プロのプロレスラー

 昨日はエルドラドが多留GM体制になっての初の後楽園ホール大会。正直、客入りは寂しかった。新たなイメージをいかに浸透させていくか…これがなかなか難しい。また、全日本・茨城大会のために多留GMがスクリーンだけの登場になったのは“新エルドラド”をアピールする上では大きなマイナスだった。
 試合でのMVPはKAGETORA&飯伏相手に近藤と組んで戦った大柳錦也。大柳はヤッシー、近藤、大鷲よりも先輩の闘龍門6期生で、T2Pでは日本兵というキャラクターで人気を博したが、家庭の事情でマット界からフェードアウト。エルドラドでキャラクター・プロレスを封印し、ストロング・スタイルでカムバックした。最後は後輩KAGETORAの一騎当千に敗れてUWA世界タッグへの挑戦権を得ることはできなかったが、体格的ハンデを数々のジャベで補うファイトと驚異的な粘りは、この日の会場を一番沸かせていた。
 メインの谷嵜なおきとマグニチュード岸和田の一騎打ちは、決して悪くはなかったのだが、因縁試合の割には、そのナマの感情が伝わってこない試合だった。
「何かわからないですね。わからない…。最近、わからないです。考えれば考えるほど、プロレスがわからなくなる。プロのプロレスラーになりたいという気持ちはありますけど、わからないんです…」
 と、試合後の谷嵜。ここ最近の谷嵜は大日本でデスマッチに挑戦したり、ゼロワンMAXではジュニア戦線でファイト、ヤッシーの代わりにVMとして全日本に参戦したりと、様々なことを経験している。勢いだけできた部分もあるだけに、ここで壁にぶち当たってしまったか。でも、これはいいことだと思う。勢いだけではやっていけないし、レスラーは誰だってプロレスを突き詰めて考える時期があるはず。ここは考えて考えて、リングでもがいて…“プロのプロレスラー”になっていってほしい。

