昨日の主役は佐野直!

 昨日は新木場のみちのくプロレスの2008年第3戦に行ったが、新世代の息吹を強く感じた。3月2日の徳島で拳王として本デビューする期待の新人・中栄大輔は日向寺塁とボクシング・グローブを着用したスーパーエキジビションマッチ。毎大会、こうした形でエキジビションをやっているのは観客の前で試合をすることに慣れるため。4代目タイガーマスクもデビューする前に白覆面でシューティング・ルールのエキジビションを何回かやっていた。これはみちのくがいかに中栄を大事に育てようとしているかの現われだ。相手を務める日向寺にもこれはプラス。高校時代にボクシングをやっていたという日向寺にとっても個性が磨かれるし、通常のプロレスとは違う緊張感はいい経験になるはずだ。
 試合的に印象に残ったのは、まず気仙沼二郎&しばてんVS野橋真実&南野武。沼二郎と南野の激しいグランドの攻防、鈍い音が場内に響く沼二郎と野橋のヘッドバット合戦、そしてルチャ的なムーブ。当初はキワモノ的だったしばてんも今はテクニック重視のファイトになり、随所で機敏なムーブを見せてくれた。そしてメインの佐藤兄弟&フジタ“Jr”ハヤトVS義経&KAGETORA&ラッセは現在のみちのくの主流。ハヤトのヒール転向は正解だ。デビュー以来、リング上の流れとは一線を画して様々な団体のトップ選手とぶつけられて経験を積んできたハヤトが、それを一気に爆発させる時がきた。これからみちのくを牽引していくのは東北ジュニア王者・義経とハヤトの激突だろう。
 だが、昨日の大会でキョーレツなインパクトを残したのは“どインディーの雄”佐野直だった。昨日の目玉のひとつにサスケVS超大物Xがあったが、ここで登場してきたのが何と佐野。「エーッ?」という観客の落胆とブーイングの中でシャイニング・ウィザードを連発するKYぶり。結局、3分足らずでサスケのセグウェイに沈められたが「本当のXが来ているんだよ!」とメカマミーを呼び込んで、これには観客も拍手。ところが、このメカマミーと仲間割れ。メカマミーの念仏パワーボム(ということは、正体は新崎人生?)に大の字になり、なぜかサスケがスリーカウントを入れて試合終了。サスケの試合のはずが、なぜか公式記録はメカマミー(体固め、5分19秒)佐野直になってしまった。
「Xとして出て行っただけじゃなく、試合結果でも笑いを取ってしまいましたか…」と佐野。
 佐野の出番はこれだけじゃなかった。全試合終了後、佐藤兄弟、ハヤト、KAGETORA、ラッセ、南野、日向寺、沼二郎、野橋、しばてんが次々に2・17新宿FACEにおける次期東北ジュニア王座挑戦者決定時間差バトルロイヤル=M-12への参加を表明。残り2名となったところで1・14仙台で義経と東北タッグ王者になったサスケが名乗り!「あとひとりは誰か?」と会場が盛り上がったところで、突如、鳴り響いた佐野のテーマだった。またまた「エーッ?」と観客はドン引きしたが、佐野は意気揚々とリングイン。と、同時に他の参加選手が一斉にリングを降り、会場暗転というオチだった。
 まあ、どうあれ最後にリングに立ったのは佐野。そういえば佐野は年に何回か全日本のリングにも登場するし、元旦の新木場では鈴木みのる&高山善廣とタッグで激突して25分間も延々と痛ぶられた。その生命力と自虐ネタは今年も存在感を大いに発揮するはずだ?

リフレッシュ

 15日~18日の間、3泊4日の日程でグアムに行ってきた。そう、これが私にとっては正月休み。最低、半年に1回はビーチ・リゾートに行って頭をからっぽにするというのが定番になっている。グアムだったら3時間半程度で行けるし、時差も-1時間だからラクだ。
 グアムは実に5年8ヵ月ぶり。とはいっても、何をするでもなくビーチで波の音を聞き、太陽光線と海風を感じながら読書をしたり、ビールを飲んだりとグダグダしているだけ。これが私のリフレッシュ方法なのだ。
 初めてグアムに行ったのは全日本プロレスの合宿に同行取材した24年前の1984年1月。ジャイアンツがキャンプを張っていて、馬場さんと王監督のツーショットを撮影したりした。その時、泊まったフジタ・タモンビーチ・ホテルはなくなってしまったし、当時は買い物といってもギブソンズというスーパーがあったくらいで、交通手段もタクシーだけだった。それがショッピング・バスやトロリーがひっきりなしに走っていて、ホテルロード(サンビトレスロード)にはブランド・ショップがズラリと並んでいるのだから凄い!
 でも個人的には最も賑わっているタモン地区でも、ちょっと盛り場から離れたフィエスタ・リゾートからヒルトンのあたり、あるいはタムニング地区の方が落ち着けて好きだなあ。
 ということで、ようやく気分が2007年から2008年に切り替わったので、今日からまたガンガン仕事に励めるというもの。まずは今夜、新木場のみちのくプロレスだ。

