昨日のハッスル・ハウス

 昨日は後楽園ホールで『ハッスル・ハウス28』。オープニングでは坂田亘がファンに結婚報告をし、そこに“ハッスルの妖精・小池栄子”に扮した川田が出現してツッコミを入れるという、お楽しみでスタートだ。それにしても川田は芸達者。歌だけでなくシャベリもOK! ここまできたら、トコトンやってもらいたいという気分になる。ちなみに坂田の新妻・小池栄子はお忍びで会場に来ていた。
 地上波放映スタートによってハッスルは活気づいている。サプライズとして、あの西村修が「ガンジスの蛙、インド洋を知らず」と、ムガール帝国の賢人ニシム・ラマとして登場したのだ。
 キャラ付けは別として天龍にしても、西村にしてもハッスルの世界に入ってきたのは「そこに一体、何があるのか?」「これにはどんな可能性があるのか?」という気持ちからではないか。そして、実はハッスルのプロレスは、理に適ったセオリー通りであるというのも大きなポイントだと思う。以前、TAJIRIはこう言っていた。
「何だかんだ言われますけど、ハッスルのプロレスが一番まともだと思いますよ。ひとつひとつの技、フィニッシュ・ホールドを大切にしているし、反則だって必ずレフェリーの死角を衝いてやる。今、ないがしろにされている当たり前のことをやっているんです。ボクはハッスルを通じて、プロレスを本来のものに戻したいんですよ」
 だからかつてのアメリカン・プロレスをベースにする天龍と西村がそこにいるのだと思う。
 メインは天龍とRGがWARGを結成して大谷&アン・ジョー司令長官と激突。試合は大谷とアン・ジョーのシビアな攻めを耐えたRGが、アン・ジョーを回転エビ固めに仕留めたが、この回転エビ固めが見事だった。思わず涙するRG。RGはメインの重責を理解していた。
 そして天龍は、このRGを支え、ハッスル軍と一体になっていた。試合終了後、笑顔で客席四方に向かって“ハッスル! ハッスル! フォフォフォフォー!”のパフォーマンスをやる天龍。その姿を見て、天龍がこのハッスルの発展に全力を傾注しているのが改めてわかった。表面的には20年前の天龍同盟の時とはまったく違う姿。だが、その根底にある“何かに懸ける心意気と姿勢”は変わっていない。何年経っても天龍源一郎は天龍源一郎である。

ハッスル地上波放映について

 9月8日の土曜日、テレビ東京で16時~17時15分に『ハッスル・エイド2007』が放映された。遂に念願だった地上波放映のスタートだ。
 肩肘張らない私の感想は…会場ではムタの試合が一番インパクトあったが、すでに観ていることもあって、試合として純粋に面白かったのは天龍とHGの試合。真っ赤に腫れ上がるHGの胸、やはり赤くなる天龍の右腕は、2階席後方の記者席からはわかりづらいものだったからだ。テレビで観て、改めて天龍がHG相手に真っ当に試合をしていることが理解できたし、ハードな試合だったことも確認できた。最後までやり遂げたHGも立派だと思う。そして会場では天龍が髙田総統に足蹴にされてバッドエンドを迎えるが、テレビではその後のハードゲイに変身した天龍のイキイキした表情を持ってきていた。ちゃんとオチまで持ってきているのはわかりやすくていいし、溜飲を下げたファンも多いことだろう。
 さて、この『ハッスル・エイド2007』を普段はプロレスを観ない人や興味がない人にはどう映っただろうか?「へぇー、プロレスってこんなになっちゃったの?」「HGってプロレスも出来るんだ」「結構、タレントってプロレスをやってるんだね」といったところだろうか…。
 ハッスルを楽しむには、ベースのストーリーを理解しなければならない。ハッスル軍と髙田モンスター軍の対立の図式、悪の絶対的権力者・髙田総統の面白さをいかに伝えられるかが大きなポイントだと私は思う。また、従来のプロレス・ファンに向けては、髙田総統と川田のデュエットを流すぐらいのインパクトを与えてもよかったのではないか。
 10月6日からはケンドーコバヤシをメイン・パーソナリティーに毎週土曜日の26時50分~27時20分の30分枠で『どハッスル!!』がスタートするが、どれだけその魅力を伝えられるか注目だ。
 今日は後楽園ホールで『ハッスル・ハウス28』が開催される。果たして地上波効果はあるか?

