週プロ回顧録

 ベースボール・マガジン社から週刊プロレスの創刊25周年を記念した『週プロ回顧録』なる増刊号が発刊された。この本の中で、私はターザン山本氏時代のライバル誌の編集長という立場でインタビューされている。私が喋れば山本氏時代の週プロへの批判、ベースボール・マガジン社が事業として行なった95年4月2日の東京ドーム興行『夢の懸け橋』への批判が飛び出すことになる。社的に考えれば好ましくないはずなのだが、それでも今の佐久間編集長は「その時代の週プロを語るには必要なことなので」と、私にインタビューを依頼してくれ、自ら聞き手になってくれた。だから私は素直に問いに答えたつもりだ。
 この本を読んでいて、素直にうれしく思ったのは、現在は顧問の宍倉清則氏が「若い記者・一期生」のひとりとして私の名前を挙げてくれていたこと。元々、宍倉さんは月刊時代のゴングでアルバイトをしていた。私が高校時代にファンクラブをやっていた時に、ファンクラブ・コーナーで会報を紹介してくれたのは宍倉さんだったし、別冊ゴングで宍倉さんが担当していた『ファンクラブとの遭遇』という記事にも起用してくれた。そして80年春にゴングにアルバイトとして入った時に仕事のイロハを教えてくれたのも宍倉さんだった。
 竹内宏介さんが大ボスで、プロレス業界の空気に触れさせてくれたのがウォーリー山口雄介さん、そして仕事の基礎を教えてくれたのが宍倉さん。熱戦譜(試合結果のページ)ひとつにしてもゴング流の細々とした決まり事がある。宍倉さんの家に泊めてもらって、そうしたことを教わりながら徹夜で書いたのも懐かしい思い出だ。
 この本を読んで、週刊ゴングという反対側の立場にいた私もなぜか原点に引き戻されるような感覚になったのは…週刊プロレスに携わっていた人たちが、真剣に戦った良き戦友だったからなのだろう。

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