小橋&菊地20周年

 20年というのは人が生まれてから成人するまでの時間だから、アッという間のようでいて長い。1988年2月26日、滋賀・栗東町民体育館でデビューした小橋建太と菊地毅が昨日、京王プラザホテル八王子大会で20周年を迎えた。
 昨日の取材陣の中でデビュー当時の彼らのファイトを観ているのは私、門馬忠雄さん、現在はレジャーニューズ東京デスクで当時は全日本の広報だった藤沢孝クンぐらいなもの。当時20歳の小橋は40歳、23歳の菊地は43歳、ついでに26歳だった私は46歳に。ウーン、歳を取ったと言わざるを得ないが、小橋に言わせれば「男は40から!」なのだ。
 入門時から知っていても、肝心のデビュー戦は観ていない。というのも、当時は今とは違って新人のデビューなどは発表されなかったし、当人もいつデビューするのか知らないのが普通だった。前日ぐらいに「明日、お前のデビューだから」と言われ、しかもなるべくマスコミがこないところでデビューするというのがパターン。多分、小橋と菊地のデビュー戦も東スポしか押さえていないと思う。
「僕より2ヵ月遅く入った田上明が1月にデビューしたから“そろそろかな…”っていうのはあったんだよね。あとは先輩に“もうデビューできますってアピールした方がいいから”って聞いていたから、タイツとシューズを着けて練習して(苦笑)。どういう形でデビュー戦を知らされたかはよく覚えてないなあ。大熊さんとのデビュー戦は…苦しかったのだけは憶えている。デビューした日に初めて馬場さんに食事に呼ばれて“よく我慢したな”って。それまでは付人だけど食事に呼ばれたことはなかったし、いつも“田舎に帰れ”って言われていたから…」
 と、小橋。小橋が入門した87年は新人の当たり年だった。1月に大相撲の元十両・卓越山こと高木功(嵐)が入門したのを筆頭に、4月には大東文化大学レスリング部出身で全日本学生選手権フリースタイル100キロ級優勝の実績を持つ菊地毅、シューティング社会人王者・北原辰巳(現・光騎)、大相撲の元十両・玉麒麟こと田上明らが次々に入門した。86年夏に入団した琴天山ことビッグ・ジョン・テンタもいた。そんな中で、柔道ぐらいしか格闘技歴がない小橋がデビューに漕ぎ着けるのは大変なことだったのだ。
 この20周年で小橋は秋山、志賀、金丸とオリジナル・バーニングを結成して三沢、小川、丸藤、テリーと対戦。テリーに20連発のチョップを放つ20周年記念チョップや若手時代の得意技ローリング・クレイドルを披露、三沢とはチョップVSエルボーの攻防戦を繰り広げ、試合タイムは実に38分4秒!
「ファンのみんながこうやって祝ってくれるのが最高です。いろいろなことがあったけど、20周年というのは区切りであって通過点。2月26日というのはプロレスラーとして半人前になった日ですね。20年前のこの日、プロレスラーとしてデビューできたけど一人前ではなかった。プロレスラーとしてこれからが本当の勝負だと思っているんで、また半人前に戻って、一人前になれるようにプロレス道を邁進していきます」
 と、小橋は20代の頃と変わらない熱血ぶりだった。
 もうひとり、菊地毅は第1試合でデビュー戦と同じく百田光雄と対戦。リングアナが龍ちゃんで、レフェリーが福ちゃん。20年前とまったく同じシチュエーションで試合をした。20年前、逆エビ固めで敗れている菊地は逆エビにこだわったが、百田は意地でもギブアップしない。最後は菊地が切り返しのエビ固めで20年前の恩返しをした。
「今までやった選手権とか対抗戦とかと比べものにならないくらい緊張した。自分がデビューした時の怖かった百田光雄が目の前にいましたよ。張り手もきつかったし、普段の百田さんじゃなかったね。百田さんは40代になってから世界ジュニア王者になっている。俺もまだまだ頑張りますよ。百田さんを目標に日々の積み重ねです」
 と、菊地。菊地にはもうひとつ目標がある。4月1日の地元・仙台への20周年凱旋試合で同期の小橋とタッグを組むことだ。2・23京都で6人タッグで組んだが、小橋からは、
「菊地さんは同期で、ライバルだったり助け合ったりした仲。その気持ちは変わらない。でも、今の菊地毅とはタッグは組めない。タッグを組むためにも、もっと頑張ってほしい」
 と駄目出しを受けた。
「小橋は常に俺のことを思ってくれている。もちろん、毎日頑張るけど、仙台に向かって頑張っている姿を小橋建太に見せていきたい」
 と、菊地。そう、20年経った今も切磋琢磨だ。