ノア日本武道館PART2

 ノア旗揚げ旗揚げ7年目にして初のヘビー級シングル・リーグ戦となった『GHCヘビー級選手権次期挑戦者決定リーグ戦』は丸藤正道の優勝で終わった。私にとっては、この結果よりもリーグ戦の流れの上だとはいえ、98年にデビューした丸藤と森嶋猛のシングルマッチが日本武道館のメインになったということの方が大きかった。時代は確実に動いているのだ。
 勝った丸藤に拍手を贈るのはもちろんだが、私が嬉しいのは森嶋の成長である。190センチ、145キロ(多分、今は160キロぐらい?)の体は文句なく魅力的だったのだが、それだけに森嶋には歯痒い部分が多かった。気が小さい、いい時と悪い時の差が大きい、一時期は「何で俺を認めてくれないんだ!」と逆ギレ気味の時期もあった。その天性の恵まれた体と現実にギャップがあり過ぎたのである。
 そんな森嶋の浮上のきっかけは昨年3月5日の三沢戦。三沢は森嶋のすべてを真正面から受け止めた。結果、森嶋は日本人レスラーにないパワーを思う存分、発揮できた。
 そこから先は森嶋本人の努力。ヨーロッパ遠征を終えて帰国した森嶋は大きく変わっていた。それまでは思い詰めたような表情で試合をしていたのが、いい意味で楽しく伸び伸びと試合ができるようになったのだ。秋頃だったか、話を聞いてみたら、
「切羽詰ってやっていた自分は違うなと思ったんですよ。ヨーロッパに行ってみたら、ヘビーもジュニアも関係なく、いい試合をやる人間、ファンが支持する人間が上を取っている。誰が強いか決めるのは、お客さんなんだなって思いました。そう思ったら、自分を素直に出して、それをお客さんに評価してもらえばいいんじゃないかって。自分が楽しまなければ、お客さんも楽しめないだろうって」
という言葉が返ってきた。森嶋は明らかに一皮剥けていた。
 今年の1月、三沢のGHCに挑戦した森嶋は、日本武道館で初のシングルによるメインのプレッシャーに潰され、またまた逆戻りかと心配したが、その直後にROH世界王者になって、さらに進化した。どんなに小さい選手が相手でも、ちゃんと相手の持ち味を引き出して試合を成立させ、その上で勝つという術を会得したのだ。
 今回の過酷なリーグ戦の最中にアメリカに飛んでROHの防衛戦をやり、すぐに帰国してリーグ戦に戻った。その合間には健介オフィス興行に出向いて中嶋勝彦の挑戦も退けている。今や日米を股にかける立派なチャンピオンである。
 98年、高校を卒業して全日本に入門した森嶋は、体が大きいだけに練習に付いていけなかった。遅れて入門した丸藤は何でもこなせる天才だった。デビューこそ森嶋の方が5ヵ月早かったものの、デビュー後も明らかに丸藤の方が将来性を感じさせた。そういえば、何年か前、丸藤はこう言っていた。
「ノアの未来はすぐそこですよ。その時、隣か反対側のコーナーに森嶋さんが立ってなきゃ困るんです」
 今、その未来が現実になりつつある。あとは9・29大阪で丸藤が未来を今現在に引き寄せられるかだ。
 

ノア日本武道館PART1

 9月9日、ノアの日本武道館大会。ビッグマッチ用のスペシャル・カードとして用意されたのは三沢&潮﨑VS藤波&西村のノアVS無我だった。三沢と藤波は05年5・14東京ドームでタッグを組んでいるし(VS蝶野&ライガー)、西村も新日本時代にノアに上がって志賀と一騎打ちを行なっている。
 さて、試合はカラーがくっきりと分かれた。藤波も西村も自分のスタイルをしっかりと持っていて、しかもキャリアがあるから自分の出しどころを知っている。よそのリングでもきっちりと持ち味を出してペースを崩さずに戦った。
 一方のノアは完全に受けのファイト。ノア系の選手は自分を出すよりも、受けに自信があるから「果たして、この相手はどんなことをしてくるのだろう?」というファイトになってしまう。今回のリーグ戦で全敗ながらも森嶋戦、秋山戦など好試合を続けてきた潮﨑にしても受けのファイト。キャリアからしたら、他団体の先輩相手に自分を試すべくガンガンぶつかっていくのが本当だと思うが、習性からか、まるでベテラン選手のように無我勢の持ち味を引き出すようなファイトをしていたのは惜しまれる。やはりキャリアの差があるだけに、結局は受けているつもりでも、そのまま押し切られてしまうのだ。
「物足りないっていうか、最初だからなんとも言えないよね。藤波さんは巧いよね。タイアップした時、凄い力強さを感じたしね。西村選手は掴みづらいね(苦笑)。彼は彼でマイペースを貫いていた。ぶっちゃけ、様子を見過ぎた。今後?“もう1回!”みたいな感じもあったし、ウチの若い選手にしても場慣れとか、外の違う人たちとやるのも必要だと思うし、機会があれば…」
 と、三沢は今回の無我との接点を“点”ではなく“線”にしていくことを示唆。
 基本的にノアと無我のスタイルは噛み合うと思う。今回はお互いに挨拶程度の試合。これでシングルマッチが組まれるようになれば、またまた新しい展開が生まれると思うのだが。

