命日

 今日1月31日は馬場さんの命日。あれからもう9年の月日が経ってしまった。9年前…1999年1月、私は週刊ゴング編集長から編集企画室長に異動した。その初めての仕事が馬場さんの追悼号を作ることになってしまったのを昨日のことのように思い出す。「馬場さんは最後にあなたの新しい門出に大きな仕事をあげたのねえ」と元子さんは言ってくれた。
 先日、コメント欄に「馬場さんから教わったホテルや食事のマナーについて書いてほしい」という書き込みがあった。特に「ああしろ、こうしろ」と教わったわけではなく、馬場さんの立ち居振る舞いを見て、覚えたというのが正解だ。一番大きかったのは、どんなに汚い恰好をしていても馬場さんと一緒だったらホテルの人たちは丁重に扱ってくれる。それだけになおさら「馬場さんに恥ずかしい想いをさせてはいけない」という気持ちが働いて、それなりの場ではそれなりの対処ができるようになったのだと思う。
 よく連れていってもらったのはキャピトル東急ホテルのオリガミ。ここは洋食のレストランだが、馬場さんが「天ぷら定食」と言うと、本当に天ぷら定食が出てきてビックリしたものだ。G・BABAと刻印された専用のマッチも用意されていたし、リッチな気分を味わわせていただいた。馬場さんとご一緒させてもらったことで、どこに行ってもおどおどすることがなくなったのは確かである。
 馬場さんが教えてくれたのは人間として基本的なこと。「人を人間的に傷つけちゃいけないよ」「嘘はつくなよ」「逃げ道がなくなるところまで人を追い詰めちゃ駄目だよ」「カアちゃんは大事にしろよ」といった感じだ。
 マナー的なことで一番学んだのはスマートなチップの払い方。89年7月にハワイでご一緒して食事をした時に「なるほど、こうやってチップは払うのか!」と、目からウロコだった。
 そして今、私の人生で大きいのはハワイの魅力を教えてもらったこと。毎年ハワイに行くことで人生を豊かにさせてもらっている。馬場さん、ありがとうございます。

「命日」への2件のフィードバック

  1. 小佐野さんさっそく教えて頂いてありがとうございます。
    今後も機会があれば教えて欲しいです。
    馬場さんがお亡くなりになられて9年。新日本での橋本、小川事件もちょうど1999年。今考えると、あの年からプロレス界が揺らぎ出したのだと思う。天国の馬場さんは今のプロレス界を見てどのように考えているのだろうか?

  2. ぜひ、そのスマートなチップの払い方を教えていただきたかったです。
    特別なことなのかな?それともタイミングですか?

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