ロックアップ諸々

 昨日はさいたまの『ハッスル28』ではなく、ロックアップ後楽園へ。あの事件があってからのアパッチ勢が気になっていたし、宇和野貴史の東京ラストマッチも見届けたかった。さらに大仁田の来場、ドラディションの参戦など話題も多かったからだ。
 アパッチ勢はWEW王者のマンモス佐々木、黒田哲広、佐々木貴、小幡優作…みんな必死にファイトしていた。石井智宏の挑戦を退けたマンモスは、
「このベルトまで取られたら、アパッチの存在意義がなくなるっていうプレッシャーが凄くありました。アパッチは金村キンタローの不祥事で活動停止になりましたけど、俺がこのベルトを巻いてリングに上がる限り、アパッチプロレス軍の灯は絶対に消しません」
 と宣言。金村の一件とは関係なく、リキプロVSアパッチはこの2月で終了というムードの中で、GBHとしてではなくリキプロとしてマンモスにアタックした石井は、
「マスコミが飽きようが、ファンが飽きようが、俺たちの戦いはエンドレスだ。どっちかが根を上げるまでやってやる」
 と続行を示唆した。今後は軍団抗争というよりも、個々の戦いのレベルアップを見てみたい。
 29日の大阪でリキプロ後輩の和田相手に引退試合を行なう宇和野貴史は、自らの希望で東京ラストマッチでは大日本の関本大介と戦った。関本は宇和野の10年間を真正面から受けて止めてくれた。STU、ジャーマン、裏投げ、ドラゴン・スープレックス…と持てるものをすべて炸裂させた宇和野。関本は最後、ジャーマンでキッチリと宇和野を介錯した。
「(ファンの「辞めるな」の声は)素直に嬉しさでいっぱいになりました。歓声を頂いて、今までやってきてよかったと思いました。これからまた新しい世界に行って新しい挑戦が始まりますが、頑張っていきたいと思います。自分の中ではギリギリ精一杯やったっていう気持ちがあり、ここで区切りをつける…思い残すことも、やり残したこともないです。自分なりにこの10年間、この世界でやってこれたので、本当に感謝しています」
 と、いつも通りの礼儀正しい宇和野。いつもハキハキしていて礼儀正しい…それが私の宇和野に対するイメージ。道場に行けばチャンコを勧めてくれたりといつも気を遣ってくれたし、IWAジャパン時代の話を聞くのも楽しかった。そして練習熱心。この日の試合を観ても、まだまだやれる。客席から「本当にいいのか?」「辞めるな!」「まだ出来るだろ!」の声が飛んだのもわかる。だが、今回の引退は宇和野貴史という今年32歳になる人間が下した並々ならぬ決断なのだ。それを尊重し、全面的に支持したい。
「今日はタカシにいい試合を観させてもらいましたよ。あれだけの試合を観ると(引退は)辛いですよね。でも今の僕の立場では(引退するなとは)言えないですよ。新日本の中でチャンスをやれなかったのは残念。いい選手なんですけどね。何をもっていい選手っていうのかはわからないですよ。内面から出るもの、パフォーマンス…それを考えると(自分も)もう、長くないですね(苦笑)」
 長州のコメントには、WJから付いて来てくれた宇和野に対して「もうちょっと頑張ってみろ!」と言えない悔しさが滲み出ていた。また長州は休憩時間にリングに上がってタッグ結成についての返答を迫った大仁田には厳しいコメント。
「まったく勘違いしてるね。今日は付き合ったけど、あそこまで(リングサイドに駆け寄るところまで)。あのパフォーマンスは大失敗ですよ。自己主張が本当にあるなら、もっと必死に言わないとファンに伝わらないですよ。響いてくるものが何もなかった。もっと響けば、俺はリングに上がっていましたよ」
 長州はナマの感情。長州は以前、「若い人間に“感情を入れ込まないと駄目だ”っていうと、その感情を作ろうとする。だから余計駄目になる」と嘆いていたが、今回の大仁田には切羽詰ったものが感じられなかったのだろう。果たして大仁田は1999年に新日本に乗り込んだ時のように長州を振り向かせられるのか!?

恐怖再び!

「小佐野さん、来週の金曜日の夜空いてますか?」
「空いてますよ」
「よかった。じゃあ、来週は月曜日と金曜日の2回、お願いします」
「金曜日って珍しいですね。何か特別な理由でも?」
「ゲストがタイガー・ジェット・シンなんですよ。よろしくお願いします」
「ゲゲッ!」
 ということで、昨日のサムライTV『S-ARENA』のゲストは“狂虎”タイガー・ジェット・シン大先生! 忘れもしない去年の6月11日、約20年ぶりに再会したというのに本番が始まって5分ぐらいで大暴れ。私はサーベルで首を締め上げられ、倒れたところでストンピングを浴び…と、さんざんな目に遭った。
 21日の『ハッスルハウス』でも暴れていたなあ。「タイガー・ジェット…ウッ!」と、ケロちゃんはまたもコールが終わる前に腹を蹴られて悶絶、さらに場外でもフェンス外に投げ飛ばされるなど、古くからの仲なのに(だからこそ?)ひどくやられていた。シン大先生はとにかく元気なのだ。
 今回で2回目だからと前回より暴れられたらこっちの体がもたないし、ナマ本番中に勝手に暴れて勝手に出て行かれたら番組が成立しない。とりあえず、一緒に出演するアン・ジョー司令長官を通じて最後まで番組に出てくれるように要請した。
「ワカリマシター。ソレガ、ミーノシゴトナノデ、ダイジョーブデース!」
 とアン・ジョー指令長官のノリはハッスルのままなので、ちょっと信用できない…。
 いざ、本番。手には例によってサーベルが…。一応、着席してくれたが台本をムシャムシャと食べ始めて完全に“狂虎モード”に入っている。でも、こちらの要請を守ってくれているようで、とりあえずは顔をヒクつかせながらも質問には答えてくれて、番組は予定通り進行。よくもまあ20分近くも座っていてくれたものだと感心していたら、最後の視聴者からのFAXでボノについての質問が出た瞬間に限界点が! 何だかわからないまま、いきなりターバンで首を締め上げられ、ゲホホホッ!! 気付いたらシンはスタジオを飛び出し、番組は終了していた。通訳の女性もイスから転げ落ちていた。スタジオを出た後、興奮が収まらないシンはスタッフにも殴りかかってアン・ジョー指令長官が必死になって止めたという。
 シン、恐るべし! でもシンにはいつまでも狂虎でいてほしい。25年前の小学校6年生の時に初めてナマのシンを見て感じた恐怖がこの歳になっても薄れないのは嬉しいことなのだ。