ありがとうございました

 昨日のノア日本武道館大会の場外売店で『Gスピリッツ』が販売された。大会前と大会終了後、編集長の清水さんが自ら店頭に立ち、声を張り上げて売っている姿を見て、その“本気”を感じた。私も取材の合間を縫って、大会前の約1時間、店頭に立たせてもらった。
 この場外売店ではベースボール・マガジン社の本多誠クン(元週刊プロレス編集長)も自著『NOAHを創った男』の売り子をやっていた。思わず目が合って、お互いにニッコリ。
 本多クンも我々も、気持ちは同じ。自分たちが作った本をひとりでも多くのファンに読んでもらいたいという一心である。手売りのいいところは、買ってくれるファンの顔が見られることだ。そして、その嬉しそうな顔を見ると「こうして貴重なお金を出して買ってくれる人たちのためにも、より面白い本を作ろう!」という気持ちが強くなるし、その1冊1冊の代金が我々の生活していく糧の一部になるのだということも強く実感できる。昨日は用意していた冊数の3分の2以上が売れたとか…。本当にありがとうございました。
 さて、ここ最近は『Gスピリッツ』のPRが主体になってしまっていたが、明日からは本来のダイアリーに戻ろうと思っています。明日はノア武道館について書くつもりなので、よろしく!

緊急告知

 今日9日、ノアの日本武道館大会の場外売店で『Gスピリッツ』創刊号が販売されることになった。
 辰巳出版の社員でも、『Gスピリッツ』編集部員でもない私だが、やはり自分が関わった本だけに1人でも多くのプロレス・ファンに読んでもらいたいと願っている。幸い、こうしてホームページを持っているので、広く宣伝していきたいと思う。私設宣伝マンということで(笑)。
 まだ購入していない方は、ぜひ売店にお立ち寄りください。
「小橋建太選手のロング・インタビューが掲載されました新しいプロレス専門誌『Gスピリッツ』。ご観戦の記念に、またご家庭のお土産にぜひお買い求めください。1冊税込1050円で販売しております!」

惜しまれる引退

 昨日、全日本の事務所でブルート一生の引退記者会見が行なわれた。残念ながら、どうしても外せない用事があって行くことができなかった。
 ブルートはアマレスから馳センセーが全日本に引っ張った選手。馳センセーに会うたびに「杉浦はちゃんとやってる?」と聞かれたものだ。
 04年にはグレコローマン120キロ級で全日本学生王者になり、アジア選手権フリースタイル120キロ級4位にもなっている猛者だが、素顔はおっとりとしていて穏やかな若者だった。新弟子時代からいつもニコニコしていて、我々マスコミとっては癒し系。それがリングでも出てしまい、およそ“ブルート”というリングネームは似つかわしくなかった。きっと武藤は「荒々しいレスラーになれ!」と、このリングネームを付けたのだろう。
 大学1年の時に右肩を痛め、それをプロになってから悪化させて去年の10月に手術。今年の春には「そろそろ試合ができそうです」とニコニコと話してくれたっけ。5月にはカナダに渡ったが、ワイヤーで止めていた骨の土台にヒビが入ってドクター・ストップがかかったという。
 本当に残念。194センチ、140キロの体は、大型が少なくなった今の日本プロレス界にとって、大きな宝だった。
 でも、25歳で踏ん切りをつけて第2の人生を歩もうという決意は大したものだと思う。穏やかな癒し系の根っこにある人間としての強い芯を感じる。正味1年のプロレス人生だったけれど、その笑顔でこれからの新たな未来を切り拓いていって下さい。