最強運決定戦

 正月恒例のテレビ番組と言えば、フジテレビの『最強運芸能人決定戦』。これは星座×干支×血液型の3つの組み合わせによって、その年の芸能人の運勢を占うというもの。星座=12、干支=12、血液型=4だから576の組み合わせがあるということだ。
 ちなみに私は乙女座×丑年×A型。過去の運勢は2006年=526位、2007年=553位とメチャメチャ悪い! ウーン、2006年はともかくとして、去年は仕事面、健康面、その他諸々あった年だったなあ…。
 じゃあ、今年は? ところが…今年のオンエアはなし! ホワイ? なぜ? 結構、人気があった番組なのに。でも、フジテレビの携帯サイトにはちゃんとありました。で、調べてみると今年は何と94位! 過去2年に比べて格段にいいんじゃないかい?
 とはいえ、いい年になるのも悪い年になるのも結局は本人次第。去年にしたって、いろいろあったにせよ、勉強にもなったし、考えることも多く、実りのある年だった。2008年は「本当にいい年だった!」と言えるように、いろいろな意味で日々を大切に生きていこうと心に誓う私です。

ロックアップにある長州の理想

 ロックアップは長州力にとって、新日本ではやれないことを実現する場である。長州は2005年10月、新日本の現場監督に復帰した際にインディーを登用したが、それは新日本内部から批判を受けた。今、ロックアップのコンセプトになっている新日本、リキプロ、GBHとインディー連合軍(アパッチ、大日本、K-DOJO)の対抗戦は、本来、長州がやりたかったことなのだと思う。
 基本的に長州は対抗戦が好きだ。維新軍時代にしても正規軍との対抗戦だったし、全日本でもジャパン・プロレスとして全日本に対抗した。現在のレジェンド軍にしてもそう。WJ、リキプロでインディーの中にもいい素材がいることを知り、また彼らのハングリーさを知った長州は、対抗戦というわかりやすい図式を作ってロックアップのリングで“闘い”を提供していきたいのだ。
 昨日の後楽園ホールにしても、第1試合の内藤VS小幡からいい緊張感があった。グランドでの攻防、エルボーによる打撃戦、そして意地の張り合い…若手同士の真っ向からの勝負は「負けてなるか!」という気持ちが出ていて、まさに対抗戦のムード。また、第3試合のタッグマッチでは、平澤が格の違いなどお構いなしに“インディーのビッグネーム”黒田哲弘をパワーでガンガン攻め立てたのが良かった。内藤、平澤はかつてのヤングライオンの匂いがあって好感が持てる。
 長州は2ヵ月ぶりに頭部の負傷から復帰した越中と組んでVMのTARU、YASSHIと対戦。YASSHIのお約束の「カス野郎…」のマイク・パフォーマンスを背後から蹴っ飛ばして阻止し、ヘッドバットの乱打。試合後にはYASSHIにペットボトルの水をぶちまけて、試合を長州カラーに染めてしまったのはさすが。1・4東京ドームではレジェンド軍とGBH&VMの10人タッグが行なわれているが、長州が自分のカラーをおしつけることで、逆にVMの新しい魅力も出てくるかもしれない。これは継続させてほしいものだ。
 昨日のテーマは昨年11・24後楽園のロックアップでWEWヘビー級王座挑戦権をかけて関本大介を破った石井智宏が、メインの8人タッグ金網デスマッチで金村をフォールしてアパッチ側に2・24後楽園でのWEW王座挑戦を正式に認めさせたこと。今日の新木場大会で行なわれるマンモス佐々木VS黒田の勝者に挑戦という流れになった。
 次の2・24はロックアップのターニング・ポイントになる大会だ。長州は今のエンドレスとも思える流れを2・24でリセットすることを示唆。さらにサプライズを予告している。確かにVSアパッチは答えの出ない戦い模様。少々、中だるみの感は否めない。どこかで何らかの結論を出さなければ、戦う当事者たちも、観る側もモチベーションが落ちてしまうだろう。次の2・24でどんな新展開が生まれるのか? そこで長州の本当の理想が見えてきそうだ。