注目はバボ

 坂田亘の欠場によってハッスルの現時点のメイン・ストーリーはボノの反抗期になっている。これが結構、面白い。ボノの独得の間合いによるマイク・パフォーマンスに味があるのだ。
 そのボノの相手をしているのがタイガー・ジェット・シン。シンは22年前に第54代横綱・輪島大士の相手を務めたが、今度は第64代横綱・曙の相手をしているのだから、まさにリビング・レジェンド! あの“狂虎”としてのテンションの高さには本当に頭が下がる。
 さて、今のハッスルで個人的に注目しているのはジャイアント・バボ(長尾浩志)。06年1月に新日本プロレスを辞めてハッスルに身を投じたが、この2年間を振り返ると鳴かず飛ばずの状態だ。196センチという長身に恵まれながら、それを活かしきれていないし、パフォーマンスも中途半端。どうやらバボをどん底に突き落としての再生ストーリーが始まりそうだ。昨日の天龍とのシングル戦でも天龍の当たりはキツかった。どうにもピリッとしないバボの攻めに対して天龍の顔面蹴りが2発入った。かつて嵐、荒谷、北原らに見舞った鈍い音の強烈なやつだ。チョップも1発は胸ではなく喉笛に入れた。そして試合後の「お前、最初から諦めてリングに上がってないか? そんな根性なし、誰とやったって勝てねぇよ! チエの方が上だよ!」との言葉。そこには天龍のナマの感情が入っていたと思う。
 バボは新日本入門から大型ファイターとして期待されていた。デビュー前はロス道場で修行もしたし、デビュー戦では高山善廣とのタッグという破格の扱いだった。膝の怪我で長期欠場を余儀なくされたものの、再デビューに漕ぎ着け、新日本を辞める前年の05年秋あたりには後藤洋央紀に勝ったりしていた。その年の10月に現場監督に復帰したばかりの長州力も期待していたのだ。今の後藤とバボはハッキリ言って月とスッポンの差がある。
 24日のさいたまではチエ戦が決まっているバボだが、これからどうやって這い上がっていくか? その過程に注目すると同時に、潜在能力が開花することを期待している。

再び金村問題について

 被害者が発信したメール・マガジンを掲載した上で確認できた事柄を追加・補足するという形で、19日に大日本プロレスがホームページ上で改めて事実関係を発表。また登坂栄児氏の役員報酬の一部返納、現場監督権統括本部長職の解任を発表した。またサムライTVの『大日対戦』の解説を降板することも決まった。
 統括本部長職を辞すこと、テレビの解説を降りることは18日のサムライTV『S-ARENA』出演後に登坂氏本人から直接聞いていた。本人としてはナマ番組中にも自分の口から発表することも考えていたようだが、テレビの尺的に十分な説明をする時間がないこと、まだレスラー&社員全員には説明が終わっていなかったため、いきなりテレビで発言すると、会社内を動揺させてしまうという気持ちもあって思いとどまったようだ。よって翌19日にプレスへのリリース、ホームページ上での発表となった。そして昨日20日には金村キンタローが謝罪会見。アパッチのホームページにも謝罪文が掲載された。
 だが、今日21日になって村上氏がブログで大日本が発表した事実関係に対して反論。事態は好転するどころか、泥仕合になっていきそうな気配である。
 当然、大日本としては、今度は村上氏に反論するだろうし、反論しなければ「大日本の主張は嘘だった」ということになる。大日本が反論に出れば、当然、、今度は村上氏が…。
 事実としては、金村の許されない行為と、そこにどんな思いがあったにせよ、大日本の対処が被害女性を傷つけたということ。従って金村と大日本の両者は被害女性に誠意を持って謝罪し、ケアをしなければいけない。
 事実関係は当然、明らかにされなければならないが、一番大事なことが置き去りにされては絶対にいけないのだ。
 