『Gスピリッツ』取材後記

『Gスピリッツ』創刊号は、もう手に取って頂けただろうか? 買った人、これから買おうと思っている人、そして買うかどうか迷っている人…すべての人へのPRということで、とりあえず自分が関係した取材の後記を書かせてもらう。
 順番からいくと、まずは武藤敬司×ケンドー・ナガサキの対談。ケンドー・ナガサキこと桜田一男さんは武藤のアメリカにおける師匠。キャリア1年で修行に行ったフロリダに始まって、プエルトリコ、テキサス、WCW…と行動を共にした人物だ。さらに武藤をSWSに引き抜こうとした人でもある。グレート・ムタの原点とは? パッケージ・プロレスを推進する武藤の感性はどうやって培われたか? そしてSWS引き抜き問題の真相は? ということで聞きたいネタは山ほどあった。2人が直接会うのはSWS騒動以来とのことで、実に17年ぶりだったが、2人の間に空白はなかった。そしてアメリカンな2人だけに話は脱線に次ぐ、脱線! いやあ、まとめるのに苦労しました(苦笑)。実は私も桜田さんとお会いするのは、日本スポーツから出した『SWSの幻想と実像』の取材以来だから8年ぶりだったが、相変わらず気さくな人。プエルトリコ時代の写真も提供してくれて本当に感謝だ。
 天龍インタビューは、私が参加したとしたらスルーできない。読み手がどう受け取るかはわからないが、HGに負けたこと、ハードゲイへの変身、そうしたことに批判があることなどを真正面から聞いたつもりだ。
 そして保永インタビュー。保永という人は寡黙だが、本当に気骨ある人で、懐にナイフを忍ばせたような凄味を持っている昭和のレスラー。20年以上接しているが、インタビュー取材は初めてだったし、初めて聞かせてもらった話も数々あった。このインタビューの評判が上々のようなのは素直に嬉しい。
 とにかく週刊誌時代とは違った取材。そこには新たな発見や驚きがあった。プロレスは、まだまだ掘り起こされていない面白い材料がゴロゴロしているはず。それを丹念に掘り起こしていきたいと思う。
 創刊号ということで清水編集長、佐々木編集長、斎野&村上の両君も試行錯誤の連続だったと思う。私は、もちろん企画やアイデアをどんどん出していくつもりだが、基本的には彼らの編集方針にボリュームをつけてサポートしていければと思っている。
 ということで、まだ買っていない人は手に取ってみてください!

9月5日は…

 今日は『Gスピリッツ』の創刊日。あとはプロレス・ファンが手に取ってくれるかどうかだけ。ぜひ立ち読みなどせずに、購入して読んだ上で判断していただきたい。
 さて、今日=9月5日は個人的にも記念日。私の誕生日なのだ。この世に生を受けて、あれよあれよという間に46歳。ここまで無事に生きてこられたことに素直に感謝だ。思えば、1984年5月にゴングが週刊化され、全日本プロレスの担当記者になった時、ジャイアント馬場さんが46歳だった。当時、22歳と8ヵ月だった私にとって、馬場さんは凄い大人に見えた。というより、子供の頃からテレビで観ていた大スターだから、感覚的には歴史上の人物だったわけだが…。
 それにしても、自分がそういう年齢になったというのは、どうもピンとこない。プロレス界にいるとレスラーも関係者も若いから、肉体的にはともかくとして、精神的には年を取らないようだ。きっとこれからも、20代の若い記者たちに混じって現場にいるのだろう。それでいい。
 
 
 

戸惑いの中にも楽しみあり

 昨日はディファ有明の『トリプレセム』でルチャ・リブレ! 正直な話、私は今のルチャには詳しくない。だから一見さんのファンの感覚で純粋に楽しませてもらった。
 オープニングはマスカリータ・ディヴィナ&オクタゴンシートVSミニ・アビスモ・ネグロ&ミニ・イステリアのミゼットならではのスピーディーな動きと華麗な空中戦で沸かせた。第2試合はオリエンタル+永島千佳世+ピンピネーラ・エスカラルタVS杉浦貴+ファビー・アパッチェ+カサンドロの男子+女子+オカマのミックストマッチ。あのキャバクラ王・杉浦がピンピネーラに迫られて、タジタジになったのが最大の見せ場? 第3試合ではセムらしく青木&太田の若きノア戦士がラレド・キッド&スペル・フライに挑み、セミではフェルサ・ゲレーラ+アンティファス+イステリアとフベントゥ・ゲレーラ+ジョー・リーダー+クレイジー・ボーイにKENTA+石森+エル・エレヒードによるトリオのトリプル・スレッド・マッチ。試合はゴチャゴチャしたが、最後は石森がフベントゥらのメキシカン・パワーズと意気投合。やっぱり石森はルチャの世界が似合う。そしてメインは丸藤+ムシキング・テリー+リッキー・マルビンとシベルネティコ+チェスマン+チャーリー・マンソンの日本VSメヒコの6人タッグ。最後はアンティファスとイステリアが乱入、丸藤が不知火、シベルネティコがチョークスラムを爆発させ、乱入者を退治してノーサイドでのハッピーエンド。何だか訳がわからなかったが、日本とメヒコの友好関係が生まれたから、これでいいのだ!?
 この大会は、とにかく難しく考えずに観たままに楽しむもの。ルチャ・リブレがメヒコの大衆娯楽であることを改めて感じた。そこに講釈など何の意味もない。
「こうやってコラボして、お互いに向上していければいいんじゃないですかね。タッチもなけりゃ、場外カウントもないし、関係ない奴が入ってくるし…要は目の前の奴を倒せばいい。日本のお客さんはルチャ・リブレの試合に抵抗があるようだけど、せっかく会場に来たなら楽しめばいい。俺としては、これが点ではなく線になっていけばと。シベルネティコとシングルでもやってみたいしね。戸惑いの中にも楽しみあり、ですよ」
 と、丸藤。最後の言葉はドンピシャリだ。