私なりの見解

 今日は、いただいたコメントのいくつかに私なりの見解を書こうと思う。まず、ノアの武道館大会について。あの日は全8試合中、タッグマッチが公式戦3試合を含めて計5試合、残りの3試合は6人タッグだった。
 確かにこれは観る側に根性がいる。やっぱりシングルだって欲しい。この日はタッグリーグ最終日で、状況によっては何チームかの同率による優勝決定戦も考えられたため、何とか8試合に抑えて38選手を出場させたのだろうが、無理があったのは否めないところだ。
 私はノアについてこう思っている。2005年7月18日の東京ドームで一度ピークを迎え、そこから今日までの3年は新たな時代に移行するための挑戦が続いているのだと。シングルが少ないという声があれば昨年はGHC次期挑戦者決定リーグ戦というシングル主体のシリーズを組んだし、ジュニアを再び活性化するためにジュニア・タッグリーグ戦を開催して、そこからKENTA&石森というコンビが確立された。そして今回はヘビー級のタッグリーグ。もちろん、それぞれに反省材料があり、それをもとに航路を調節しているというのが今のノアだと思う。コツコツと続けているSEMは人材発掘の場であり、若手の経験の場になっている。中には成功もあるだろうし、失敗もあるだろうが、そうやって様々なことにトライする企業努力を私は買っている。
 もうひとつ寄せられた書き込みで気になったのは、武藤がIWGPを奪取した4・27大阪での新日本の菅林社長の「入場から嫌な予感がした。久しぶりに本当のスーパースターが出てきたという雰囲気になってしまった」というコメントに対する反発。私は大阪に言っていないし、菅林社長から話を聞いたわけでもないから、その本当のニュアンスはわからない。ただ、この文字の通りに喋っていたとしたら、ある意味で素直だなあと思う。当然、新日本の選手にとっては面白くない言葉だろうが、同時にこれは菅林社長自らに跳ね返る言葉でもある。つまり「新日本プロレスは武藤が抜けた後の6年間、武藤に匹敵するスーパースターを生み出せなかった」という意味でもあるのだ。
 多くの新日本ファンが「団体枠を超えたプロレス業界全体の経済効果」を主張する武藤敬司を支持しているのも事実。ただしレギュラー参戦は現実的には無理だから、いかにしてIWGP王者不在の新日本を立て直していくか…新日本のレスラー、そして菅林社長以下のフロントの力量が試される。
 最後に週刊プロレス顧問の宍倉さんからコメントをいただいた。私にとってはこの業界に入った時の先生のひとりでもあるわけで、嬉しい限りだ。
 ファンクラブ出身者がプロレス記者になるのは、学生プロレスがプロレスラーになるのと似ていると思う。昔は普通に大学を出て、新聞社に入社してプロレスに回される、雑誌だったらベースボール・マガジン社に入社してプロレス&ボクシング編集部に配属されてプロレス記者になるというパターンしか考えられなかった。そこにファンのような若い人間が記者として来るのだから「ファン上がりの記者は…」と批判されることもあったが、こちらとしては「ファン上がりだからこそ感覚はファンに近いし、仕事として入ってきた人間とは知識量が圧倒的に違う」というプライドがあった。
 ファン上がりの元祖が竹内宏介さんで、その竹内さんがファンクラブの人間から発掘したのが宍倉さんであり、清水さんであり、ウォーリー山口さん。私はその下ということになるが、そんな私を宍倉さんが同じ一期生として扱ってくれるのは光栄なこと。わざわざ書き込みをいただいてありがとうございました。

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