金村問題について

 昨日のサムライTV『S-ARENA』後半に大日本プロレスの登坂栄児統括部長が緊急出演、金村キンタロー問題について謝罪した。
 詳しい経緯は大日本プロレスのホームページなりをご覧いただきたいが、1月20日の千葉大会で金村キンタローが大日本の女子社員にセクハラ行為を行なったのが事の発端。大日本は事を公にすることなく金村を出場停止処分にしていたが、村上健リングアナがブログで内部告発的なニュアンスで大日本を批判。これでファンの間で話題になって火がついた。2月16日に村上氏は大日本から無期限の出入り禁止処分を受け、17日に被害女性がメール・マガジンで金村と大日本の“隠蔽工作”を非難。そして昨日の18日に登坂部長、伊東竜二、沼澤邪鬼、金村が所属するアパッチプロレス軍から佐々木貴が出席して謝罪記者会見。その後、登坂部長はサムライTVでも事情説明と謝罪をしたわけだ。
 この問題がより複雑になっているのは金村のセクハラ行為よりも、大日本の対応にファンの怒りの矛先が向いているように感じられること。つまり大日本は事実を隠蔽するために被害者に対して配慮が欠けたのではないか、もしくは圧力をかけたのではないか、トップ選手なら何をやってもいいのかという疑惑が生じたのである。
 登坂部長はもちろん隠蔽の意思はなかったとしている。こうした事件の場合、公表することによって被害者をさらに傷つけるケースがあるのも確かだし、対処について慎重になったのは理解できる。ここから先は村上氏も含めて「言った」「言わない」の世界になってしまって意見が食い違ってくるのだが、少なくとも金村を出場停止処分にしたことだけは公表した方がよかったと思う。理由としては被害者との意思確認ができるまでは“素行不良”でもよかったのではないか。
 また、登坂氏や大日本がどんなに被害者に配慮していたとしても、その当事者が「隠蔽のための圧力」と感じてしまったら、やはり隠蔽ということになると私は思う。
 一番いけないのは金村である。これは弁明の余地はない。大日本に関しては、他団体とはいえレスラーの管理ができなかったこと、自社の社員を守れなかったこと、結果的に世間を騒がせてしまったというのは紛れもない事実。これから、いろいろな意味で制裁を受けるのも仕方がないことだろう。
 ただし、これをもって“大日本プロレスは終わりにすべき”とするのは暴論だと思う。今回の件については被害女性に誠実な対応をすることで理解を得ることが最優先だし、世間を騒がせた以上は何らかのけじめをつけなければいけない。ここまで大問題になった以上は今後の経緯についてもファンに対して説明責任がある。ただ、それとは別に選手、社員、スタッフは頑張っているということは認識しておきたい。それはアパッチプロレス軍の選手も同じこと。アパッチプロレス軍は今回の不祥事により、1・22新木場大会をもって活動を無期限で自粛することを発表した。この決断も重いと思うのだ。そこは私の個人的な感情の部分であって、結論としてはすべてはファンの審判に委ねられる。それが現実である。