Gスピリッツ第5号情報PART5

 昨日発売されたGスピリッツ第5号はもう買っていただいただろうか? まだの人もいると思うので、今日はラストの宣伝をさせてもらいます。
 今号の柱になっているのは“東京ドーム特集=新日本プロレス闘強導夢の光と影”だが、それ以外に私が手掛けたのは“追憶――ブルーザー・ブロディ”という記事。
 1988年7月16日、ブロディがプエルトリコでホセ・ゴンザレスの凶刃に倒れて今年で20年。バーバラ夫人が、あの事件を知らされた時のことを綴ってくれたのだ。そこには我々が今まで知らなかった事実も記されていた。
 実はこれは、昨年アメリカで発売された『THE TRIUMPH AND TRAGEDY WRESTLING’S REBEL』(レスリングの反抗者の勝利と悲劇)なる本からの一節。これが日本語に訳されて2月中旬に東邦出版から『ブルーザー・ブロディ 知的反逆児』(翻訳=田中雅子)として出版されることになった。たまたま、私がこの本に協力している関係で、東邦出版のご厚意によって、発売より早く、一部抜粋して掲載できることになったのだ。
 この本の著者はバーバラ未亡人とラリー・マティシク。ラリーは日本では馴染みのない名前かもしれないが、かつてNWA会長として知られたサム・マソニックのセントルイス・レスリング・クラブのGMを務めた人物で、私も1981年夏にセントルイスのパーク・チェイス・ホテルで会ったことがある。その後、グレーター・セントルイス・レスリング・エンタープライズを旗揚げして、ブロディをエースに据えていた。
 全部を読んだわけではないが、原書の前文でラリーはこう書いている。
『フランクは本来、ユニークなパーソナリティの持ち主でした。そして、彼はブルーザー・ブロディとして忘れられない性格をつくりました。真にこの複雑な男の両サイドを理解した人々は、この本に価値ある貢献をしてくれました。とりわけ、以下の人たちに感謝します。
 ピート・オルテガは、フランクとの友情を我々と共有するために、彼の心を開けました。ピートと彼の妻ローは、フランクが何者であるかについてわかっていました。(中略)
 バック・ロブレイ、ゲーリー・ハート、スタン・ハンセンに感謝します。彼らは彼らの体験や経験を信じられないくらいオープンにしてくれました。ボビー・ジャガースとテリー・ファンクは、フランクについてとても多くの要素を加えてくれました。そして、彼は誰だったのか、クレイジー・ビジネスにおいての彼の位置を説明してくれました。
 ビクター・キニョネスは、自分が何を知っていたか、あの悲劇がなぜ起こったかを完全にオープンにして激しかったです。(攻略)』(原書から抜粋翻訳)
 どう? 期待できるでしょう? ということで、Gスピリッツの宣伝というよりもブロディ本の宣伝のようになってしまったが、今号もGスピリッツはプロレスを深く掘り下げ、丁寧な作りになっています。マスカラスのマスク大研究では30年ぶりに発見されたマスクや、35年間眠っていたマスクも登場! ぜひとも手にとってください。
 

