなかった。
 正直な話、私はみちのくプロレスをきっちりと観てきたわけではない。旗揚げした93年には週刊ゴングのWAR担当としてWARと新日本の対抗戦を追いかけていたし、翌94年8月には編集長になって、あまり地方に出られなくなった。編集長が清水勉氏(現在はGスピリッツ編集長)から私に交替した時に、サスケが「これまで通りウチを扱ってくるだろうか?」と心配したというエピソードがあるくらいだ。
 でも、断片的にしか観ていなかった私が、昨日の大会を観て様々なことを思い出し、楽しめたのだから、それだけみちのくプロレスというのはインパクトがあったのだと思う。
「みちのくプロレスは永遠に不滅だ!」はサスケの決めゼリフだが、これから先もずっと東北に根づいた娯楽スポーツ文化として楽しませてくれることを期待したい。

ハッスルが行く道は?

 上半期最大のイベント『ハッスル・エイド2008』を終え、昨日はハッスルにとってリニューアル第1弾の『ハッスル・ハウスvol.37』。7月からはナンバー大会とハウス大会が統合されたハッスル・ツアーになるから、これが最後のハウス大会だったわけだ。
 残念だったのは、締め切り間際の原稿があったためにオープニングの川田VS鼠先輩の歌対決が観られなかったこと。だが、オープニングマッチの坂田&TAJIRIと長尾銀牙、KUSHIDA、チエの試合は興味深いものがあった。この試合はエンターテインメントではなく、完全にプロレス寄り。KUSHIDAとチエの何気ない身のこなしから、彼らがきっちりとプロレスの基本を学び、習得しているのが感じられたからだ。
 ニセHGには笑えた(マスクマンと同じで、公表していない以上はあえて正体は明かしません)ものの、7・6福岡国際センターからスタートする『ハッスルGP2008』を目前にした大会だけに、昨日は全体的にプロレス色が強かった思う。よくよく見ると、芸人はRGだけで、ハッスルを牽引してきたインリン様、HGがいないのである。
 ハッスルのポジションは難しい。エンターテインメントに走れば「そんなのはプロレスじゃないだろう」と言われ、プロレス色を打ち出せば「それはファイティング・オペラじゃないでしょ」と言われる。どちらに転んでも、何だかんだと言われてしまうわけだ。
 去年、Gスピリッツで対談した時にハッスルの山口代表はこう言っていた。
「僕らとしてはプロレスか、プロレスじゃないのかっていうのはファンや関係者に決めてもらえばいいと思っているんですよ。ただ、どこかでプロレスの再興っていうのは担わなければならないと思っているし、逆に新しいジャンルを作っていかなきゃいけないとも本気で思っている。矛盾する2つのテーマはハッスルから絶対に外せないものです。これは絶対にやり遂げたいですね」
 7月からのハッスルの行く道を注視したい。

鈴木みのる20周年を観て

 昨日、午後5時過ぎに後楽園ホールに行ってチケット売り場を覗くと、立ち見券しか残っていなかった。昨日は鈴木みのるの20周年記念興行。常に「チケットを買って会場に足を運んでくれた人を満足させる」という姿勢でファイトし、話題を提供してきた鈴木みのるの積み重ねの結果である。
 控室は様々な団体のレスラー、関係者でゴッタ返していた。何やら打ち合わせをしている全日本の木原リングアナとパンクラスの宮田リングアナ。実は20年以上も前、宮田クンは全日本プロレスのフロントにいた。かつての全日本の先輩後輩が話している図は、その当時に週刊ゴングの全日本担当記者をやっていた私にとっては感慨深いものがあった。メカマミーとモーリス・スミスが廊下ですれ違う図というのも信じがたい光景。鈴木みのるはここ数年、「面白い!」と自分で感じた団体にはメジャー、インディーを問わずに上がってきた。そんなプロレスの幅広い活動を証明するメンバーが揃ったわけだ。
 試合もバラエティーに富んだものになった。第1試合のライガー&冨宅VS菊タロー&メカマミーは和田良寛レフェリーも含めてリング上の全員がライガー、第4試合のバトルロイヤルにはマッスル坂井、男色ディーノ、ブラザー・ヤッシー、女子の風香、果ては蝶野正洋(高木三四郎)、ジャンボ鶴田(素顔の菊タロー)、前田日明(荒谷望誉=ジョニー・ダンのコスチュームをアレンジし、タレ目にするためセロテープで変装)というニセ者まで登場。最後はスローモーション&映像の“マッスルの世界”まで飛び出した。
 そのお笑いバトルロイヤルの中では内藤哲也(新日本)、真田聖也(全日本)、太田一平(ノア)、KUSHIDA(ハッスル)という4団体の若手が対戦するという局面が生まれた。またセミの丸藤&東京愚連隊VSサスケ、TAKA、カズ・ハヤシでは、現時点では実現しないであろうカズVS丸藤の攻防がファンを唸らせた。こうした対決をサラリとやれる環境を作れたのは鈴木の人脈だ。第2試合の中嶋VS佐藤光留は、プロレスに真摯に取り組もうという佐藤の姿勢、中嶋のプロレスラーとしての強さと懐の深さが垣間見れた好試合だった。
 さて、主役のみのるである。まず第3試合でモーリス・スミスとエキシビションマッチで14年ぶりの激突。みのるは14年前と同じく白のタイツに白のレガース。残り1分でスミスを怒らせようと挑発に出たのはみのるらしかったが、きっとモーリスはみのるにとって初心に帰らせてくれる選手なのだろう。試合終了後の感慨深げな表情が印象的だった。
 メインの高山戦は大勝負だった。高山にとっても帝王復活を証明する大事な一戦だ。この試合は流れるような攻防は一切なく、ゴツゴツした緊張感のあるものだった。お互いに一歩も退かずにゲンコツで殴り合う、キックはどこに入るかわからない。そして足や腕を締め上げ合う。2人は「どうだ、俺の方が強いんだよ!」と言わんばかりに潰し合った。最近、猪木や佐山が「今のプロレスには闘いがない」と言うが、このみのると高山の試合は確かに闘いだった。
「プロレスにはいろんな要素がある」と、基本的にはどんなスタイルも呑み込んでいるみのるだが、やはり、この高山戦のようなプロレスが一番好きなのだろう。その意味では、やはりみのるは新日本ストロング・スタイルの遺伝子を持ったレスラーだと改めて確認できた。
「超一流同士はグーとグーで殴り合うだけで会話できるんだよ。プロレスは闘いだ。殴り合いだ。体が痺れているし、痛かったあ! でも、面白かった!」
 と鈴木みのる。若い頃は自分の思ったままに行動し、反発し、そうした中で挫折も味わい、再びプロレスの素晴らしさを感じて今がある。気付いてみたら20年。きっと、みのるはこれからも己に正直に、真摯にプロレスと向き合っていくことだろう。まだ、ぶっ飛ばしたい奴、ムカつく奴、闘ったことのない奴がたくさんいるのだから。