これからがスタート

「今は何だかわからないプロレスもあるので、偉大な先輩達が胸を張れる“強いプロレス”を守っていきます!」
 昨日の両国国技館でカート・アングルを制してIWGPベルトを統一した中邑真輔は言った。1月発売のGスピリッツ第5号で『今、改めてファンに問う 強くないプロレスは好きですか?』というタイトルで大晦日&1・4東京ドームについて本音丸出しのかなり辛辣な座談会を行なったが、それに対する答えのように聞こえた。
 まさに新日本の命運が懸っていたと言っていい昨日の真輔VSアングル。真輔にとっては勝つことが最優先だった。本人も「勝ちにこだわって、いつもと違うペースだったかもしれないけど…」と言っていたが、本来だったらもっと様々な攻防ができたと思う。試合内容だけを言えば、アングルVSカシン、アングルVS永田の方が上だったと思う。でも、昨日に限ってはあれでよかったと思っている。
 真輔はアングルをよく研究していた。ショーン・マイケルズのようにアングルスラムをDDTに切り返したり、アンクルロックをクルリと回転してスリーパーに取る。“アングルのアンクルロックか、真輔の腕ひしぎ十字固めか?”というシンプルさは、大技の攻防よりもスリリングだった。その上での勝利は価値がある。
「今日から本当のIWGPです。これからが本当のスタートです!」
 そう、今ようやくスタートラインに立ったのだ。私は今まで真輔について厳しいことを言ったり書いたりしてきたが、それは彼が本当に新日本のトップに立ってもらわなければ困るからだ。何度も書いているが「プロレスが一番すげえんだよ」と言うなら、その凄さを見せてほしい。きっちりと伝えてほしい。「これが中邑真輔だ!」という強烈なカラーを持ってほしい。IWGPのベルトと一緒に大きくなってくれることを望むばかりだ。とりあえずは「おめでとう!」と言いたい。
 さて、真輔の快挙の裏では永田が試合前に体調不良を訴えて、脳梗塞の疑いありということで病院に向かい、後藤洋央紀戦が中止になるというアクシデントがあった。昨日の時点ではCT、MRI検査共に異常はなく、今日、改めて精密検査をするという。永田は新日本が最も苦しい時代から今日まで、時には矢面に立ち、時には踏み台になって支えてきた男。いろいろダメージの蓄積もあるのだろう。神様がくれた休養だと思って、ここはジックリと治療に専念してもらいたい。

IGFで思ったこと

 昨日のIGF『GENOME3』は猪木の誕生日にちなんで(実際には2月20日だが…)豪華ゲストがズラリ。スタン・ハンセン、ドリー・ファンク・ジュニア、将軍KYワカマツ、海賊亡霊ガスパーズ、ザ・コブラが猪木を祝福した。ガスパーズとしてボブ・オートン・ジュニア、木村健悟が登場したのはビックリ! どうせなら歴代ガスパーズの中身を揃えたら大きな話題になったかも。さらにビデオでタイガー・ジェット・シン、ヴァリッジ・イズマイウ、ジョニー・パワーズ、アニマル浜口、ジェフ・ジャレット、ダスティ・ローデス、チャイナ、船木誠勝、初代タイガーマスク(佐山聡)、ビンス・マクマホンが登場。こうしたゲスト、ビデオを見るだけでも価値があったというものだ。個人的にはボブ・オートン・ジュニアの登場と、映像ではあってもパワーズを見られたのが嬉しかった。
 さて、肝心の試合の方だが、総合格闘技なのかプロレスなのか得体が知れない試合が続いた。かつてのUFOを見ているような感じといったら理解していただけるだろうか。そんな微妙な空気を一変させたのはTAJIRIとブッカーTの一騎打ち。リングをダイナミックに使い、そしてキッチリとしたプロレスで観客を沸かせる。さすがにWWEでトップを取った2人はレスラーとしてもパフォーマーとしても一流だ。IGFはグダグダな試合も多いが、カード・アングルVSブロック・レスナー、カート・アングルVSケンドー・カシン、そして今回のTAJIRIとブッカーTのように極上のプロレスも提供してくれる不思議な場なのだ。
 メインの小川直也VSジョシュ・バーネットは、改めてジョシュの身体能力の素晴らしさを感じた。強引に小川をジャーマンなどで投げるパワーは凄いし、打撃、サブミッション、あらゆる面で小川を上回っていた。そしてプロレスラーとしての華もある。きっと猪木が理想とするプロレスラー像にかなり近いのではないか。
 一方の小川も頑張った。特にノーコンテスト後の再試合でフィニッシュとなったSTOの仕掛けは強引な分、説得力があった。でも…というのが正直な気持ちだ。
 バックボーン、世間での知名度、体格的にも現在のプロレスラーの中では小川が猪木の後継者ということになると思う。他に人材はいないのだ。だから小川にとって今が一番大事な時期。今、本当にプロレスに打ち込まなければ半端者に終わってしまうだろう。いつまでも猪木のキャラクターに頼っていたら、いずれIGFはキワモノ扱いされて終わりだろう。それまでに小川には“プロレスラー”として独り立ちしてほしいと思う。猪木さんにも本腰を入れて“プロレスの後継者”を育ててもらいたいと思う。