Gスピリッツ第5号情報PART4

 今日1月12日(土)にGスピリッツ第5号が発売された。まだ買っていない人もいると思うので、改めてコンテンツを掲載しようと思う。さあ、これでどうでしょう!
【特集】新日本プロレス東京ドーム大会の功罪を問う
★対UFO<証言>佐山聡
「小川が橋本にセメントを仕掛けた理由」
★対全日本プロレス&WAR<証言>天龍源一郎
「18年前に起きた元祖ヌルヌル事件&猪木が仕掛けた禁じ手」
★対UWFインターナショナル<証言>鈴木健
「使い捨てにされた!いま明かされる全面戦争の裏側」
★対大日本プロレス<証言>グレート小鹿
「大国・新日本に潰されない方法」
★対ヒクソン・グレイシー
「ヒクソン軍団招聘計画」
★対パンクラス
「幻に終わった5VS5全面対抗戦」
★対ビッグマウスラウド
「前田日明のシュート指令」
【座談会】
大晦日興行&1・4東京ドームを総括
【インタビュー】
天山広吉「猛牛誕生の秘密/苦悩と葛藤、そして小橋」
キラー・カーン「ジャンボ最強説に異議あり」
【クローズアップ】
ブルーザー・ブロディ「夫人が語る超獣の死」
ミル・マスカラス国宝級マスク大研究3
【強力連載】
長州力の人生相談『くよくよ悩むな、コラッ!』
みのもけんじ『プロレス・スターウォーズG~グレート・ムタ編~』
ザ・グレート・サスケ『愛のミステリーサークル』
菊地孝×門馬忠雄×吉澤幸一『三者三様』
男色ディーノ『続・男色病棟24時』
ますだおかだ増田『リングサイドを遠く離れて』
ハチミツ二郎『新日本プロレス復興計画』
ユリオカ超特Q『ドラゴン怒りの雪崩式リングイン』
ドクトル・ルチャ『アリーバ・メヒコ』
小佐野景浩『真説・天龍革命』
原悦生『格闘写真美術館』
渋澤恵介『世界ふしぎ再発見』他
【付録DVD】
CMLLジャパン特集
ミル・マスカラス自選試合を含む全7試合+特典映像
〔97年2月2日・後楽園ホール〕
▼6人タッグマッチ
リスマルク、ショッカー、ミステル・ニエブラVSピラタ・モルガン、ブラック・ウォリアー、レイ・ブカネロ
▼タッグマッチ
エル・イホ・デル・サント、ベスティア・サルバヘVSネグロ・カサス、スペル・アストロ
〔97年2月4日・京都KBSホール〕
▼6人タッグマッチ
ラヨ・デ・ハリスコJr.、リスマルク、マスカラ・マヒカVSピラタ・モルガン、ベスティア・サルバヘ、アポロ・ダンテス
〔97年2月6日・駒沢オリンピック記念公園体育館〕
▼6人タッグマッチ
リスマルク、スペル・アストロ、ケンドーVSピラタ・モルガン、レイ・ブカネロ、ベスティア・サルバヘ
〔99年8月13日・後楽園ホール〕
▼タッグマッチ
ミル・マスカラス、ソラールVSグラン・マルクスJr..、ウルティモ・ゲレーロ
〔01年1月28日・後楽園ホール〕
▼シングルマッチ
エル・イホ・デル・サントVSブルー・パンテル
〔01年2月4日・後楽園ホール〕
▼10人タッグマッチ
ミル・マスカラス、ドス・カラス、エル・イホ・デル・サント、ラヨ・デ・ハリスコJr.、ドス・カラスJr.VSアルカンヘル、ブルー・パンテル、ショッカー、折原昌夫、NOSAWA

Gスピリッツ第5号情報PART3

 93年1月4日=長州VS天龍、94年1月4日=猪木VS天龍と、2年連続でVS天龍WARとの対抗戦をメインに東京ドーム興行を行なった新日本は、95年の1・4こそ橋本VS健介のIWGP戦という純血カードで勝負したが、95年10・9、96年1・4、96年4・29の3大会連続でUインターとの全面戦争によって大会を成功させると同時に「Uを消す!」という本来の目的を達成。次に着手したのは「インディーを消す!」ことだった。
 そこで今回の東京ドーム特集で私が取材した最後の人物は大日本プロレス社長のグレート小鹿。Uインターとの戦争がほぼ終結した96年6月、16団体が集結して『メモリアル力道山』なる大会が開催されたが、大会終了後に新日本の現場監督の長州がインディーを批判。これに噛みついたのが小鹿社長だった。
「インディーを舐めるな!」と宣戦布告した小鹿社長に対して「何で小鹿なんだ? 釣る獲物を間違えた」と長州。それでも小鹿社長は強引なやり口で新日本と長州を追い詰めて、翌97年1月4日に新日本VS大日本に持ち込んだのである。
 当時、私は小鹿社長の宣戦布告→長州の拒絶→さらなる小鹿社長の挑発→遂に長州&新日本が受諾という流れを巧妙なストーリーラインだと内心では思っていたが、今回、小鹿社長に話を聞いてみると完全否定。
「おいらは新日本と商売する気なんか、サラサラなかった!」
 と言い切った。新日本の思惑と関係なく勝手にアクションを起こし、それに対して逆に新日本が食いついてきたのだという。
 このインタビューではグレート小鹿という昭和のレスラーならではの気概を感じ取ってもらえたら幸いだ。

