ハル薗田さん…

 ノアの今ツアーでは若手6選手による『モーリシャス杯争奪リーグ戦』が行なわれている。昨日の後楽園ホールにおける開幕戦では谷口周平と青木篤志の公式戦が行なわれた。体格とパワーに任せた谷口と、体格差をテクニックで克服しようという青木の攻防は20分時間切れ。優勝候補同士の戦いにふさわしい内容だったと思う。
 この“モーリシャス”というのは、20年前の1987年11月28日、ハル薗田さんが亡くなった場所。同日、台北発南アフリカ共和国ヨハネスブルク行の南アフリカ航空機295便が給油地点のモーリシャスの北東230キロ付近で日本人乗客47人を含む乗客乗員160人を乗せたまま墜落するという事故があったが、その犠牲者の中に薗田さんと新婦・真弓さんがいた。タイガー・ジェット・シンのリクエストで南アフリカで試合をするために向かう最中での事故だった。私の薗田さんの思い出はプロレスコラムの第84回で書いているので、よかったら読んでみてください。
 あれから20年。ノアの人たちが薗田さんの名前をこういう形でファンの人たちに思い出させてくれたのは嬉しい限り。三沢にとって薗田さんは兄貴分だったし、小川、小橋、菊地、そして田上もプロレスのイロハを薗田さんから教わったのだ。
 1997年の全日程終了後、12月16日、東京・後楽園ホールで『ハル薗田選手夫妻を偲ぶメモリアル・セレモニー』が催された。ここでは何試合かが組まれ、第1試合出場の小川良成は涙でなかなかリングに上がれなかった。それをコールする仲田龍リングアナの声は完全に涙声だった。三沢はタイガーマスクとして仲野信市とタッグを組んで冬木&川田相手に黙々とファイトした。最後の薗田さんの教え子の小橋と菊地は本デビューを前に急遽、バトルロイヤルに出場して薗田さんの遺影の前でファイトした。20年も前のことなのに、そんな光景をはっきりと憶えている。
 今回のリーグ戦の主旨は「薗田さんから当時の若手が教えられたものを、次世代を担う若者に伝えていきたい」というもの。そう、受け継ぐ者がいる限り、薗田さんの魂はリング上に永遠に生き続ける。

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