ノアの若い力

 昨日は新宿FACEの全日本とプレイボーイ・チャンネルのコラボ興行に行くか、ノアの後楽園ホールに行くか迷ったが、青木篤志&谷口周平の十番勝負が見たかったのでノアに行ってきた。
 私は青木には早くから目をつけていた。初めて喋ったのは一昨年9月9日の日本武道館だったと記憶している。当時、キャリア9ヵ月の青木はムシキング・テリーと一騎打ち。普通なら“僕らのヒーロー”テリーのワンマンショー的な試合になるところが、青木はこれを拒絶。得意の腕ひしぎの布石としてロープや鉄柱を使っての腕攻撃、急所攻撃で挑発、さらにオリジナル技のアサルト・ポイント(当時はまだ名前が付いていなかった)を爆発させて食い下がり、自分のカラーを出したのだ。
 そんなファイトに興味を持って話を聞いてみると、
「ただ闇雲にやっても面白くないと考えていたんで。急所打ちですか? 向こうは僕がクリーンに来るだろうと思っていたはずだから、狙ってみました。僕はヒーロー志向じゃないんで。僕はちっちゃいのでダメージを与えるというよりもスピードで丸め込む感じですね。こういうシングル戦は頼る人がいないんで自分で何とかしなくちゃいけないから勉強になります。秋山さんには“近い先輩と当たる時は意地を見せなきゃ駄目だ。やられたら、やり返せ。やり返せなくても根性見せてぶつかっていけ。そうすれば体力も付く。やられっ放しで休んでいちゃ駄目だ”と言われています。毎日勉強して、自分のスタイルを作っていきたいと思ってます」
 という答えが返ってきた。当時の青木は秋山の付人。しっかりと秋山の遺伝子を受け継いでいるんだなと感心したものだ。
 そして昨日はKENTA相手の十番勝負。あのKENTAに奇襲攻撃を仕掛け、当たりの強いKENTAの打撃に対しても退かない。やられっ放しではないのだ。それどころか、打撃の応酬から腕を取ったりとKENTAを翻弄する場面もあったのだから立派。最後はgo2sleepに沈められたが、KENTAも、
「自分の頭で考えてやっていると思うんです。得意技に持っていくプロセスもしっかり考えていると思うし、多分、これから技も増えてくるだろうから、手強い相手になりますよ。今のまま、いろんなものを吸収してやっていけばいいと思います」
 と、合格点を与えていた。
 ヘビー級の新鋭・谷口については、私的には歯痒さを感じていた。体もある。パワーもある。アマレスという下地もある。だが、それが活かしきれていないというか、自分自身でもてあましているように見えたからだ。ひょっとしたらプロレスに向いていないんじゃないかと思ったこともある。
 それが十番勝負の第1戦で健介と当たったことによって覚醒した感じ。この日の森嶋戦でも、あの145キロの森嶋をフロント・スープレックス、パワースラムでたたきつけ、ヒップアタックを受け止めてジャーマンで投げ捨てるなど、潜在能力をフルに発揮した。
 受けるだけ受けて、最後はラリアット→バックドロップで勝利した森嶋は、
「俺を投げたところで勝てるもんじゃないよっていうのをわからせたかった。今、あいつが使っている技を全部使ったら、その後はどうするの? それが課題だね。考えるきっかけになればいいと思う。アマレスをベースにやっていくのか、どういうスタイルを見つけていくのか。プロレスで上に行くには自分のスタイルが必要だから」
 と厳しい言葉を口にしていたが、今の谷口は持っているものをすべて吐き出すぐらいでいいと思う。そこから、どういう風に“プロレスラー、谷口周平”を構築していくかである。
 年末に青木、谷口がどうなっているか? 凄く楽しみだし、そこにはノアの未来があるはずだ。