Gスピリッツ第5号情報PART2

 今回の東京ドーム特集の取材で懐かしい人に会った。UWFインターナショナルの取締役だった鈴木健氏だ。昨年3月21日、上井駅の後楽園ホールでバッタリ顔を合わせて以来のことである。
 鈴木氏は髙田延彦を“最強”にするべく辣腕を振るった武闘派。アポなしで新日本の事務所に乗り込んで髙田VS蝶野戦を迫ったり、現ナマ1億円を用意して各団体のトップ選手にトーナメントを呼びかけたり、極めつけは新日本との全面対抗戦を仕掛けたことだ。
 その強引さと歯に衣着せぬ言動で、プロレス業界内では曲者扱いもされた鈴木氏だが、私は不思議とウマが合った。良くも悪くもストレートな人だったし、本当に髙田延彦が大好きなのがわかったからだ。
 さて、久々に会った鈴木氏は昔と全然、変わっていなかった。とにかく元気いっぱい! Uインター、キングダムの失敗で1億円の借金を負い、それを返済するために98年9月に世田谷区用賀に焼き鳥と串焼きの店『市屋苑』を出して今日に至っているが、取材のために店を訪れると嬉々として自ら焼鳥を焼いていた。
「ある債権者がこんな俺の姿を見て“Uインター時代はスーツを着て偉そうにしていた鈴木さんが、汗を流してお金を返そうとしているのがわかりました”って言ってくれたんだよね。当時の俺は突っ張ってたからね」
 と、笑う鈴木氏。あの時代のプラス志向とバイタリティは健在だし、何より若々しい。
 新日本の東京ドームの歴史の中で忘れられないのは95年10月9日のUインターとの全面戦争。これについては新日本側の仕掛け人・永島勝司氏が自著で書いたり、髙田も自伝『泣き虫』で触れているが、実際の言いだしっぺである鈴木氏の証言はほとんど出ていない。そこで今回、登場を願った。
 なぜUインターは新日本に敵愾心を剥き出しにしていたのか? なぜ、犬猿の仲だった新日本に対抗戦を持ちかけたのか? 対抗戦実現に至るまでの過程は? 実際に接した新日本はどんなものだったか? 後悔していないのか?
 鈴木氏の証言は熱っぽかった。新事実が浮かび上がると同時に、いかに鈴木氏がUインターにすべての情熱を傾けていたかがわかった。この証言は全面戦争の舞台裏というだけでなく、鈴木氏の青春でもある。 

Gスピリッツ第5号情報PART1

 Gスピリッツ第5号の発売日1月12日(土)まで、あと4日。今日から発売当日まで、私自身が取材したものの中から見所を書いていきたいと思う。
 今回の柱になる特集は、東京ドームで繰り広げられた新日本の数々の対抗戦の検証。それも新日本サイドからではなく、新日本という大国に挑んだ団体サイドからアプローチするというものだ。
 まず、私が取材したのは天龍源一郎。天龍は1990年2月10日、全日本の馬場社長と新日本の坂口社長の協調路線によってタイガーマスク(三沢光晴)、ジャンボ鶴田、谷津嘉章、スタン・ハンセンと共に新日本の東京ドームに登場した。当時、新日本と全日本が交わることは夢物語と思われていただけに画期的なことだった。
 当時の天龍は、リングの上では天龍同盟として反体制の立場だったが、全日本プロレスという組織の中では馬場が最も信頼していた人物。この新日本出陣に際しての馬場の気持ち、協調路線の裏での戦いの部分を天龍に証言してもらった。また、この大会直後に天龍の口からは新日本と長州への失望の言葉しか出てこなかったが、その本音も18年経った今、明かされる。
 さらに2年後の1992年6月、WAR旗揚げ戦を前にした天龍は、週刊ゴング誌上の私のインタビューで「引退試合は長州とやりたい」と発言。それが新日本とWARの対抗戦へとつながった。今、改めて聞いた大国・新日本と弱小団体WARのテーブル上の駆け引きの話は興味深かったし、93年1・4での長州戦、94年1・4での猪木戦で何が起こっていたかも読みどころ。
 大国・新日本に呑み込まれまいと意地を通そうとする天龍、ビジネス上では握手しながらもリング上では全日本を、WARを潰しにかかった新日本。やはり対抗戦はあらゆる意味で闘いなのだと実感させられた次第だ。
 

コメントについて

 このたび、このサイトの管理者とも相談の結果、コメントに関して、事前確認の上で掲載させていただくことになりました。というのも、あまりにもスパムが多く、1日放置しておくと150~200件近く入ってきます。やむを得ない処置としてご理解いただきたいと思います。
 基本的には、私に対して好意的であれ、批判的であれ、いただいたコメントはすべて掲載したいと考えています。確認する時間がない場合には掲載までに時間がかかるかもしれませんが、それはご了承のほどを。今までもスパム以外のコメントを削除したことはありませんし、これまでと変わらずご投稿ください。このサイトが意見の交換の場であったり、私自身、コミュニケーションが取れる場であればいいなと思っていますので。
 ただし、これを機会にマナーに反した内容のもの、単なる悪口や言いがかりとしか思えないものについては私及び管理者の判断で掲載を見送らせていただきます。
 このような形になりましたが、今後も、このMaikaiを楽しんでいただけたら幸いです。